勿忘草 ( わすれなぐさ )

「一生感動一生青春」相田みつをさんのことばを生きる証として・・・

約束

2006-11-13 23:36:59 | Weblog

 「お母さんおしっこ」
カズちゃんはいつものようにお母さんを起こしました。お母さんにお便所へ連れていってもらうためです。いつものお母さんだとすぐカズちゃんの手を引いて便所へ行ってくれるのですが、今夜のお母さんは動きません。
「そう、カズちゃん、男の子でしょう。もうそろそろ一人で行けるでしょう。今夜から一人で行ってごらん」
と、やさしく言いました。カズちゃんは、
「ボク一人ではこわい」
と、ダダをこねました。

 カズちゃんの家はお寺です。だから便所の位置が、カズちゃんの寝ている部屋からはかなり遠いところにあります。幼いカズちゃんが「こわい」といやがるのは当然です。それでもカズちゃんのお母さんはいっしょに行ってくれる様子がありません。お母さんは布団の上に坐り直してまた言いました。
「お母さんがここで見ていてあげるからね、一人で行ってごらんなさい」

 それはやさしい声でしたが、いつもとは違うきびしいものがありました。カズちゃんは幼な心にも「今夜はいつものお母さんとは違う、どんなにダダこねてもだめだ」と観念しました。そこでカズちゃんは、お母さんに念を押すように言いました。
「ほんとに見ていてくれるネ、約束だよ」
するとお母さんは、正座した膝の上に両手をキチンと置いて、
「ハイ、ハイ約束しましょうね。お母さんがここで、ちゃんと見ていてあげますからね。さ、一人で行ってごらん」

 カズちゃんは覚悟をして部屋をでました。そして、暗くて長い廊下をトコトコと一人で歩いて便所へ行きました。その時、カズちゃんはもうこわくはありませんでした。
「お母さんが見ていてくれる」
ただそれだけで、カズちゃんの背中があったかかったのです。お母さんが見ていてくれる、という絶対の安心感、それで背中があったかかったわけです。この絶対の安心感の中にいる時、子供は最高の勇気とやる気が出るんです。

 お母さんは約束通り布団の上に正座してカズちゃんを待っていてくれました。そして
「カズちゃん、えらかったわねぇ。やっぱり男の子だね、お父さんに似てしっかりしていること。お便所へ一人でゆけたわね」
と、うれしそうに声をかけてくれました。カズちゃんは得意満面です。その日を契機として夜中の便所へ一人で行けるようになりました。

 カズちゃんは成人して東大に進み、学徒動員で戦争に行きます。帰ってくると、やさしかったお母さんも頼もしかったお父さんも、可愛かった妹も原爆で亡くなっていました。カズちゃんの家は広島でした。

-相田みつをさん 「一生感動 一生青春」から-

 わが子を暴行の末、用水路に捨てて殺した母親。
自分が辞めれば、あとは野となれ山となれ、無責任な使い捨てチルドレン生みの親。人生いろいろ、親もいろいろ。

 明治生まれの父親からはいつも殴られていた生意気な僕。母に叱られた記憶は一度もない。
2006.11.13