The Rest Room of ISO Management
ISO休戦
“リスクと機会”の解釈をめぐって―特にISO9001において
2015年は品質と環境のISO両横綱が改訂される予定となっている。今回はISO9001の改訂案文DIS(Draft International Standard/国際規格案)を元に“リスクと機会”という文言についての議論をテーマにしたい。
これまで改訂文案を検討したことが多少あったが、印象として具体的に何をどうすれば良いのか不明な要求が多い印象だ。つまり具体的に何をしていれば、要求事項を満足していると言えるのか判断が難しい要求事項が多いように感じる。従って、審査員の立場からは確実な運営状況をどのようにして確認し、適切な運営が行われているとの確証をどんな証拠で得れば良いのか、考え込んでしまう事項が多い。
そういう事例として“リスクと機会”の文言解釈にも問題が認められるように思うので、ひとまずこの言葉の解釈について取り上げたい。この言葉の何が問題かというと、その解釈が様々にあって人によって全く異なる理解となっていることだ。規格で使用される文言に様々な解釈が存在すれば、審査側と被審査側との間で強い軋轢が生まれる可能性があり、“審査”という活動が成立しなくなり、ひいては規格の意味をなさなくなる可能性があると言うことである。
“リスクと機会”という文言のもっとも一般的な解釈は以下の通りである。まず“リスク”だが、それは“危険。危険度。また、結果を予測できる度合い。予想通りにいかない可能性。”とネットのgoo辞書(大辞泉)にはある。一方、“機会”について同じくネットのgoo辞書では、“事をするのに最も都合のよい時機。ちょうどよい折。チャンス。”とある。つまり、“リスクと機会”とは“事態のネガティブな状況とポジティブな状況”の対語として並列されたと考えるのが一般的である。事実、ISO関係者にも単純にそのように解釈している人々も居るように思う。
しかし、ISOでは“リスク”は実はネガティブな状況を示す言葉としてではなく、ニュートラルな状況を示す言葉として定義されていて、“目的に対する不確さの影響”(ISO 31000)とされている。端的に言えば“不確実な状況”をリスクと見做しており、結果として“ネガティブな状況或いはポジティブな状況のいずれかに陥る可能性”自体を“リスク”と呼ぶことにしている。つまり不確実性そのものを“リスク”と見做しているのだ。
となると、“リスクと機会”という文言における“機会”は何を意味しているのか問題となる。“リスク”がニュートラルな意味合いで使用されているとなると、“機会”という言葉をわざわざ付加することの意味がなくなるからだ。そこで、“機会”の意味をどう解釈するかがポイントとなって来る。
日本語での一般的な“機会”の意味は先に述べた通りであるが、ISO規格は本来英語で規定されていて、“機会”はopportunityの訳語である。そこでopportunityの意味が問題となる。
では、opportunityには元来どのような意味があるのか手軽にネット英英辞書[Longman English Dictionary Online]によって見ると次のようである。
1.a chance to do something or an occasion when it is easy for you to do something
2.a chance to get a job or improve your situation at work
すなわち、ある種のチャンスchanceということのようだ。一説によれば、chanceには偶然性の要素が多い“好運”の意味が含まれているとされ、opportunityにはある目的を持って活動した結果としての“好機”の意味が含まれているとの差異はあるようだが、ほぼ“機会=好機”と思ってよいようだ。そうなると最初に述べた一般的解釈と何ら変わりないものが成立するようになるが、それでは議論が元に戻ってしまう。
そこで一部では次のような解釈をするものが現われた。すなわち厳正に“リスク”に向き合い、これを分析し対処した予防的処置の結果として“好機”を獲得するというプロセスを表したものであるという議論だ。これは、英国規格協会で事業継続マネジメント規格の開発責任者と 共に世界へ普及啓発及び国内への制度導入に従事された中川将征という人が書籍“ISO 22301で構築する事業継続マネジメントシステム”で述べている解釈だ。同氏は同書によれば、JIPDECによるBCMS実証制度にて技術部会委員、現在 ビューロベリタスジャパンBVJ㈱システム認証事業本部執行役員という斯界の要職に在るようで、その言説は無視できないものがある。しかしその解釈は非常に巧妙ではあるが、苦しい 突飛なものとの印象を免れない。
同書には国際的食品会社ネスレの活動を好例として次のような説明がある。“ネスレのCSV(Creating Shared Value)のような考え方はそのような好例であるといえるだろう。原料のコーヒー豆の調達に関して、単に「調達リスク」の低減という捉え方でそのリスクを「低減」「受容」「移転」「終了」というマネジメント手法のみで捉えるのではなく、積極的にその課題をビジネスチャンスヘと転換するアプローチを試みた。具体的には、フェアトレードで交流するということではなく、南米等の小規模コーヒー農家に栽培技術、ノウハウを供与し資金援助を行うことにより、高品質コーヒーの安定調達を実現したのである。これはまさに予防的なアプローチによりリスク事象をビジネス機会へと転換した例ということができる。”つまり、“リスク”を それと適切に向き合うことによって“好機”を得たというエピソードだ。
こういうエピソード自体稀なもので、マネジメントの中で普通にできることではないと思う。そういう普通にできないようなことを規格にしてしまう行為には疑問が残る。それだけに突飛な解釈と言えるだろうが、一般的には突飛な議論や解釈は多数派としての共通認識へと成立して行くことは少ないように思うがいかがだろうか。
一方、私の手許にある英英辞書“Oxford Learner`s dictionary(第4版・開拓社)”には、opportunityについて次のように書いている。
1.favourable time, occasion or set of circumstances
2.recognize and use a good or suitable time to do something
これによれば、timeが基本コンセプトとなる。こうなると“時期”いわばタイミングに重点をおいた解釈が可能となる。実は、私の師匠筋もこの解釈をとっている。すなわち“リスクと機会”とは、“厳正にリスクに向き合い、これを分析し対処した予防的処置を施した後、その後も適切な時期(タイミング)にリスクを分析し対処することを継続させなければならない”、という解釈である。私の師匠の解釈だからという訳ではないが、この解釈が矛盾を生じず、素直で自然な印象である。
しかし、世間一般では最初に述べたような解釈が普通のような印象だ。これは、規格の表現に問題があるためそのような“誤解”を生じることになるのであり、それでは規格本来の役割を適切に果たせないのではないか。
ちなみに、“機会”については私の手許にある“学研・漢和大字典”では次のように書いている。
1.物事をするのに適したとき。チャンス。
2.盛衰興亡など、物事の重要なわかれめ。[魏志・楊洪]
ここで“機会”を後者と解釈すれば、“「物事の重要なわかれめ」というタイミングでリスク分析し対処する”の意味と取れることになる。従い、opportunityの訳語を“機会”とするのは非常に的を得た印象だ。
ISO9001のDISは以上のような誤解や混乱を招く表現が多く、深い解釈を必要とするものである。もしそのまま成案となるようであれば、審査の場で無用の混乱を生じることになるのではないだろうか。

これまで改訂文案を検討したことが多少あったが、印象として具体的に何をどうすれば良いのか不明な要求が多い印象だ。つまり具体的に何をしていれば、要求事項を満足していると言えるのか判断が難しい要求事項が多いように感じる。従って、審査員の立場からは確実な運営状況をどのようにして確認し、適切な運営が行われているとの確証をどんな証拠で得れば良いのか、考え込んでしまう事項が多い。
そういう事例として“リスクと機会”の文言解釈にも問題が認められるように思うので、ひとまずこの言葉の解釈について取り上げたい。この言葉の何が問題かというと、その解釈が様々にあって人によって全く異なる理解となっていることだ。規格で使用される文言に様々な解釈が存在すれば、審査側と被審査側との間で強い軋轢が生まれる可能性があり、“審査”という活動が成立しなくなり、ひいては規格の意味をなさなくなる可能性があると言うことである。
“リスクと機会”という文言のもっとも一般的な解釈は以下の通りである。まず“リスク”だが、それは“危険。危険度。また、結果を予測できる度合い。予想通りにいかない可能性。”とネットのgoo辞書(大辞泉)にはある。一方、“機会”について同じくネットのgoo辞書では、“事をするのに最も都合のよい時機。ちょうどよい折。チャンス。”とある。つまり、“リスクと機会”とは“事態のネガティブな状況とポジティブな状況”の対語として並列されたと考えるのが一般的である。事実、ISO関係者にも単純にそのように解釈している人々も居るように思う。
しかし、ISOでは“リスク”は実はネガティブな状況を示す言葉としてではなく、ニュートラルな状況を示す言葉として定義されていて、“目的に対する不確さの影響”(ISO 31000)とされている。端的に言えば“不確実な状況”をリスクと見做しており、結果として“ネガティブな状況或いはポジティブな状況のいずれかに陥る可能性”自体を“リスク”と呼ぶことにしている。つまり不確実性そのものを“リスク”と見做しているのだ。
となると、“リスクと機会”という文言における“機会”は何を意味しているのか問題となる。“リスク”がニュートラルな意味合いで使用されているとなると、“機会”という言葉をわざわざ付加することの意味がなくなるからだ。そこで、“機会”の意味をどう解釈するかがポイントとなって来る。
日本語での一般的な“機会”の意味は先に述べた通りであるが、ISO規格は本来英語で規定されていて、“機会”はopportunityの訳語である。そこでopportunityの意味が問題となる。
では、opportunityには元来どのような意味があるのか手軽にネット英英辞書[Longman English Dictionary Online]によって見ると次のようである。
1.a chance to do something or an occasion when it is easy for you to do something
2.a chance to get a job or improve your situation at work
すなわち、ある種のチャンスchanceということのようだ。一説によれば、chanceには偶然性の要素が多い“好運”の意味が含まれているとされ、opportunityにはある目的を持って活動した結果としての“好機”の意味が含まれているとの差異はあるようだが、ほぼ“機会=好機”と思ってよいようだ。そうなると最初に述べた一般的解釈と何ら変わりないものが成立するようになるが、それでは議論が元に戻ってしまう。
そこで一部では次のような解釈をするものが現われた。すなわち厳正に“リスク”に向き合い、これを分析し対処した予防的処置の結果として“好機”を獲得するというプロセスを表したものであるという議論だ。これは、英国規格協会で事業継続マネジメント規格の開発責任者と 共に世界へ普及啓発及び国内への制度導入に従事された中川将征という人が書籍“ISO 22301で構築する事業継続マネジメントシステム”で述べている解釈だ。同氏は同書によれば、JIPDECによるBCMS実証制度にて技術部会委員、現在 ビューロベリタスジャパンBVJ㈱システム認証事業本部執行役員という斯界の要職に在るようで、その言説は無視できないものがある。しかしその解釈は非常に巧妙ではあるが、苦しい 突飛なものとの印象を免れない。
同書には国際的食品会社ネスレの活動を好例として次のような説明がある。“ネスレのCSV(Creating Shared Value)のような考え方はそのような好例であるといえるだろう。原料のコーヒー豆の調達に関して、単に「調達リスク」の低減という捉え方でそのリスクを「低減」「受容」「移転」「終了」というマネジメント手法のみで捉えるのではなく、積極的にその課題をビジネスチャンスヘと転換するアプローチを試みた。具体的には、フェアトレードで交流するということではなく、南米等の小規模コーヒー農家に栽培技術、ノウハウを供与し資金援助を行うことにより、高品質コーヒーの安定調達を実現したのである。これはまさに予防的なアプローチによりリスク事象をビジネス機会へと転換した例ということができる。”つまり、“リスク”を それと適切に向き合うことによって“好機”を得たというエピソードだ。
こういうエピソード自体稀なもので、マネジメントの中で普通にできることではないと思う。そういう普通にできないようなことを規格にしてしまう行為には疑問が残る。それだけに突飛な解釈と言えるだろうが、一般的には突飛な議論や解釈は多数派としての共通認識へと成立して行くことは少ないように思うがいかがだろうか。
一方、私の手許にある英英辞書“Oxford Learner`s dictionary(第4版・開拓社)”には、opportunityについて次のように書いている。
1.favourable time, occasion or set of circumstances
2.recognize and use a good or suitable time to do something
これによれば、timeが基本コンセプトとなる。こうなると“時期”いわばタイミングに重点をおいた解釈が可能となる。実は、私の師匠筋もこの解釈をとっている。すなわち“リスクと機会”とは、“厳正にリスクに向き合い、これを分析し対処した予防的処置を施した後、その後も適切な時期(タイミング)にリスクを分析し対処することを継続させなければならない”、という解釈である。私の師匠の解釈だからという訳ではないが、この解釈が矛盾を生じず、素直で自然な印象である。
しかし、世間一般では最初に述べたような解釈が普通のような印象だ。これは、規格の表現に問題があるためそのような“誤解”を生じることになるのであり、それでは規格本来の役割を適切に果たせないのではないか。
ちなみに、“機会”については私の手許にある“学研・漢和大字典”では次のように書いている。
1.物事をするのに適したとき。チャンス。
2.盛衰興亡など、物事の重要なわかれめ。[魏志・楊洪]
ここで“機会”を後者と解釈すれば、“「物事の重要なわかれめ」というタイミングでリスク分析し対処する”の意味と取れることになる。従い、opportunityの訳語を“機会”とするのは非常に的を得た印象だ。
ISO9001のDISは以上のような誤解や混乱を招く表現が多く、深い解釈を必要とするものである。もしそのまま成案となるようであれば、審査の場で無用の混乱を生じることになるのではないだろうか。

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