徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

二番目の夢(第六話 鬼の村)

2005-07-14 19:46:30 | 夢の中のお話 『鬼の村』
 修が定休以外に続けて休みを申請したことがよほど珍しかったのか、会う人ごとに事情を聞かれて閉口した。考えてみれば、紫峰家での行事は休みにあわせていたから、入社以来ほとんど有給もとっていなかったことに今頃気付いた。たまには休みもとっておかないとそのうちとんでもないことになりそうだと修は深く反省した。
 
 修たちは二台の車を連ね、彰久と史朗の故郷といわれる村を目指した。
紅葉には早いものの、空が高く青く澄んでいて、これが目的のない旅ならどんなに気持ちのよいことだろう。季節の変わり目で観光客も少なく走行も快適である。

 都会の朝の混雑を避けて相当早くに出発したにも変わらず、村の入り口が見えてきた時にはすでに昼食時を過ぎていた。道路沿いの小さなドライブインで遅い昼食を済ませた後、取り敢えずは宿の方にチェックインして荷物を置くことにした。



 宿で手紙の主である鬼面川の家を訊ねると、今は面川と書くのだそうで、親戚だという女将がすぐに連絡を取ってくれた。部屋で待っていると女将が急いでやってきた。

 「じきに分家さんが迎えにみえますそうで…。まあそれにしても懐かしいことだわ。
先代のご家族がこの村を出なさったのは、私が今の木田さんたちよりずっと子どもの時分だったんですよ。
 ああそうそう…彰久さんのお義兄さまもご家族と一緒にお越し下さいとのことでしたよ。
まあほんと惚れ惚れするようないい男。先ほどから仲居たちが大騒ぎでしてね。
こんな大きなお子さんが二人もいなさるとはとても思えませんね。」

 女将の誤解に思わず皆笑みを漏らした。彰久は笑いを堪えて言った。

 「女将さん。それはあんまり紫峰さんが可愛そうですよ。義兄とは言っても僕より若いんですから。この子たちは紫峰さんの従兄弟さん。」

 女将は口を押さえ、しまったという顔をした。

 「これは失礼なことを…いくらなんでもおかしいとは思ったんですよ。あんまりお若いから…。
ええっ? いま確か紫峰さまと…? 紫峰さまとおっしゃるのですか? 」
 
 素っ頓狂な声を上げて女将は修に訊いた。

 「そうですが…なにか? 予約のときにも名乗ったはずですが…。」

 修は怪訝な顔をして女将をみた。

 「うわ。何てことを。重ね重ね失礼致しました。受付の者が漢字を間違えたんですわ。
『紫峰さま』が『柴峰さま』になっておりましたので。
 鬼面川の言い伝えに紫峰さまの名が出てくるのです。

 これは大変だわ…本家に知らせなければ…。それではごゆっくりと…御免くださいませ。」

 女将は慌てふためいてその場を離れた。

 「やれやれ忙しい人だ。 それにしても紫峰家の名前がいまだにこの村の言い伝えに残っているとは思いませんでしたね…。」

 彰久が言った。修たちも頷いた。
 
 「あなたが遺言されたんですよ。彰久さん。」

 史朗がまた、知らないはずのことを口走った。皆の視線を浴びて史朗は赤面した。

 「やだな…どんどんひどくなる。」

 「思い出した時には黙ってないで話した方がいいですよ。史朗くん。
誰もあなたのことを変に思ったりはしません。 我々にとってはいい情報源になりますしね。」

 彰久は慰めるように言った。
 
 「彰久さんの記憶は、今のところこの村へ移住するまでの出来事がほとんどでね。
そのうちに思い出すだろうけど、ここへ来てからのことは君の記憶の方が確かかもしれない。」

 修にそう言われてもはっきりとした記憶などひとつもなく、史朗の不安はつのるばかりだった。



 鬼面川家つまり現在の面川家から迎えが来たのはそれからしばらくたってからだった。
手紙をよこした面川末松という老人ではなく、その息子の数増という50代くらいの小柄な小父さんがやって来た。

 「よう来たな。 待っとったで。 」

 ニコニコ笑いながら5人を自分のワゴン車に乗せて面川の本家まで連れて行った。
本家は旅館から道なりに九十九坂を登りきったところにあって、坂さえなければたいした距離ではなかった。 
 
 紫峰家は一族が戦後、今の土地に移るときに新しく居を新しく構えたので比較的新しい屋敷だが、ここは何とも古めかしい。しかし、どう見ても千年は経っておらず、せいぜい百年前後というところだった。

 「お~い。 隆平。 木田の衆のお着きだぞ。」

 数増が玄関から呼ぶと、透や雅人と同じくらいの少年が慌てて出てきた。玄関にきちんと正座して皆を迎えた。

 「ようこそ おいでくださいました。」

 「これは亡くなった当代の嫡孫で隆平。本家にはこの隆平と父親の隆弘がおる。
隆弘は本家の婿さんだ…。隆平、親父さんはどこだね?」

 数増が訊くと隆平は奥をチラッと盗み見るような仕草をしてから答えた。

 「さっきまでいたのですが…何か手配に出たのでしょう。 お呼びした皆さんはすでにお集まりです。 さあ、木田さま、紫峰さま、どうぞお上がり下さい。」 

 隆平の案内で奥の座敷へ行くと親族と思われる人々が5人ほど集まっていた。
上座にいるのが末松なのだろう。高齢の男性が仏壇の前に座っていた。

 「奥からご紹介しますと、末松大叔父さま、左が朝子伯母さまと従兄の道夫さん。
右が弁護士さんの大塚さんと亡くなった当代の友人で村長の河嶋さんです…。
皆さん…こちらのお二方が、彰久さんと史朗さん。こちらのお三方が紫峰家の方々です。」 

 戸口で跪いた隆平は双方の紹介をした。面川の人たちが深々と礼をしたので修たちも正座をして丁寧に挨拶を返した。 

 「遠い所を申し訳なかった。さあ…こちらへ。」

末松が上座へ手招いた。
その時、隆弘と思しき人が、お手伝いさんと一緒にお茶や、茶菓子などを運んできた。
出かけていたわけではなかったようだ。

 「隆弘も帰ってきたようだから…酒が入らんうちに話をしたらどうかね。爺さま。」

数増が末松を促した。末松が頷いた。

 「事情を知らんお人の前だで、簡単に説明すると、この村では毎年『鬼遣らい』という儀式を行って村の安全を祈願する。
その中心となるのが面川の当主でな。当主は代々鬼を鎮める力を持つ者が務めるのが本当だった。

 ところが先代が亡くなった時に次兄がごり押しをして自分が当主に納まってしまった。
彰久と史朗の婆さまを二人の倅ともどもぼい出してな。

 次兄には鬼を鎮める力なんぞありゃせんかった。その後、村では大水がでるわ、山津波があるわ、冷害になるわでな。村はさんざんな目に遭った。」

 腹立たしげに末松は言った。

 「次兄が亡くなったいま、今度こそは正しい者を選らばにゃならんで、彰久と史朗にも帰ってきてもらったというわけだわ。」

 彰久と史朗は顔を見合わせた。とんでもないことだと思った。

 「しかし、そんな力は僕らにもありませんよ。万一あったとしてもいまさらこの村には戻れませんし…。第一どうやってその力を見分けるんですか?誰がその人を選ぶのですか?」

彰久は訊いた。末松は湯飲みからお茶を一口飲むと続けた。

 「鬼が決めるわ。鬼の頭の塚で儀式を行ってな。鬼が気に入れば印が現れる。
気に入られなければ喰われるで…。」

その場に緊張が走った。

 「爺さま。またそんなことを…。心配ないで。ちょっと弾かれる程度のもんだわ。
こいつじゃないでってな。」

 数増が取り繕うように言った。

 「明日儀式をするで…。隆弘…準備しておいてくれや。」

末松は隆弘に声を掛けた。隆弘は黙って頷いた。

 この隆弘という人には何か胸に秘めた思いがあると修は感じた。また、その隆弘を見つめる息子の隆平にも何かしら感じるものがあった。

 話したいことだけ話すとその場は彰久たちの歓迎の宴に変わった。
近所の衆や他の親戚も加わって飲めや歌えの大騒ぎ。普段こうした宴会に不慣れな研究者の彰久は調子を合わせるのに四苦八苦。史朗は経営だけでなく時には営業も担当するので、結構場に溶け込むのが早かった。

 大人たちの騒ぎに閉口した雅人や透を隆平が誘い出した。隆平は座敷から離れた台所脇の部屋に自分の食事と一緒に雅人と透の食事も用意しておいてくれた。

 「あんな所で食べたくないでしょ。落ち着かないし。」

なんだかんだ三人で盛り上がっていると修がやってきた。

 「楽しそうだね…。」

 「あっ…紫峰さんも何か召し上がりますか?」

隆平は立ち上がろうとした。

 「いや…有難う…あちらで十分頂きました。それより君に訊きたい事があるのだけれど…かまわないかな?」

 隆平は素直に頷いた。修は優しい笑みを浮かべた。 

 「君はなぜ…黙っているのかな? 君にあるその力で十分だと…僕は思うのだが…。」

隆平ははっとして修の顔を見つめた。この人は知っている。僕のことを分かっているんだ。
そう感じ取った。もしかしたら助けてもらえるかも知れない。
隆平の中にそんな淡い期待が膨らんだ。





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