勿忘草 ( わすれなぐさ )

「一生感動一生青春」相田みつをさんのことばを生きる証として・・・

ヒツウチ

2009-10-31 01:38:45 | Weblog
 携帯電話や、ナンバーディスプレイ契約の固定電話は、相手の電話番号や、登録した名前が表示されるので何かと便利である。時にはそれが家庭内のトラブルの元になる不便さもあると聞くが。。。

 我が家の固定電話には、時々ヒツウチの電話が掛かってくる。ヒツウチでも一応は電話に出ることにしているが、その多くは勧誘電話である。

 そんな時には、「番号も通知できないような人の言うことを信用できますか?」と言って、冷たく突き放すのが常である。すると改めて番号通知で掛かって来ることもあるが、滑稽でしかない。


 いつの頃からか、非通知電話のワン切りが時間を選ばずに掛かって来るようになった。電話に出る前に切れてしまうので、相手の確認もできず、目的もわからない。多分嫌がらせなのだろうが、心当たりはない。

 それは深夜に掛かってくることもあるが、枕元の子機電話は、親機よりワンテンポ遅れて呼び出し音が鳴るため、ワン切りでは差し障りもない。

 ヒツウチのワン切りが掛かって来るのは月に数回なのだが、何年間も飽きもせずよく掛けてくるものだと感心している。非通知電話は拒否設定もできるのだが、特別不都合もないのでそのままにしてある。口の悪い僕なので、誰からか恨みを買っているのかもしれないが、実害もないので掛けたい人には掛けさせておこう。

め組のひと

2009-10-29 00:13:54 | Weblog
 

あれっ!小憎君、背中に「め」が付いてるよ

おじちゃんが後から来ても見えるように、おねえちゃんたちに付けてもらったの(笑)

そうかぁ、小憎君は後を振り返ることができないんだね

ボク、過去は振り返らないことにしてるんだ

まだ、何年も生きてないのに・・・(笑)



ボク、いつも前向きに生きてるから。。。(ニッコリ♪) 

でも、背中にも「め」が付いてると、世の中がよ~く見えるようになるねぇ

見たくないものまで見えることもあるんだよ、おじちゃん

世の中には見たくないものもたくさんあるからね

でも、ボクなんでも見て、お勉強するよ

そう
「目で目は見えぬ」
といって
他人のことはよくわかっても、自分のことはわからないものだ、という諺もあるね。


ボク、背中だけじゃなくて、心の「め」で見えるような大人になりたいな

小憎君、いいこというねぇ。火事にならないように見張りも頑張ってね

うん、火事はオシッコで消すからだいじょうぶ

ウァ~ォ( ̄□ ̄;)

秋色

2009-10-28 01:56:31 | Weblog
 台風20号が本州の東海上を抜けた27日の東京は、夜来の風雨が嘘のように、朝から抜けるような秋晴れになった。 


黄色く色づいたイチョウが、空に向かって精一杯背伸びをしている。


つるべ落としの秋の陽は 木の影を長く伸ばして
西の空に落ちて行き
空も イチョウの葉も 木の影も ひんやりとした空気も
みんな秋の色
 

秋は雀さえも人恋しい季節
ましてや人は尚更のこと

むかし、ヴェルレーヌのこんな詩に涙したこともあったっけ。

◇落葉◇

秋の日の 
ヴィオロンの
ためいきの 
身にしみて
うら悲し

鐘のおとに
胸ふたぎ
色かへて
涙ぐむ
過ぎし日の
おもひでや

げにわれは
うらぶれて
ここかしこ
さだめなく
とび散らふ
落葉かな

-上田敏 訳『海潮音』より-


あの日の涙は いま何処?

個性?

2009-10-26 22:14:35 | Weblog
 マンションの入り口で住人の女性に声を掛けられた。誰もいない管理人室、外は寒いのにもかかわらず冷房が付いたままだとの指摘があった。何故冷房と判断したのかはわからない。管理人の勤務時間は過ぎていた。

 既に帰ったものと思い、立場上合鍵で中に入ると、弱い暖房になっていた。そこに、帰る前の点検を済ませた管理人が戻ってきた。彼には何の落ち度もない。わけを話して、女性の細かさには、より注意を払う必要性を付け加えた。

 管理人の勤務時間の延長と、今まで休みだった土・日の勤務が加わり、9月から2人体制になり、10月に新たに着任したばかりの新人の管理人さんである。

「昨日、ある女性から言われたことがあるんです」。彼が、ボソッと僕に話し始めた。
「私のこと知ってますか?と聞かれたので、わかりませんと言うと、あなたはこのマンションの住人の顔を覚えようとしていませんね」と。
オートロックドアを管理人室から開けなかったことが不満らしい。自分の鍵で開けるものなのに。。。
更に、前からいる管理人と比較され、あれこれと非難されたという。
「私、ちょうど日誌を書いていたので、彼女が入ってくるのを見ていなかったのです」
そう言って、この仕事が自分に向いていないのではないかと、落ち込んでいる様子。

 その女性の名を聞いて、少しばかり(いや、“大きな”かも知れない)憤りを覚えた。僕が理事長になった時、理事長を辞める辞めないのトラブルの原因になった、自己中心的な論理を繰り広げる、不愉快極まりないあの他国人の女性である。

 管理人さんには、彼女と僕とのいきさつを簡単に話し、理事会からもボイコットした女性であり、気にしないようにと慰めたが、着任して1ヶ月足らず、それも実質的には15日にも満たない慣れない勤務は、神経をすり減らしていることだろう。

 80所帯の住人の個性は皆違う。「どんなことでもいいです、僕に相談してください」、そう言ってはみたが・・・???
それにつけても、あの女、気に食わん!

スカイバス東京

2009-10-25 02:07:59 | Weblog

丸の内オフィス街の午後の四時。三菱ビルの前に停まる二階建ての赤いバス、よく見ると屋根がない。
 

スカイバス東京
は、上から目線で東京駅周辺の見どころを約45分で一周する観光バスである。


ゆとりを持って出かけたシャンソンコンサートまでの時間を、このバスで過ごすことにした。


秋の風を身体いっぱいに受けながら走るこのバスは、丸の内から、皇居、国会議事堂、霞ヶ関、銀座へとまわる。
 

同乗するアテンドと呼ばれる添乗員の説明に耳を傾けると、


普段見慣れた、林立するビル街の景色も新鮮に感じる。

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このバスを見つけた、修学旅行らしき女学生が手を振る。
 

銀座を走る環境にやさしいVELOTAXIに乗る小父さんまでがこちらに手を振った。


東京の中心を一周し、再び皇居へと戻る頃には、傾きかけた夕日に空がいっそう青さを増していた。

シャンソンの夕べ

2009-10-23 23:59:49 | Weblog
枯葉が風に舞う秋は、何故かシャンソンを聴きたくなる。
 その昔、銀座には銀巴里というシャンソン喫茶があった。薄暗い階段を降りると、そこには広いとはいえない客席と、小さなステージがある。ここからは、美輪明宏さん、戸川昌子さん、金子由香利さんなど、多くのシャンソン歌手が育っていった。
 僕も何度か足を運び、美輪さんのステージも見た懐かしい場所である。1990年に惜しまれつつ閉店したが、それから約20年、生でシャンソンを聞く機会が少なくなった。

 知人の知り合いのシャンソン歌手、橘 妃呂子さんのシャンソンコンサートに行った。枯葉の楽器演奏で始まったコンサートの1部では、彼女が歌う、恋心、バラ色の人生、詩人の魂など、誰もが知るシャンソンのスタンダードナンバーに酔う。

 2部になると、忘れな草をあなたに(僕のことではありません)、遠くへ行きたい、見上げてごらん夜の星を、など日本の名曲を交えながら、愛の賛歌でフィナーレ。久しぶりのシャンソンを満喫した秋の夜だった。

霜降

2009-10-22 23:44:06 | Weblog
 23日は二十四節気のひとつ、霜降(そうこう)だとか。朝晩の空気はひんやりと、秋の深まりを感じさせる。
 上野不忍池の蓮の葉も枯れ始め、木々も赤みを帯びてきた。しかし、ここ数日は残暑というには遅すぎて、小春日和にはまだ早いが、夏日にもなるほどの暖かい日が続いた。

 不忍池の蓮の葉の上では、暖かさに誘われたのか、チィチィパッパ、チィパッパと、雀の学校が開かれていた。

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母子で楽しむボートには、かもめの水兵さんが白いシャツでやってきて、思わずニッコリ・マウスオン♪

 赤く染まりはじめた桜の葉が、池の水面に影を落とし、メダカの学校は開かれていなかったようだが、穏やかな陽射しが眩しく、秋の深まりを告げていた。

秋深き 隣は何を する人ぞ
-松尾芭蕉-


そっとのぞいて見てごらん♪というわけにはいかないが。。。


100周年

2009-10-21 23:38:03 | Weblog
今年10月、「山手線」という名称が誕生して100年になるという。

銀色のステンレスボディにウグイス色の車両は、山手線のシンボルカラーでもある。


その山手線に、「山手線命名100周年」を記念し、チョコレート色にラッピングされた車両が登場している。
 
 明治製菓とのタイアップによる、このラッピング車両は、内回り、外回り、合わせて一編成のみだというが、今日はじめてお目にかかった。  


この車両、12月4日まで走るそうだが、こんな大きなチョコレート、バレンタインデーに誰かちょうだい♪
 

五百羅漢

2009-10-20 23:25:33 | Weblog
 NHKの朝ドラ「つばさ」で全国的に有名になった川越は、江戸時代に川越藩の城下町として栄え、歴史的な街並や寺院などが多く残っている町でもある。
 中でも喜多院は人気のスポットでもあり、江戸城内の家光公誕生の間や、春日局の化粧の間が、書院、客殿として移築されている。

 また、喜多院境内にある五百羅漢は、500年をかけて作られたものだというが、笑い、泣き、怒りなど、さまざまな表情で、訪れる人を迎えてくれる。

 整然と並ぶ、その人間味あふれる表情の石仏538体は、自分や身近な人に似た顔が必ずあるという。

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 そこで探してみると、自分に似た羅漢さんが、いたいた2体も。。。どこが似ているかは、ご想像にお任せします。(マウスオンでどうぞ)

 深夜こっそりと羅漢さんの頭をなでると、一つだけ必ず温かいものがあり、それは亡くなった親の顔に似ているという言い伝えも残っているそうだ。

ゆりかごのうた

2009-10-19 23:13:30 | Weblog
 着々と進むマンションの修繕工事は、大きな事故もなく半ばを過ぎた。ベランダ側には、日々作業用のゴンドラが上下している。
 一昨日のこと、作業員が乗っているゴンドラを揺する不届き者がいたという報告があった。ベランダから手を伸ばしてロープを掴む姿を見た人もいた。

 その一時間半ほど前には、同じ部屋から大音響が聞こえ、ベランダで奇声を発する男も確認されている。度重なる騒音で何度もパトカーの世話になっている住人である。先週も2日続けて夜中にパトカーを呼ぶ騒ぎを起こしている。

 堪りかねて、浅草警察の生活安全課に相談に行く。相談には乗ってくれたが、マンション内での出来事、被害届けでも出ないと行動を起こしにくいという。特に実害がないので立証も立件も難しい。

 とりあえずは、管理組合で行動を起こさなければならない。理事会への出席を促し、事情を聞き、管理規約に著しく反することで、退去などの勧告も必要か?居住権もあり、難しい問題である。

 ゆりかごの綱を揺する木ねずみなら可愛いが、迷惑千万なこの住人。こんなことで、裁判員制度まがいのことなどやるつもりなどないのだが。。。黄色い月がかかるゆりかごの夢を見られる日は、いつ来るのだろうか?

川越まつり

2009-10-17 23:59:19 | Weblog
 小江戸と呼ばれる川越は蔵造りの町でもある。半世紀ほど前、この町に3年間通った僕は、もう一度この町を散策したいと思っていた。

時が経ち、あの頃の記憶も薄れて歩いた町並みは、新鮮でさえあった。
 

時の鐘の前を歩いて通った学校での思い出は、数え切れないほどあるのだが。。。
 

そして今日、江戸の文化を今に伝える川越まつりを初めて見て来た。
 

江戸囃子も賑やかに、祭装束の曳き手に引かれた山車の行列に、川越の町は祭り一色に彩られていた。
 

川越と言えばサツマイモ。そのサツマイモのソフトクリームが、歩き疲れた喉を潤し、あの日の記憶を蘇らせる。
 
 久しぶりに訪れた我が青春の学び舎は、高校創立当初から生えているといわれる正門前のクスノキの大木が、あの日のままに静かに僕を見下ろしていた。

東京スカイツリー

2009-10-15 21:46:47 | Weblog
 下町の空に成長し続ける建物がある。隅田川のほとりに誕生する東京スカイツリーは、2011年12月に竣工予定。
 完成時には610mの高さになるこの電波塔は、東京タワーの約2倍、10月9日現在164mの高さにまでなり、我が住まいの屋上からの景観に彩りを添える。

 マンションの屋上からは、南に位置するこの塔を左に見て、炎のオブジェ(別名ウンコビル)があるアサヒビールタワーを中央に、右手には浅草ビューホテルが一望できる。

 我が部屋からも、このように見ることができ、完成時には目の前に聳えるこの塔は、隅田川の花火と共に、我が家の楽しみのひとつになるだろう。

 隅田川に架かる桜橋からの景観もまた味わいがあり、花見時の桜とのコラボレーションが待ち遠しい。

 この塔の完成を前に、隅田河畔の名物青テントも姿を消しつつある。先日、整理した冬物の衣類をここの住人に持って行ったところ、来春までにはここを取り払わなければならないと嘆いていた。

 吾妻橋から望む、泡を噴くビールジョッキをイメージしたアサヒビールタワーと、ウンコビルの向こうにも顔を覗かせたスカイツリーが、下町の空を突き破る日もそう遠くない。

知彼知己

2009-10-14 18:10:24 | Weblog
 電車に乗る機会が多いわけではない。遠距離でなければ座席に座ることにこだわりもない。偶々座っていた席の近くに乗ってきたかなり年配の女性。腰も少し曲がっている。何のためらいもなく席を譲った。
 向かいに座っていた、胸元にNAVYと刺繍があるブルーのシャツを着た黒人青年が、慌てて立ち上がり、ごめんなさい、といいながら、僕に席を譲ってくれた。戸惑いながらも、「ありがとう」と言って座席に着く。

 座ってから周りを見ると、若い人も座っていた。彼らを責めるつもりなど毛頭ない。電車が停車してから発車するまでの僅かな時間の出来事である。

 その黒人青年の反応に、驚きと、戸惑いと、嬉しさと、少しばかりの嘆きが入り混じり、不思議な気持ちになった。NAVYの文字が大きく見えた。降りる時再び彼に「ありがとう」と言うと、ニッコリ笑った。

 2週間ほど前、偶々乗った場所が優先席の前だった。座っていた40歳前後の体格のいい男性が、立ち上がろうかどうしようかと迷いながら、僕を見上げて腰を浮かせた。僕は手で制して、いいですよ、と言った。男性はそのまま安心したように居眠りを始めた。

 譲る自分と譲られる自分、二つの自分に戸惑いを感じながら、どちらが似合っているのだろうか?などと迷う自分のめでたさ。若いと思っているのは自分だけか。人生も秋なのに。。。( ̄□ ̄;)

うれしさも 中ぐらいなり おらが秋

秋深し

2009-10-13 10:35:35 | Weblog
 台風が去ると急に風が冷たくなった。窓から差し込む陽は長く、風の音にも、草木の香りにも、深まる秋が忍び寄る。
 久しぶりの暖かな朝、窓を一杯に開けた。一段と増した金木犀の香りが、風に乗って朝の陽射しと共にやってきた。ベランダから覗く植え込みには、刈り込まれた木に散りばめられた金の花。

 この花の香りに必ず思い出す悲しい想い出は心に秘めて、張り切った夏の疲れからか、萎えかけたモチベーションに気合を入れる。

◇きんもくせい◇

冬服に着替えた日
ほのかなやさしさが
私をつつんだ
それは樟脳のにおいだった
運動会を見に来てくれた母の
装った母の
きものの裾のにおいだった

-星野富弘さん-

 金木犀の香りの下で母親に連れられた子供が言った、「あっ、トイレのにおいだ!」。秋はそれぞれの想い出が詰まったにおいがする。 

台風一過

2009-10-08 19:59:04 | Weblog
 激しい雨音に目が覚めた。時計を見ると4時少し前。眠い目を擦りながらベランダに出るも風は強くない。テレビが台風の間もない上陸を伝えていた。ふたたびベッドに潜り込む。目が覚めた時には雨も止み、薄日が射していたが風が強い。午後になると空を覆っていた雲は次第に強風に流され、青空が広がり、太陽が照りつけた。激しい風雨は世の中の塵を洗い流して、台風一過の爽やかな秋晴れになった。
 子供の頃、台風が来ると胸が躍った。独特の匂いを漂わせて吹く風は、生暖かくいつもの風と違う。台風が過ぎたあと、あたりの景色が一変するのも面白かった。散乱する折れた木の枝、風に飛ばされて舞う葉っぱ。いつもは水のない畑と畑の間の小さな堀は、溢れるほどの水が道路を越えて流れる。裸足になって水の中を遊んだあの頃。台風の怖さなど知らず、それら非日常の風景は刺激があった。
 都会に住む今、台風が通り過ぎても非日常は感じられない。空の青さや、流れる雲に、僅かに日常との違いを見つける。風の匂いがいつもと少し違い、どこからか金木犀の香りが漂ってくる。小さな秋を見つけた瞬間でもある。
 水かさが増した隅田川が、太陽に照らされて輝きながら強風に波を打つ。列島を縦断した大型台風は、各地に爪あとを残して去っていった。被害のない僕にとっては呑気なことを言っていられるが、北日本ではこれからも大荒れになるという。被害の少ないことを祈りながら、被害にあった方々には心からお見舞い申し上げます。