午後6時。夕食はいつものように静かに始まった。世話人が作ってくれたおかずは野菜と豚肉のいため物に、ポテトとサンマの卵とじ。「結構、ボリュームあるね」。食卓を囲む4人はぽつりぽつりと言葉を交わしていたが、やがて2人が少し議論になった。
「僕の人生は遠回りばかりですよ。近道が全然見つからない」「人生、無駄なことはないって。遠回りと思ってもそれが近道かもしれない」「よく分からない。もういいや、その話は」
福岡市中央区のグループホーム「あおぞら」は2006年春に開所した。古びた2階建て民家と近くのアパートに計6室があり、精神障害のある5人が共同生活を送る。
「人生遠回りばかり」と言い「もういいや」と議論を切り上げた宮下慎吾(34)=仮名=は開所時から入所している。「他の入所者とはあまり話さないようにしている。トラブルになりそうで」
20歳で統合失調症を発症。7カ月の入院と7年間の引きこもりを経て、6年前からあおぞらを運営する社会福祉法人の作業所に通っている。
「1人である程度対処できるようになりたいと思ってここに入ったんですが…」。薬のせいか、いつも昼前まで起きられず、調子が悪い日はそのまま部屋にこもる。金銭管理も苦手で、通帳は世話人に預けている。
それでも、施設の食事のない週末にはチャーハンやフレンチトーストを自分で作れるようになった。「いつか仕事をして自分で暮らせるようになりたい。今はその練習だと思っています」
□ □
あおぞら世話人の三宅良幸(42)は開所以来、施設の居間に毎晩寝泊まりしている。世話人の勤務は本来、平日午後1-5時と、入所者の相談に応じる午後7-10時の見守りの時間帯。「宿直」は事実上のボランティアだ。
「軌道に乗るまで」のつもりだったが、相次ぐ“事件”に続けざるを得なくなった。
ある日、入所者が不意に姿を消し、3日間帰ってこなかった。障害基礎年金や両親からの仕送り全額を衝動的に通帳で引き出し、関西に出掛けたのだ。放浪はその後も何度か起きた。夕食まで元気だった者が自室に戻り、しばらくして症状が激しくなり、そのまま入院したこともある。
「ふとしたことで状態が一変する方も多い。目が離せないんです」。三宅が自宅に帰るのは月2回ほどだ。
□ □
「ここで暮らすことで、生きるって楽しいということを知ってほしい」。三宅は入所者にしばしばそう語りかける。そのための演出を常に心掛けてきた。入所者が納める月1万円の食材費をやりくりして毎月、皆で外食に出掛ける。誕生日にはささやかなお祝いをする。今年5月には入所者たちと韓国・プサンへ1泊旅行にも行った。
しかし、グループホームの運営は厳しい。補助金は月約27万円に固定されていたが、障害者自立支援法施行後は「応益負担」により、入所者の帰省・入院期間中は施設収入が減る仕組みになった。減収となる施設が続出している。
開所以来、あおぞらは常勤の三宅がすべて1人で切り盛りしていた。だが、施設の毎月の収入は20万円をやっと超える程度。三宅の保険料などを支払うと赤字だった。法人は6月、三宅を別の施設の常勤とし、あおぞらは三宅を含む6人の非常勤で運営する体制に切り替えた。
先日、三宅は県庁を訪ねた。世話人の体制を聞き、担当者が言った。「常勤がいた方が良いんですけどね」。三宅は経緯を丁寧に説明した。担当者は苦笑いするばかりだったという。 (敬称略)
× ×
・障害者自立支援法メモ▼グループホーム
障害者が地域で自立した生活を送るのに必要な支援を行う事業としてグループホーム(共同生活援助)とケアホーム(共同生活介護)がある。相談や日常生活上の援助を行うほか、より重度の障害者を想定したケアホームは食事や入浴などの介護も行う。障害者自立支援法が掲げる「施設から地域へ」の理念を実現する受け皿として期待されるが、その数はまだ不足している。原因として施設側の報酬が低く、運営が困難であることが指摘されている上、既存の民家やアパートを事業者が借り上げて利用する例が多いため、特に都市部では事業者側の初期投資の負担が大きいという。また、利用者は施設利用料の1割負担(所得による減免措置あり)のほかに家賃や食費などの実費負担があり、障害基礎年金だけの収入では利用が難しい実態もある。
「僕の人生は遠回りばかりですよ。近道が全然見つからない」「人生、無駄なことはないって。遠回りと思ってもそれが近道かもしれない」「よく分からない。もういいや、その話は」
福岡市中央区のグループホーム「あおぞら」は2006年春に開所した。古びた2階建て民家と近くのアパートに計6室があり、精神障害のある5人が共同生活を送る。
「人生遠回りばかり」と言い「もういいや」と議論を切り上げた宮下慎吾(34)=仮名=は開所時から入所している。「他の入所者とはあまり話さないようにしている。トラブルになりそうで」
20歳で統合失調症を発症。7カ月の入院と7年間の引きこもりを経て、6年前からあおぞらを運営する社会福祉法人の作業所に通っている。
「1人である程度対処できるようになりたいと思ってここに入ったんですが…」。薬のせいか、いつも昼前まで起きられず、調子が悪い日はそのまま部屋にこもる。金銭管理も苦手で、通帳は世話人に預けている。
それでも、施設の食事のない週末にはチャーハンやフレンチトーストを自分で作れるようになった。「いつか仕事をして自分で暮らせるようになりたい。今はその練習だと思っています」
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あおぞら世話人の三宅良幸(42)は開所以来、施設の居間に毎晩寝泊まりしている。世話人の勤務は本来、平日午後1-5時と、入所者の相談に応じる午後7-10時の見守りの時間帯。「宿直」は事実上のボランティアだ。
「軌道に乗るまで」のつもりだったが、相次ぐ“事件”に続けざるを得なくなった。
ある日、入所者が不意に姿を消し、3日間帰ってこなかった。障害基礎年金や両親からの仕送り全額を衝動的に通帳で引き出し、関西に出掛けたのだ。放浪はその後も何度か起きた。夕食まで元気だった者が自室に戻り、しばらくして症状が激しくなり、そのまま入院したこともある。
「ふとしたことで状態が一変する方も多い。目が離せないんです」。三宅が自宅に帰るのは月2回ほどだ。
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「ここで暮らすことで、生きるって楽しいということを知ってほしい」。三宅は入所者にしばしばそう語りかける。そのための演出を常に心掛けてきた。入所者が納める月1万円の食材費をやりくりして毎月、皆で外食に出掛ける。誕生日にはささやかなお祝いをする。今年5月には入所者たちと韓国・プサンへ1泊旅行にも行った。
しかし、グループホームの運営は厳しい。補助金は月約27万円に固定されていたが、障害者自立支援法施行後は「応益負担」により、入所者の帰省・入院期間中は施設収入が減る仕組みになった。減収となる施設が続出している。
開所以来、あおぞらは常勤の三宅がすべて1人で切り盛りしていた。だが、施設の毎月の収入は20万円をやっと超える程度。三宅の保険料などを支払うと赤字だった。法人は6月、三宅を別の施設の常勤とし、あおぞらは三宅を含む6人の非常勤で運営する体制に切り替えた。
先日、三宅は県庁を訪ねた。世話人の体制を聞き、担当者が言った。「常勤がいた方が良いんですけどね」。三宅は経緯を丁寧に説明した。担当者は苦笑いするばかりだったという。 (敬称略)
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・障害者自立支援法メモ▼グループホーム
障害者が地域で自立した生活を送るのに必要な支援を行う事業としてグループホーム(共同生活援助)とケアホーム(共同生活介護)がある。相談や日常生活上の援助を行うほか、より重度の障害者を想定したケアホームは食事や入浴などの介護も行う。障害者自立支援法が掲げる「施設から地域へ」の理念を実現する受け皿として期待されるが、その数はまだ不足している。原因として施設側の報酬が低く、運営が困難であることが指摘されている上、既存の民家やアパートを事業者が借り上げて利用する例が多いため、特に都市部では事業者側の初期投資の負担が大きいという。また、利用者は施設利用料の1割負担(所得による減免措置あり)のほかに家賃や食費などの実費負担があり、障害基礎年金だけの収入では利用が難しい実態もある。