「父は決して話すなと…。人間というのは際限のない生き物だから僕に力があると分かれば、できるかどうかなんて考えなしにどんどん要求を増やしてくる。そうなったら死ぬほど辛いぞと言うのです。」
隆平はそう話した。修は真剣な顔をして隆平の言葉に耳を傾けた。
「お父さんの言うとおりだね。でも君自身はどう思ってるの? 皆を助けたいと?」
隆平は大きく頷いた。まだ世間に汚されていない彼の正義感は強く、微笑ましくもあるが修はその理想のためにさんざんな目に遭った友人の顔を思い浮かべた。
「祖父は汚名を遺したけれど、僕はこの村を救った鬼面川将平の子孫です。力を持っている以上は、皆の役に立ちたいと思っています。」
「いかん!そんなことは許さんで!」
修の背後に隆弘の姿があった。酒を取りにきたようで、カラのお銚子を持っていた。
テーブルの上にそれを置くと修の方に向かった。
「この子の母親は鬼に喰われたのです。当代にこれといった力がなく、少しだけ力を持っていたこれの母親はずっと身代わりをしておりました。
運の悪いことに、この子が産み月に入った時がたまたま鬼遣らいの時期と重なってしまったのです。いつもと違う様子を鬼が嫌ったのかどうなのかは分かりません…。
待てど暮らせど現れない家内を呼びに祈祷所へ入ると、全身血まみれになって倒れておりました。
すぐに病院へ運びましたが帝王切開でこれを産んですぐに亡くなりました。
この子に力があると分かった時、私は決心しました。大事な息子を馬鹿げた慣習に殺されるようなことだけは避けにゃならん。力のことは誰にも話すまいと。」
隆弘は真っ直ぐ修の目を見た。これだけは何があっても絶対に譲らないという強固な信念が隆弘の全身から溢れて出ていた。修は大きく頷いた。
『お~い。 隆弘。 酒まだかあ~。』
座敷の方から呼ぶ声がした。
「すぐ行くで。 待っとけ。」
隆弘はそういうとその辺りにおいてあった一升瓶の首を両手に掴んで部屋を出て行った。
隆平にも父親の気持ちは分かっていた。だからずっと言うなりに黙っていたのだ。
しかし、当代が亡くなって次の長を選ぶことになり、隆平の気持ちが大きく揺らいだのだった。
「朝子伯母さんとこの道夫さんが長になりたがっているのです。
面川の長は村長をも動かせるから村では結構いい目が見られると考えているのです。
でも、あの人には何の力も備わっていません。選ばれれば大変なことになるでしょう。」
「誰がなっても…同じだ。」
修は意味有りげに笑った。隆平は驚いたように修を見た。
「何もかもが鬼の祟りと考えてはいけない。鬼を押さえ込んでも自然災害は止められないよ。
相手が自然なら、たとえ君にどれほどの力があったとしても、被害を最小限度に抑えられるように力を尽くすことしかできないだろう?
それは長でなくてもできる仕事だ。
もし君が本当に村のためを思うのであれば、あえて長という形をとる必要はない。
普通の少年であってもその力を有効に使えばいいのさ。
むしろ他に長を置いておいて人知れず力を使ったほうが動きやすいと思うよ。
余計な期待をかけられずに済むしね。それとも君は誰かに賞賛されることを望んでいるのかい?」
隆平は首を振って否定した。修は嬉しそうに微笑んで頷いた。
隆平の心に重くのしかかっていたものが少し和らいだ気がした。
いつまでたっても終わりそうにない宴会を、強引にお暇して切り上げてきた修たちは、旅館の温泉でくつろいだ後、木田、紫峰に分かれてそれぞれの部屋に戻った。
部屋はどこもだいたい同じ造りらしく、奥の間と居間、上がり口と玄関に分かれていた。
それぞれに個別の風呂もついていたが、やはり温泉宿というからにはゆったりした大風呂が一番だ。
透と雅人は隆平の誘いで旅館の近くのカラオケボックスに行くというので、修が奥の間に寝ることにした。できるだけ早く帰るからねとか調子のいいことを言っていたが、当分帰ってこないだろうなと修は思った。
宴会が昼間のうちに始まったので、帰ってきたのもそんなに遅くは無かったが、昼間の運転の疲れもあって修は早々に休むことにした。
多少なりと勧められた酒を飲んだこともあったのか、いつの間にか眠りに落ちていた。
どのくらいたったのか、ふと人の気配を感じたような気がして目を覚ますと、修の顔の前に人が迫っていた。修は思わず突き飛ばした。
暗がりの中でそれが史朗であることに気づいた。
ばたばたと足音がして玄関から声がした。とっさに修は史朗の身体を布団で隠すと、史朗の口を押さえて静かにさせた。透の声がした。
「修さん変な音がしたけど大丈夫?」
「別に…どっか寝ぼけてぶつけたかも知れないけど。もう帰ってきたのかい?」
修は史朗を押さえ込んだまま言った。
「財布忘れたんだ。まだしばらく遊んでくる。」
「気を付けて行っておいで。」
来たときと同じように透は駆けていった。
足音が消えてしまうと修はほっと息をついて史朗を放した。
「君の体格で僕を襲うのは無理があるよ。史朗ちゃん…。」
片や180センチの修に対して史朗は170センチ強。細身だが筋肉質の修に対して、標準型の史朗。勝負あったというところか。
「ぼ…僕。修さんを襲ったんですか? 眠れなくてふらっと外に出たのは覚えてるんですが…。
ごめんなさい…な…何か酷いことしませんでした? 」
「君こそ怪我しなかったかい? 相当な勢いで突き飛ばしちゃったからね。」
別段怪我はしていないようだったが、史朗はショックでしょげ返っていた。
「まだ酔ってるんでしょうかね。こんな醜態をお見せするなんて…。」
本人は悪酔いしたと思い込んでいるが、修は史朗がそこまで酔っているとは思えなかった。
史朗とは何度も一緒に飲んだことがあったが、いままで酒で乱れたことなど一度もなかった。
「史朗ちゃん…。気にしなくていいよ。別に殺しに来たって感じでもなさそうだからさ。」
「当たり前じゃないですか! 何で僕が修さんを…大切な人なのに…!」
そう口走ってしまってから史朗は悲しそうにうつむいた。
「迷惑ですよね…。」
なんと応えるべきか修は一瞬迷ったが、やがていつものように微笑んだ。
「聞かなかったことにするのは失礼だよね…。だからちゃんと応えます。
その前に訊かせてくれないかな? それは史朗ちゃんの気持ち? それとも閑平…の?」
史朗は少し間をおいて語り始めた。それはまさに閑平からの恋文だった。
「樹さまのご逝去を伝え聞いた時の私の悲しみをお察し下さい…。父と私のためにまだ生きられる命を捧げてくださった樹さまになんとお礼を…そしてお詫びを申し上げたらよいのか…。
閑平は幼き頃より、いつも秘かに樹さまに淡き想いを抱いておりましたが、お伝えする機会もついぞなく儚くなりました…。」
「閑平…か…。千年前の想い…確かに受け取ったよ…。
史朗ちゃん。僕の声…聞こえてる? 君のことは好きです。 迷惑なんて思わないよ。
でも今のところ僕の心は君にフィジカルなものを求めてないようなのでそれだけはごめんね。
僕にとってそういう相手は笙子だけだから…ね。 今は…だよ。
そうだな…もし言葉だけではだめだというのなら…キスくらいは許します。
分かる…? 史朗ちゃん。」
呆然としている史朗に修はそう話しかけた。次第に史朗の意識がはっきりしてくると同時に、薄暗がりの中でもはっきり分かるほど史朗の顔が紅潮した。
「僕の想いが迷惑じゃなければそれで…。それだけで十分です…。それ以上のことは望みません。」
閑平の樹に対する想いなのか…それとも史朗の修に対する想いなのか…何れにせよこの二人の想いはあまりに純粋で拒絶しがたいものがある。
純度の高い愛は性別さえも超越してしまうのかも知れないと修は思った。
まあ恋人と呼べるのか呼べないのか分からないけれども、取り敢えずは史朗は自分にとってそういう人のひとりになったんだろうな…。
笙子が腹を抱えて笑いそうだけれども…。
そんなことを考えた。
次回へ
隆平はそう話した。修は真剣な顔をして隆平の言葉に耳を傾けた。
「お父さんの言うとおりだね。でも君自身はどう思ってるの? 皆を助けたいと?」
隆平は大きく頷いた。まだ世間に汚されていない彼の正義感は強く、微笑ましくもあるが修はその理想のためにさんざんな目に遭った友人の顔を思い浮かべた。
「祖父は汚名を遺したけれど、僕はこの村を救った鬼面川将平の子孫です。力を持っている以上は、皆の役に立ちたいと思っています。」
「いかん!そんなことは許さんで!」
修の背後に隆弘の姿があった。酒を取りにきたようで、カラのお銚子を持っていた。
テーブルの上にそれを置くと修の方に向かった。
「この子の母親は鬼に喰われたのです。当代にこれといった力がなく、少しだけ力を持っていたこれの母親はずっと身代わりをしておりました。
運の悪いことに、この子が産み月に入った時がたまたま鬼遣らいの時期と重なってしまったのです。いつもと違う様子を鬼が嫌ったのかどうなのかは分かりません…。
待てど暮らせど現れない家内を呼びに祈祷所へ入ると、全身血まみれになって倒れておりました。
すぐに病院へ運びましたが帝王切開でこれを産んですぐに亡くなりました。
この子に力があると分かった時、私は決心しました。大事な息子を馬鹿げた慣習に殺されるようなことだけは避けにゃならん。力のことは誰にも話すまいと。」
隆弘は真っ直ぐ修の目を見た。これだけは何があっても絶対に譲らないという強固な信念が隆弘の全身から溢れて出ていた。修は大きく頷いた。
『お~い。 隆弘。 酒まだかあ~。』
座敷の方から呼ぶ声がした。
「すぐ行くで。 待っとけ。」
隆弘はそういうとその辺りにおいてあった一升瓶の首を両手に掴んで部屋を出て行った。
隆平にも父親の気持ちは分かっていた。だからずっと言うなりに黙っていたのだ。
しかし、当代が亡くなって次の長を選ぶことになり、隆平の気持ちが大きく揺らいだのだった。
「朝子伯母さんとこの道夫さんが長になりたがっているのです。
面川の長は村長をも動かせるから村では結構いい目が見られると考えているのです。
でも、あの人には何の力も備わっていません。選ばれれば大変なことになるでしょう。」
「誰がなっても…同じだ。」
修は意味有りげに笑った。隆平は驚いたように修を見た。
「何もかもが鬼の祟りと考えてはいけない。鬼を押さえ込んでも自然災害は止められないよ。
相手が自然なら、たとえ君にどれほどの力があったとしても、被害を最小限度に抑えられるように力を尽くすことしかできないだろう?
それは長でなくてもできる仕事だ。
もし君が本当に村のためを思うのであれば、あえて長という形をとる必要はない。
普通の少年であってもその力を有効に使えばいいのさ。
むしろ他に長を置いておいて人知れず力を使ったほうが動きやすいと思うよ。
余計な期待をかけられずに済むしね。それとも君は誰かに賞賛されることを望んでいるのかい?」
隆平は首を振って否定した。修は嬉しそうに微笑んで頷いた。
隆平の心に重くのしかかっていたものが少し和らいだ気がした。
いつまでたっても終わりそうにない宴会を、強引にお暇して切り上げてきた修たちは、旅館の温泉でくつろいだ後、木田、紫峰に分かれてそれぞれの部屋に戻った。
部屋はどこもだいたい同じ造りらしく、奥の間と居間、上がり口と玄関に分かれていた。
それぞれに個別の風呂もついていたが、やはり温泉宿というからにはゆったりした大風呂が一番だ。
透と雅人は隆平の誘いで旅館の近くのカラオケボックスに行くというので、修が奥の間に寝ることにした。できるだけ早く帰るからねとか調子のいいことを言っていたが、当分帰ってこないだろうなと修は思った。
宴会が昼間のうちに始まったので、帰ってきたのもそんなに遅くは無かったが、昼間の運転の疲れもあって修は早々に休むことにした。
多少なりと勧められた酒を飲んだこともあったのか、いつの間にか眠りに落ちていた。
どのくらいたったのか、ふと人の気配を感じたような気がして目を覚ますと、修の顔の前に人が迫っていた。修は思わず突き飛ばした。
暗がりの中でそれが史朗であることに気づいた。
ばたばたと足音がして玄関から声がした。とっさに修は史朗の身体を布団で隠すと、史朗の口を押さえて静かにさせた。透の声がした。
「修さん変な音がしたけど大丈夫?」
「別に…どっか寝ぼけてぶつけたかも知れないけど。もう帰ってきたのかい?」
修は史朗を押さえ込んだまま言った。
「財布忘れたんだ。まだしばらく遊んでくる。」
「気を付けて行っておいで。」
来たときと同じように透は駆けていった。
足音が消えてしまうと修はほっと息をついて史朗を放した。
「君の体格で僕を襲うのは無理があるよ。史朗ちゃん…。」
片や180センチの修に対して史朗は170センチ強。細身だが筋肉質の修に対して、標準型の史朗。勝負あったというところか。
「ぼ…僕。修さんを襲ったんですか? 眠れなくてふらっと外に出たのは覚えてるんですが…。
ごめんなさい…な…何か酷いことしませんでした? 」
「君こそ怪我しなかったかい? 相当な勢いで突き飛ばしちゃったからね。」
別段怪我はしていないようだったが、史朗はショックでしょげ返っていた。
「まだ酔ってるんでしょうかね。こんな醜態をお見せするなんて…。」
本人は悪酔いしたと思い込んでいるが、修は史朗がそこまで酔っているとは思えなかった。
史朗とは何度も一緒に飲んだことがあったが、いままで酒で乱れたことなど一度もなかった。
「史朗ちゃん…。気にしなくていいよ。別に殺しに来たって感じでもなさそうだからさ。」
「当たり前じゃないですか! 何で僕が修さんを…大切な人なのに…!」
そう口走ってしまってから史朗は悲しそうにうつむいた。
「迷惑ですよね…。」
なんと応えるべきか修は一瞬迷ったが、やがていつものように微笑んだ。
「聞かなかったことにするのは失礼だよね…。だからちゃんと応えます。
その前に訊かせてくれないかな? それは史朗ちゃんの気持ち? それとも閑平…の?」
史朗は少し間をおいて語り始めた。それはまさに閑平からの恋文だった。
「樹さまのご逝去を伝え聞いた時の私の悲しみをお察し下さい…。父と私のためにまだ生きられる命を捧げてくださった樹さまになんとお礼を…そしてお詫びを申し上げたらよいのか…。
閑平は幼き頃より、いつも秘かに樹さまに淡き想いを抱いておりましたが、お伝えする機会もついぞなく儚くなりました…。」
「閑平…か…。千年前の想い…確かに受け取ったよ…。
史朗ちゃん。僕の声…聞こえてる? 君のことは好きです。 迷惑なんて思わないよ。
でも今のところ僕の心は君にフィジカルなものを求めてないようなのでそれだけはごめんね。
僕にとってそういう相手は笙子だけだから…ね。 今は…だよ。
そうだな…もし言葉だけではだめだというのなら…キスくらいは許します。
分かる…? 史朗ちゃん。」
呆然としている史朗に修はそう話しかけた。次第に史朗の意識がはっきりしてくると同時に、薄暗がりの中でもはっきり分かるほど史朗の顔が紅潮した。
「僕の想いが迷惑じゃなければそれで…。それだけで十分です…。それ以上のことは望みません。」
閑平の樹に対する想いなのか…それとも史朗の修に対する想いなのか…何れにせよこの二人の想いはあまりに純粋で拒絶しがたいものがある。
純度の高い愛は性別さえも超越してしまうのかも知れないと修は思った。
まあ恋人と呼べるのか呼べないのか分からないけれども、取り敢えずは史朗は自分にとってそういう人のひとりになったんだろうな…。
笙子が腹を抱えて笑いそうだけれども…。
そんなことを考えた。
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