<鼻歌で散歩>

くも膜下出血で受け死にかけました。鼻歌を歌って散歩しながら体力つけて100まで生きるつもりです。

オオカミよ、なげくな

2005-02-03 20:08:03 | ガルマルの鼻歌で散歩
「狼よ、嘆くな」ではなくて、「オオカミよ、なげくな」でした。書棚を探してやっと見つけました。作者はファーレイ・モウワットと言う人で、カナダの生物学者です。初版が1977年ですから、もう絶版かも知れません。「犬になりたくなかった犬」と言う本も書いていて、これは私の書棚にはありませんでした。もう、40年近く前に読んだ本ですからどっかに行ってしまったようです。でも、もしどこかで見つけたら、イヌ好きの人はぜひお読みになるといいと思います。

杉よ、嘆くな

2005-02-03 17:12:03 | ガルマルの鼻歌で散歩
杉といっても、杉 良太郎さんのことではありません。木の杉です。

今日の散歩は、マンボNo5だけでした。他の時間は、杉のことを考えていました。

スギ花粉の季節です。花粉症の方には、つらい季節ですよね。散歩している道の脇には杉の木が沢山あるんです。今年のスギ花粉は多いといいますが、確かに、どの木もたわわに雄花をつけていました。この雄花がもう少しすると花粉をあちこちにまき散らすんですよね。

でも、杉の身になってみると大変ですよ。杉もそうだし、もちろん、人間もそうだけれど、子孫を作るというのは大変な労力がかかるんです。杉の年輪を調べると、花の多い年は極端に年輪の幅が狭くなります。年輪の幅が狭いということは、幹を太らすことができなかったということです。花を咲かせることに栄養を使ったので幹を太らせることができなかったのです。自分の身を削って花を咲かせて子孫を残そうとしているわけです。

そんな大変な思いをしてまで、スギは花を咲かせます。どうして花を咲かせるのかって? 植物は、危機的な状況になると、花を咲かせて子孫を残そうとします。ひょっとすると、現在は、スギにとって危機的な状況なのかも知れません。

もう一つスギが花を咲かせる理由は、第二次世界大戦と関係があります。「お山の杉の子」という歌をご存知でしょうか。はげ山のスギの子が椎ノ木に馬鹿にされながらもお国のために役に立つために大きくなるという内容です。第二次大戦中は、スギを植えてお国のためにがんばろう、戦争が終わったあとははげ山にスギを植えて復興しようということで歌われました。いまでこそ、ブナや椎樫といった木がもてはやされていますが、戦争直後は、スギがもてていたんです。第二次世界大戦で日本の山のほとんどがはげ山になったので、すぐに大きくなるスギが盛んに植林されました。

それで、スギの苗木をどんどん作らなければいけなくなったのです。そこで、すぐに大きくなるスギの木を全国から選んで花を咲かせて、どんどん、タネをならせて苗木を作っていったんです。いい木を選ぶといっても花が咲かなければ何にもなりません。だから、花の咲く、特に、雄花を咲かせて花粉を多く作るスギが選ばれていったのです。

わざわざ、花の咲くスギを選んで植えていったというのが、今のようにスギの花粉が大量にばらまかれるようになった原因の一つです。

そんなことを考えながら、スギよ、嘆くな、と思いました。これは、狼よ、嘆くなという映画化もされた小説をもじったつもりです。狼よ、嘆くなも悪いことは何にもしていない狼が人間に殺されていくというストーリーでした。「犬になりたくなかった犬」という小説を書いた人の作品です。

今日のしっかり歩き、6252歩 46分 体重65.8kg 血圧159 98。

かまくらが潰れたことありますか?

2005-02-03 11:39:14 | ガルマルの鼻歌で散歩
日本中雪ですね。幸い、私の住んでいるところは雪もなく、晴天が続いています。毎朝、洗濯物を干す時も、迷わず外に干すことができます。残念ながら今日は、先に妻に干されてしまったので、私は何もしていませんが。

というわけで、子供の頃にかまくらが潰れた思い出です。北海道の今ごろの雪は、乾いています。だから、かたまりにくいので、雪合戦用の雪玉や雪だるまがうまく作れません。それで、雪を固めるために水をかけます。かまくらを作る時も、水をかけて固めてから中の穴を掘ります。

ジンギスカンという料理があります。焼き肉の一種ですが、家の中でやると油で汚れます。それを嫌がって、鎌倉の中ですることになりました。いまから、40年近く前の子供の頃です。

前の日から、積み上げた雪に水をかけて充分に固めたつもりでした。小学生だった私は、雪の塊に横穴を掘っていました。彫り進んで体が全部雪の中に入った時でした。穴が潰れたのです。私は、しゃがんだままで、雪の中に埋もれてしまったのです。折り畳んだ両足の上に背中がかぶさって、その上に雪が乗った状態です。一瞬、パニックになってしまいました。雪の重みで胸が押さえられて息ができませんでした。でも、落ち着いて勢いよく立ち上がると、外にでることができました。北海道の雪の軽さがよかったのだと思います。外にでた時、父の心配している顔を見てほっとしたのを覚えています。

もう一つ、雪に埋もれた思い出があります。雪の積もった水田の上をスキーで滑っていた時です。雪の薄いところがあって、そこに頭から突っ込んでしまいました。スキーは長かったので、穴に引っかかっています。なんというか、頭を下にして、スキーがつっかい棒になって体がぶら下がったんです。その頃のスキーはワイヤーで止めるので、今のように簡単に外すことができません。私は、雪の穴に体を入れたまま、何もすることができませんでした。祖母が偶然近くを通ったので、穴から脱出することができました。

二回とも、子供心にパニックになっているんですが、雪に囲まれることでほっとすることもあるんです。雪の匂いというか、冷たさが心地よいのだと思います。