時振声教授 医案3
10年間の慢性腎炎に悩む41歳女性患者。10年来、過労や上気道炎で急性悪化を繰り返してきた。10日前悪寒発熱、悪心、食べると嘔吐するという外感病によると思われる症状が出現し、対症療法の後、症状は一旦落ち着いたが、乏尿、浮腫、四肢の重い感じ、眩暈や頭の張る感じ、悪心嘔吐などの症状が強くなった。入院後検査:形神倶衰(lassitude of both physique and mind),顔面と頭部の浮腫(いわゆるpitting edemaでありpuffyと表現される)眼瞼は如臥蚕(like the lying silkworm)で、腹部は腫大し、下肢にはpitting edemaが著明であるが、皮膚は粗い、爪は乾燥し、舌は紅、苔薄黄、脈は沈細数(deep-thready-rapid pulse)血圧24/13.5kPa(1kPa=7.5mmHgで換算すると180/101mmHg)尿蛋白定性(4+)尿沈渣400倍毎視野 白血球4~6 赤血球4~6 上皮細胞1~2 顆粒円柱0~1、末梢血液検査:(原文をそのまま載せれば白血球1.2x10の9乗(好中球0.72、リンパ球0.28と記載されており、国際単位に一致しません。)血清アルブミン値は2.6g/dl グロブリン値は1.8g/dl,ヘモグロビン値は9.2g/dl PSPテスト15分値2%、2時間値32%であった。元来の内湿と新しい外感の影響を受けたことによる脾虚が進行して気虚が著しくなると、脾の水質運化作用も更に低下する上に、肺の主気作用も傷害され、宣発粛降作用(通調水道作用)により津液を三焦にめぐらす作用も衰え、肺の宣発作用の一部として汗になる作用も衰えます。元来の慢性腎炎により、腎の気化作用も衰えていますので、水質の邪が郁滞することになります。
これらは、基礎理論に従う立場からの私の分析です。一日尿蛋白の定量や、BUN、クレアチニン、血清脂質などのデータは医案には記載されていません。いわゆる腎機能の指標である糸球体ろ過値(GFR)も記載がありません。PSPテストの低下に対するコメントも記載がありません。
さて、
時氏は水湿内停、形成表実、水停、鬱熱証と診断しました。治療は解表清裏、発汗利尿として、越婢加朮湯と麻黄連翹赤小豆湯合方を以って、三焦の気を宣通し、内外の湿邪を分消すると判断しました。説明しますが、解表清裏とは発汗させ解熱させ、かつ裏熱も清する意味であり、発汗利尿とは“発汗させれば循環血漿流量が減少するので利尿には適さないのではないか?”という画一的な西洋医学理論ではなく、前述したように、発汗させることを開鬼門カイグイメンともいい、提壷掲蓋の概念から、中医学的には宣肺シュアンフェイによって尿を出させる治療法であり、宣肺排尿(シュアンフェイパイニャオ)を図るという意味になろうかと私は思います。宣肺解表剤により、一時的な尿閉を改善し、尿量を増加させる治療法と理解してください。
越婢加朮湯
越婢加朮湯は現代中医学では主として「水腫」の「風水氾濫」に用いられる方剤です。
風水氾濫とは?
眼瞼浮腫、続いて四肢及び全身まで腫れてきて、勢いが急であり、多くは悪寒、発熱、肢節酸痛、小便不利などがみられる。風熱に偏るものは、咽喉が腫れ痛み、舌質紅、脈浮滑数などを伴う。風寒に偏るものは、悪寒、咳、喘息、舌台薄白、脈浮滑あるいは緊が見られる。水腫が酷い場合、沈脈も見られる。
中医学による将校分析:風邪襲表、肺失宣降の為、水道が通調されず、膀胱まで水液が運ばれなければ、悪風、発熱、肢節酸痛、小便不利、全身浮腫などが現れる。風は陽邪であり、拡散や変化が早く、移動しやすい特徴がある。その性質は軽揚であり、風水が互いに絡み合って発病することにより、水腫が顔面から始まり、直ちに全身に波及する。もし風邪に熱が伴う場合、咽喉が腫れ痛み、舌質紅、脈浮滑数が見られる。風邪に寒が伴う場合、邪が肌表にあり、衛陽が阻ばまれて、肺気不宣になるため、悪寒、発熱、咳き、喘息などが現れる。腫れが酷く、陽気が巡らず内にこもれば、脈沈、或いは沈滑脈、あるいは沈緊が現れる。
治療原則:散風清熱、宣肺行水
方剤:越婢加朮湯(金匱要略)加減。
越婢加朮湯(金匱要略):麻黄 生石膏 甘草 大棗 生姜 白朮
処方中の麻黄は、宣散肺気、発汗解表に働き、表にある水気が取ることができる。生石膏は解肌清熱をし、白朮、甘草、生姜、大棗は健脾化湿をして、崇土制水(五行学説での健脾により水停を除くの意味)の効能がある。それに適当に浮萍、澤瀉、茯苓を加えて、宣肺利水消腫の効能を増強する。咽喉腫痛があれば、板藍根、桔梗、連翹を加えて、清咽散結解毒を期し、熱重尿少の場合には、鮮茅根を加えて、清熱利尿をはかる。もし風寒偏盛であれば、石膏を取り去って、蘇葉、防風、桂枝を加えて、麻黄の辛温解表の力を増強する。もし咳、喘息が割合に酷い場合は、前胡、杏仁を加えて、降気止喘することができる。汗出悪風、衛陽気虚の場合、防己黄耆湯(金匱要略)の加減を使い、助衛行水をする。本証には西洋医学での上気道感染後の急性腎炎症候群(慢性腎炎の急性悪化も含む)に類似する病態がある。
もし表証が次第に解消され、身重かつ水腫が退かないものには、水湿浸漬型として論治する。
防己黄耆湯(金匱要略):防己 黄蓍 白朮 甘草 生姜 大棗が適する。
麻黄連翹赤小豆湯「傷寒論」
「水腫」の「湿毒侵淫」に用いられる方剤です。
(症状)眼瞼浮腫が全身に及び、小便不利、全身発瘡、甚だしいものは潰爛も見られ、悪風、発熱、舌質紅、苔薄黄、脈浮数或いは滑数である。
(症候分析)皮膚は脾肺によって司られている部位であり、だから皮膚瘡廱が現れる。湿毒が即時に清解消散されなければ、臓腑に内帰して、中焦の脾胃は水湿を運化できなくなり、昇降清濁の働きが失われ、肺の通調水道の働きを異常にさせ、小便不利になる。風は百病の長であり、病の初期は、多く風邪に関わり、それで眼瞼が先に腫れてきて、即時に全身に波及し、かつ悪風、発熱の症状が現れる。その舌質紅、苔薄黄、脈浮数或いは滑数は、風邪夾湿毒によるものである。
(治法)宣肺解毒、利湿消腫
(方薬)麻黄連翹赤小豆湯合五味消毒飲である。
麻黄連翹赤小豆湯(傷寒論):麻黄 杏仁 生梓白皮 連翹 赤小豆 甘草 生姜 大棗
前方中の麻黄、杏仁、桑白皮などは、宣肺行水に、生梓白皮は清熱解毒に、連翹は清熱散結に、赤小豆は利水消腫に作用する。
五味消毒飲(医宗金鑑):金銀花 野菊花 蒲公英 紫花地丁 紫背天葵
後方は銀花、野菊花、蒲公英、紫花地丁、紫背天癸で清解湿毒の力を増強する。膿毒の酷いものには、多く蒲公英、紫花地丁を使用する。湿が盛んで糜爛のある者には、苦参、土茯苓を加え、風が盛んで掻痒のある者には、白鮮皮、地膚子を加え、もし血熱かつ紅腫があれば、丹皮、赤芍を加え、大便不通には、大黄、芒硝を加える。本証には西洋医学での、ビールスあるいはリケッチャ感染による急性腎不全を伴う腎障害に類似する病態がある。
本稿に戻り、時氏が処方したのが、
麻黄 白朮、生石膏(先煎)各30g生姜10g大棗5枚、連翹12g赤小豆、白茅根各30g澤瀉15gです。
元方の越婢加朮湯(金匱要略)の組成は麻黄 生石膏 甘草 大棗 生姜 白朮であり、
元方の麻黄連翹赤小豆湯(傷寒論)の組成は麻黄 杏仁 生梓白皮 連翹 赤小豆 甘草 生姜 大棗です。
麻黄 白朮、生石膏(先煎)各30gですから通常の量からすれば大量です。生姜と大棗は両方に共通です。連翹12g赤小豆30gが麻黄連翹赤小豆湯(傷寒論)由来となります。澤瀉15g 白茅根30gが加味されています。7剤を服薬後、病勢は大きく減少し、顔面の浮腫は消退し、頭痛、眩暈、悪心嘔吐は消失し、体が軽くなったと患者は訴え、尿検査の改善も著しかった。
そうしたところ
数日後、感外邪(カゼをひいた)。汗が出て、時々悪風があり、全身のだるい痛み、筋肉痛、四肢の重たい感じが出現し、脈は虚数(feeble-rapid),舌苔は白、舌質は紅。そこで、風湿の邪がまだ十分に除かれていない時に、新たに外感が加わり、過去の病歴と一致する証(水湿内停、形成表実、水停、鬱熱証)が発生したと考え、表虚裏湿(exterior deficiency and interior damp)は疑いの無いところであるから、防己黄耆湯(金匱要略)加味方を以って、健脾表実(replenishing the body surface by invigoration of spleen)と清熱利湿(reduce damp-heat by diuresis)を図った。
時氏が処方したのは、以下
生黄耆、防己、炒白朮各15g甘草6g(ここまでが防己黄耆湯)加、赤白芍薬各10g赤小豆30g連翹12g葛根20g板藍根15g防風10g服薬20剤で、病状軽快し、退院となった。微温~温薬3薬、微寒~寒薬5薬、平薬2薬の配合です。
ドクター康仁の付記
大青葉ダーチンイェの根が板蘭根バンランゲンです。清熱解毒 利咽に作用しますが、近年では抗ウイルス作用が注目されています。芍薬でも赤芍薬は血分での活血化瘀作用に優れます。白芍薬は赤芍薬と同様に微寒ですが、苦酸で、補血収斂、柔肝止痛、平抑肝陽に作用します。上記症例では、収斂作用を期待して止汗目的で使用されたかもしれません。赤小豆は利水消腫 解毒排膿の効があります。葛根は解筋止痛の効に優れます。防風は袪風除湿に作用します。黄蓍はあまりにも有名な生薬ですが、①補気昇陽②益衛固表、(衛気の衛)③托毒生肌 ④利水消腫に作用します。平たく言えば、水毒をとり、尿を利し(利尿消腫作用により脾虚水腫を改善)、元気を増し(補気昇陽)、汗を止め(固表止汗)、皮膚の栄養を助け、肉芽の形成を促し、化膿を止め、膿汁を排泄させる効能(托毒生肌)中気下陥(脱肛、子宮脱垂)にも効果ありとなります。黄蓍の②益衛固表、(衛気の衛)の作用について少述すれば、衛気を養い止汗作用、抵抗力を増加させる作用、喘息や気虚の寒邪の風寒に(精気不足の人のカゼに)使用され、有名方剤として、白朮と共に「玉屏風散」があり、反復性扁桃腺炎の予防治療に用いられます。時氏の処方中にも黄蓍、白朮、防風の三薬「玉屏風散」が配合されているとも判断できます。防己ファンジーは祛風清熱薬で、祛風止痛、利水消腫に作用し、利水作用(および鎮痛作用)が注目されています。
それにしても、難しいのは麻黄の使い方ですね。時氏は最初には麻黄で宣肺排尿(利尿)を狙い、次には黄蓍で固表止汗を図るという具合に「臨機応変」に治療法を変えています。
当初の処方:麻黄 白朮、生石膏(先煎)各30g生姜10g大棗5枚、連翹12g赤小豆、白茅根各30g澤瀉15g
後の処方 :生黄耆、防己、炒白朮各15g甘草6g(ここまでが防己黄耆湯)加、赤白芍薬各10g赤小豆30g連翹12g葛根20g板藍根15g防風10g
共通するのは白朮(健脾利湿)赤小豆(利水消腫)連翹(清熱解毒)だけです。
ところで、防己黄蓍等の防己は「広防已」とは異なります。
広防已は、アリストロキア酸という腎障害を起こす物質を含み、海外ではchinese herb nephropathyといわれる腎障害をおこすと報告されています。オオツヅラフジ科の植物を原料とする日本薬局方の「防己」はアリストロキア酸を含みませんので危険性はありません。日本の生薬メーカーは品質管理が徹底していますが、「個人輸入」などの場合、別物の「広防已」が紛れ込む可能性がありますのでご注意ください。
次回も時教授の医案を紹介いたします。
年内の更新も今回が最後になるかもしれません。
夜も明け始め、本年の最後の診療が私を待っています。
Marilyn Monroe in early morning blue.
Original woodcut by Dr. Kojin.
さようなら。2012年。
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