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夢の羅列<沈黙思考展開>

2016-08-21 18:30:28 | Dreams
夢の羅列<沈黙思考展開>


つづき。

私は女にそのシベリアの白鳥のシルクだという大判のスカーフの値段を尋ねた。

「8万8千円」

また微妙なというか妥当というか適当というか有りがちというか、
そんな絶妙かつ巧妙なプライシングである。

たしかにスナックの副業で販売するヒザ掛けにしては高いが、
しかしそこはシベリアの白鳥のシルクである。
北の極限にして厳寒の地において鍛えられた究極の天然繊維である。
スカーフのように薄く軽い生地なのに、ヒザにかければたちまち暖炉の温もりである。
そしてひとたび肩にかければすでにアナタは南国の風に抱かれ夢見心地の桃源郷である。

だいたいが羽毛製というからには絹織物の英名であるシルクではないはずなのに、
羽毛のシルクであるという断言と確信と理解の強要は決して8万8千円の値段に対して
恥ずかしくないどころか、確固たる自信を持ってそして胸を張って微笑みさえ添えて
尋ねた者に告げることのできる揺るぎない背景の強さを持っていた。

「安いね」私はそう答えた。

酎ハイ子は私の理解に大変満足した表情をして、グラスをそっと口につけた。

私は考えた。
シルクは蚕の吐いた糸を紡いで作るのだが、これは羽毛を紡ぐということか。

羽毛を紡ぐなどと聞いたことがないが、
現代の紡績技術でなら出来ないこともないかもしれない。
あの薄い生地でそんなに暖かいのなら、軍需にもなるかもしれない。
とくに装備を薄く軽く小さくと考える登山者たちには必需の品であるかもしれない。
いや、普段の生活でも育児やら何やらこの軽さと暖かさの兼ね合いは需要があるよなあ。

考え込んでいるのを見て女は、
私が買うことを迷っているのだと思ったらしく、
ウエイトレスにスカーフを広げて見せるように小声で伝えた。

しかし私が考えていたのは技術的なことと、その素材の革新性であった。

出すところへ出せばそれこそ爆発的に売れるのではないか。
まあどれだけ売れるにしても私は他にやることがあるから手出しはしないが。

この女、自分の抱えた商品の価値をわかっているのだろうか。
「成れの果て」などというスナックで委託販売とは、
どうも大事なことが欠けているような気がした。

ウエイトレスが歩いていくのが見えた。
数メートル先のラックまで着くと、スカーフを手に取った。
そして電気的なキャンドルライトの光の横で布の端の片側を指からおとした。
同時に布を摘んだ両手を高く上げた。
慣れた手つきである。そうしないと裾が床に着いてしまうのだろう。

それまで二重に軽く柔らかに畳まれていたスカーフは
音も質量もない雪崩であるかのように暗い店内の小さな灯りに白く広がった。
そこに私が目にしたのはどこか雪の湖であった。

つづく。
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