徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

二番目の夢(第四話 時を越えて)

2005-07-11 16:30:47 | 夢の中のお話 『鬼の村』
 人と人とが時代を越えて巡り会う。そんな奇跡があるのだろうか。
夜半過ぎにひどく興奮した彰久から突然電話がかかってきた。それは時を越えた鬼将からのメッセージだった。
 『俺は無事だ…樹…。』
 訳もなく涙が溢れて、お互いに何も言えぬまま電話口で泣き崩れた。
千年の時を越えての知己との再会だった。

 考えてみれば、ソラと修の再会も時を越えたもの。修はその奇跡に感謝した。
しかし同時に、彰久が鬼将であるとすれば、あの手紙がやがて彰久にとんでもない難題を運んでくるのではないかと、そんな不安も湧き上がってきた。
どうか鬼将が二度と苦しい思いをすることの無いようにと願わずにはいられなかった。



 
 史朗が紫峰家を訪ねたのは最初の手紙を修に見せてから一月ほど経ってからのことだった。
いつもなら笙子のマンションか仕事場での対面となるが、紫峰家に来たのは初めてのことで史朗は最初から気後れのしっぱなしだった。

 広大な敷地内には母屋を始めいくつかの建物があるらしく、門扉のインターフォンで案内を聞いたところでは、修はいま奥の別館の方にいるらしい。

 『御車でそのまま道なりにいらしてくださいませ。』

 その言葉に従ってしばらく車を走らせるとこじんまりした洋館が見えた。
もともと修の両親の家であるこの洋館は、修にとってはあまりいい思い出のない場所なので長い間管理人だけを置いていた。
 今でもほとんどは母屋で生活しているものの、一左が無事戻ってきたのを機に時折ここの洋館でプライベートな時間を過ごすようになっていた。

 居間に通された史朗は、窓際の小さな洋風の文机でパソコンに向かっている修に声をかけようとしたが、この前の赤面事件を思い出して少し躊躇った。

 「史朗ちゃん…。ちょっと待ってて。すぐ終わらせるからね。」
 
 修は史朗の方を見ることなくそう言った。史朗はすぐ傍のソファに掛け、修が仕事をする姿をじっと見ていた。

 お手伝いさんと思われる初老の女性がお茶を運んできた。洋館に相応しく、紅茶やコーヒーのセットに色とりどりの手作りのお菓子が添えてあった。

 「お多喜…後からもうお一方お見えになるからね…。」

やはり顔を上げもせず、修がそう言うとニコニコと笑いながらお辞儀をして出て行った。

 「さて…と。お待たせしました。」

修はパソコンを閉じると、史朗の向かいのソファに座った。

 「また手紙が来たんだって…?」

史朗は急いでポケットから二通目の手紙を取り出した。

 「僕…ほっとくのはよくないと思ったんでお悔やみの手紙を送ったんです。
父が亡くなっていることや、僕らはもう一族を離れた者だから、いない者として考えてくれればいいとも書きました。
 そうしたら…いろいろ問題が生じているのでぜひ一度里帰りして欲しいと…。」
 
 差し出された手紙を修は速読した。例の頭痛ほどではないにせよ、忌まわしい気配がこの手紙には漂っていて破り捨てたくなるような衝動に駆られた。

 「史朗ちゃん…。悪いことは言わない。この村へは絶対ひとりで行かない方がいいよ。」

 修の忠告に史朗は大きく頷いた。
理由は聞かなかった。史朗自身も気味の悪さを感じていたからだ。

 「彰久さんのところにも二通目が届いたようだから…彼が来たら何か対策を考えよう。
とりあえずお茶でもどうぞ…。コーヒーがいい?」

 修はコーヒーのポットをとって史朗のカップに注いでやった。史朗がカップを受け取ると、自分もコーヒーを注いで飲み始めた。

 修はいつも史朗に親切だった。
笙子とのことを知らないわけではないのに史朗を責めることはしなかった。
 そればかりか何かあると相談相手になってくれたり、何かの時には手続きや手配をしてくれたり身内のように接してくれる。
後ろめたいことのある史朗にとってはそれが心から申し訳なく感じられた。

 「修さん…ごめんなさい…許してくださいとは言いません。本当にごめんなさい…。」

 唐突なお詫びに修の方が少々面食らった。
 
 「なに…? 急に…。」

 「僕…本気です。いい加減な気持ちじゃないです。
 笙子さんの会社を笙子さんと一緒に世界一にするのが僕の夢なんです。
一生懸命働きますから…。
 がんばりますから…嫌わないでください。修さんに嫌われるのは悲しいです。
虫が良すぎるのは分かってますけど…。」

 史朗は思いっきり頭を下げた。鳩豆状態の修は一瞬言葉に詰まったがすぐに気を取り直した。

 「別に嫌ったりなんかしないけど…。驚いたね。そんなに気にしてたんだ。」

 そう言って笑った。今度は史朗の方が戸惑った。

 「君が笙子のことを裏切ったりしない限り、僕は何も言う気はないよ。
笙子のビジネス上のパートナーとしては君より最適な人はいないと思っている。
 あとのことは笙子の気持ち如何の問題で…僕にとってはどうでもいいことさ。」

 穏やかな表情で修は史朗を見つめた。『どうでもいいなんて…。』と史朗は思った。

 「誤解しないでくれよ…。僕に全く嫉妬心がないなんて言わないし、人並みに独占欲もあるよ。
だけどね…。笙子と付き合ってもう20年以上だよ。三つくらいの年から一緒にいるんだ。
 いちいちかまってられないよ。あの浮気癖に…。」

 『確かに…。』と史朗は再び思った。出会ってから付き合い始めるまでの数年を含めて足掛け6年余り、笙子の気の多さにははっきり言ってお手上げ状態。もうどうとでもしてくれという修の気持ちはよく解る。

 修に同意するように目を向けた瞬間、史朗は凍りついた。修の顔から笑みが消え、まるで作り物のような固い表情に変わっていた。視線だけがえぐるように史朗に向けられている。

 「けれど…君のことは浮気だとは思っていない。きみは笙子にとって特別な人なんだろう。
笙子の求める何かを与えてあげられる人なんだろう。そう考えてる…。
それが彼女にとって大切なことなら…それはそれでいいさ。

 言っておくけど…僕は君が思っているほど寛大な人間じゃないよ。

もし…笙子を泣かせたら…殺すからね…。」
 
 最後のその言葉に史朗は震え上がった。
これまで一度も見せたことのないような視線を向けられて、修の本音だとはっきり解った。
修の中に存在する両極を垣間見たような気がした。



 「穏やかじゃありませんね。修さん。」

 お多喜に案内されて彰久が現れた。
 
 「お待たせして申し訳ない。史朗くんお久しぶり…。」

 彰久は二人の方へ近付いてきた。かちこちになっている史朗の肩を叩くと、修の顔を見ながら言った。

 「大丈夫ですよ…史朗くん。この人は本当に優しい人だから。
だけど時々怖い芝居を打つんですよ…。 あなたは昔からそうだ。
そうやってよく自分を悪者にしては相手の気持ちを救っていた…。」

突然、くっくっくっと堪えきれぬような笑い声を上げて修はいつもの笑顔に戻った。

 「敵いませんね。あなたには…。史朗ちゃんひとりなら巧くいったものを…。
史朗ちゃん。ほんと気にしなくていいからね。好きなだけ笙子の我儘に付き合ってやって。」

 今度は史朗が鳩豆状態に陥った。
修はわざと悪ぶったのか…?僕の罪の意識を軽減するために?そういうことも確かにあるかもしれない。だけどすべてじゃない。それがすべてと信じるほど僕は子供じゃない。

 「修さん。史朗くん。僕はこの村へ行ってみようと思っているんです。
この手紙はとても嫌な気配を運んできましたが、このままにしておけば、ますますこの気配が強くなるような気がするんですよ。ほっておいても何か嫌なことに巻き込まれそうで…。」

 声をかけられて史朗ははっと我に返った。

 「実は彰久さん。僕もその気配を感じました。こんなことを信じてもらえるかどうか分かりませんが、少し前からとんでもなく大きな声で何かを訴えてくるものがあるんです。
鬼とか…村とか…。あと…結界…塚…。」

 修は思い切って声のことを話した。本来なら外部の者には口が裂けても言ってはならないことだが、彰久と史朗はすでに修にとっては一族も同じだった。

 「何でしょうね…。いまの僕の力では到底分かりかねますが。記憶では…村に入った直後の出来事のようで何か封魔めいたものを感じます。」

 彰久は首を傾げた。

 「それは『鬼遣らい』では…?」

 史朗が突然思い出したように言った。
修も彰久も史朗の方を驚いたように見た。

 「あ…余計なこと言いましたか? 僕の記憶の中にそうしたものがあるので…。」

修と彰久が顔を見合わせた。史朗もまた誰かの魂を引いているのだろうか?

 「詳しく話してくれないか。」

修が言った。史朗は頷いた。

 「鬼将が村に初めて入った時、村長が鬼に憑かれていて臥せっていました。
鬼将は力を使って鬼を倒し、甦らぬようにばらばらにして塚に納めたのです。
それから鬼が祟らぬように毎年『鬼遣らい』、つまり鬼祓いをするようになったということで…。」

 史朗はそう話してから自分で驚いたような顔をした。

 「えっ? 何でこんなこと知ってるんだろう? 鬼将って誰?」 

 修はじっと史朗を見つめた。史朗の中にある遠い過去の記憶。
稚児姿の鬼将に似て精悍な顔つきの少年。 
 彰久もまた史朗を見つめた。現世では従兄弟同士だが前世ではさらに強い結びつきがあったのだろうか…?

 二人にまじまじと見つめられて史朗はなんとなく気恥ずかしくなった。

 「将平…これは…おまえの倅ではないか。嫡男の華翁だ。」

 「なに…華翁と?」

 彰久は史朗の顔をさらに見つめた。
華翁ならその記憶があって当たり前である。ずっと鬼将と行動をともにしていたのだから。

 千年の時を越えてまたひとり不思議な縁で結ばれた者が現れた。




次回へ