徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

二番目の夢(第三話 鬼将)

2005-07-09 16:18:27 | 夢の中のお話 『鬼の村』
 樹のいた時代には加持祈祷などが頻繁に行われていて、少しでも祈りの力があると評判になった者は時の権力者に抱えられ、地位と名誉を手にすることができた。
 
 その中に鬼面川将平(おもがわまさひら)がいた。
鬼面川の家は紫峰や藤宮のように一族の中に何人も不思議な力を持つ者がいるわけではなく、将平ひとりが特別な人だった。

 将平は自分の欲のためではなく、力を持つものは人を助けるのが当たり前と考えていたので、労を惜しまず人のために働き続け、皆から期待され頼られる存在となった。

 力の存在を世間の眼からできるだけ遠ざけて、権力者相手には頼まれれば仕方なく…の姿勢を保ち続け、地位だの名誉だの礼金などは一切受け取らない紫峰や藤宮とは異なり、将平の力は時代のスターのように多くの権力者の寵愛を受けもてはやされた。

 ところがどの時代でも出る杭は打たれるの理のとおり、やがて将平は同業者からの妬みを買い、権力者たちの争いに巻き込まれ、迫害を受けて逃亡する羽目に陥ったのである。

 その優れた力によって、期せずして地位も名誉も金も手に入れることができた将平は、長男のために藤宮の姫との縁組を希望した。当時、藤宮にはまだ幼いが美しい姫がいて、この姫には近隣の名家から沢山の申し込みが来ていた。

 たまたまこの姫はある権力者の長男のもとへ嫁ぐことが決まったのだが、決まった途端に相手が亡くなってしまったのである。
 これ幸いと同業者たちは権力者に嘘八百並べ立てた。将平は自分の長男の嫁取りのために権力者の息子を呪い殺したと…。しかし、真実は身内の家督争いで謀殺されたに過ぎなかった。

 無実を証明できないまま、苦しい立場に置かれた将平に追い討ちをかけるように、藤宮の姫を始め、姫の両親、兄弟などが次々と不可解な死を遂げ、世間ではこれらをすべて不思議な力を持つ将平の仕業と考えた。

 打つべき手を失った将平は一族を引き連れての逃亡を余儀なくされた。
巻き添えを食った形となった藤宮では、以来、鬼と関わると一族に不幸を招くとされ、鬼を避ける慣習を遺して現代に至っている。

 
 「いかに、千年前の出来事とはいえ、慣習に逆らうのは気持ちのいいことじゃない。
彰久くんはあの鬼面川一族の末裔だ…。
 彼は私にとって可愛い弟子のひとりだし、人間的にはとても気に入ってもいるのだが。
しかし、娘の婿となると、どうも諸手を挙げて賛成はできんのだよ…。
 馬鹿げていると思われても仕方がないがね。」

陽郷は大きく溜息をついた。
 
 修は別の意味で頭痛がしてきた。
紫峰や藤宮の人間には普通なら考えられないようなジェネレーションギャップがある。
 若い世代にとっては千年も前…平安時代か…だが、年配層になるとほんの千年前…昨日のことのよう…。

 彰久がいままさに反論しようと口を開いたのを手で制して、修が代わりに異論を唱えた。

 「それは二人が気の毒ですよ。あの件は後日、生き残った藤宮の末の弟の証言で、鬼将の無実が証明されています。
 誤解が解けたのですから、お互いの一族が仲直りの印に姻戚関係を結ぶのも悪くないと思いますよ。」

紫峰の宗主であり樹の魂を持つといわれる修の言葉に、陽郷もなんとなくそうかもしれないと思い始めた。

 「まあ…もう一度よく考えて、務とも相談してみるが…期待はせんでくれ。」

 陽郷は息子の名を上げた。
この先彰久と長く付き合っていくのは長男の務だからということなのだろう。 

 とりあえずその話はそこで打ち切りになり、笙子の土産の包みなど開いて一頻り旅の話で盛り上がったあと、修は帰宅の途についた。

 頭痛を引き起こすあの大声の正体までは分からなかったが、そんなことよりもなぜか彰久に懐かしいものを感じてそれが妙に気になっていた。 樹の名前を知っている彰久。鬼将の末裔。
彼がここに存在するということは、鬼将が無事逃げおおせたということ…。

 いいようのない嬉しさがこみ上げてきた。
修は自分のほほを涙が一筋伝ったことに気付いたが、不思議なことになぜ涙が出るほど嬉しいのかは思い出せなかった。




 車を降りて門扉を閉めながら、彰久は今日の不思議な出会いについて考えていた。
あの時なぜ違う人の名前を言ってしまったのだろう。あの人もなぜ鬼将の名前を出したのだろう。
 そしてこの不思議な感覚。長い間、逢いたい…逢いたい…逢いたいと思い続けていたものが一瞬にして果たされたような喜び。

 誰もいない部屋に帰っても今夜は一人でいるような気がしなかった。
なんとなく気持ちがうきうきして、今日も結局はいい返事がもらえなかったというのにいつもほどは落ち込まない。何とかなりそうな気までしてくる。
 
 鼻歌交じりで気分よくシャワーを浴び、ベッドにもぐりこんで読みかけの本を手にした時、彰久は突然めまいを覚え、自分がどこにいるのか分からなくなった。

 どこかの屋敷の中のようだ。何か酷く切羽詰っているような感じを受ける。
目の前に人がいて…病人のようだが…何か必死に訴えている…。

 『…鬼将。このままでは命にかかわる…。無礼と思われるかも知れぬが、ここに当座の物を用意しておいた。これを使って一族を連れて逃げ延びよ。』

 『だが樹…俺は悪いことなどしておらん…。』
 
 『そんなことを言っている場合か…私は何度も忠告した…権力者には近付くな…目立たぬように過ごせと…。
おまえが招いた結果だが…無実の罪で死なせたくないのだ…生きよ!』

 『樹…。』

 『私は間もなく死ぬだろう…もはや寿命が尽きたのだ…。
最後に息のある間…おまえの行く道を安全に導いてやる…だから急げ…。』

 『分かった…。だが…俺のためにむざむざ命を捨てるな。恩は忘れぬ。必ずまた逢おうぞ!』

あの人は頷いた。優しく微笑んで…。
だのに本当に我らの行く道を照らし続け…護り続け…亡くなった…。

 気が付くと彰久はベッドの上に突っ伏して泣いていた。
あの人だ…。必ずまた逢おうと…約束した。逢えたんだ…。本当に逢えた…。

 『俺は無事だ…樹…。』




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