隆弘が亡くなったことで、孝太を隆弘の暴挙から護るという西野の仕事は一応終了したはずであったが、何か気になることがあるのか彼は台風の最中だというのに村を調べてまわったりしていた。
史朗は記憶に残る8つの塚のうち6つの塚に鬼の身体が埋葬されたと言っていたが、西野が見たところでは残る二つにも何かの気配が残っていた。
真夜中近くになってずぶ濡れになった西野が宿に帰ってきた。
急ぎだというので修は彰久と史朗を呼んで西野の話を聞くことにした。
「私見ではありますが、ここにおられる鬼将、華翁のおふたりに覚えがないということは、その後の時代に塚に合祀された者があるのでは?
孝太さんや隆平さんに聞けばその正体が分かるのではないかと…。」
彰久と史朗は驚いて顔を見合わせた。勿論、将平、閑平が死んだ後の空白の千年の間に何があったかは分からない。
「急いだ方がいいと思うのは、塚そのものが息を吹き返しつつあるということなのです。まだ芽は小さく思えますが、何かのきっかけで一気に育つということも考えられます。
ひょっとしたらこれは自然災害に紛れて誰かが塚の魔物たちの復活を計ろうとしているのかもしれません。」
西野はそこまで話すと軽く礼をして隅の方へ下がった。
「彰久さん…。こんなことを伺うのは失礼なことかもしれませんが、鬼面川のあの複雑な祭祀は文書を読むだけで身につくものでしょうか?」
修が彰久に訊ねた。
「孝太さんのことを言っておられるのですね?
あの祭祀は実は私が考え出したものではなく、鬼面川に代々伝わっているものを私が継承しただけなのです。
本来なら文書を読むだけでは到底すべてを身につけることはできません。
鬼面川では何人かの長の候補に選ばれた子どもたちが幼い頃から指導者について祭祀を学び、身体に覚えさせていくのです。
孝太さんは独学といっていましたが、誰か必ず指導者はいると思われます。」
彰久はそう答えた。
「指導者は何も本家の者とは限りません。 候補者は複数選ばれていますから長にならなかった者たちは指導者として次代の育成にあたることもあります。
また長が女性の場合、候補者になった者を配偶者に選ぶことも多々あります。」
史朗が補足した。
「僕はそれが隆弘だったのではないかと思うのです。」
修がそう言うと皆は驚いたように修を見た。
「先代によって候補に選ばれながら、先代の死によってその地位を奪われ、
当代の娘婿として本家に入ります。
当代には祭祀の知識はなく、娘もさほどではなかった。
当然すべての祭祀は内緒で隆弘がこなしてきた。 ですが自分の他には祭祀を行える者がない。
隆弘は万一のことを考えて孝太に祭祀を覚えさせますが、孝太と妻との間に妙なうわさが立ち始める。
それで完全には修練を終えぬままに孝太を追い出した。」
皆の反応を見ながら修はそう続けた。
なるほどと彰久は頷いて修の後を繋いだ。
「妻の産み月にちょうど鬼遣らいがあるのを利用して妻を殺し、妻を鬼に食われたということで悲しむ夫を演じる。 誤算だったのは子どもが生き残ってしまったこと…ですか。」
「ええ…ただ、うわさだけを鵜呑みにして妻を殺すとは考えられないので、もっと他にも理由はあっただろうと思います。
そうでなければ孝太もその時に殺されているはずですから。
若くして亡くなった先代はもしかしたら当代と娘に殺されたのかもしれない。
弟子だった隆弘は敵をとるため本家へ婿入りしたとは考えられないでしょうか?」
あくまで想像の域を越えませんがと修は付け足した。
「修さん。僕等が塚をまわったときには、荒れてはいましたが何かの息吹は感じられませんでしたよね。
隆弘は先代の教えに従って塚の封印だけは護ってきたのでしょうね。
ところが隆弘が亡くなると途端に封印が解け始めた。 」
史朗が言うと修は大きく頷いた。
「そのことからも慶太郎の言うとおり、誰かが故意に封印を解いていると思われるのです。でも、その意図が解りません。」
「どうでしょう。 修さん。 明日には僕等も帰らねばなりません。
相手の意図はどうあれ、取り敢えずは、こちらで仮の封印をしてしまいませんか?
来月には鬼遣らいがあります。 その日にはまた隆平くんを連れてこの村へ来られるつもりでしょう? それまで相手の動きを止めてしまってはどうですか?
鬼遣らいでは封印や結界に関する祭祀も行います。 その前に仮の封印を解けばいいのです。 祭祀が本当に正しく行われるか…或いは故意に曲げられるか。
その時点で何が起こるか…ということで…。」
彰久が言った。
「そうですね。そうしておけば一応は安心でしょう。やってしまいますか。
おまえたちの出番だ。 用意をしなさい。」
透と雅人が頷いた。
修たちは嵐の中を急ぎ出発した。
南の胴塚を始点にして、彰久と史朗、西野は東経由で南へ、修と透、雅人は西経由で北の鬼の頭の塚へ向かった。
雅人はもともと封印と結界を張るのは得意だが、そこにさらに透が施錠する。この錠は警報の役目もする。
修は二人の張った二重封印をひとつひとつ確かめながら、修練の成果を採点していった。
鬼の頭の塚まで来るとメインとなるこの塚には鬼面川の力では解けないように
紫峰の封印、それも宗主の強力な封印を施し、さらに、修が修得している藤宮の封印をも重ねた。
すべての塚の封印を終えて、皆が宿に帰ってきた時にはすでに夜が明けていた。
ぬれた服を脱ぎ捨てるようにして布団にもぐりこみ、女将が朝食の用意ができたと呼びに来るまで泥のように眠った。
二人の死者を出してけちの付いた長選びだったが、孝太に祭祀の素養があることが分かったために、それほど緊急を要しないということになり、今回の鬼遣らいに関しては孝太に任せることになった。
目の前であれほどの所作を見せ付けられては、朝子も寛子も一言も文句が言えなかった。しかし、まだ正式に決まったわけではなく、孝太も村に戻って長になる気はさらさらないと言っているため、長選びはこの先もまだまだもめそうだった。
旅立ちの日、孝太は隆平の荷物を運んでやりながら、孝太との別れを惜しんでいる隆平に言った。
「俺や村のことは考えんでいい。 おまえは好きな道を選べ。
紫峰さんとこで勉強させてもらって生きたいように生きたらいいんだ。
村の皆がなんと言おうと村へは戻るな。 つらいだけだ…。 」
「孝太兄ちゃん…孝太兄ちゃんに会えないのだけは寂しいよ…。」
孝太は笑った。
「いつまでも小さい子みたいに…。 時々会いに行ってやるで。
菓子も作って送ってやる。
なあに…なんだかんだ行事の時には遊びに来たらいいが。 それは止めやせん。」
旅館の外で待っている修たちの姿を見つけると、孝太は深々と頭を下げた。
「紫峰さん。御面倒かけますが、この子のことはくれぐれもよろしくお願いします。 こっちの始末は俺がきっちりつけるで。
どうか可愛がってやってください…。 この子が幸せになれるように助けてやってください。」
修は大きく頷くと孝太の手を取った。
「確かにお引き受けいたしました。孝太さん…無茶はなさらないでくださいね。あなたがいてこそ、隆平くんはがんばれるのですから。」
そう言って微笑んだ。 孝太は驚いたような顔で修を見つめた。
「またしても無駄足させて悪かった。いつもいつも手伝ってもらって済まんな。
今度来てもらえるときにはゆっくりしてってもらいたいもんだわ。
隆平。 元気でな。 紫峰さんの言われることをよう聞くんだで…。」
数増が鬼遣らいの予定表と土産をを手渡し別れをつげた。
隆平は幼い時のように少しだけ孝太に抱きしめてもらった後、修の車に乗り込んだ。
孝太の姿が見えなくなるまで隆平は手を振り続けた。
隆平を乗せた車が出て行った後を孝太はいつまでも見守っていた。
次回へ
史朗は記憶に残る8つの塚のうち6つの塚に鬼の身体が埋葬されたと言っていたが、西野が見たところでは残る二つにも何かの気配が残っていた。
真夜中近くになってずぶ濡れになった西野が宿に帰ってきた。
急ぎだというので修は彰久と史朗を呼んで西野の話を聞くことにした。
「私見ではありますが、ここにおられる鬼将、華翁のおふたりに覚えがないということは、その後の時代に塚に合祀された者があるのでは?
孝太さんや隆平さんに聞けばその正体が分かるのではないかと…。」
彰久と史朗は驚いて顔を見合わせた。勿論、将平、閑平が死んだ後の空白の千年の間に何があったかは分からない。
「急いだ方がいいと思うのは、塚そのものが息を吹き返しつつあるということなのです。まだ芽は小さく思えますが、何かのきっかけで一気に育つということも考えられます。
ひょっとしたらこれは自然災害に紛れて誰かが塚の魔物たちの復活を計ろうとしているのかもしれません。」
西野はそこまで話すと軽く礼をして隅の方へ下がった。
「彰久さん…。こんなことを伺うのは失礼なことかもしれませんが、鬼面川のあの複雑な祭祀は文書を読むだけで身につくものでしょうか?」
修が彰久に訊ねた。
「孝太さんのことを言っておられるのですね?
あの祭祀は実は私が考え出したものではなく、鬼面川に代々伝わっているものを私が継承しただけなのです。
本来なら文書を読むだけでは到底すべてを身につけることはできません。
鬼面川では何人かの長の候補に選ばれた子どもたちが幼い頃から指導者について祭祀を学び、身体に覚えさせていくのです。
孝太さんは独学といっていましたが、誰か必ず指導者はいると思われます。」
彰久はそう答えた。
「指導者は何も本家の者とは限りません。 候補者は複数選ばれていますから長にならなかった者たちは指導者として次代の育成にあたることもあります。
また長が女性の場合、候補者になった者を配偶者に選ぶことも多々あります。」
史朗が補足した。
「僕はそれが隆弘だったのではないかと思うのです。」
修がそう言うと皆は驚いたように修を見た。
「先代によって候補に選ばれながら、先代の死によってその地位を奪われ、
当代の娘婿として本家に入ります。
当代には祭祀の知識はなく、娘もさほどではなかった。
当然すべての祭祀は内緒で隆弘がこなしてきた。 ですが自分の他には祭祀を行える者がない。
隆弘は万一のことを考えて孝太に祭祀を覚えさせますが、孝太と妻との間に妙なうわさが立ち始める。
それで完全には修練を終えぬままに孝太を追い出した。」
皆の反応を見ながら修はそう続けた。
なるほどと彰久は頷いて修の後を繋いだ。
「妻の産み月にちょうど鬼遣らいがあるのを利用して妻を殺し、妻を鬼に食われたということで悲しむ夫を演じる。 誤算だったのは子どもが生き残ってしまったこと…ですか。」
「ええ…ただ、うわさだけを鵜呑みにして妻を殺すとは考えられないので、もっと他にも理由はあっただろうと思います。
そうでなければ孝太もその時に殺されているはずですから。
若くして亡くなった先代はもしかしたら当代と娘に殺されたのかもしれない。
弟子だった隆弘は敵をとるため本家へ婿入りしたとは考えられないでしょうか?」
あくまで想像の域を越えませんがと修は付け足した。
「修さん。僕等が塚をまわったときには、荒れてはいましたが何かの息吹は感じられませんでしたよね。
隆弘は先代の教えに従って塚の封印だけは護ってきたのでしょうね。
ところが隆弘が亡くなると途端に封印が解け始めた。 」
史朗が言うと修は大きく頷いた。
「そのことからも慶太郎の言うとおり、誰かが故意に封印を解いていると思われるのです。でも、その意図が解りません。」
「どうでしょう。 修さん。 明日には僕等も帰らねばなりません。
相手の意図はどうあれ、取り敢えずは、こちらで仮の封印をしてしまいませんか?
来月には鬼遣らいがあります。 その日にはまた隆平くんを連れてこの村へ来られるつもりでしょう? それまで相手の動きを止めてしまってはどうですか?
鬼遣らいでは封印や結界に関する祭祀も行います。 その前に仮の封印を解けばいいのです。 祭祀が本当に正しく行われるか…或いは故意に曲げられるか。
その時点で何が起こるか…ということで…。」
彰久が言った。
「そうですね。そうしておけば一応は安心でしょう。やってしまいますか。
おまえたちの出番だ。 用意をしなさい。」
透と雅人が頷いた。
修たちは嵐の中を急ぎ出発した。
南の胴塚を始点にして、彰久と史朗、西野は東経由で南へ、修と透、雅人は西経由で北の鬼の頭の塚へ向かった。
雅人はもともと封印と結界を張るのは得意だが、そこにさらに透が施錠する。この錠は警報の役目もする。
修は二人の張った二重封印をひとつひとつ確かめながら、修練の成果を採点していった。
鬼の頭の塚まで来るとメインとなるこの塚には鬼面川の力では解けないように
紫峰の封印、それも宗主の強力な封印を施し、さらに、修が修得している藤宮の封印をも重ねた。
すべての塚の封印を終えて、皆が宿に帰ってきた時にはすでに夜が明けていた。
ぬれた服を脱ぎ捨てるようにして布団にもぐりこみ、女将が朝食の用意ができたと呼びに来るまで泥のように眠った。
二人の死者を出してけちの付いた長選びだったが、孝太に祭祀の素養があることが分かったために、それほど緊急を要しないということになり、今回の鬼遣らいに関しては孝太に任せることになった。
目の前であれほどの所作を見せ付けられては、朝子も寛子も一言も文句が言えなかった。しかし、まだ正式に決まったわけではなく、孝太も村に戻って長になる気はさらさらないと言っているため、長選びはこの先もまだまだもめそうだった。
旅立ちの日、孝太は隆平の荷物を運んでやりながら、孝太との別れを惜しんでいる隆平に言った。
「俺や村のことは考えんでいい。 おまえは好きな道を選べ。
紫峰さんとこで勉強させてもらって生きたいように生きたらいいんだ。
村の皆がなんと言おうと村へは戻るな。 つらいだけだ…。 」
「孝太兄ちゃん…孝太兄ちゃんに会えないのだけは寂しいよ…。」
孝太は笑った。
「いつまでも小さい子みたいに…。 時々会いに行ってやるで。
菓子も作って送ってやる。
なあに…なんだかんだ行事の時には遊びに来たらいいが。 それは止めやせん。」
旅館の外で待っている修たちの姿を見つけると、孝太は深々と頭を下げた。
「紫峰さん。御面倒かけますが、この子のことはくれぐれもよろしくお願いします。 こっちの始末は俺がきっちりつけるで。
どうか可愛がってやってください…。 この子が幸せになれるように助けてやってください。」
修は大きく頷くと孝太の手を取った。
「確かにお引き受けいたしました。孝太さん…無茶はなさらないでくださいね。あなたがいてこそ、隆平くんはがんばれるのですから。」
そう言って微笑んだ。 孝太は驚いたような顔で修を見つめた。
「またしても無駄足させて悪かった。いつもいつも手伝ってもらって済まんな。
今度来てもらえるときにはゆっくりしてってもらいたいもんだわ。
隆平。 元気でな。 紫峰さんの言われることをよう聞くんだで…。」
数増が鬼遣らいの予定表と土産をを手渡し別れをつげた。
隆平は幼い時のように少しだけ孝太に抱きしめてもらった後、修の車に乗り込んだ。
孝太の姿が見えなくなるまで隆平は手を振り続けた。
隆平を乗せた車が出て行った後を孝太はいつまでも見守っていた。
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