徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

二番目の夢(第十四話 虐待の理由)

2005-07-23 23:37:32 | 夢の中のお話 『鬼の村』
 「だからね…。単純に二つの音をぶつけ合ったって音は消えたりしないんだよ。」

鬼の声の防御対策のために、雅人はさっきからずっと音についての講義をしているのだが、透はなかなか理解できないようだ。

 「音の干渉ってのは単に音を消すだけじゃなくて強めるときにも使うんだから…。
簡単に言うとね。 相手の音と同じ周波数にもっていったところで、位相差を変化させて波長のちょうど半分くらいの所へ変えていくと音が打ち消しあって…。」

 「ああ~。 解かんねえ! いいってもう…。 物理だめ~!」 

 透は頭を抱えて叫んだ。透に言わせれば、理論がどうあれ結果が出ればいいのであって、簡単にと言うならば音に対する障壁を作れば済むことなのだ。
雅人はやれやれと言うように肩をすくめて透の部屋を出た。




 『お帰りなさいませ。』というはるの声。『慶太郎から連絡はない?』と訊く修の声がする。
慶太郎とは西野の名前だ。『はい。いまのところ動きはないようでございます。』

 雅人が時計を見るとすでに12時をまわっていた。このところ修の帰宅が遅くてまともに話もしていない。貴彦叔父に手足のようにこき使われているというのがもっぱらのうわさだが、修の場合、一旦仕事を始めたら切りのいいところまで片付けてしまわないと気がすまないという性格が災いしているのではないかと思う。

 今夜も多分すぐに風呂に入って寝てしまうだろう。透も雅人も遅い時間帯には迎えには出ない。
疲れた修を少しでも早く休ませてあげたいからだ。
案の定、しばらくすると修が部屋へ引き上げて来る音がした。ところが、今日の修は自分の部屋の前で少し躊躇した後、雅人の部屋の扉をノックした。

 「雅人…起きてるか?」

 「起きてるよ。」
  
修はそのまま雅人の部屋へ入ってきた。

 「隆平くんの部屋を透視できるか? この間ほど障壁は強くないと思うが…。」

 「やってみる…。」

雅人は意識を集中させた。修の言うように少しだけ障壁が弱くなっている。
ぼんやりとだが隆平の姿が見えた。

 「修さん。 見えたよ。 手を出して。 」

修の差し出した手を取ると修の意識の中に隆平の様子を伝えた。 
隆平の身体にはまた傷が増えていた。修の表情が曇った。

 「隆平くん…。 」

 『修さん!有難う…孝太兄ちゃんは無事なんだね。
孝太兄ちゃんに近づけないらしくて…怒ってたけど。 ほんとに有難う! 』

 「それで君は…またそんな酷い目に? 」

 『僕はいいんだ。 慣れてるから…。 』

 「すぐ治してあげるよ。 怪我のあとを消さない程度にしておくからね。」

 『うん…。』

 「この連休には必ず行くよ。 君を迎えにね。 だから待っていて。」

 『うん…。』

 隆平の消え入りそうな小さな声が修の胸を締め付けた。
雅人が透視をやめてからも修には痛々しい隆平の様子が見えるようだった。

修の目から一筋涙がこぼれ落ちた。

 「どうして? あんないい子を…。 」

 雅人には修が幼い時の自分と隆平を重ね合わせているように感じた。
同時に修の怒りの対象が隆平を痛めつけている相手だけではないようにも思えた。
 この前とは異なって、穏やかで落ち着いてはいるが修の胸のうちに潜む怒りと悲しみはそう簡単に消したり抑えたりできるものではない。
雅人を困らせないように努めて平静を装っているのだろう。

 「遅くに悪かったね…。 有難う。」

そう言って修は立ち上がり部屋を出て行こうとした。

 「あなたが怒っているのは…12歳のあなたに暴力を振るった相手に対してだけではではないんだね…。」

雅人は背後からそう声をかけた。

 「もっと以前から…本当言えば生まれた時から…あなたを顧みることのなかった周りの大人たちすべてに対しての怒り…。」

修は振り返って雅人を見た。雅人は瞬時に凍りついた。表情を失った作り物のような冷たい顔…。
自分の抜け殻ごと三左の魂を消滅させた時の顔だ。

 「覗いていいものと悪いものがあるよ…雅人。 僕の心の奥底を覗いて何が面白い?
 僕はおまえたちにSEXを覗き見されても何とも思わないけれど…僕の内面を覗き見されるのははっきり言って心外だ…。」

雅人は初めて修に対して恐怖心を抱いた。我が子とも思う透には絶対見せることのない顔。
修が再び出て行こうとした。

 「ま…待って! 修さん。 ごめん…。 ごめんなさい…。」

 形振り構わず修の腰にしがみ付いて雅人は何度も謝った。
修は振り向きざまに腰をかがめて雅人の顔を覗き込むと軽くキスをした。
『えっ?』と雅人が事態を飲み込めずにいると、修は悪戯っぽい目でにやりと笑った。

 「ジョーク! ジョーク! 雅人。 覗きのお返しだよ。 じゃ…お休み!」

修は手を振って、からからと笑いながら出て行ってしまった。
心臓に悪い人だと雅人は思った。



 修たちが再び村を目指したのは連休の前の夜だった。すっかり秋めいてきたので紅葉目当ての観光客による混雑を避けたいと思ったからだ。

 村にはまだ暗いうちに到着した。女将が到着時間にあわせて玄関を開けておいてくれたので、勝手に受付の上に用意されていたキーをとって部屋に向かった。すぐに休めるようにと布団も用意しておいてくれたので朝までゆっくり睡眠を取ることができた。

 朝食を終えた頃に数増が訪ねてきた。修が孝太と隆平のことで相談があると言って呼び出したのだった。
 数増は修から隆平の置かれている状況を訊ねられると、最初は言葉を濁したようにしていたが、虐待が事実だと言うことを話し始めた。

 隆弘は隆平を産んだことが妻を死なせた原因だと考えている。しかも、隆平が孝太の子どもじゃないかとも疑っているらしいのだ。それやこれやで機嫌が悪い時に、隆平が少しでもへまをすると殴ったり、蹴ったりするのだという。

 「この村では仲間意識が強いので見て見ぬふりをしとるんだわ。 隆平は可哀想だがわしらが下手に口だしゃ、隆弘に余計にやられるで。」

誰も庇ってやろうとしないのか!と怒鳴りつけたい気持ちを抑えて修は話を切り出した。 

 「隆平くんを預からせてもらえるようにお話し頂けないでしょうか? 家内の実家が有名な私立の進学学校を経営してましてね。 隆平くんも来年は受験だし、大学を目指すなら、そこで勉強をさせてあげたいのですよ。」

 差しさわりのないように受験に託けて修は数増に相談を持ちかけた。
なるほどと数増は思った。 大学へ行くならどの道一度は村を出なければならない。
隆平を助けるいい機会かもしれないと考えた。
末松の言うことなら隆弘も無碍にはできまいから、一応末松の了解を得てくると言いおいて帰っていった。


 

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二番目の夢(第十三話 心に巣喰う鬼)

2005-07-23 00:01:18 | 夢の中のお話 『鬼の村』
 ノックもせずに修たちの寝室へ飛び込んだのは別に他意があってのことではない。
母屋から急いで駆けてきて、玄関のところで多喜ののんびりした問答にとっ捕まって鍵を開けてもらっているうちに気が焦り、勢いドアに突進したところがたまたまドアが半開きだっただけで、不可抗力としか言いようがない。
 修が寝息を立てている傍らで髪を纏めている笙子お姉さまのお姿をばっちり拝見してしまった。お姉さまは『あら…。』と言って嫣然と微笑んだ。



 「で…僕の寝込みを襲った訳は…? 」

 ベッドに腰をかけて、呆れはてたように二人を見ながら修が訊いた。笙子に起こされ、二人に起こされ、今日は厄日だ…と修は思った。

 「これ…隆平くんからのメールなんだけどなんか変なんだ。 途中で切れたし、こっちが確認のために返信しても答えが返ってこないんだよ。雅人が遠隔透視を試みたけどぜんぜんだめで。」

 透が携帯を渡した。受け取ると修は、確かに切れ切れではあるが普通に読めば悩みの相談のようにも受け取れる文書を読んだ。

 「笙子…この子には防御の印をつけてある。今の状況を映像化できるかい?」

修の後ろで肌掛けに包まっている笙子に声を掛けた。

 「それ貸してね…。 修。手を出して。」

 笙子は片手に透の携帯を持ち、もう一方の手で修の手を握った。 

 「結構、強い障壁があるわ。 これを造った人は相当な力の持ち主ね。」

 修の脳裏に浮かんできたのは、部屋の片隅ですすり泣く隆平の姿だった。
はっきりとはしないが、誰かに暴力を受けた痕跡がある。
修の防御の印が反応しなかったのは、異能力による暴力ではなく、誰かに殴られたか蹴られたものだからだろう。

 隆平の哀れな姿を見た瞬間、修の中の鬼が頭を擡げた。怒りが全身を支配しようとした。
気付いた笙子が強く手を握ってそれを制した。
修は気を落ち着かせ、大きく息をすると隆平に語りかけた。



 部屋の片隅で隆平は泣いていた。殴られた傷の痛みより孝太に迷惑が掛かるのがつらい。

 『隆平くん…分かるかい?』

隆平は部屋を見回した。誰の姿もない。

 『この声は君にしか聞こえない。君も話したいことがあれば頭に思い浮かべて…。』

 「修さんなの? メール見てくれたんだね。」

 『怪我は大丈夫かい? 今…痛みを止めてあげる。』

隆平の身体から少しずつ痛みが消えていった。

 「すごい。修さん。こんなすごい人だったんだね。」

 『すぐに行ってあげられなくてごめんね。
いま僕がしてあげられることがあったら、なんでも話してみて。』

 「孝太兄ちゃんを護って! このままだと何をされるか分からない。 殴る蹴るじゃすまないかもしれない。」

誰に?とは訊かなかった。

 『分かった…。近いうちに必ずそっちへ行くからね。絶対に短気を起こしちゃだめだよ。
僕を信じて…きっと君を救い出すから…。』

隆平の心に微かな希望が湧いてきた。間違いじゃなかった。やっぱりあの人は僕のことを知っている。きっと助けてくれる。



 隆平との話しが終わっても修はしばらく身動きひとつしなかった。
俯いた顔を上げようともしない。笙子には心の中に湧き上がる怒りと憎悪の炎を必死に抑えているように見えた。

「なぜ…なぜ気付いてあげられなかったんだ。 あの子はきっと助けを求めていたはずだ。」

 雅人はおろか生まれたときから一緒に暮らしている透でさえも、修のこんな様子は始めて見た。
修の中に闇の部分があることは以前から雅人も気付いていたが、それは戦いのときに見せる非情さだと思っていた。
 過去の修練によるおぞましい体験が修の冷酷な一面を生んだのだと…。
しかし、それだけではなさそうだ。修のもっと人間的な部分に根ざした闇のように思える。 

 「大丈夫…きっと救えるわ。落ち着いて。 修。 透くんたちをを怯えさせてはいけないわ。」

笙子にそう言われて修は我に返った。

 「ああ…そうだね。 悪かった。 つい…。」

 「雅人くんたちも…もう子どもじゃないわ。 話してあげてもいいんじゃない?
あなたが黙っているとかえって心配するでしょう…? 」

修は一瞬迷っていたが、分かったと言うように頷いた。

 

 「僕が笙子を支え続けているように…笙子も僕を支え続けてくれているんだ…。
いつ動き出すか分からない…僕の心に巣喰う闇の鬼を…僕がいつでも抑えていられるように。」

 修はそう語り始めた。
 
 「透や冬樹を育てるのに手一杯で、なかなか友達を作るなんてことができなかった。
それでも12くらいの時に、近くに住んでいた高校生と知り合って結構仲良くなったんだ。

 時々だけど、宿題をみてもらったり、工作を手伝ってもらったり、本当に優しくしてくれたよ。
半年ほど行き来があったから、はるなら覚えているだろうな。 
紫峰の家へ遊びに来ると、小さかった透や冬樹のこともあやしてくれたりしてね。」

 少しだけ修は微笑んだ。

 「突然、彼は僕を裏切った…。 暴力で…。 今の僕からは想像できないだろうけど12歳の頃はクラスでも小柄なほうでね。
何があっても紫峰の力は人前では使えなかったから…腕力ではとても敵わなかった…。」

雅人は身体が硬直するのを覚えた。透が下唇を噛んだ。

 「彼が最初から悪戯目的だったとは思わない。 でも僕は許せなかった。
その時から僕の中には鬼がいる。 腕力に物言わせるような奴を見ると叩きのめしたくなる。
理性も何もかも吹っ飛んでしまいそうになる。」

二人の顔色が変わったのを見て修は安心させるようにおどけた調子で言った。

 「一年後には30センチほど伸びてさ。彼よりずっと身体が大きくなってたから余裕でぶっとばせたのにな。あいつはあの後すぐに引越したんだ。 残念この上ないね。 」

何か言わなければと雅人は思った。自分たちが深刻になってしまったら、きっと修を悲しませるだろうと…。

 「ふ~ん。それで禁欲主義と情欲主義の夫婦が誕生したってわけね…。」

 「そういうことだね…って…ほんと口悪いなおまえは…。」

修は笑いながら言った。

 「やだ…情欲主義って私のこと…? そんなこという人には…もう見せてあ*げ*な*い。」

そう言いながら笙子が指で投げキッスした。
雅人も透も真っ赤になった。

 「なに見せるって…?」

笙子が修に耳打ちした。

 「お勉強したね?」

修がわざとらしく睨んだ。
二人は無言で何度も頷いた。




 修はその夜のうちに孝太の周りにボディガードを派遣した。ひとりは言うまでもなく闇喰いのソラ。もうひとりは紫峰家の使用人のひとりで西野という若い男である。

 西野は紫峰家に代々仕える執事のような役割を担う一族の出身ではるの甥にあたる。
信頼できる男で腕っ節も強く頭も切れる。真夜中にたたき起こされたにも拘らず、文句のひとつも言わずに直ちに出発した。
 
 

 修の告白は、幼児期のあの酷い体験の話を聞いたときよりもある意味ずっとショッキングなものだった。
 透が修に甘えて過ごしている間に、当の修には頼るべき人も相談する人もなく、ひとり苦しみ、悩み、悲しみ…。そう考えると透は自分がどれほど恵まれていたかを思い知らされて、なおさらせつなかった。
 
 笙子のような世間から見れば非常識な超悪妻ともいえる女性でも、きっと修にとっては本当に安心できる伴侶なんだと雅人はようやく思えるようになった。
 若い雅人にはまだよくは分からないが、何もかもを受け入れて理解し合っている。そんな夫婦なんてめったにないだろう。生活はハチャメチャだが、いざというとき心が通い合っていれば、それはそれでいいのかもしれない。

悔しいけどやっぱり笙子さんには敵わないや…。

雅人は心からそう思った。 





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