Fuu

ある日には山 ある日には畑 自然体で気分良く暮らしています。

週に二度の納古山

2007-02-22 01:04:56 | 山歩き

岐阜県の美濃と飛騨の境に当たる所に七宗町がある。ここは私が大学を出て初めて赴任した思いでの場所だった。 そこを離れて岐阜の方に戻っていっても 結婚しても年に何度か訪れていた場所だったけれど その頃にお世話になったおばさんの訃報 それをきっかけに訪れることも無くなってしまった。

今思うと若気の至りという言葉で言い訳するしかないような悔やまれることもたくさんあって 申し訳なかったり いたたまれなかったり そんな思いが懐かしくて大好きな場所というよりも 重くなってきた。 自分が子育てをするようになってよけいにその思いが強くなったのかも知れない。

神淵にはいつも名前の出る山が三つあった。 水晶山 天王山 納古山 そして納古山は ネット上のレポートでも良く聞く名前だった。「言ってみようかなっ」って思ったのはピーちゃんが行きたいって言ったのがきっかけ。

2月の16日に決行を決めて 亭主も誘った。 そうして構えていたけれど ピーちゃんは急に仕事が決まっていけなくなった。 豊橋のオモニを誘った。彼女も忙しい人だけれど 快諾してくれた。

そんないきさつで 16日に行ってきた。前の日に雪が降ったらしく雪景色。 ふつうに歩ける程度だったけれど この冬はきららの森で雪を見ただけで 全然お目に掛かってないので嬉しい。

Yukigesyou  思ったより速い時間で登れる山だった. 登り切っても尾根にしか付けなくて ぴーくに着くたびにがっかりするような ちょっとだまされたような気がする山だったけれど 面白かった。

頂上の展望は半端じゃない。360度見渡せる。 御岳もぽっかりと天空に浮かんでいて もう少し晴れていると乗鞍や槍まで見えるとか

白山も見える。 伊吹も鈴鹿の山々も 飛騨川の蛇行が日の光を受けてきらっと見えるし 木曽川も・・

この間縦走した継鹿尾さん方面も見える。

恵那山も・・・

なんだか不思議 地球の一点に腰掛けて 下界を見下ろしているような錯覚を起こす。 なんている素敵な場所なんだろう?

すっかりお気に入りの山になってしまったのだけれど・・・そしてまた来ようと思ったのだけれど

Nokoyamasancyou

頂上までたどり着くのに 一人で乗り越えるのが どうしても怖いところがあった。

きのうピーちゃんにおやすみがとれたからどこか山に行きたい と言われたとき 凄く迷った。 あそこ登れるだろうか?

でも気づいたら メールしていた「納古山いこっ!」あ~ぁ  嫌ではないんだよ。只不安だった。でも もう一度挑戦して やり直したいと言う気もあった。 それに巨木好きのピーちゃんに 神淵神社の大杉を見せてやりたかった。

さて 昨日は二つの課題を課してみた。一つは岩登り

前に ネット仲間の宮さんに 頂上近くのフィックスロープは 厳しいものがあり非力な女性には無理かも・・・と書かれていた。 私は非力な女性だったらしくて 亭主にぎゅうぎゅう押し上げてもらってやっと登った。 今度はもう少し落ち着いてやってみよう。

Iwaba1 最初の岩場は 岩のクッションを積み重ねたような岩場だったので 、階段の様にゆっくり登っていけば何とか着いた。高さはあるけれど これは前にもクリアできた場所。

途中で岩のテラスの様になっていて そこからのぞいた山々にお~ぉ!と叫んだ。

問題は次のピークを急下りして鞍部から登る岩場。ロープが二本ぶら下がっているけれど 左に集中していて 私の使いたい岩の出っ張りからはちょっと遠い。

仕方ないので今回はこの二本を使って左の斜めのくぼみに足を乗せて膝も使ってロープをひっぱった。 あらら 足がつりそう。もう少しなのに・・・ ピーちゃんに少し押してもらう。何とか一足先に進む。 後は岩の出っ張りに手をかけて三点確保でゆっくり登る。 断層の歪曲した岩なのでその後は斜めに足をかけて上がっていくけれどつるつるの岩では無いので 何とかなる。 やはり問題は 最初の一歩。

Iwaba_1 Iwaba2 

Iwaba3

Iwaba4_1

少しだけ力を借りて 今回も登り切ったけれど まだまだ一人ではダメだった。 帰りは初心者コースだな。 もっともっとこの岩の位置とか足の効果的な運び具合が解るようになったら 下りにこのコース使ってみる。しばらくは 登り専門。

さてもう一つの課題。 この山の中腹に塩の道とよばれる古道がある。 古道を通って飛騨の方まで塩を運んでいたらしい と聞いてどうしても歩いてみたかった。分岐は中級コース最後の水場を登った所の途中にある。案内は無い。意外と広い踏み後にそれだと確信していただけ。 歩いてみたい。

案内が無いと言うことは通れないのだろうか? 途中ですれ違ったおじさんは幸い地元の人だった。 「塩の道 倒木があって歩きにくいよ。 一度木を切ってあるけるようにしないといけないのだけれど。」 「跨げますか? くぐれますか?」

「3年ほど前の事だから・・・今は歩く人もあんまりいないし・・・」と少々歯切れが悪い。

初心者コースは 大下りで まっすぐ下に転がっていくような道なので 膝が痛くなる。 武儀郡神淵村と加茂郡七宗町境界の碑を過ぎて暫くすると それらしい 道があった。私の考えでいくと この道を行けば中級コースにぶつかるはず。

Sionomiti_1 

「ダメだったら戻れば良いね」

全体としては 道は分かったものの時々迷う。あるはずが無い左への踏み後が二度 倒木に行く手を塞がれることの数回。(でもこれは跨いでしのげた)谷の上に出るはずと思っても谷を何度も下に見ても 思っている谷にはなかなか出ない。 多分そんなに時間は経っていないのに 気は焦る。 考えてみれば林道歩きを20-30分して元にもどるのだからそう簡単にたどり着くはずは無い。

それに悪いことに もどると言う勇気はなかなかでない。ついもう少し もう少しって思ってしまう。今回は幸いなことに どうしようかと思っているうちにいきなり中級コースの下りの看板に出会った。

かくして 週二度納古山を訪れることが出来て そのたびに気になっていたことが解決できて 気分良い山歩きになった。

もう少し 同じコースを歩いて 弱いところを極めないとね。

それにしても塩の道 観光マップにも乗っている。 どうして歴史的に意味のある道を大事にしないのだろう? 手入れの行き届いた道にする必要は無いけれど せめて案内があったらな! と初心者二人は そう思ってしまったのでした。

コメント (6)
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天空の回廊

2007-02-20 00:30:29 | 山歩き

一月の初めに田原アルプスを縦走したときにジオンさんから面白い山歩きのお誘いを戴いた。

干支の山猪子山から繖山へ縦走しようというのだった。 山渓の1月号に載っていたそうで猪の名が付く縁起の良い山がいくつか提案されていた。 猪子山(いのこやま)と思ったら(ししこやま)というのだそうだ。 あれ? 読み方関西風?

古墳や史跡がいっぱいある山で登山対象としては少々物足りないと言うことで繖山(きぬがさやま)への縦走となった。

参加者11名 神戸から一人 地元滋賀からご夫婦でふたり 福井一人 大垣五人 そして三河が二人。 不思議なつながりの団体。

今回は特に地元のお二人に 下見 車のデポなどで細かいお世話を戴く。そして私たち三河組は 大垣の和たんに 現地まで車で連れて行って頂くことにした。 いやぁ おんぶにだっこ状態だった。

安土城博物館の駐車場に車を一台残し 猪子山の麓迄車二台で移動。神社の鳥居辺りに車を置かせてもらうけれど 平日だというのにまぁ 大にぎわい。 みんな猪子山詣で?

鳥居の右手から整備された階段があったけれど 史跡を巡りながら歩こうと言うことで車道を登っていく。

岩舟神社 神社の裏に大きな舟のような形をした岩が鎮座 苔むしている。 何でも比良の神様がこれに乗って琵琶湖を渡っていらしたとか

「うそやな」「こんな大きな岩じゃ絶対沈むよ」とつっこみが入る。Iwafune Iwafunejinnjya

更に行くと北向11面観音への参道に出る。 長い長ーい階段。 こつこつ登っていくけれど なかなか付かない。

実はこんなものは序の口 只のウォーミングアップに過ぎなかった。「お参りに来る年寄りは 大変じゃぁないの」と山登りに来たことをおいといてぶつぶつ

やがて巨石の積み重なった一角にたどり着く。観音様はその巨石の祠に安置されていて更にそれを守るようにお社が建てられていた。

Kannonsandoukaidan 11mennkannondou

地元の人々が拝殿に座り込んで熱心にお参りされている。 

その前の岩がビューポイント。 琵琶湖方面の美しい田園風景が広がっている。能登川の町が見える。おてんきがとても良いのに 春霞の様に霞んでいて遠方の景色は見づらい。 見えるはずと じっと見ていると 何となくいただきに白いものをまとった比良の山が見えるような・・・残念。

観音堂自体が巨石で出来ているので 罰当たりと言われそうだけれど 岩のてっぺんに登ってみる。もう一度絶景が楽しめる。

Kannoniwakara

春の様な陽気が気持ち良い。 時々吹き付ける風に まだ二月を思う。あわてて降りて次に向かう。

猪子山頂上 真新しい道標が出来ている。猪の絵が可愛い。Sisikodouhyou

「こりゃ 山渓に取り上げられた記念やな」

私もそうおもう。 誇らしげに見える。標高267.5メートル

さてここからは尾根歩き 繖山まで行くぞ~!

と思ったのだけれど そう簡単ではなかった。時々階段を上ったり降りたりしながらも樹林帯の続く尾根を歩いていくのは気持ちよい。

しかし 階段多すぎ。 みんなと同じ二本足で歩いているはずなのに 長さがだいぶん違うらしい。 たちまち差が付いてしまうんだよね。慣れていないグループの中で迷惑をかけないように歩こうとすると必死。 写真を撮ろうものなら直ぐに前の人の姿が消える。

Sisikokaidan Sisikojyurintai

あれれ? 何処行った? どうなっとるんや?

この山あちこちから登って来れるらしくて良く分岐に出会う。ぶぃーんという木の切り出し音にびっくりした頃 左下の方から石段が現れる。 立派な参道の様だった。 石馬寺からつながっている。何処に行く参道?

直ぐに行く手にお社が現れる。 雨宮龍神社

雨乞いの神社なのだろうか?

ここにも大きな岩があって 和たんと チー様が登る。「よく見えるの?」「ううん 見えるかもしれんと思って。」

Ryujiniwa Ryujinsha_1

私たちは高いところを見るとつい登りたくなる 不思議な習性がある。 大分来たからそろそろ繖山と思ったら おっとどっこい まだ3分の一ぐらいしか来ていないんだって。 え~~っ! 何だって? ゆったりお気楽ハイクではないの?

「嫌 まだ地獄越えを過ぎていませんから。」

「地獄?地獄は見たくありませんけどぉ・・・」

何だろう? 地獄越  とても恐ろしげな名前では無いですか?

「昔の戦場の舞台で この辺り傷ついた兵士の血で真っ赤だったとか・・・」そうですか? だから地獄  でも私にはそれが 険しさを表わす名前の様な気がしてならない。

行く手を見ると 山頂に三本の木が立っている山が見える。あれが繖山山頂らしい。 

遠い~~ はぁ

Kinugasaenkei この辺りから 山の様子が少し変わってくる。

眺めが良すぎ。 いえ 文句言うつもりは全くないのですが 左も右もすっかり開けていて 森林限界を過ぎていないのに 木が無い。

展望が実に良い。

良く見ると 所々に黒こげの丸太が転がっている。

10年ほど前の山火事で この辺一体がすっかり焼けてしまったのだそうで 今少しずつ緑の再生がされてはいるけれど まだまだ何年も掛かりそうな感じ。 原因が何だったのか知らないけれど おおごとだったに違いない。

ここで行く手の鞍部を見て顔が引きつる

え~~っ? 先遣隊が 遙か下の方で立ち止まっている。あそこまで降りる? そして 登るんだ。 やっぱりこれは戦場の地獄越えでは無くて 地獄の様なのぼりみちだ~~

Soranokaidan Kitamiti

山の稜線に続く一本の道 それは まるで空に続く道のよう。 先遣隊の影は 空中の回廊を歩いているようだった。 ここに空からかぐや姫のお迎えの車が来ても 信じるね 私。

ここからは文字通り地獄越えだったけれど 和たんと ゆったり楽しんで行こうね と半ば開き直って 景色を楽しみながら 歩く。 日陰には雪が残り 右に左に開ける展望は相変わらず嬉しく・・・ この辺りから ごつごつした岩が目立つようになる。カレンフェルト?きっとそうに違いない。 巨石好き和たん 斜面に降りていって写真を撮ろうとしている。ああ危ないよ!

Karenferuto Marutakaidan

登っても登っても付けそうにない階段だったけれど 最後の階段を右に上って着いたところが山頂。 やったー。 山頂はとても展望が良かったけれど 少々風が強いので 風のないところに移動。 え~~っ! おなか空いたんだけれど・・・

みんなの顔にも落胆のいろ。

でも その先 少し行ったら まぁ あつらえたようなうってつけの場所が。 一体何の場所だったんだろう?すり鉢状に落ち込んだ広間の様。 階段があるわけではなし しかし 樹木が全くないところを見ると 建物が建っていたのだろうか? 観音寺城の山だもの

ランチは 家業がうどん屋さんの乱丸さんから手打ちうどんの鍋焼きが ラブさんからはスパゲティミートソース 大垣組からは 鍋 自家製野菜入り SIVAさんからは 北陸の郷土料理へしこ ハイジさんからお抹茶入りのお茶と和菓子 チーさんから果物やカステラ のこさんから おいしいおつけものや果物  うわーっ ごちそうの饗宴だー 

私たち三河組は 朴葉みそで味付けた牛肉とやきもち オモニさんから自家製ヨーグルトと自家製マーマレードを出してもらって 足が悪いのを良いことに食べるの専門にやっていたら写真撮るの忘れた。 (ρ゜∩゜) グスン

おなかいっぱいになったし 帰るばかりと思ったら まだ行くところがあるらしい。 観音正寺。そして観音寺城址

観音正寺は平成5年に焼失して今真新しい本堂になっている。これはあの山火事に関係あるのだろうか? 親しくさせて頂いているネット仲間が火事で焼ける直前に 地蔵盆でにぎわっている所に出会ったと言っていたけれど・・・

下って下って大下り この道を上らないといけないことを考えるとなんだか不安になる。そんな道だったけれど岩の中に祀られたお社をこえて 降りると鳥居が・・・その鳥居の向こうは通行止めの柵が・・・ありゃありゃ 入っちゃいけなかったの? でも上からは良いのかしら???

OkunoinNezumiiwa 

Niousama

大きな大きな杉の木が 歴史を語っているような気がした。

Suginoki

ここから先に進むと 分岐がある。一つは先ほどの頂上に戻る道。 もう一つは桑実寺に行く道。桑実寺は500円いると書かれていた。「止めよっ!」

でも今とても後悔している。 うちに戻って歴史をひもといていたら 此の桑実寺も実はとても重要な役割をしたお寺だったとか。 朝廷の仮の宮殿だったりしたわけで もちろんそれは観音寺城の主佐々木氏と 深く関わっているとは思うのだけれど 変にお金をけちったばかりに 失敗失敗。

桑実寺へ行く手前に 観音寺城址はあった。 石段や 石垣に当時の面影を残しているのだけれど 本当はここに見えるだけのの小さなものでは無かったらしい。全山に遺構が見つかったと言うから かなり立派なものだったと思われる。う~~ん もう少し調べていくべきでした。 残念。

Kannonjiisigaki Kannonjiisigaki2

Kannonjitubaki

この後 私としてはとんでもないことが待っていた。三角点に戻るべく 観音正寺に向かって戻って行きつつあるときに 「ここにマジックで 三角点って書いてある。 いけるかも知れん。」と誰かがつぶやく。 いたずら書きの様な字を私は信じない。 だってそれがさしていた方は 道とは思えず みんなは踏み後があるよっていうんだけれど 私には 只の崩れた斜面にしか見えなかった。

Yabu Tisankarano

「えっ? ここ登るんですか?」 まぁ すべること滑ること 誰かが私の背中を ぐいぐい押してあげてくれたけれどね。一人で あるいは私の仲間では絶対しない冒険だった。 いつ「やっぱりあかん もどろっ」って言われるかと どきどきしていた。

ところがこれが良かったんだね。 あんなに大下りで また登るのを心配していたのにあっという間に 先ほどの食事場所に着いた。 あっという間に・・・さすが山姥軍団

こうして繖山の三角点に戻り 後は最初に車を駐めた安土城博物館に転げるように落ちていくだけ。 

そうそう ここの三角点変なところにあるよ。 だって階段の中だよ。みんな知らないで三角点踏み踏み歩いているかも・・・ 階段を作る場所が無かったのか 謎だ~

Ryousentozandou Kinugasasankaku

途中安土城址まで下っていく道もあった。 面白いことに山の稜線に 道が俯瞰で見える。木々が生い茂るまでは 迷うこと無いかもしれない。いつかこの山が緑生い茂って本来の姿になったときどんな顔をしているのだろう? 

それを見届けることは 私には出来ない。 何度も振り返って稜線を目で辿りながら 別れを告げた。

次に来るときには 今回図らずもけちって見損ねた 安土城址と 桑実寺を巡る山歩きとしよう。

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霊の集まるところ

2007-02-14 13:35:12 | 旅行記

十国峠から岩戸山の方へ歩いていくと 丁度中程に日金山東光寺がある。何でも死者の霊が集まるところだそうだ。

なんだか嫌だな そんなところを通って岩戸山まで行くのは嫌だな。

あ!でも大好きだったおじいさんやおばあさんに会えるならそれでも良いかな?

そんなことを思いながら歩いていた。 古めかしい野仏があちこちに・・・ 墓石を いっぱい集めてぎゅうぎゅう詰めの場所も 賽の河原に通じる道なのだろうか 風車がぐるぐる回っている。

Toukoujinobotoke Toukoujinomotoke2

何となく意味ありげ。それでもこの場所は尾根の明るいところにあるからだろうか? あんまり怖い感じはしなかった。開放感の方が少しだけ勝っていたかな?

東北の恐山 映像でしか見たこと無いけれど こわいもの  少しほっとしたりする。 小さな小さな仏さまのレプリカみたいなのを飾って願いを叶えるのだそうで いっぱいの仏さまが積み上がっている。

ふんふん なるほど

ここはお彼岸になると 霊が集まる所かぁ? ここに集まる人々の 後ろ姿や ふとした仕草に会いたい人の様子が重なって見えるんだって・・・

そんなんじゃ会えたって言えないよー  でもそうだよね 今大流行の歌は 亡くなった人は 千の風になって 自由に空を飛んでいるんだもの  大好きだったおじいさんやおばあさんは 風になって 私が会いたいときには いつでも会いに来てくれるもの

Sainokawara

あらら ここは遠州の人々の霊が集まる所だって・・・ 霊山にも 住民登録が あるらしいよ。 

良かった 私 もしもこの世にさようならしても ここじゃあl 少し遠すぎる。 来るのに疲れちゃうし 誰も会いに来れないよ。

(近くても 来ないか?)

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松尾池 墨絵

2007-02-06 12:31:04 | 日記・エッセイ・コラム

先秋 父を連れて近くの山 百々が峰の麓松尾池に連れて行ったことは 前に書いた。

少し歩いては 座り込んで息を整えて・・・の山歩きだったけれど 墨絵の良い題材ができたと喜んで暮れた。 お世辞かも知れなかったけれど その後 テレビで鴛鴦が放映されたり 新聞に載ったり雑誌に取り上げられたりするたびに それを切り抜いて嬉しそうに見ていた母のはしゃぎようから見て 本当に嬉しかったのかも知れない。

父はもう自分で出かけて見ることが出来ないので あちこちの写真を送って欲しいと言っていた。 あんっまり良いできでなくても 自分で行ったことがあるところは それなりに想像が出来るだろうと 松尾池の写真と 多治見の虎渓山の写真を送っておいた。

「できたよ。 会心の作だよ」

と電話があったのは くれだった。 正月に行ったら沢山の短冊を並べて うんちくを話し始める。 父はもう 大きな屏風絵をかけるような体力は無い。 色紙や短冊 絵はがきが 丁度良い。

そこで短冊に書く難しさを語り始める。 短冊は 細長い世界。 そこに完成された自分の世界観を書かないと退屈な絵になってしまう。 写実を書けば あの細長い世界に書きたい世界はかけないし 細長い窓からのぞいただけの世界に 思いを映し出すことは出来ない。

自分が感動したひとつひとつを 組み直してみる。 ここの池にどんな萩の滝が良いのか? 山の景観は・・・ それを考えることが楽しいし 想像ではなく創造の世界なのだと・・・

ん? そんなこと言っていたと思うけれど いい加減に聞いているからちょっと違うかも はは ゴメン お父さん

でできあがった短冊はこんな風 残念ながらキャノンのスキャナのソフトは 合成を手でやらないといけないので 継ぎ目が見えてしまう。 エプソンのスキャナ上げなきゃ良かった。ぶつぶつ

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で こうなる

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ついでに 多治見の虎渓山

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