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ゴエモンのつぶやき

日頃思ったこと、世の中の矛盾を語ろう(*^_^*)

障害者の政策と意識のあり様と運動が分かる

2009年01月06日 00時30分13秒 | 障害者の自立
 この文章は、NPO法人 札幌・障害者活動支援センターライフの機関誌『アドボケイト』の100号記念号(第100号、2008年11月10日)に寄せたものである。通常、こうした記念になる文章も書くが、あまりホームページに掲載したくない。ただ、いろいろな思いがある文章であるため、ここに掲載する。当組織の機関誌に掲載したものを、若干の手直しや追加をした。

■ 障害を持っている人も持っていない人も共に働く場
 このほどNPO法人 札幌・障害者活動支援センターライフの機関誌『アドボケイト』も100号に到達したそうです。おめでとうございます。発行月の名称も、日本の伝統的な名前を使った機関誌(たとえば、霜月とか)である。いつも機関誌『アドボケイト』が送られてくるたびに、多分全ページにわたって楽しく読ませていただいている。読んでいて、障害者(アドボケイトでは「障がい者」という表現を使っている。私は旧来通り「障害者」を使う)の現実を詳しく書いてあり、ためになる。

 とくに、札幌や北海道の障害のある人たちやその人たちと関わっている人たちが、世界・日本や北海道・札幌市がつくっている政策について、どう感じているか、それに従ってどのように行動しているか、その人たちの行動でどのように地域社会や人々の考え方や行動が変わったのかなどを知ることができ、面白い。障害者とともに障害のない人も自覚していない人も、共に働く場を運営している理念を、活動すべての基準としていることが分かる。機関誌作成でも共に働く、共に創るという作業を行なっているようである。

 紙面にはいろいろな方が登場してそれぞれ自分の思いを語っているのは、読んでいてもすばらしい。とはいえ、私は読む立場にあるから、簡単に紙面を楽しんでいるのだろうとも思う。

■ 編集・発行する上での苦労が偲ばれる
 編集担当者は、毎回違う書き手を見つけ頼み、締切りを守り、ちゃんと文章を書いてもらうために、かなりな苦労を重ねているはずだ。しかも、毎回のことである。多分、ストレスが溜まる任務だろう。また、機関誌を読み応えあるように作成するには、紙面の構成を考えるレイアウトも必要だろう。あるいは文章の題名や小見出しも気の張る仕事だろう。さらには、校正をどなたが担当されているか『アドボケイト』の場合は分からないが、編集担当者が行なっているとすれば、それも大きな仕事になる。しかも、細心の注意が要るし、責任は重大だ。

 また、この機関誌には広告は掲載されていないようだ。掲載されていたとしても、ばく大な広告料を集めることはできないだろう。とすると、もちろん作成するための費用がかかる。それだけではなく、発送のコストも必要だ。毎回、かなりの資金を手当するのはどなたの担当だろうか。さぞ、ご苦心されているだろう。

■ 障害者発の運動として地域における人権の確立を
 NPO法人 札幌・障害者活動支援センターライフの活動内容は、自分たちの存在を知ってもらい、また、どんな条件をもった人でも、それこそ街に雪が積もったときでも、自分たちのふだん利用している街を、もっと自由に楽しく使えようと改造するために、毎年、雪中でデモンストレーションをしてもいる。バリアフリーを実現するだけではなく、同時に、障害者への差別を持つ傾向が強い街の人たちに、障害者などの人権を確立する呼びかけも、行なっている。その模様が紙面に掲載されている。

 NPO法人 札幌・障害者活動支援センターライフのメンバーたちは、現実に北海道の札幌市西区を拠点にさまざまな活動を行なっている。だが、北海道全体や東京近辺、大阪近辺にも、その活動や体験の範囲を広げている。また、日本を飛び出して、外国の障害者たちとの交流も行っている。

 差別を取り除き、障害者たちの人権を確立する取り組みでもある。その様子も紙面に、その都度掲載しているし、本や冊子にまとめもしている。この点を獲得したんだなとか、このように感じたんだなと、私にも知らせてもらえる。ありがたいことだ。

 こうして地域で当たり前の暮しを実現するための多くの情報や考え方なども伝えてくれている。紙面で記事を読んで、私も「なるほど」と気づいた点が多くあった。だから私が趣味で行なっているホームページに転載させてもらうことが多くあった(たとえば「労働者でありながら1割負担は不当と支払い拒否に立ち上がった障害者たち」「働く場での利用料金不払いを継続する障害者たち」など)。

経験がない出来事への支援

2009年01月06日 00時25分37秒 | 障害者の自立
 2008年に発行された社会福祉法人「全電通近畿社会福祉事業団」が編集・発行している『愛&ハート』(第160号、2008年12月10日発行)に掲載されている「愛の家施設長 阪口興」さんが書かれている「2008年の心のアルバムから」という記事のなかに、貴重な発言がある。それに関連して思い出したことを書いてみよう。

■ ほしい物が選べない理由
 入所者たち(KさんとIさん)と阪口さんが一緒に出かけたときの様子が描かれている。お小遣いが多少あったので、お店に入って「本当に欲しい物を選んで決めよう」と話してから品選びをした。ところがIさんは、なかなかほしい物が決まらない。

 阪口さんは「自分のほしい物が選べないのは、なぜだろう。彼には、自分で物を選びお金を払って手に入れるという経験が、これまでなかったのでしょう。家族の方が本人の意向を忖度した上で買い与えていたかも知れません」と書かれている。

 これに関連して思い出した記述がある。それは大阪知的障害者雇用促進建物サービス事業協同組合編になる『エル・チャレンジ』である。本来は、この本は大阪府の総合評価一般競争入札制度を描いている本だ。本筋とはやや異なるが、多くの会社は本人の給料を口座振込みにしているが「多くの場合、その口座は保護者が管理し」ていると述べている。そのうえで、本人には保護者からこずかいを支給されている。もちろん「保護者からすれば、無駄遣いをしないようにという親心ですが、当人にとっては、働いて給料をもらっているという実感は乏しいのではないか」と書いている。

■ 給料も実感がないし、自分で選んで使えない環境
 つまり、働いた実感がない報酬だろう。しかも、自分が好きな物を選ぶこともできない。そういう環境におかれているのが、障害者(とくに知的障害者)である。ここでは、親や保護者が、本人たちを実感が持てないようにしていると、読める。だが、教員や施設職員はどうだろうか。

 これもやはり、私が矢野直子さんの本を読んだときに感じたことだ。それは「沖縄のモノレール(ゆいレール)」が開業した時のことである。乗り慣れていない乗客たちの中で「自動改札機」で切符を取り忘れる人がたくさんいたという光景を書いていらっしゃる。未経験なことでは誰しも戸惑うのは、当然だ。

 やはり、交通について思い出したことがある。その方は10代末に精神病を発病されて、とある病院に30年間入院されていた(というか、閉じ込められていたというほうが正確だろう)。友人たちに社会に連れ戻されたときは、交通機関を利用できないと言われた。たしかに、彼が入院していた30年間には、とても大きな変化があった。

 やはり、地域社会でいろいろな行動を経験することが大切だと、その人の話を聞いて思った。とくに、長期入院は社会から隔離する傾向が強い。といっても、先の例のように、保護者が無駄遣いをしないように本人の給料を管理する。あるいは、本人を自分で好きな物も選ぶことがない状況にする。そういう生活も、本当に地域生活を送っているといえないだろう。

■ 職員なども人生経験豊かな人が望ましい
 多くの人たちが、そういう環境にあるとすると、そうした人たちに関わる介護職員などに求められる資質は、自から明確になるであろう。たしかに「自分で決める」というのは正解だろう。阪口さんが続いてお書きになっている「決められなければ、相談しようか」という一言が大切になる。まず、自分で決める(自己決定)がある。しかし、自分で決められないとすれば、いつでも相談していいよというメッセージを発することも大切だ。

 とすると、職員たちは人生経験が豊かなほうが、いろいろと幅広く考える事ができる。自分でそんなに経験できないとしても、また、自分の経験が役に立ちそうもないと思うかもしれない。関わっている人も本人たちから相談を受けたときに、どれが果たしてよいのか的確な回答が出来ない場合もあるだろう。そのときには、身近に相談できる人が必要だ。

 だれもが、買い物でも慣れていないときには、あるいは自分にふさわしい物が決まらないときには、多くの場合は、知人や友人に「一緒について行ってほしい」と頼むはずだ。自己決定というときには、全部自分で決める必要はない。信頼している友人・知人たちとともに決めるという、方法もあると思う。


「本人責任」で解決できぬ ~福島 智さん(東京大学教授)

2009年01月06日 00時22分52秒 | 障害者の自立
「厚生労働省の社会保障審議会障害者部会の委員として今春から障害者自立支援法の見直しを議論してきた。16日まとまった報告書を採点するとしたら100点満点で30点。大学の試験なら落第だ。自公連立政権で合意している「抜本的な見直しの検討」は、部会では何もできなかった。
利用者の負担のあり方や所得保障、作業所への報酬など多くの点で本質的な改革は打ち出せなかった。私は新たな法律を作るべきだと思うが、個々の問題ごとに見直す路線が最初から敷かれていた。
国内の障害者は推定724万人で、ざっと20人に1人。3年たった支援法で自立が進んだとは実感できない。自立とは、自分の財布と相談して今日の晩ご飯を何にするか自分で決め、恋ができること。つまり、人の手助けを得ながら自分の生活を自分で決めること、恋が実るかどうかは別としていろんな人と自由に出会える環境にいることだ。施設よりも、やはり地域で暮らすことで可能性は広がる。
だが、支援法では、重い障害のある人が地域で暮らそうとしても、事実上の上限があり、十分な支援が受けられない。障害者が通う作業所への報酬も「月払い」から、不安定な「日払い」になった。支えるヘルパーへの報酬も低い。
最大の問題はそれまで所得に応じて利用料を払う「応能負担」だったのが、サービス料の原則1割を支払う「応益負担」になったことだ。負担することで消費者の権利が守られるという主張はナンセンスだ。お金を出せない人は何も言えないのだろうか。
本来、自立とはひとりの人間としての生存そのものだ。憲法25条の「健康で文化的な最低限度の生活」は、国民として無条件に最低限の生存が保障されるということだ。例えば、食事やトイレ、入浴の介助、呼吸器のケアなど命に直結する支援は、障害者から利用料を取るべきではない。
他者とのコミュニケーションや移動の自由、情報へのアクセスといった文化的な生活を送るためのニーズも、ある程度までは無料にすべきだ。
私は3歳で右目、9歳で左目が見えなくなり、14歳で右耳、18歳で左耳が聞こえなくなり、盲ろう者となった。他者とのコミュニケーションが断絶された時、私の存在は消えた。孤独という言葉では表現できない、絶対的孤立だった。母が考えた指点字による通訳が始まってようやく生きていると思えた。
人はコミュニケーションができないと死ぬ。生存にかかわる支援を否定されることが死刑執行とすれば、こちらは終身禁固刑のようなものだ。
障害者は、行動とコミュニケーションが制限されているという意味で、いわば「目に見えない透明な壁の刑務所」に収監されている存在だ。それは生まれながらの運命だったり、不慮の事故だったり、個人の責任を超えた事情によるところが大きい。たとえ1割でも本人に利用料を求めるのは、無実の罪で閉じこめられた刑務所から出るために保釈金を払えということだ。
生きるために不可欠な支援を「個人の利益」とする「応益負担」は、障害を本人の責任とする考え方に結びつく。」

障害年金の受給状況と、障害者の就労、経済状況、生活上の不安などを調査

2009年01月06日 00時20分08秒 | 障害者の自立
 厚生労働省は、障害者の生活状況に関する調査結果の概要を公表した。内容は、障害者の生活実態を、障害年金の受給状況(無・有)を含め、就労、経済状況、生活上の不安などを調査したもの。

 身体障害者

 同居の状況について、同居していない(ひとり暮らし)の率は、年金無21.8%、年金有17.3%と、どちらもおおむね20%で、配偶者と同居している率が低い(無20.3%、有38.8%)ほか、親と同居している率がやや高い(無46.6%、有40.2%)。

 本人が生計中心者である場合の就労の状況について、自営業者である率が低い(無11.3%、有21.2%)ほか、働いていない人の率が高い(無32.3%、有20.7%)。

 所得について、比較的低い所得階層に年収が分布している。ただし、障害年金を受給していない人の中に生計中心者である常用雇用の人も50%弱いることなどから、年収300万円を超える人も20%程度(無20.3%、有29.7%)いる。

 経済維持の方法について、家族などのサポートにより維持している人がやや多い(無60.9%、有53.1%)ほか、生活保護を受給している人が多い(無8.6%、有2.8%)。

 家族などのサポートにより経済を維持している人がその家族がいなくなった場合の経済基盤について、自分の貯蓄や年金と答えた人がかなり少ない(無31.9%、有70.6%)ほか、生活保護を受けると答えた人がかなり多い(無27.7%、有10.1%)。

 年金を受給していない人については、任意加入だった学生等や未納・未加入の人が50%強いたほか、受給していない理由について年金の障害等級に該当しなかった人が35%いた。

 必要な情報については、総じて年金を受給していない人の人が低くなっているが、「年金」(無46.2%、有40.1%)および「就職」(無37.9%、有32.5%)の項目については高くなっている。

 不安や悩みについても、総じて年金を受給していない人の人が低くなっているが、「働く場がないこと」(無33.3%、有25.7%)、「家計が苦しい」(無37.6%、有22.4%)および「年金」(無42.7%、有15.9%)の項目については高くなっている。

 精神障害者

 同居の状況について、家族と同居している率は、年金無75.5%、年金有71.2%で、ひとり暮らししている率(無18.7%、有20.6%)と大差はない。

 就労の状況について、仕事をしていない人の率は大差ない(無77.4%、有82.8%)が、ふつうの会社で仕事をしている率は高い(無14.9%、有5.8%)。

 所得について、比較的低い所得階層に月収が分布している。ただし、月収20万円を超える人の割合は高い(無11.4%、有2.3%)。

 定期的な収入について、勤め先の給料のある人の率が高い(無14.4%、有7.6%)が、生活保護を受けている人の率もやや高い(無17.3%、有12.6%)ほか、定期的な収入がない人の率も高い(無27.1%、有1.3%)。

 年金を受給していない人については、その理由について無回答の人が多かったほか、「知らなかった」、「よく理由はわからない」「対象疾病でない」などが多く、任意加入だった学生等や未納・未加入の人は回答者のうち10%強にとどまっている。

 不安や悩みについては、総じて年金を受給していない人の人が低くなっている。

民間企業の障害者雇用率 「法定」達成は50%以下

2009年01月06日 00時16分52秒 | 障害者の自立
 政府は「福祉から雇用へ」を掲げ、障害者の雇用率を二〇一三年度までに六十四万人にする計画を進めています。しかし、民間企業の障害者の雇用率は〇八年で1.59%とやや改善してきているものの、法定雇用率(1.8%)を下回ったままです。法定雇用率を達成した企業割合も50%を下回っています。批判の多い障害者自立支援法の見直しを含め、福祉と雇用の連携も課題です。




企業の63%、未採用

 障害者の雇用、就業政策である「福祉から雇用へ」推進五カ年計画(二〇〇七年十二月)では▽一三年度までに、従業員五人以上の規模の企業に雇用されている障害者数を六十四万人に拡大する(〇三年度四十九万六千人)▽一一年度までに、年間九千人の障害者を福祉施策から一般雇用に移行する-などの目標を掲げています。

 しかし、民間企業(五十六人以上の規模の企業)の雇用状況は、法定雇用率1.8%に達していません。達成した企業の割合も44.9%です。法定雇用率未達成企業のうち、障害者を一人も雇用していない企業は62.9%もありました。

 規模別にみると、中小企業の達成率が低いのが目につきます。このため、中小企業の雇用促進などを図るための改正障害者雇用促進法が国会で可決、成立しました。経済情勢が厳しい中ですが、一段の雇用促進が望まれます。

 〇六年から施行された障害者自立支援法では、障害者の地域生活と就労を進め、自立を支援する目的を掲げています。同時に、福祉サービスを利用した場合は、利用料として一律10%の自己負担が課せられました。

 現在、就労支援として、就労移行支援、雇用契約に基づく就労(就労継続支援A型)、一般雇用が困難な場合や一定の年齢に達している人への支援(同B型)などがあります。

 しかし、福祉的就労と労働の位置づけがあいまい、との指摘もあります。また、一般雇用が最終目標のように位置づけられ、個々の障害者の実情を反映していない、などの批判もあります。

自立支援法に異論

 就労が十分でない障害者が多数いる中、自己負担が重すぎるなど、自立支援法の見直しを求める意見は強くあります。負担面では、法律通り受益に応じた負担を基本にするのか、能力に応じた負担とするのか、再考する必要もありそうです。特に「福祉的就労の場」での利用料の撤廃を含め、どのようにするのかは重要課題です。

 一方、福祉施設などでの工賃水準の向上を図るため、〇七年度に都道府県ごとに工賃の倍増を図る「工賃倍増計画支援事業」を創設し、一一年度までに現状工賃の倍増を目指しています。

 しかし、福祉と雇用の政策が縦割りとの批判もあり、地域によっては障害者への就労情報ネットワークが機能していないなどの問題も残ったままです。

 トライアル雇用制度の充実や、賃金補てん制度など障害者の雇用を促進するための連携と政策が欠かせません。