徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

二番目の夢(第一話 新たなる闇)

2005-07-06 15:26:57 | 夢の中のお話 『鬼の村』
 こんがり焼けたトーストとはるが入れてくれたコーヒーで久々にゆったりとした休日の朝を迎えていた修の前を、若向きのTシャツとジーンズ姿の一左が横切った。

 「どちらへ…?」

修が訊くと一左はニタッと笑ってサッシの外を指差した。
似たような格好をした雅人が待っている。プレイヤーから流れるお気に入りの曲にノリノリの様子で。

 「また新しいゲームですか? あいつ今月はピンチだとか言ってたのに…。」

 「なに私が買うんだよ。よさげなのが出たんだ。」

 一左は楽しそうに言った。修は仕方ないなあとでも言いたげに肩をすくめた。
 このところ祖父と孫は対戦ゲームにはまっていて、新作と聞けばいそいそと肩を並べて出かけていく。
 微笑ましいといえば微笑ましいのだが、何しろ浦島太郎のような一左にとっては世の中すべてのものが目新しいものばかりで、雅人のお勧め品は必ず手に入れようとする。
 雅人は決して人にものをねだるようなことはしないが、祖父が自分から買うと言い出せば断る理由はないわけで。

 「ま…体に堪えない程度にしてくださいよ…。」

 分かってるよと言いたげに一左は修に手を振って出て行った。

 ずっと眠っていたせいか彼の精神年齢は実年齢よりはるかに若く順応性も高い。
しかも不思議なことに身体の方も10年は若返っている。
多少変な遊び癖はついたものの、元気でいてくれるのは修にとっては有難いことだと思っている。


 
 二人が出かけてしまうと透が肩を叩きながら食卓に現れた。

 「おはよう。修さん。…はるさん。僕もコーヒー頂戴。」

奥から顔を覗かせたはるにそう頼んで透は食卓の椅子に腰掛けた。

 「おはよう。おまえは一緒に出かけないの?」 

疲れたように首を回している透に修は訊いた。

 「なんか頭痛くて…。風邪かなあ…。あれ…笙子さんは? 」

 「笙子はただいまタイに出張中。」

 はるが新しく点てなおしたコーヒーを持ってきた。
修のカップに二杯目を注いでから透のカップを満たした。

 「出張って…ひとりで?まさかまた…?」

 「そう…そのまさか。半分は史朗ちゃんとデートだね。」

愉快そうに修は笑った。『笑い事じゃないだろ!』と透は思った。

 「ねえ…言いたくないけどさ。史朗ちゃんて人とはもう何年越しでしょう?
一ヶ月と持たない他の連中とは違うよ。気をつけたほうがいい。」

 「そうだね。アルバイト時代からだからかれこれ6年くらいにはなるかな。
いい子だよ。頭もいいし仕事もできる。性格も問題ない。」

 『そういう問題じゃない!』と言いたかったが、修には通じそうもないので諦めた。
余計に頭が痛くなったような気がした。

 「本当に風邪かな…?ちょっと前から僕も時々痛むんだ。
たいした痛みじゃないけど…。気にはなってる。」

 修が言った。風邪の症状とは少し違うようなので最初は疲れだろうと考えていた。
しかし、それほど疲れていないときにもその小さな痛みは起こり、まるで信号のように断続的に続く。病的なものというよりは合図のようにも感じられて気にかけてはいた。

 「しばらく様子をみようと思ってたんだ。透。何か症状が変わったりしたら教えてくれ。」

修にそう言われて透は分かったというように頷いた。




 数日後、タイから帰国した笙子からマンションの方へ寄って欲しいと連絡が入った。
『皆へのお土産一杯買ってきたんだけど、今週はそっちへ帰れそうにないから…。』
そんな内容だった。

 玄関の扉を開けると修のではない男の靴が揃え置かれてあった。
史朗が来ているということが修には分かった。

 修が真っ直ぐキッチンへ入っていくと笙子がダイニングとリビングを隔てる衝立の向こうから現れた。
 
 「修。ごめんね。忙しいのに呼び出しちゃって。こっち来て。史朗ちゃんが来てるの。
修に話があるんだって。食事しながら聞いてあげて。」

 「僕に?史朗ちゃんが?」

 修は言われるままリビングの方へ向かった。見慣れているはずの史朗を見た瞬間、例の頭痛が修を襲った。修はちょっとこめかみを指で押さえながら史朗のいるテーブルについた。

 「お邪魔してます。」

史朗は修の顔を見ると子供のようににこっと笑ってと頭を下げた。
修は史朗の口元にあからさまな跡を見つけたがあえて何も言わなかった。
笙子が修のために夕食を温めて運んできた。

 「なに?話があるんだって?」

 「はい…そうなんですけど…。」

 「修。先に食事を済ませて。ちょっと長くなりそうなの。」

笙子の用意してくれた料理はいつもながらいい出来ではあったが、ますます酷くなる頭痛で修はあまり食が進まなかった。

 「どうしたの?頭痛いの?」

 「うん。少しね…。」

笙子が軽く額に触れた。少し痛みが和らいだ。
 
 「笙子。悪いけど…下げてくれる…。」
 
 「いいわよ。無理しないで。」

笙子が料理を持っていってしまうと、修は再び史朗に訊ねた。

 「さて…史朗ちゃん。話してくれる?」

 「はい…実はこれを読んで頂きたいんです。僕の父宛に届いた手紙なんですが…。」

 史朗は少し厚めの封書を取り出した。 
修は封書を受け取ると手紙を取り出して読み始めた。

 手紙には季節の挨拶から始まって長い無沙汰についての詫び、現在の故郷の様子などが大まかに書かれてあり、さらには一族の長が亡くなって問題が生じているというようなことがしたためられていた。そして、文面の最後に『鬼』と彫られた印が押されてあった。

 「これを書いたのは君の大叔父さんのようだけど…。」

 「らしいのですが…。御存知のように僕の父母はすでに亡くなっていまして…親戚もいないはずなんです。
僕としては何がどうなっているのか。さっぱりで…。」

 史朗は本当に困っているようだった。

 「ただ、ひとりだけ親の代からの知り合いがいます。その人も天涯孤独のはずですが、どうも同じような手紙を受け取ったらしくて…。」

 「それがね…。修。玲子の彼氏なのよ。」

 笙子が言った。

 「玲ちゃんの?」

 修は少し意外に感じた。玲子というのは笙子の妹で良妻賢母型の典型的なお嬢さまである。
笙子とは対照的でおよそ何のトラブルとも縁がなさそうに思えた。

 「両親も兄も二人のことには反対してるんだけどその理由が妙なのよ。
藤宮は鬼の一族とは縁を結ばないというの。」

 『鬼の一族…。』修は記憶をたどった。しかし、頭痛のためか霧がかかったように何も思い出せなかった。

 「…ごめん…すぐには思い出せない…。
史朗ちゃん…この文面ではただの近況報告のようだけど、もし、何かまた連絡が来るようだったら教えてもらえるかな? 僕の方でもできるだけ調べてみるから。」

 「はい。御面倒おかけして申しわけありません。」

史朗はまた頭を下げた。

 「じゃあ、僕はこれで…。修さん…有難うございました。」

史朗は立ち上がると、一礼して出て行こうとした。

 「史朗ちゃん…?」

修がティッシュを差し出した。史朗が訝しげな顔をすると、修は拳を自分の口にあて噴き出しそうになりながら言った。

 「口紅…。」

史朗が真っ赤になった。

 


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