「治る腎炎」と「治らない腎炎」と、大別すれば、IgA腎炎は「治らない腎炎」に入るでしょう。発症のメカニズムはまだ不明ですが、恐らくは免疫複合体病の範疇に入る疾患です。抗原は現在までのところ、ある種の細菌であろうと推定されていますが、腎臓の糸球体にその抗原が確実に明示されてはいません。抗体であるIgA(サブクラスではIgA1)は多量に存在しますが、その相手の抗原の特定となると、ここしばらく、誰も研究を怠っている感じを持ちます。同じく、糸球体のメサンギウムにIgAが発見される紫斑病性腎炎でもIgAの相手、つまり抗原が同定されていないのです。ヒトIgA腎炎の実験的な動物モデルが現在のところ無いのが残念なことです。
西洋医学的表現での、上気道感染症がIgA腎炎の発症に重大な役割を果たしていることは、想像はつくのですが、その仮説を実証する動物モデルがありません。現在行われている扁桃腺摘出の治療法は、その仮説に依るものです。医療統計学でのコホート研究にしても、プロスペクティブ研究にしても、相手が人間である場合には、倫理学的にも許容範囲があります。それが動物モデルの開発の重要性の所以になるのですが、いまだにありません。
ですから、日本の10倍以上の人口があり、同じ、東洋人としてのIgA腎炎の発症率が高い現状をかんがみれば、中国での、特に漢方医学を中心としたプロスペクティブ研究の重大性があります。
ところが、我々日本人が中国の医療統計(症例報告を含む)を、検証するには、とりあえず、後ろ向きのレトロスペクティブの報告を眺めることになるのですが、広大な中国には、患者の個人差、地域差も大きく、また、それを診る医師も統一的な見解に依って治療しているわけではなく、学派、師弟間に培われた別個の治療法があるといっても過言ではありません。それが情報開示、ネット社会の発達によって、ある程度の、共通認識が出来上がりつつありますが、なにぶんにも、伝統医学の特殊な言語体系が2000年にもわたり、漢方医学を支配しているので、治療者は各自、独自な解釈を持たなければ、新しい治療を試みることには消極的になるでしょう。
「銀蒲玄麦甘桔湯」(ジンプシュアンマイガンジエタン)うまく中国語で表記できませんが、日本語なら(ぎんほげんばくかんき湯)となるのでしょうか。初めて目にしたのは、2005年版の中国書籍「腎病 古今名家 験案全析」(科学技術文献出版社)でした。
CKDでも特にIgA腎炎での疏風散熱剤として紹介されていました。「清上治下」法という四文字熟語を目にしたのも最初でした。「清上治下」の上とは上焦というよりも、先に述べた上気道感染症も含めた臓腑熱「肺熱」を「上」を示すようです。「治下」の下は腎と膀胱を指すようです。私も含めた西洋医学者にとっては、IgA腎炎の発症に重大な役割を果たしている上気道感染症と腎炎発症を治療する「清上治下」ということになりますので、IgA腎炎に限らず、典型例としては溶血性連鎖球菌感染後の急性糸球体腎炎(PSAGN)が挙げられます。なにかしら、ご都合主義的なものを、四文字熟語「清上治下」に感じました。というのは、PSAGNとIgA腎炎は「治る腎炎」と「治らない腎炎」と、大別する立場からすると、共通点を上気道感染の関与とすること以外に、発症後の経過が大いに違うからです。PSAGNは原則的に治る腎炎であり、IgA腎炎は「治らない腎炎」という印象が長い間、私は持ち続けていたからです。専門的になりますが、PSAGNは兎の古典的なワンショットBSA(牛血清アルブミン)腎炎という動物モデルが近似しますが、兎に上気道感染を起こさせるものではない一方で、いまだにIgA腎炎のような動物モデルがないからです。近似モデルすらも見当たりません。銀蒲玄麦甘桔湯に関しては、ヤフーチャイナで文献が多数検索できます。
ともかく、銀蒲玄麦甘桔湯の組成を検証して見ましょう。金銀花、蒲公英、玄参、麦門冬、生甘草、桔梗と全体的に涼寒の性質が強い方剤です。金銀花、蒲公英は疏風清熱に、玄参、麦門冬、桔梗は滋陰利咽に、生甘草は清熱解毒、調和諸薬に作用すると述べられています。私の印象では、同じ清熱解毒剤でも、衛分の代表方剤である銀翹散の君薬としての金銀花より蒲公英の方がより、中医学でいう「血分」に近く作用するという印象があります。蒲公英には、清熱解毒 利湿通淋