徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

続・現世太極伝(第百十三話 17年目のラブレター )

2007-02-10 16:46:46 | 夢の中のお話 『続・現世太極伝』
 西沢の体内に宿る滅のエナジー…ノエルが太極から聞いた話によれば…西沢がこの世から消えても吾蘭や来人に引き継がれていくらしい…。

 つまり…西沢の血を引く者たちは皆…滅のエナジーの継承者になっていく…。
まるで…HISTORIANのプログラムや天爵ばばさまの魂のようではないか…と滝川は思った…。

何のために…?

 新しいプログラムが西沢の中に組み込まれた…からには今現在がどうのこうのよりは…ずっと未来を見越してのことだと考えられる…。

 滅びが不可避であるならば…別段…今から滅びの種を人間に植え付けておく必要は無く…太極が滅ぼすと決めたその一瞬で事足りる…。

 それなのにわざわざ西沢の中に…そして西沢の子孫に…引き継がせていくのは何故なのだろう…?

 「これは想像の域を越えないんだけれど…わざわざ紫苑の中にあえて必要のない滅のエナジーを組み込んだということは…太極は宗主に対して契約の証を見せたと考えていいんじゃないか…。 」

契約の…証…?

西沢は身体ごと滝川の方に向き直った…。

 「そう…。 能力者側は…実際にエナジーを取られるわけだから別に証も要らないわけだが…太極側が本当に沈黙しているのかどうかは…はっきりしない。

無論…今現在…こうして生きているわけだから…契約自体は守られていることは分かるが…滅びに対する不安を抱えたままでいることになる…。

紫苑の中のそいつが眠っていれば…何の問題もない状態…と考えても差し支えない…そういうことじゃないだろうか…? 」

僕の中の…魔物…。

 「尤も…そいつは巨大なエナジーの一部に過ぎない…。
けれど…エナジー全体と繋がっている…。
 そいつが時ならぬ時に目覚めるということは…エナジーにとっても容易ならざる事態が起こっているということ…。

 そうでなければ…おそらく…紫苑が日々穏やかに過ごして居られる間は…そいつの眠りも続くだろう…。
ある意味…紫苑自身の心が封印の鍵となっているのかもしれない…。

 だけど…そんなものを背負っていくのは…ひとりでは無理だ…。
これまでだって抱えきれないほどの荷物を抱えてきたのに…。

 だからね…紫苑…。
この世を転覆させるほどの怒りと恐怖が…紫苑の心に芽生えてこないように…僕はここに居る…。
ずっと…傍に居る…。 」

ふたりで…背負っていこう…。

滝川は言った…。

それが僕の役目だ…紫苑…。
遠慮は要らねぇよ…。

 それが…いつ頃からだったのか…西沢もはっきりとは覚えていない…。
おそらく…あのラブレター事件から少しばかり後…滝川は相庭から西沢のケアを引き継いだ…。
 誰にそうしろと言われたわけではない…。
西沢に近づくことを西沢家と相庭が認めたので…ごく自然に…そうなった…。

 実母の絵里が亡くなって二年ほどは相庭と玲人が西沢家に許される限り傍にいて…時折…闇に引き込まれそうになる西沢を護っていた…。

 小学校に上がる頃から西沢家の干渉が強くなり…相庭も仕事の時以外はほとんど西沢の傍にいることができなくなった…。
養父の羽根蒲団を持ち出して遊ぶことで幼い西沢はなんとか自分を支えていた…。

 思春期に入って英武の症状が俄かに激しくなり…あまりにも状況が悪化し始めると…相庭は再び西沢を護るために動き始めた…。
滝川が西沢に接近したのを幸いに…滝川にすべてを託すことにしたのだ…。

 家門の異なる滝川に曰くのある子供を任せることは…相庭にとっては大きな賭けだったが…滝川は予想以上の働きをしてくれた…。
他家の者であるがゆえに西沢の境遇を詳しくは知らされてなかったにも拘らず…。

 「紫苑ちゃん…じゃなくて…紫苑を愛してるから…この際はっきり言っとくぞ。
眼のことは忘れろ…。

 僕は逃げ出したりしない…。 絶対に…おまえをひとりにはさせない…。 
和が亡くなった後…長いことひとりにさせてしまったこと…後悔してるんだ…。
傷口広げたようなものだった…。

 紫苑はもう…いいおとなで…お父さんで…我がまま言えない…弱音は吐けないと思ってるだろうけど…そんなことは考えなくていい…。
 怖いものは怖いし…つらいものはつらい…。
紫苑の受けた傷を癒すには…紫苑自身が自分の心に正直にならなきゃ…。

 いつもいつも強くて優しい紫苑じゃ疲れるし…他人には温かくても自分が冷え込んでちゃ切ないだろ…。
他人のためには懸命に頑張るくせに…自分のこととなると…諦めてばかりで…。

 輝にしたって…おまえがもっとはっきりとした態度をとれば結婚してくれてたかもしれないし…ノエルだってこれから先…手放さずに済むんだぞ…。

 とにかく…こんなことくらい何でもないんだから…僕のことは気にするな…。
おまえをひとりにしないと決めた以上…そのために何が起ころうと覚悟はできてるんだ…。 」

滝川の勢いに気圧されたのか…西沢は瞬時沈黙した…。
何ともいえない…奇妙な間が空いた…。

 「おまえ…今…告ったろう…? 」

西沢が笑いを堪えながら言った…。

 「紫苑ちゃんじゃなく…紫苑が好きだって…? 」

其処じゃねぇよ…僕が言いたいのは…。

そう思いながらも滝川は否定しなかった…。
西沢にも十分…分かってるはずだから…。

 「恭介から17年ぶりに告られた…って話しても…今さら誰も驚きゃしないなぁ…。 」

まあ…そうだろうな…。
普段から…そういうキャラだし…。

…って…だから…其処じゃねぇっつうの…。

 「僕と一緒に…こいつを…背負ってくれる…恭介…? 
すげぇ重いよ…。 何しろ…地球一個くらい平気でぶっ壊しそうなやつなんだ…。
僕ひとりでは潰されそうだ…。 」

躊躇いがちに…西沢が言った…。

 滝川はほっと胸を撫で下ろした…。
ようよう…持ち直したな…。
 それも…今度は自分から頼ってきた…。
17年目のラブレターが効いたか…。

 「当たり前だろ…。 紫苑のためなら何でもしてやるよ…。
紫苑の喜ぶ顔を見るのが僕の幸せ…だからさ…。 」

 そうさ…紫苑…。
おまえは要らない子なんかじゃない…。
僕の大切な紫苑なんだぜ…。

不意に西沢の手が滝川の頬に触れた…。

 「恭介…必ず…必ず…もう一度…カメラを持たせてあげるよ…。
どんなことしてでも…きっと…治してあげるからね…。 」

声が震えていて…西沢が泣いているのが分かった…。

泣き虫…紫苑…。

胸が迫って…そう呟くのがやっとだった…。



 上がり框に足をかけた途端…キッチンの方から冷蔵庫を開ける音がした…。
間に合ったかしら…と輝は不安げな表情を浮かべた…。

 「恭介…昼の仕度しちゃった…? 」

風呂敷に包んだ大皿をテーブルに乗せながら輝は訊ねた…。

 「いいや…今…なに作ろうかと考えてたところ…。 」

滝川はそう言って輝の方に向き直った…。

 「良かった…。 お稲荷さん作ったのよ…。 」

風呂敷を解くと美味しそうな稲荷寿司の匂いが漂った…。

 「へぇ~いい香りだ…。 それじゃ…吸い物でもあればいいか…。 」

滝川は棚から干し椎茸と花麩を取り出した…。

 「いいわよ…恭介…私がやるから…。 」

椎茸を戻して居る間に、輝は冷蔵庫から三つ葉を取り出すとさっと洗って、二本ごとに手早く結んだ…。

 「ノエルが子供たちを動物園へ連れて行くって言ってたから…お弁当用に作ったんだけど…倫お祖母ちゃんもお弁当を作ったみたいでね…。
ノエルはお稲荷さんも持っていくって言ったんだけど…やっぱり食べきれないと思うから…。 」

ふうん…輝の方が引いたんだ…。
結構…気を使ってんだね…輝も…。

滝川はそう言って笑った。

 「違うわよ…向こうは…ほら…残っても食べる人がなくて困るじゃない…。
こっちには紫苑や恭介が居るから…。 」

残らず捌けるからいいのよ…と輝は言った。

 「スタジオの方は大丈夫なの…?
随分休んでるでしょ…? 」

 そう…もうどのくらいになるか分からないくらい…。
普段の仕事は…スタッフの松村と武井に任せてあるが…滝川の名前を必要とする仕事は他の者にはできない…。

 一応…病気療養中ということで注文は受けないで貰っているが…あまり長く続けば…当然…お得意さんを失うことになる…。

 「滝川恭介も…終わりかな…。 案外短かったな…。 」

滝川は自嘲するように笑った…。
いいんだ…別に…。 後悔なんかしてないし…。

ただ…。

 「紫苑だけは…見えると嬉しいんだけどなぁ…。
それだけが…寂しいよ…。 」

あんたってば本当に救いようがないわね…。
輝は肩を竦めた…。

 「紫苑が根負けするわけだわ…。 」

忙しなく手を動かしながら輝が言った。
決して皮肉を言ったわけではなかったが…滝川はさも可笑しそうにクスクスと笑った…。



 思い詰めたような顔をして…松村が現われたのはその日の午後だった…。
そわそわして落ち着かない松村の態度に…スタジオで何か問題が起きたのかと…滝川は思った。

 「実は…西沢先生にお願いがあって来たんです…。 」

松村は滝川に…ではなく西沢に向かって話し始めた。

 「もう一度…滝川先生のモデルを引き受けて貰えないでしょうか…? 」

突然の申し出に…西沢も…滝川も面食らった。

 「松ちゃん…僕のモデルって…僕は今…撮れないよ…? 」

怪訝そうに滝川は訊ねた…。
分かっています…と松村は頷いた…。

 「でも…先生は完全に見えないわけじゃなくて…ぼんやりとは分かるんでしょ?
僕等スタッフ全員で…考えたんです…。
 先生の考えたイメージで…僕等が被写体をセットする…。
それを撮って貰うのはどうだろうか…って…。 」

無理だ…と滝川は思った…。
セットはできるだろうが…微妙な動きや表情の一瞬の変化を捉えることができない…と。

 「勿論…すぐにはできませんが…僕と先生とで二人三脚…合わせる訓練してみようと思うんです…。

被写体までの距離や照明の具合…あらゆる条件を実際に撮影しながら調整していって…武井にデーターを取って貰いながら…本番に備える…。

…だめでしょうか…? 」

 到底…無理だ…無理だが…もし…治らないのなら…これは松村にスタジオを引き継がせるいいチャンスかも知れない…。
滝川はそう考えた…。

 「条件がある…。 松ちゃんも同時に撮れよ…。 
僕に合わせるのではなくて…松ちゃん自身の写真を…。
それなら…OKするよ…。 」

滝川はそう言うとちらっと西沢の方を見た…。

 「僕は…それで構いませんが…西沢先生は…? 」

滝川の思惑に気付かない松村は懇願するような眼で西沢を見つめた…。

 「分かった…受けるよ…。 だけど…時間が欲しい…。 
僕はもう…簡単にモデルって言える齢じゃないんだ…。

 どんなイメージで撮るにせよ…できるだけ…身体作っとかないと被写体としては没…。
惨めな姿曝して…恭介にあまり恥かかせたくないからね…。 」

 松村の顔が輝いた…。
西沢に何度も礼を言いながら…スタジオのスタッフたちと至急日程を組むから…とあわてて帰って行った…。

 滝川が引退を考えていることに西沢は気付いていた…。
けれど…もしかしたら…これがきっかけで解決に繋がる何かが掴めるかも知れない…と西沢は思った…。

凶と出るか…吉と出るか…西沢の静かな戦いが始まった…。






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