勿忘草 ( わすれなぐさ )

「一生感動一生青春」相田みつをさんのことばを生きる証として・・・

おじさん?おばさん?

2006-08-31 23:33:09 | Weblog
 高校生の時だった。縁日で綿菓子を食べていた。じっと見ていた女の子が言った。「おじちゃん、お口大きいね」。
家に帰って鏡の前で百面相をしてみた。初めておじちゃんと呼ばれた日。口の大きいことも初めて自覚した。どちらもちょっとショックだった。

 何年も経ったある日、歯医者で歯型を取るための器具を口に入れた看護士が一言「あら、小さいわ」そう言いながら取替えに行った。

 あなたが初めて「おじさん」あるいは「おばさん」と呼ばれたときのこと、覚えていますか?

 おじさんは何歳から?おばさんは何歳から?どちらも同じ?
大辞林で調べてみました。



「おじさん」・「おばさん」
とは
他人である年配の男性あるいは女性を親しんでいう語 

年配
とは
相当の年齢。中年以上

中年
とは
青年と老年の間の年頃
  
 きりがない。どうも年齢ではないようだ。

 10代の女子高生のアンケートによると、おじさんとおばさんにはズレがあるらしい。
おじさんは「30代後半」「40代前半」が多く、おばさんは「30代前半」から割合が多くなったという。

 また、「実年齢」と、実際に自分が感じる「実感年齢」にもズレがあるという。
実感年齢は、男女とも実年齢よりも平均7.6歳若いという。誰もが実年齢よりも若いと思っているわけだ。



おじさんのイメージ

「おしぼりで顔をふく」
「つまようじでシーシーする」
「傘でゴルフの素振りをする」
「酔っぱらって絡む」



おばさんのイメージ

「電車に乗ると、空いた席に一目散に走る」
「韓流ドラマにはまる」
「おせっかい」
「ずうずうしい」
 
 あなたは当てはまることありますか?

 もしもあなたが、おじさん・おばさんのイメージから脱却したいと思うとき何を心がけますか?
じじぃの僕は、少しだけじじぃ脱却を心がけています。
道を歩いているときに、歩き方だけで年齢を判別できることがよくあります。
以前、我がブログで美しい立ち居振る舞いについてお話しました。
天使の翼を広げ、背筋を伸ばして、腰から歩くことで、10歳は若くみえるはずです。お試しください。
2006.08.31

未来

2006-08-30 23:56:49 | Weblog

-殺人のバラード-

すると、
きみはバッタリと倒れるだろう
血の一滴も流れないだろう

殺人はむずかしくない
きみはあっさり死ぬだろう
手口は簡単

額に銃口
指に引き金
あとはただ薬莢(やっきょう)なしのコトバを詰める

一瞬ののち!
きみは自分を発見する
死んでいる自分

-長田 弘さんー

 去る17日。中学一年生の男の子(12)が、学校で「貧乏」や「泥棒」と言われ、生きていくのが嫌になったと遺書を遺して、自らの命を絶った。

彼の遺書である。
 
遺言書

 最近、生きていくことが嫌になってきました。クラスでは「貧乏」や「泥棒」と言う声がたえず響いていて、その時は悲しい気持ちになります。それがもう3年も続いていて、もうあきれています。それに、毎日おもしろおかしくそいつらは笑っているのです。そういうことでこの度死ぬことを決意しました。
 私が死んだ後の物は弟AとBで分けてください。机にある小判は私だと思って持っていてください。

 AとBは僕の分まで長生きして、いい職についてください。
いつも空から家族を見守っています。

さようなら
いままで育ててくれてありがとう

母さん父さん
By.○○

 このような事件が報道されるたびに思う。幼い彼らにとって、いまがすべて。そのいまの苦しみは、生きる希望を失ってしまうのだろう。

 ことばは時として凶器になることがある。口数の多い僕は、知らずに相手を傷つけていることもある。長田 弘さんの詩を読み、自戒も込めて彼らに言いたい。

 人生は長い、これから生きる今までの数倍の人生には、希望がいっぱい詰まっている。いまの苦しみは大きな未来にとって小さな苦しみでしかない。これから訪れるであろう、輝かしい未来のために命を無駄にするな、と。

 しかし、僕にはそれを彼らに伝える術がない。皆さん、どうぞ子供たちに伝えてください。君たちには大きな未来があるのだと。

 酒酔い運転で追突され海に落ち、幼い3人の命が奪われた事件も含め、幼い命が失われるのは耐え難い。
なぜか最近涙もろくなったのは、歳のせいだろうか?
こんな涙でストレスは解消したくない。
2006.08.30

1リットルの涙

2006-08-29 23:54:45 | Weblog
 ハンカチは汗を拭うだけでなく、涙も拭く。
ハンカチ王子の斉藤佑樹君の青いハンカチには、汗と同時に優勝の喜びの涙も染み込んでいるのだろう。

 涙には「基礎分泌の涙」「反応分泌の涙」「感情の涙」の3つの種類があるという。
特に悲しみや喜びがこみ上げる「感情の涙」には、ストレス解消の効果があるらしい。その効果は笑ったときよりも大きいことが、東邦大医学部の有田秀穂教授の実験でわかったという。

 感情の涙にも様々な涙がある。うれし涙、悔し涙、感涙、紅涙、血涙・・・。
そして泣き方にもいろいろある。すすり泣き、もらい泣き、偲(しの)び泣き、咽(むせ)び泣き、号泣、嗚咽、慟哭・・・。

 基礎分泌と呼ばれる、涙腺でつくられまばたきをするたびにでてくる涙は、目の表面を潤し、酸素を運び、細菌やゴミから瞳を守る。
それに対し、感情の涙は心を洗うということなのかもしれない。

 涙によるストレス解消効果は、涙の理由を問わないという。
「だから大いに泣いてください」と有田教授は涙の効用を説いている。 

 よく涙が枯れるというけれど、人はその人生でどれほどの涙を流すのだろうか?
1リットル?いや、それ以上の涙は流すだろうと、ロート製薬の広報調査室矢野絢子さんはいう。(朝日新聞から)

 我がブログでは昨年の11月10日に、「笑いの効用」と題して、笑うことによりNK細胞が増え、病気を治す効果があるという実験結果のお話をした。

 『男は泣くな』『大人は泣くな』というけれど、人生泣いたり笑ったり。
泣きたいときに泣くことは、頭の中のもやもやが消え「ストレス解消」に大いに役立つという。

  楽しいときは大いに笑い、悲しいときには思い切り泣こうではありませんか。それが人生なのだから。
2006.08.29

水色のワルツ

2006-08-28 23:07:10 | Weblog
 青いハンカチが話題になっている。いわずと知れた早稲田実のピッチャー斉藤佑樹君が使っていたあのハンカチである。

 ハンカチは時に、重要な小道具としてさまざまな使われ方をする。

 映画「幸せの黄色いハンカチ」では、終盤のクライマックスで、見ているものをハラハラ・ドキドキさせ、風にはためく無数の黄色いハンカチを見て、ホッと胸を撫で下ろしたものだ。

 シェークスピアの4大悲劇のひとつ「オセロ」では、旗手イヤーゴの策略により、部下カシオの部屋にオセロの愛する妻デズデモーナのハンカチを落とし、カシオとの不義を思い込ませようと画策する。
嫉妬に狂った将軍オセロは妻デズデモーナを殺してしまうが、イアーゴの画策と知って彼を剣で刺し殺す。オセロは妻の亡骸に涙しながら自身の愚かさを嘆き、持っていた短剣で自らの首を突き刺してしまうのである。

 どちらも、たかがハンカチと片付けられない、重要な役割を担っている。


 56年以上前にも、青いハンカチで涙を拭いた人がいる。
高木東六さんが作曲した「水色のワルツ」の中での話である。
<






-水色のワルツ-

藤浦 洸 作詞
高木東六 作曲

♪ 
君にあう うれしさの
胸に深く
水色の ハンカチを
ひそめる 習わしが
いつのまにか 
身に染みたのよ
涙のあとを そっと
隠したいのよ

♪♪
月影の細道を
歩きながら
水色の ハンカチを
包んだ ささやきが
いつのまにか
夜露に濡れて
心の窓を 閉じて
しのび泣くのよ


   二葉あき子さんの歌で大ヒットしたこの曲。慎ましやかな女心を詠った詩と、その美しいメロディは、青春時代の僕の愛唱歌でもあった。若い方はご存じないかもしれないが、いつまでも歌い継がれて欲しい名曲である。

 「水色のワルツ」の一部をこちらのサイトで試聴できます。興味がありましたらどうぞ。

 作曲者・高木東六さんが去る25日、102歳でこの世を去った。テレビの歌番組などでの辛口の批評は、音楽をこよなく愛する姿勢が伺え好感を持っていた。

 水色のハンカチは半世紀以上経ってハンカチ王子が現れ、再び脚光を浴びている。 

ご冥福をお祈りします。
 2006.08.28

心気症・最終章

2006-08-27 22:47:06 | Weblog
-前々日の続きです-


 徐々に快方に向かいながらもまた後退。そんな状態を繰り返しながらも、病気を完全に忘れるようになったのは10年近くが過ぎていた。その間も普通の生活はできていたのだが。

 いま思うと、あれは一体なんだったのか。ストレスとか自律神経とかいわれても、形が見えるわけではない。今もその原因に納得しているわけではないが、それにこだわってもいないので治ったのだからよしとする。

 もしもあなたの身近に心因性の病に苦しむ人がいたとしたら、その人に励ましの言葉はかけないでください。当事者にとって「がんばれ!」や「しっかりしなさい!」という言葉は、より心の負担になるのです。優しく接し、あたたかい心で見守ってあげましょう。

 朝日新聞に「患者を生きる」という囲み記事が連載されています。いま「うつ」というテーマを取り上げていますが、その中で39歳の会社員の話。

 会社からは完治してから復職をせよといわれ、退職も考えたが、通院していた病院の院長から諭され思いとどまった。
父親も黙って見守ってくれて、体力づくりのためにはじめたゴルフに、共通の話題も生まれ、一緒にコースを回るようになった。早寝早起きを心がけ生活リズムも戻り、復職も決まった。


 復職デイケアーの所長の高橋理佳子さんは「復職を焦り、がんばりすぎていないかどうかを見極めるのが、私たちの役割です」と話す。


 僕にとってこの経験は、多くの教訓と財産を与えてくれた。前述したように、この期間に見た多くの映画をはじめ、人のやさしさに触れ、自分では意識しないストレスもあることを知り、そして普通に仕事ができるありがたさを教えられた。

 生きるということは平坦な道のりではない。凹むときもある。そのときにどう乗り切るか。前にも取り上げたことがあるが、凹みは次にジャンプするための必要不可欠なもののようだ。凹みが大きければ、より大きなジャンプができる。凹みは力をためる大切なときなのです。

 ☆僕の体験談、聞いてくださってありがとうございました。
2006.08.27

浅草・サンバ・美女の夏

2006-08-26 23:58:28 | Weblog
 暗い記事が続いたので、一息入れる意味で明るい話題をお届けします。

 浅草では恒例のサンバカーニバルが開かれ、多くの人で賑わった。午後1時過ぎにスタートしたそれぞれのチームは、趣向を凝らした衣装を身に着け、女性の美しさをたっぷりと見せてくれた。

すべてマウスオンでご覧ください

 街を歩く美しい女性にも目を引かれ、そのスナップショットも合わせて紹介します。
 
 

 
 サンバといえばリオのカーニバル。そのリオのカーニバルを舞台に、カンヌ映画祭グランプリ、米アカデミー外国映画賞等に輝いたフランス映画「黒いオルフェ」がある。
ギリシャ神話のオルフェ伝説に基づいたこの映画、若い男女の詩情あふれる美しくも悲しい愛の物語である。
サンバカーニバルを見るとき、この映画のテーマ音楽の美しいメロディとともに、いつも思い出す映画である。

 カンカン踊りでも有名な、オッフェンバックの喜歌劇「天国と地獄」も、このオルフェ伝説であり、原題を「地獄のオルフェ」という。

ーオルフェスとユーリディス(ギリシャ神話)ー

 オルフェスはギリシャ神話の中の最大の詩人で音楽家。彼は美しいユーリディスと結婚するが、ある日ユーリディスは牧者の青年にみそめられ、追われて逃げるとき蛇に足を噛まれて死んでしまう。オルフェスは彼女の後を追って黄泉(よみ)の国へ降り、妻を失った悲しみを竪琴にあわせて切々と歌った。
感動した黄泉の王ハディスは、地上に帰りつくまではユーリディスを見てはならない、という条件で彼女を帰すことを約束をする。しかし、オルフェスはその条件にそむいて彼女を振り返り、ついには彼女を失ってしまう。


 夏の終わりを告げる浅草のサンバカーニバルは、暗くなるまで熱く盛り上がっていた。
2006.08.26

心気症・精神科へ

2006-08-25 23:59:25 | Weblog
 20日間の入院は、考えられるすべての内科的検査を行うも、どこにも異常は見つけられない。したがって残る術はただひとつ、「精神科」の診察である。
 今ではどこの病院も「心療内科」という分野が設けられ、心因性の病気についても誰はばかることなく診察を受けることができる。

 心療内科とは、疾病の病態形成に社会的、心理的因子が深く関与していることを重視し、この面の治療に重点を置く内科診療のことである。

 しかし当時は心療内科を備えた病院は数少なく、この病院も同じ敷地内の離れた別病棟にある「精神神経科」に行くことになった。

 主治医とともにその病棟を訪れる道すがら、医師は僕に説明を始めた。
内容は、精神に異常をきたしているのではなく、心因性の病気の疑いがあるから、云々。というのである。
僕は医師の説明を遮って、「先生、わかっていますから、説明しなくても大丈夫です」そう言って、精神科の診察を受けたのである。

 そこでは徹底したカウンセリング。一方的に僕に話をさせ、医師はただ黙って相槌を打ちながら話を聴くだけ。
そうして始まった精神神経科への通院。カウンセリングと、症状を和らげるための薬の処方。そして初めて病名がついた。

 「心気症」・・・実際には病気ではないのに心身の不調に悩み、重い病気ではないかと恐れる状態。(hypochndria・ヒポコンデリー) 

 しかし急激な改善が見られたわけではなく、一度陥った落とし穴から這い出すのは容易ではない。その後も藁にもすがるおもいで、あらゆる民間療法も試し、神頼みまでした。
年齢的にもちょうど厄年にあたっていた。男の厄年は42歳。数え年でいうそうなので、前厄に当たるとか。佐野の厄除け大師には、この年の前厄から始まって、本厄、後厄、お礼参りと、4年続けて行くことになる。

 精神科への通院も何年も続く。待合室には同じような病に苦しむ人が大勢いる。
椅子に腰掛けているのがつらくて横になっている人、一人では来ることができず、付き添いに連れられてくる人、みな暗い顔ばかりである。

 症状が和らぐと薬も必要なくなるので、徐々に病院からも遠ざかっていく。久し振りに顔を出すと先生は言った。「おっ、また来たね、うどん粉でも出しておこうか?」
「はい、お願いします」そう言ってまた薬を処方してもらう。

 休みがちではあったが、仕事は続けていた。5年が過ぎる頃から、薄紙を剥ぐように徐々に症状も改善に向かってきた。
そんなときは積極的に外出することを心掛けた。名画といわれるたくさんの映画を見たのもこの頃だった。いま、その体験がわずかながらも財産になっている。

 心の病は時として自殺も考えるとよく言うが、幸い僕は死ぬことは一度も考えたことがない。原因がわかり命に関わる病気でないことがわかったことで、いつかは治ると信じていた。その数年間多くの方から支えられ、いまの僕があることを痛感している。

 冬は温泉、夏は海や涼しい高原での森林浴へと、付き合ってくれた友の存在も大きかった。
以前我がブログで紹介した、心の師と仰ぐバンドリーダーのチャーリー脇野氏 も、あらゆる手を尽くして、協力をしてくださった。
他にも、前述のストレスの原因となったかも知れないお客様も含め、優しく見守ってくださった方々へはいまも感謝している。そして多くの教訓も残してくれた。

-次回は最終章です-
 2006.08.25

心気症・入院

2006-08-24 20:44:45 | Weblog
-前日からの続きです-
 
 どこの病院へ行っても、『異常ありません、考えられるのは精神的なもの、ストレスなどによる自律神経のバランスが崩れたのでしょう』
そんな回答に納得できず、結局は6~7の病院をまわった。これ自体尋常でないことは分かっていながら・・・。

 確かに我が職業はストレスの溜まる仕事である。人と人、それも異性を相手の仕事である。僕にとっては仕事でも、お客様は遊びに来ているのだ。ダンスを教えるだけならそれほど大変なことではないが、ダンスを含め、音楽、お酒、会話、etc.それらのすべてを満足していただくには、それなりの気遣いが必要とされる。

 景気のいい時代、そして僕も若かった。仕事が終わってからのお付き合いもたくさんあった。食事、カラオケ、ナイトクラブ、そこでまた踊る。帰りが午前3時4時になることも珍しくない。

 ある日カラオケに行っているときだった。何気なく時計を見た。するとお客様が言った。「そんなに時間が気になるの?誰か待っているのだったら、帰っていいわよ」
このお客様、いつもこんな風に嫌味を言うのが趣味らしい。僕は黙って帰ってきた。その後もそのお客様は来てくれていたが・・・。
 
 スポーツが好きな僕は、テニスクールに通ったことがある。施設に着いて驚いた。そこには僕が通っていることを知っているお客様が先に来て待っていた。プライベートな時間は一人でのんびりしたいのに。

 お客様とカラオケに行っているときだった。家の電話に出ない僕がどこかで遊んでいると思ったお客様、僕の行きそうなところを探していて、今そちらに向かっていると、別のお店のママから、そのお店に電話があった。携帯電話のない頃である。連れのお客様にいやな思いをさせたくなかったので、急いでそのお店を出た。

 ホールでもお客様を待たせるときなどは、非常に気を使う。なるべくかち合わないようにしなければいけない。
前のお客様が終わり、待たせているお客様がいるので、「お茶を飲む時間がないから」と、肩に手を置き耳元で伝えた。音楽が鳴っているので聞こえにくいのである。
それを見た待っているお客様、その日は何事もなかったが、数日後電話で「もう行きません」という。
理由の分からない僕は、なぜかと問い詰めると「私にはあんな風に肩を抱いてくれたことがない」という。

 今はそれ程忙しいわけもなく、惚れて通ってくれる人など皆無になってしまったが(惚れるというのは、お客様という立場の独占欲であるのだが)、そんな昔もあった。 しかしそれをストレスと感じるわけでもなく、当たり前のことと割り切っていた。
だから、仕事によるストレスで身体の具合が悪くなったといわれても、納得できなかったのである。

 年が明け、病院が始まるのを待って、また新たに大学病院へ行く。今までの経緯と身体の状態を話し、納得がいかないので、入院して身体を調べて欲しいと訴えた。
病院は了承してくれ、入院が決まった。

-続きはまた明日お話します-
 2008.08.24

心気症・発症

2006-08-23 23:07:26 | Weblog
 『病は気から』言い古された言葉である。
ある著名な医師が言っていた。「もしも人間に大脳がなかったら、胃の病気のほとんどはないだろう」と。
それほど心と身体は密接な関係にあるということか。


 まもなく40歳を迎える春も終わるころのある日、それは突然訪れた。
風邪気味で体調が悪かったが、仕事が忙しく無理をしていた。そして寝込んでしまった。
風邪だろうと思い、2~3日寝れば治るだろうとたかをくくっていた。しかし一週間経っても熱は下がらず微熱が続く。いままでは風邪を引いても2日も寝れば治っていたのに・・・。
 
 何かおかしい、そう思いながらも無理をすれば仕事もできた。休みがちではあったが、仕事をしなければ食べていけない。そんな思いが先にたち、自分を鼓舞して仕事を続けた。
そのうち吐き気やめまいがし、頭痛や動悸も伴い、相変わらず微熱は続く。今まで経験したことのない症状に不安が募る。

 お客様に病院関係の方が二人いた。その一人の紹介で病院に行く。検査の結果は異常なし。それでも症状は改善しない。もう一人のお客様のご主人の病院も訪ねた。今度は胃カメラを飲んだり、精密な検査もするが、やはり異常なし。

 数ヶ月が過ぎるが症状は悪化するばかり。仕事をしながら、吐き気に襲われて何度もトイレに駆け込む。週一回受け持っていた出張によるサークルレッスンも休みがち、出かけて途中で引き返したこともある。代理を頼んだりもしたが責任も感じる。

 電車に乗るためホームを歩くときも、めまいがするのでホームの端を歩けず、真ん中を歩いた。

 検査ではわからない病気なのではないだろうか?今度は大学病院に行った。
いままでの経過を伝えさまざまな検査をし、診察室に戻ると、「結果は来週ですがお薬を出しておきます」
「ん?」結果がわかるのが来週なのになぜ薬?疑問を感じながらも処方箋をもって病院の薬局へ。
そこで言った「病名がわからないのに薬が出るのは変ですよ、薬、要りません」
すると「困ります、それは担当の医師に言って下さい」
仕方なく薬はもらって帰るが、すべて捨てた。「やぶ医者め、こんな病院二度と来るもんか」。検査の結果を聞きに行ったかどうかは忘れた。後で考えると、あれはたぶん精神安定剤だったろう。そうなら説明が欲しい。

 それから、病院のはしごが続く。大塚にある癌専門の病院「癌研」にも行く。そこでは「うちに来る病気ではないのでほかの病院へ行ってください」と言われた。

 こんなに身体の具合が悪いのに、どの病院も異常ないという。きっと今の医学ではわからない病気なのかもしれない。癌でもなんでもいい、病気の原因が分かれば治療の方法もある、異常なしと言われると不安になる。今考えるとおかしな話ではあるが・・・。

-続きは明日お話します-
 2006.08.23

心の病

2006-08-22 23:56:37 | Weblog


 30代の会社員に「心の病」が急増しているという。

 社会経済生産性本部メンタル・ヘルス研究所が実施したアンケート調査によると、うつ病、神経症、統合失調症などの「心の病」は、「30代」が最も多く、全体の61%を占めた。

 『また、うつ症状が強い男性会社員は医療機関を受診せず、一人で解決しようとする傾向が強い』

 そんな調査結果が、日本うつ病学会で発表され、うつ病の男性会社員は中高年を中心に受診したがらない傾向があるとデータで裏付けられた。


 こんな記事が朝日新聞に載った。

 その背景には、個人の能力や成果に応じて給料が決まる「成果主義」による重圧、急速に進む管理職の低年齢化、などが一因ではないかと専門家は分析しているという。

 うつ症状を強く感じる男性の多くは、自分で解決しようとし、「一時的にストレスがたまっているだけ」「病院にいっても治るとは思えない」「我慢すべきことだ」と思っている。(富山県高岡市の矢後病院の臨床心理士、山藤奈穂子さんの調査による)

 ますます複雑な社会に、コミュニケーションが少なくなり、職場の横のつながりがなく、ストレスがたまる。その結果心の病に罹り、自殺率の増加にもつながっているという。

 もしも貴方が、あるいは貴女のご主人が、ある日突然心の病になったらどうしますか?

 僕は30代から40代に変わるころ、心の病に苦しんだことがあります。
後に「心気症」という病名が付けられましたが、完全に治ったと思えるまで、5年以上の歳月を要しました。

 そのお話は、明日以降何回かに分けてお話しようと思います。
2006.08.22

熱闘

2006-08-21 17:47:08 | Weblog
<
-ひまわり-

ラジオから
流れているはずの
甲子園の歓声

私には
ひまわりの中から
聞こえる

-星野富広さん-

 37年ぶりという引き分け再試合となった全国高校野球選手権大会の決勝は、早稲田実が4:3で駒大苫小牧の3連覇を阻止して優勝を飾った。

 最後まで勝負の行方がわからない試合展開は、ただでさえ残暑の厳しい夏の一日をさらに暑くさせた。

 思い返せば37年前、僕がダンスの世界に足を踏み入れた初めての年だった。サラリーマンをしながら、アルバイトで勤めたダンスホールの入店間もなくの慰安旅行の旅先で、ラジオから流れる松山商VS三沢の試合に聞き入ったものだ。

 そんな遠い昔を思い出しながらの昨日・今日の熱戦は、時の流れと重ね合わせて見ると感慨深いものがある。

 夏も終わりに近くなってもなお暑い毎日、部屋を通り抜ける風にふと秋の気配も感じるとき、時の流れの速さを思う。

 ~~夏の物語~~☆~~野球~~

        掴む。
          滑る。
砂煙があがる。
  倒す。倒れる。
    どよめく。
   沸く。
 燃える。
ギュッとくちびるを噛む。   
 苦しむ。焦る。つぶされる。
  どこまでもくいさがる。
 どこまでも向かってゆく。
波に乗る。拳を握る。
襲いかかる。陥(おとしい)れる。
踏みこむ。真っ二つにする。
盗む。奪う。
  刺す。
振りかぶる。構える。
  投げおろす。打ちかえす。
叫ぶ。叫ぶ。
跳びつく。駆ける。
     駆けぬける。
深く息を吸う。引き締める。
  かぶりを振る。うなずく。
 狙う。睨む。脅かす。
浴びせる。崩す。切りくずす。
むきだしにする。引きつる。
踏ンばる。
顔をあげる。腰を割る。
粘る。与える。ねじふせる。
        投げる。
打つ。
     飛ぶ。
    走る。
   見事に殺す。      
なお生きる。生かしてしまう。
     付けいる。         
   追い込む。
     突きはなす。
   手をだす
     見逃す。
読む。選ぶ。             
  黙る。             
 黙らせる。目に物みせる。      
意気地をみせる。思い切る。       
叩く。突っ込む。死ぬ。      

 動詞だ、野球は
すべて
動詞で書く物語だ

あらゆる動詞が息づいてくる。     
    一コの白いボールを追って        
誰もが一人の少年になる
夏                 

-長田弘さん「長田弘詩集」から-

 野球は人生の或る日にも似ている。しかしこれが人生のすべてでもない。泣くな駒大苫小牧。
2006.08.21

幸せとは・・・

2006-08-19 22:10:18 | Weblog


 人生の幸福は
困難に出会うことが少ないとか
まったくないとかいうことにあるのではなく
むしろあらゆる困難と戦って輝かしい勝利をおさめることにある

-カール・ヒルティ(哲学者)-



しあわせはけっして目標ではないし
目標であってもならないし
さらに目標であることもできません
それは結果に過ぎないのです

-ヴィクトール・E・フランクル(精神医学者)-



しあわせは外にではなく
心の内にある

-『青い鳥』から-

  

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 心の平静は、避けようのない災難によってしばしば脅かされます。人はそれを不運、不幸と呼びますが、本当の不幸は災難それ自体をいうのではなく、災難を契機に、一切の望みをもてなくなってから始まるものです。

 ユダヤ系オーストラリア人で精神医学医のフランクルは、アウシュビッツ強制収容所で妻子を失い、死んだほうがましだと思える極限状況を生き抜いた末に、「収容所に入れられたのは不幸であったが、なおも私はしあわせだった」と言いました。

 人間は本来どんな不幸にも耐えることができる、さらに逆境のもとでしあわせを実感することも可能だと思います。
ひとえに希望のなせるわざです。

 希望とは可能性を信じること。いまは嵐でつらくても、厚い雲の向こうにブルースカイがあることを信じて、雲が晴れるのを静かに待つ心もちに似ています。あきらめるのではなく、控えめなのです。それでいて希望は、それがどんなにささやかであっても、その人の心を明るくするのに十分です。

きりのない願望が
あなたを
しあわせから遠ざけます


-94歳の現役医師・日野原重明さん「生き方上手」から-
 2006.08.19

TPO

2006-08-18 23:55:23 | Weblog
 昨今、電車内でのマナーの悪さが話題になる。


 電車の中での化粧、大声で話す携帯電話、こんなことは当たり前、若い女性が、カップに入ったおでんのこんにゃくを、並んで座っていたボーイフレンドに食べさせる、さらに止まった駅のプラットホームに空のカップを大急ぎで置いて座席に戻った。

 江戸時代、人前で服装を整える行為を「自堕落しぐさ」といい、袴を直すときは人目に触れないように屏風の陰でしました。今でいえばズボンのベルトを緩めたり、ストッキングを直したりといったことはトイレで行いたいものです。

-越川禮子さん-


 江戸しぐさの語りべ越川禮子さんは、電車内の光景を、場所や時をわきまえない、生き方のだらしない自堕落行為だと嘆いている。

 わがブログへコメントを下さるりんごさんのブログによると、車内でマスカラを塗り、無駄毛処理をする娘さんまでいるという。

 少し前まで、日本人には奥ゆかしさを美徳とする考えがあった。若い子達に奥ゆかしさを求めるのは、時代錯誤なのであろうか。

 いつの世も、大人は「今の若い子は」と必ずいう。僕が若いころ、やはりいわれた。

 以前、人の話し声は気にならないのに、携帯電話の声が気になるのはなぜだろう、といったことがある。それが越川さんのいう「自堕落しぐさ」と感じるから許せないのかもしれない。電車内での化粧や、ものを食べることも同じなのだろう。

 奥ゆかしさを重んじる人にはできない行為である。しかしそれが世の中の流れであるならば、いっそのことそれを許してしまってはどうだろうか。
なぜならば、それで自分自身に何か迷惑がかかるるわけではないのだから。それが生き方のだらしなさだということを知って、反面教師にしようではありませんか。

 以前、ホールでの我がお客様で、年配の方がいた。ふんべつもある方なのだが、ある日、更衣室があるにもかかわらず、使用中であったため、更衣室の外で着替えをしているのを従業員に注意され不機嫌になった。急いでいたからという理由で僕にそのことを訴えた。そのときは一応なだめたが、折に触れそのことを持ち出す。

 僕は言った「急いでいたからといって、数分の時間が待てないのですか。そんなに急ぐならもっと早く終わらせればいいことでしょう。自分のわがままではないのですか」
結局それが原因で、そのお客様とは縁が切れたが、後悔はしていない。
2006.08.18 

完了

2006-08-17 22:09:31 | Weblog
 弟の金髪によって昨日から行われた、ディスクトップPCのクリーンインストールが今日の昼に終了した。昨夜も遅くまでかかった再構築は、今朝も早朝から取りかかり、昼までには何とか形づくりが終了した。新しく蘇ったPCに気分爽快である。

 もうひとつ嬉しいことには、ブログを通して知り合い、何度かお会いし交流を続けているあの禰里吉さんから、昨日メロンが届いた。早速冷やして金髪といただいたが、グッドタイミングな贈り物に二人でにっこり♪。


 彼からの連絡で、配送途中にメロンがひとつパンクてしまい、運送会社が責任を持つが、以前に約束したお祭りのDVDが一緒に入っているので、改めてもう一つ送るからそのまま収めてほしいとのことであった。  
メロンの果汁で濡れてしまったDVD、ちょと心配だったが、金髪のアドバイスにより、濡れた布で中心から外に向かって丁寧に汚れを拭き取り、きれいになったことを確認して再生すると、見事に再生できた。

 CDやDVDなどの汚れを落とすとき、レコード時代に育った僕は、中心円を描きながら拭き取る習慣がある。CDなどの場合、その方法ではもし一定の長さの傷がついたとき、その部分の再生が不可能になるという。縦についた線のような傷ならば、その部分は自動的に補正してくれるのだそうだ。それは知らなかった。

 PCについてのもうひとつの情報が昨日の朝日新聞に載っていたので紹介します。


 米のマイクロソフト社(MS)は、15日、インターネット接続時にパソコンへのウィルス侵入を防ぐサービスの無料提供を世界一斉に開始した。 
 
 MSの新サービス「ウィンドウズ・ライブ・ワンケア・PC・セーフティ」は、同社のサイト
 http://onecare.live.com/scanにアクセスすると、ネットから侵入しようとするウィルスやスパイウェアを発見し駆除してくれる。

-朝日新聞から-

 
 記事によると、ウィルス対策を有料で提供してきた既存のソフト会社には、脅威になりそうだ、という。
 
 これからはもっと充実したPCライフ目指そうかな。
PCは面白いが、厄介でもある。
2006.08.17

クリーンインストール

2006-08-16 22:54:27 | Weblog
 長い間トラブル続きのPCを騙しながら使っていたのだが、もう限界。
完全にウィルスに感染しているようでもあり、設定にも不備が見つかり、随所で不都合が発生していた。
仕方なく先日ノートPCを購入したのだが、環境も今までとは違い、また慣れないせいか使い勝手が悪い。

 そこで頼りになるのが、弟の金髪。今日は群馬から早朝に来てもらい、ディスクトップPCのクリーンインストールしてもらっている。

 
 そもそもが、自作PCのため、煩雑な初期設定をしなおしてもらっているのだが、彼が思っていた以上に厄介のようである。
初めからソフトが組み込まれたメーカー品ではないため、廉価で購入できたものの、PC初心者の僕にとっては、ソフトのインストールの段階で不都合が多かったようだ。

 今度はより完全なものにしようとする金髪の緻密な作業は、今も続いている。
今までのすべてのソフトのインストールの作業に、一日中PCとにらめっこ。結局今日中には終わりそうもなく、泊りがけになってしまった。
明日が楽しみである。
2006.08.16