ラオスで見つけたトゥクトゥクです。トゥクトゥクはタイのほうが有名ですが、ラオスにもちゃんとあります。三輪車といったらいいのか、バイクに荷台をつけたものといったらいいのか微妙なところです。そういえば、子供のころ、大量に走っていた三輪車はどこに行ったのでしょう。私の近所でも、二、三年前までは見かけることがありましたが、この頃はとんと見なくなりました。まあ、どう見てもすぐ倒れそうで安全上問題がありそうですがね。
不快になるのでなるべく見ないようにはしているのですが、どこを見ても一級建築士の偽装工作だらけです。本当に行き場のない怒りを感じます。と同時に、一級建築士という資格を持った人がこんなことをするんだという感じです。でも、考えてみたら、最近、弁護士の免許を持った代議士が逮捕されました。どちらも、何だか貧乏していたみたいです。誰もがとれない資格を取っても生活ができないということなのでしょうか。
そんななかで、日経のホームページに、他の建築士はまじめに仕事をしているのに、全体が偽装ばっかりしていると思うのは間違いだという記事が出ていました。まあ、何かの事件が起こった時に必ず出てくる感情論です。大多数の人はまじめにやっているのに、一部の人間だけが誤ったことをしたというものです。大蔵省(当時)のノーパンシャブシャブ事件の時もそうでした。外務省の時もそうです。
でも、本当にそうでしょうか。一部の人が誤ったことをして、大多数の人はまじめに仕事をしているのでしょうか。表面上はそうかも知れません。でも、その業界には、そういう一部の人たちを出してしまうような土壌があるのではないでしょうか。
私は、建築士という人たちを信用できません。彼らが設計した家や建物を見ても住みたいと思わないのです。たとえば、私の近所に世界的に有名な人が設計した建物があります。20年くらい前にできたものです。その建物は、当時のはやりだったコンクリートの打ちっ放しの壁です。当時、いくら流行とはいっても、今見るととても安っぽく見えます。こんな風に、建築物の設計をやっている人たちは20年くらいしか持たない(強度だけではなく、デザインとしても)建物を平気で建てているような気がします。近所に、一級建築士が住んでいる家がありますが、これもガラスだらけで外から中の様子が丸見えです。それなりの哲学があるのでしょうが、私は住みたいとは思いません。
結局、私がいいたいのは、建築士全体で自分たちの設計哲学を見直さない限り、こんな偽装事件はいくらでも出てくるだろうなということです。タイトルにある弁護士とは全然関係なくなってしまいました。
そんななかで、日経のホームページに、他の建築士はまじめに仕事をしているのに、全体が偽装ばっかりしていると思うのは間違いだという記事が出ていました。まあ、何かの事件が起こった時に必ず出てくる感情論です。大多数の人はまじめにやっているのに、一部の人間だけが誤ったことをしたというものです。大蔵省(当時)のノーパンシャブシャブ事件の時もそうでした。外務省の時もそうです。
でも、本当にそうでしょうか。一部の人が誤ったことをして、大多数の人はまじめに仕事をしているのでしょうか。表面上はそうかも知れません。でも、その業界には、そういう一部の人たちを出してしまうような土壌があるのではないでしょうか。
私は、建築士という人たちを信用できません。彼らが設計した家や建物を見ても住みたいと思わないのです。たとえば、私の近所に世界的に有名な人が設計した建物があります。20年くらい前にできたものです。その建物は、当時のはやりだったコンクリートの打ちっ放しの壁です。当時、いくら流行とはいっても、今見るととても安っぽく見えます。こんな風に、建築物の設計をやっている人たちは20年くらいしか持たない(強度だけではなく、デザインとしても)建物を平気で建てているような気がします。近所に、一級建築士が住んでいる家がありますが、これもガラスだらけで外から中の様子が丸見えです。それなりの哲学があるのでしょうが、私は住みたいとは思いません。
結局、私がいいたいのは、建築士全体で自分たちの設計哲学を見直さない限り、こんな偽装事件はいくらでも出てくるだろうなということです。タイトルにある弁護士とは全然関係なくなってしまいました。
このごろ、ラオスの古都、ルワンパバーンのネタが続いています。きょうも、同じです。ルワンパバーンは街全体が世界遺産ですから、あらゆるところにいい景色があります。写真の小路もメインの通りから中に入ったところです。ブーゲンビリアのアーケードが造られていて感心しました。この街は、至る所がフォトジェニックなのです。
ラオスの古都、ルワンパバーンの朝は、お坊さんが列をなして食事をもらう風景ではじまります。地元の人に混ざって観光客もご飯や食べ物をお坊さんに渡します。ラオスは社会主義の国ですが、それなりに仏教に対する信仰心も残っています。
農民も収穫前で食べるご飯が無くなると、子供をお寺に入れたりするようです。子供も、お寺に入れば自由はなくなるけれども、毎日の食べ物には困らないのです。こういうお坊さんに対する寄進も、富の分配に繋がるようで、ある意味、宗教の社会主義的な面なのかも知れません。
農民も収穫前で食べるご飯が無くなると、子供をお寺に入れたりするようです。子供も、お寺に入れば自由はなくなるけれども、毎日の食べ物には困らないのです。こういうお坊さんに対する寄進も、富の分配に繋がるようで、ある意味、宗教の社会主義的な面なのかも知れません。
テレフォンカードや絵はがきを売っている観光客相手の店の脇にあったポストです。ラオスにある本来のポストはもう少し大きいのですが、これはどう見ても小さいし偽物のような気がします。なんだが、子供が学校の工作の時間に作ったような素人臭さがあります。
届くかどうか不安だったのですが、この店で買った絵はがきをこのポストに投函してみました。すると、一週間くらいでちゃんと日本のわが家に届いていました。ラオスのポストおそるべしです。
届くかどうか不安だったのですが、この店で買った絵はがきをこのポストに投函してみました。すると、一週間くらいでちゃんと日本のわが家に届いていました。ラオスのポストおそるべしです。
四川省といえば、トウガラシです。昨日の写真で見たようにトウガラシだらけの料理が出てきます。これに、サンショウが丸ごと入ることも多いです。では、辛さはどうかというと、色ほどではありません。私は、タイ料理のほうが辛いと思う。タイ料理は、どちらかというとインドの影響が強いと思います。四川省の辛さはあくまで、中国料理の範疇の辛さといいたらいいのでしょうか。
写真は、四川省の街角で見つけたトウガラシです。こんな風に店の前に広げて売っていることもあります。日本の四川料理店で本場の辛さにしているところはないと思います。四川省の人を連れていってもおいしいとは言ってくれません。イタリア料理やフランス料理の店は、成都のような大都市にはありますが、地元の人はあまり行かないと思います。辛くないので、おいしいと思わないはずです。そんな店には、外国人しか行かないのでしょう。
その点、タイの人はお世辞もあるかも知れませんが、日本料理をおいしいといってくれます。特に、ワサビを気に入ってくれます。チューブのワサビを何本も買っていく人もいます。逆に、四川の人は鼻に抜けるようなワサビの味は嫌いのようです。同じ辛い料理の国でも違いがあります。総じていえば、タイの人のほうが、食に対してどん欲な気がします。四川省の人に比べると、タイの人のほうが外国慣れしているのかもしれません。
写真は、四川省の街角で見つけたトウガラシです。こんな風に店の前に広げて売っていることもあります。日本の四川料理店で本場の辛さにしているところはないと思います。四川省の人を連れていってもおいしいとは言ってくれません。イタリア料理やフランス料理の店は、成都のような大都市にはありますが、地元の人はあまり行かないと思います。辛くないので、おいしいと思わないはずです。そんな店には、外国人しか行かないのでしょう。
その点、タイの人はお世辞もあるかも知れませんが、日本料理をおいしいといってくれます。特に、ワサビを気に入ってくれます。チューブのワサビを何本も買っていく人もいます。逆に、四川の人は鼻に抜けるようなワサビの味は嫌いのようです。同じ辛い料理の国でも違いがあります。総じていえば、タイの人のほうが、食に対してどん欲な気がします。四川省の人に比べると、タイの人のほうが外国慣れしているのかもしれません。
四川省の山奥を歩いていたときに出会った中国の少数民族である彝族の人たちです。そろってこちらを見ていました。マントは羊かヤクの毛を使っているのだと思います。
葬式に向かっている人たちです。彝族は漢族と違って火葬です。でも仏教の影響というわけではないようです。もともとの習慣だと思います。この彝族の人たちが、どのような経緯で四川の山奥に住むようになったのかは謎のようです。それにしても、日本人によく似た人たちです。
葬式に向かっている人たちです。彝族は漢族と違って火葬です。でも仏教の影響というわけではないようです。もともとの習慣だと思います。この彝族の人たちが、どのような経緯で四川の山奥に住むようになったのかは謎のようです。それにしても、日本人によく似た人たちです。
四川省で食べた火鍋です。鍋の真ん中に丸くなっている白い部分は辛いのが苦手の人用に普通の味の鍋です。そのまわりの赤いところが本来の火鍋です。
四川省の食べ物は辛いことで有名ですが、この鍋が、そのきわめつけでしょう。辛いので何を食べても同じような味になります。しかも、汁の色が濃いので、何が入っているのかもよくわかりません。まあ、学生がよくやる何が入っているかわからない闇鍋のようなものといえば良いのでしょうか。
この火鍋ですが、一般的には四川省が発祥の地であると思われています。でも、ネットで検索してみるとジンギスカンが発明したという説もあるようです。中国の湖南省でも食べるようですし、鍋の歴史一つを取ってもさすが中国は奥が深いですね。
四川省の食べ物は辛いことで有名ですが、この鍋が、そのきわめつけでしょう。辛いので何を食べても同じような味になります。しかも、汁の色が濃いので、何が入っているのかもよくわかりません。まあ、学生がよくやる何が入っているかわからない闇鍋のようなものといえば良いのでしょうか。
この火鍋ですが、一般的には四川省が発祥の地であると思われています。でも、ネットで検索してみるとジンギスカンが発明したという説もあるようです。中国の湖南省でも食べるようですし、鍋の歴史一つを取ってもさすが中国は奥が深いですね。
家族で食事をしている時に、カラカサオバケのことが話題になりました。なんで、こんな話題になったのかは忘れました。ご存知のように、このオバケはげたを履いた一本足の傘のお化けです。足が一本しかないので、片方のげただけでいいのです。さらに、げたには右左の区別がないので、カラカサオバケの足は、右足なのか、左足なのかは気にする必要がありません。
でも、近代化に伴いカラカサオバケも西洋舶来の靴を履きたくなることがあるんじゃないかと娘が言うわけです。たしかに、そんなこともあるかも知れません。ところが、困ったことに、西洋の靴には右足用と左足用があります。左足に右足用を履かせることはできません。そんなわけで、唐傘お化けの足は、右足か左足かが重要な問題になってきます。そこで、いろいろ、調べてみましたが、カラカサオバケの足が、右か左かはわかりませんでした。
そうこうしているうちに、最近の靴屋さんの中には、店頭に片方しか靴をおかないところがあることに気がつきました。多分、万引き防止用なのだと思います。たとえば、左足用の靴しかおいていないと、万引きしようと思っても困るわけです。右足用の靴がないため、盗んでも使い道がないのです。でも、本当は違うかも知れませんね。片方しかおいていない靴屋さんはカラカサオバケのための靴屋さんなのかも知れません。カラカサオバケは片方の靴を用意するだけでいいですからね。靴屋さんにしてみれば、一足で二倍もうかるわけで、カラカサオバケはいいお客さんかも知れません。
というわけで、トリビアの泉に出せそうなのが二つできました。一つ目は、「カラカサオバケの足は、右か左か?」で、二つ目は「片方しかおかない靴屋さんにおいてあるのは右足用か、左足用か?」です。だれか、タモリさんのトリビアの泉に応募してみませんか。
でも、近代化に伴いカラカサオバケも西洋舶来の靴を履きたくなることがあるんじゃないかと娘が言うわけです。たしかに、そんなこともあるかも知れません。ところが、困ったことに、西洋の靴には右足用と左足用があります。左足に右足用を履かせることはできません。そんなわけで、唐傘お化けの足は、右足か左足かが重要な問題になってきます。そこで、いろいろ、調べてみましたが、カラカサオバケの足が、右か左かはわかりませんでした。
そうこうしているうちに、最近の靴屋さんの中には、店頭に片方しか靴をおかないところがあることに気がつきました。多分、万引き防止用なのだと思います。たとえば、左足用の靴しかおいていないと、万引きしようと思っても困るわけです。右足用の靴がないため、盗んでも使い道がないのです。でも、本当は違うかも知れませんね。片方しかおいていない靴屋さんはカラカサオバケのための靴屋さんなのかも知れません。カラカサオバケは片方の靴を用意するだけでいいですからね。靴屋さんにしてみれば、一足で二倍もうかるわけで、カラカサオバケはいいお客さんかも知れません。
というわけで、トリビアの泉に出せそうなのが二つできました。一つ目は、「カラカサオバケの足は、右か左か?」で、二つ目は「片方しかおかない靴屋さんにおいてあるのは右足用か、左足用か?」です。だれか、タモリさんのトリビアの泉に応募してみませんか。
東野芳明さんといえば、マルセル・デュシャンです。東野芳明さんが美術手帳に連載していたマルセル・デュシャンの大ガラスの解説を何度も読んだ覚えがあります。東野芳明さんは。1954年東大の文学部の卒業だそうです。渋沢竜彦さんもお亡くなりですし、あの頃の人たちがだんだんいなくなっていくのは寂しいですね。
余談ではありますが、東野芳明さんの解説を読んでも、マルセル・デュシャンの作品の意味は、よくわかりませんでした。
ところで、東野芳明はとうの・よしあきと読むのですね。今日の新聞で初めて知りました。それまで、友人たちとは、とうの・
ほうめいと呼んでいました。
一時代を築いたお方が、また、亡くなりました。合掌。
余談ではありますが、東野芳明さんの解説を読んでも、マルセル・デュシャンの作品の意味は、よくわかりませんでした。
ところで、東野芳明はとうの・よしあきと読むのですね。今日の新聞で初めて知りました。それまで、友人たちとは、とうの・
ほうめいと呼んでいました。
一時代を築いたお方が、また、亡くなりました。合掌。
元ヘビー級ボクシングチャンピオンのモハメド・アリさんがブッシュ大統領から大統領自由勲章をもらったそうです。普段ろくなことをしない大統領ですが、たまにはいいことをします。パーキンソン氏病であまり表情がなかったそうですが、まだ、人前に立ってくれるというだけで感激します。日本の長嶋さんもそうですが、モハメド・アリさんもいるだけで絵になる人です。
私が1番印象に残っているのはコンゴで行われたジョージ・フォアマンとのタイトルマッチです。アリはチャンピオンをはく奪されてから長い間経っていたし、年もとっていたので、とても勝てないと言われていました。その頃のフォアマンは最強のチャンピオンに見えました。なにしろ、1回とか2回でのノックアウト勝ちばかりだったのです。
もちろん、あの試合はテレビにかじりついて見ていました。サンドバッグのように打たれるアリでしたが、何となく余裕を持っていたのが印象的でした。そして、最後に、アリを殴ることで疲れ切ったフォアマンをノックアウトするのですが、かっこよかったです。ああみえて、実に頭のいいボクサーだなと思いました。
今は、重体説も出ているそうですが、いつまでも長生きしてもらいたいものです。
私が1番印象に残っているのはコンゴで行われたジョージ・フォアマンとのタイトルマッチです。アリはチャンピオンをはく奪されてから長い間経っていたし、年もとっていたので、とても勝てないと言われていました。その頃のフォアマンは最強のチャンピオンに見えました。なにしろ、1回とか2回でのノックアウト勝ちばかりだったのです。
もちろん、あの試合はテレビにかじりついて見ていました。サンドバッグのように打たれるアリでしたが、何となく余裕を持っていたのが印象的でした。そして、最後に、アリを殴ることで疲れ切ったフォアマンをノックアウトするのですが、かっこよかったです。ああみえて、実に頭のいいボクサーだなと思いました。
今は、重体説も出ているそうですが、いつまでも長生きしてもらいたいものです。
今度の外務大臣がライスという大臣に呼ばれてアメリカに行くそうです。ただ、外交日程が混んでいるので二日くらいだそうです。自費で行くのだったら、たいていの人はもっといるのでしょうけど、さすがに公費で行く人は違いますね。
ということで、私が気になるのは、新しい外務大臣の外交日程ではなくて、マイレージのことです。やっぱり、外務大臣だから、ファーストクラスで行くんですよね。全日空のホームページで調べたところ、ニューヨークまでファーストクラスで行った場合、10,105マイルだそうです。往復で、20,210マイルです。ということは、一回の外遊でグアムまで行けます。これが年に何回もあるわけですから、グアムだけじゃなくていろいろなところへ行くことができます。
それとも、一般国民が乗るような飛行機ではなく、政府専用飛行機に乗るのでしょうか。その時は、マイレージは付くのでしょうか。特別機ですから、やっぱりマイレージは少し多めですよね。
まあ、日本国民を代表してアメリカに行くわけですから、気苦労も大変だし、そのくらいのマイレージは付いて当たり前というところでしょうかね。それにしても、気になるマイレージでした。でも、マイレージがたまるのを楽しみにしている外務大臣って少しかわいいような気がします。
ということで、私が気になるのは、新しい外務大臣の外交日程ではなくて、マイレージのことです。やっぱり、外務大臣だから、ファーストクラスで行くんですよね。全日空のホームページで調べたところ、ニューヨークまでファーストクラスで行った場合、10,105マイルだそうです。往復で、20,210マイルです。ということは、一回の外遊でグアムまで行けます。これが年に何回もあるわけですから、グアムだけじゃなくていろいろなところへ行くことができます。
それとも、一般国民が乗るような飛行機ではなく、政府専用飛行機に乗るのでしょうか。その時は、マイレージは付くのでしょうか。特別機ですから、やっぱりマイレージは少し多めですよね。
まあ、日本国民を代表してアメリカに行くわけですから、気苦労も大変だし、そのくらいのマイレージは付いて当たり前というところでしょうかね。それにしても、気になるマイレージでした。でも、マイレージがたまるのを楽しみにしている外務大臣って少しかわいいような気がします。
くにやぶれてさんがあり
漢詩に疎い私でも知っている有名な詩です。この作者の住んでいた家が成都にありました。初めは小さかったらしいのですが、杜甫が死んでから、どんどん大きくなったそうです。周りは大きな公園になっていました。
漢詩に疎い私でも知っている有名な詩です。この作者の住んでいた家が成都にありました。初めは小さかったらしいのですが、杜甫が死んでから、どんどん大きくなったそうです。周りは大きな公園になっていました。
いーしやあきいーもー
てな声が聞こえそうな、焼き芋屋さんの屋台です。中国四川省の成都で見つけました。地元の人によるとこれからが季節だそうです。残念ながらためしてみなかったので味はわかりません。でも、何となく絵になる風景です。
てな声が聞こえそうな、焼き芋屋さんの屋台です。中国四川省の成都で見つけました。地元の人によるとこれからが季節だそうです。残念ながらためしてみなかったので味はわかりません。でも、何となく絵になる風景です。