徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

二番目の夢(第十一話 鬼面川の祭祀伝授 )

2005-07-20 22:15:00 | 夢の中のお話 『鬼の村』
 鬼が住む所と言えば古来さまざまな土地に、いろいろな伝説が残ってはいるけれど、最も身近な場所は自分の心の闇の中だ。
 この鬼はちょっとしたきっかけでそこに生まれ、人知れず成長する。胸の内に鬼を飼っている本人でさえ気付かぬうちにいつの間にか手に負えないほど大きくなっていることもある。
 大きさに差はあれ、どんな人の胸にも存在し、ひとたび生れ出たら完全に消しさることはできない。ただ押さえ込むことができるだけである。

 他人から見れば非の打ち所なく、誰からも愛され、尊敬され、慕われているはずの修にさえ心に持つ闇はあり、巣食う鬼もまた存在する。
 時折、頭をもたげる鬼を押さえつけ、なだめ賺して眠らせる。自分の中に蠢くこの鬼との戦いは修が生きている限り果てしなく続き、決して終わりを見ることはない。

  

 葬儀は道夫が本家の人間ではないこともあって簡素に行われた。弔問客も本人とは馴染みの薄い人ばかりなので焼香を終えるとすぐに引き上げ、ほとんど身内だけでの野辺の送りとなった。

 初七日の法要も重ねて行われたが、これも焼香が終わると身内でさえもさっさと帰途についた。
どうやら道夫という人にはあまり人望がなかったようだ。

 法要の振る舞いも旅館からの仕出しで簡素に済ませ、酒の廻った年配の人たちは酔い覚ましの昼寝をしにそれぞれの好きな場所へと散っていった。

 「せっかく来てもらったのにえらい目に合わせたで悪かったなあ。疲れなさったろうが。
いろいろ手伝ってもらってすまんかった。」

 彰久や修たちを前に、孝太は申しわけなさそうに言った。
隆平も丁寧に頭を下げた。
 
 「なに。 気にしないで下さい。 僕等も身内でお客じゃありませんからね。」

彰久がそう言うと孝太は嬉しそうに笑った。

 「隆平さんに聞いたのですが、孝太さんは鬼面川の祭祀に詳しいお方だとか…?」

 修が孝太に訊いた。彰久が驚いたように修を見た。

 「ははは…少しばかり勉強しただけで。大祖父さんの代までは祭祀も細々続いとったようですが、先代がはよ亡くなったで、後をする者がおらんようになって。俺も見よう見まねですがね。」

 「失礼ながら、史朗くんと僕の前でそれを再現してもらえませんか?」

 彰久が言うと孝太は驚いたように訊いた。

 「祭祀と一口に言ってもいくたりもあるので。 全部お見せするとなると相当な時間がかかりよりますが…? それに俺のは独学ですから正しいかどうか…。」

 「是非にもお願いします。 僕たちには確かめたいことがありまして…。」

 彰久と史朗は孝太に深々と頭を下げた。孝太は恐縮した。

 「俺のでよければやらしてもらいますけど…。それじゃ…鬼の頭の塚の社へ…。」



 鬼の頭の塚はさすがに観光の目玉だけあって綺麗に整えられ掃除も行き届いていた。
隣接する社も小さいながら美しい造りでよく手入れされてあった。
隆平が鍵を開け皆を中へと案内した。
彰久、史朗と修たちは拝殿に額づくとそれぞれの様式で拝礼した。

 「それでは…始めさせてもらいます。」

孝太は緊張した面持ちで拝殿に向かった。隆平は脇で介添えを務めた。

 鬼面川の様式では拝殿で儀式を始める際にはまず御大親(みおや)に対し、諸式を行ってよいかどうかの伺いをたて、その許しを得て諸式を執り行う。 伺いをたてる文言、所作は定められたとおりに行わなければならない。
 
 彰久、史朗の目は厳しく孝太の所作に向けられていた。

 透や雅人も黙って見ていたが、鬼面川の儀式の運び方が紫峰や藤宮のそれとは全く異なるので、過去に縁のあった一族でありながらこれほどの違いがどこから生まれるのか不思議に思った。

 孝太はかなり熟練しているようで、よどみなく所作を運び文言を語り、諸式をこなして行った。

 「…拝し奉り…。」

 「違う!」

突然、彰久の厳しい声が飛んだ。孝太は驚いて彰久を見た。隆平も思わず身震いした。
 
 「華翁…やって見せてあげなさい…。」

 彰久に言われて、史朗が前に進んだ。
孝太の所作と史朗の所作は本当に微妙な動きが異なるだけで、傍から見ればどこがいけないのか分からないくらいだった。しかし、彰久は史朗の所作に満足げに微笑んだ。

 「孝太さん…今一度同じところを…。」

 彰久の表情には有無を言わせぬ強いものがあって、孝太は素直に頷いて史朗の所作を真似た。

 「では次へ…。」

 それから何度も何度も孝太の所作には厳しい叱咤の声が響き、史朗がそのたびに手本を見せた。
普通なら、なんだこいつら偉そうにと思われるところだが、彰久も史朗も異常なまでに熱を帯びており、孝太も必死でその声に応え続けた。

 すべての所作を覚え終わるまでに何時間かかったことだろう。
彰久が合格を出したときには、孝太は息を切らし、汗にまみれ、立ち上がるのもやっとだった。

 「孝太さん…。よくぞここまで自力で学ばれました。」

いかにも嬉しそうに彰久が言った。史朗も満足げに微笑んだ。

 「いやあ…有難うございました。分からぬ所も多かったので助かりました。
それにしてもどこで祭祀の所作や文言を…?」

 不思議そうに孝太は訊ねた。彰久の一家がこの村を出たのは父親が子どもの時である。
それなのに彰久たちは正確に祭祀を語ることができる。

 「父が子どもの時に先代から教わったのではないかと思います。勿論、それが祭祀であることは本人はほとんど知らなかったでしょうが…。僕たちは作法として習いましたけれど。」

 彰久は修を見ながらそう言った。修が少し微笑んで頷いた。

 「孝太さん…隆平くん。 僕も史朗くんもすでにこの村を出た人間ですから、長としてこの村へ帰ることはできません。 ですが…どうしても同じ鬼面川の人間として申し上げておかなければならないことがあります。」

 彰久は真剣な顔で孝太と向き合った。孝太は居ずまいを正した。

 「まず第一に鬼面川は特殊な力を持っている人の集まりではないのです。
 確かに鬼将つまり将平には不思議な力がありました。しかし、その子閑平にはそれほどの力がありませんでした。

 閑平が将平と同じように祭祀を行えたのは、天の力、地の力を借りたからなのです。
あなたが学んだその所作と文言には、その人自身には力がなくても天と地と御大親の力を最大限に利用するための力が込められています。

 天に感謝し、地に感謝し、御大親に礼を尽くすことで、誰でも鬼面川の力を使えるはずです。
力を持っていない人でも心根がよく信頼に足る人であれば長に立てるべきです。

 次に、誰が考え出したか知りませんが、鬼が決めるなどという儀式は絶対在ってはならないことです。仮に鬼というものが本当に存在したとすれば、自分をを封じる者を自分で選べということになります。
 そのような馬鹿げたことを続けていたら、この村はいつか鬼にとっての楽園と化すでしょう。
鬼面川の存在意義が失われることになります。

 鬼面川の使命は天地への感謝と御大親への礼によって村の安全を祈ること、たとえ鬼であっても亡くなったものへの供養を忘れないこと。 あの古い塚のひどい有様はなんですか? 
あれでは鬼でなくとも祟りたくなりますよ…。

 是非 あなた方若い世代が鬼面川を正しい方向へと導いていってください…。」
 
 彰久の言葉に孝太と隆平はいちいち頷いた。
この二人なら、きっと鬼面川を立て直せるだろう。 鬼面川の魂の基盤さえ揺らがなければ、たとえ観光化が進んでも鬼面川のなすべきことだけは護られる。
彰久はそう考えた。

 
 「こんな所で何をしとる!」

隆弘の怒鳴る声が響いた。 少し腹を立てているようだった。

 「お客に観光案内だわ。 一族だのに彰久さんたちはここへ来たことがないそうなで。
俺が連れてきたんだわ。 よかろうがよ。」

孝太は知らん振りしてそう答えた。皆に黙ってろと言うように目で合図を送った。

 「それだったら 俺にひとこと言っとけや。 驚くに。 」

隆弘は言った。

 「済まんな。 隆弘さん。 まあ母屋へ帰るで。」

 「まあ晩餉だで。 仕度が出来とるで。」

そう言いながら戻っていった。

 孝太はにやりと笑うと皆の先頭に立って社を出、丁寧に拝殿に礼をした。
隆平が再び鍵をかけた。

辺りはすでに暗く、秋の近いことを告げる虫の音だけが響いていた。
 




次回へ