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monologue
夜明けに向けて
 





   ***

 月の娘は、皿を割った
 木星王は嘆いた
 赤い目をした大地の子供は笑った

 夢魔は去った
 だが夢も去った

 鎖で繋がれた巨人は
 大地の重みに堪えかねて
 自らの踵を噛んだ
 
  灰色の陰は大鷲の老いを示す
  飛び石の向こうには、
  約束された緑の大地は無い
 
  私は言葉を切り揃えはしない。
  私は音を大事にする。
  私は木の葉擦れの間で息をしよう。

  人よ、人であれ。
  他人の水晶を覗いて、
  嘆くのは止めよ。


「SOUNDとこの部屋の仲間へ」より

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第三連も最後の
「人よ、人であれ。
  他人の水晶を覗いて、
  嘆くのは止めよ。」の解読になった。

 「人よ、人であれ。」は神の霊を止(とど)める霊止(ヒト)として人の本性に基ずく生き方をせよ、と読むのが正しいだろうが具体的にどうするのかが問題だ。
「他人の水晶を覗いて、 嘆くのは止めよ。」
これは、占いに使用する水晶玉ともうひとつの水晶がつくことば「水晶体」ヒトの眼球のレンズの部分のこと。他人の占いの水晶玉を覗いて、そこに映るものを見て嘆いてもしかたない。それは他人の未来なのだから。水晶体の場合は、他人の眼の水晶体を覗いてばかりいてもそこに透けて見えるのは他人の心なのだ。他人がなにを思ったかに拘泥して嘆くのは止めて自己の水晶を見つめるとその奥に秘められた魂の輝きに気づく。人はそれぞれに与えられた命(運命、宿命、使命、など)が違い、それらの糸(意図)がもつれることなくひとつの目的のために進んでいる。それは小宇宙である人体の細胞の働きに似ている。全ての細胞は互いに助け合い互いの使命を果たし主人が生存することに貢献している。心臓の細胞が肺の細胞を羨んだりいばったり批判してもしかたがない。それぞれがかけがえのないすばらしい命を生きているのだから。
fumio





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