徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

二番目の夢(第九話 犠牲者)

2005-07-17 23:23:09 | 夢の中のお話 『鬼の村』
 修と透の頭の中で響く鬼の声と雅人が二人の耳にセットしたプレイヤーの音、お互いに干渉し合うレベルに巧くもっていければ、二人の苦痛は治まるはずだ。雅人は慎重に力をセーブしながら音の波長を変えていった。

 「修さん。 何事もありませんか? 大丈夫ですか?」

 玄関から無事を確かめるような彰久の声がした。雅人が返事をしなかったことで異常を察した彰久と史朗は急ぎ部屋へ上がってきた。 

 「これは…鬼の声か…。」

 微かだが、彰久にも、史朗にも唸るような音が聞こえてきた。
修たちの様子を見た彰久は驚いて鬼の声に対する結界を張ろうとした。

 「だめだ! 結界を張るのは一時的な防御にしかならない。 いま修さんたちに触れないで!
巧く干渉し合えば音は消える。 そうすれば二人は自力で防御できる!」

彰久も史朗も分かったというように頷いて成り行きを見守った。
 雅人は真剣に波長を探った。鐘のようなくぐもった音がプレーヤーの音とぶつかり合って次第に弱まっていく。やがて、痛みが薄れた二人は自力で防御を始めた。

 「雅人…有難う。もういいよ…。」

修の声を聞いて雅人はほっと息をついた。透も起き上がってイヤホンをはずした。

 「雅人…本家の様子を覗いてくれ。それに鬼の頭の塚を…何が起こった?」

雅人は頷いて意識を集中した。

 本家では忙しそうに家の人たちが働いている。多分儀式の後の宴の用意をしている。
ここはなんでもないみたい。 鬼の頭の塚は…塚の上の方が砕けてる。 その他は…。

 「塚の前に人が倒れている。 道夫とかいう若い男…だめだね…もう息がないよ。
あっ…誰かがこの人を見つけた…すぐに大騒ぎになるよ。」

 皆は顔を見合わせた。
 
 「本家から連絡があるまでは動かないようにしましょう。力のことを知られてはまずい。」

修が言うと皆は了解したというように頷いた。

 「それにしてもその鬼の声はなぜ修さんと透くんだけに強い反応をおこすのでしょう?
雅人くんはほとんど影響を受けていないようなのに…。」

 史朗が不思議そうに呟いた。雅人が憮然として言った。

 「僕が純血種じゃないからさ。僕の母親は紫峰の血を全く引いていない。
純血種のこの二人とは反応の度合いが違っていて当然だよ。

 さっき…鬼の声の出所が分かった。彰久さんと史朗さんの中から響いてくるんだ。 
波長が近いために本人は気付きにくい状態にあって、傍の方が影響を受けることになる。」

 「電車の中でのポータブルプレーヤーって感じだね? 聞いてる本人はなんでもないけど漏れ聞かされる方は傍迷惑…。」

透が訊いた。雅人はニッと笑ってうんうんと頷いた。

 「誰かがこの二人に呼びかけていたということか? それを僕が受け取ってしまった…と? 」

修がそう訊ねた。雅人は我が意を得たりという顔をした。

 「修さんは、今までにも史朗さんとは付き合いがあったわけでしょう? 
だから、史朗さんへの呼びかけを受け取ってたんだと思うんだ。
 祖父ちゃん程度なら風邪を引いてちょっと頭が痛いってくらいで気付きもしないだろうけど…。
修さんは一族の中でも最高に感度がいいし、よく似た波長を持つ透にも影響が出たってわけ。」

雅人は話し終えると疲れたと言わんばかりに大きく息を吐いて仰向けにねっころがった。

 「いや…なんとお詫びしたらよいのか…。僕等のせいだったんですね。」

彰久は申しわけなさそうに言った。

 「いいえ…彰久さんや史朗ちゃんのせいではありませんよ。
鬼の声がたまたま僕の波長と合ってしまっただけなんですから。
 とにかくあなた方に呼びかけていた者を見つけ出さなくてはなりませんね。
本物の鬼でないことは確かだと思いますよ…。」

修のその言葉に二人は大きく頷いた。 

 ばたばたと足音を立てながら転がるようにして女将がやってきた。

 「紫峰さま…木田さま、えらいことだわ…! 鬼の頭の塚で道夫さんが亡くなられたそうで! まだ儀式には早い時間だのに何だってひとりであんな所へ行ったんでしょうかねえ。

 取り敢えず、皆さんにも大至急本家の方へいらして欲しいとのことで! すぐ車を出しますでね。」

 それだけ伝えると女将は慌しく戻っていった。
 
 「では…出かけるとしますか。」

修はそう言って皆の顔を見た。




 本家の玄関をくぐると、奥座敷の方から朝子の泣き喚く声と数増の窘める声が聞こえてきた。
 
 「殺されたんだわ。 昼まで元気だったんだ。 病気なわけないで!」

 「何言っとる! 医者の先生が突然死だと言ったでないか。」

 お手伝いさんの案内で修たちは一族の集まっている座敷へ向かった。
朝子は自分の息子の死を受け入れられず、相手かまわず喚き散らしているようだった。
 
 彰久たちの姿を見つけるとキッと睨みつけた。

 「疫病神! あんたたちが来たから鬼が怒ったんだよ! 村を捨てたくせにさ!」

 「やめんか! 木田の一家は当代に追い出されただけだ。 好きで出てったんじゃないで。」

数増は怒鳴った。それでも気が済まない朝子は、手を振り上げて彰久と史朗に詰め寄ろうとした。

 修は朝子と彰久たちの間に割って入って、穏やかに朝子を見つめた。
やり場のない怒りと悲しみが朝子を取り巻いていた。人を叩きそこなった朝子の手が修の胸に置かれた。修はその手を取って両手で包み込んだ。

 「叩いていいですよ…。この手で…。あなたの気持ちが楽になるなら…。」

朝子は驚いて修を見た。慈愛に満ちた修の瞳が真っ直ぐ朝子に向けられていた。
何もかも受け入れられたような気がして、肩の力がすうっと抜けていった。
 修は両手を放すと微笑んだ。朝子はへなへなとその場にへたり込んだ。後は叫ぶ気力も失せたのか、息子の遺体の前へと這うようにして近付いていき、ぼんやりと遺体を見守っていた。

 「仏の技だて…。」

 末松が呟いて修を見た。面川の人々は朝子を黙らせた修に不思議なものを覚えた。
鬼面川の言い伝えに残る紫峰家の青年というだけで、他の事は誰も何も知らなかったが、この青年の持つ独特な雰囲気になぜかしら畏敬の念を感じざるをえなかった。
 



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