風の旅人 西村一広 Sailing Diary

海とセーリングだけの人生で考えたこと、悩んだこと、感動したこと、学んだこと、あれやこれや。

The Protocol Governing the 34th America’s Cup 第34回アメリカズカップ議定書を解読する (第1回)

2010年09月30日 | 風の旅人日乗
日本セーリング連盟のウエブ版会員誌『J-Sailing』に、表題のような連載記事を担当することになった。
J-Sailingのアップよりも少しずつ遅らせてこちらにも掲載することを許可していただいたので、転載することにします。

日本からアメリカスカップに挑戦する意義を理解する力があり、応援を下さる力も有している、民度の高い企業の経営者の方々の目に留まることを念じて、書いていきます。

目次的には、以下のような順序を追って解説していこうと思っています。

1、第34回アメリカズカップ議定書の基本理念

2、第34回アメリカズカップの制式艇 AC72 

3、2013年の第34回アメリカズカップ本戦に至るまでのレースフォーマット

4、第34回アメリカズカップへのエントリーの要件

5、第34回アメリカズカップの新しい試み ユースアメリカスカップとは

6、第34回アメリカズカップの開催場所はどこに?

7、第34回アメリカスカップエントリーが予想されるチームの横顔

8、第34回アメリカズカップ、日本から挑戦の可能性は


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2013年開催 第34回アメリカズカップ議定書を解読する (第1回)

1、第34回アメリカズカップ議定書の基本理念(その1)


2007年7月3日。
スイスのジュネーブ・ヨットクラブ所属のアリンギの勝利で第32回アメリカズカップが終了した。


[photo/32nd America's Cup]

そしてそのわずか2日後、アリンギは素早く第33回アメリカズカップ議定書を発表。しかし、その議定書が発端となって、第33回アメリカズカップは迷走に次ぐ迷走を始めたのだった。

その議定書が発表されるとすぐに、BMWオラクルレーシングをはじめとする複数の挑戦予定チームが、あまりに防衛側有利に作られているその議定書に一斉に反発した。
それに続いて、挑戦者代表として防衛側から指名されたスペインのヨットクラブが、防衛側が不正に仕立てた、会員さえいない実体のない傀儡(操り人形)ヨットクラブであることが判明した。

この辺りから第33回アメリカズカップは2年半に渡る裁判所での混乱に突入したのだったが、今年2010年2月、裁判所から正式に挑戦者代表として認められた米国サンフランシスコのゴールデンゲイト・ヨットクラブが送り出したBMWオラクルレーシングが、圧勝で第33回アメリカズカップを制したのは、ご存知の通り。


[photo/33rd America's Cup]

つまり、前回の第33回アメリカズカップの混迷は、あまりに防衛者側に有利で、アンフェアな議定書から始まった。
だから、前回の挑戦者たちの急先鋒になって防衛側と裁判所で徹底的に闘い、2年以上をかけて海上での一騎打ちに持ち込み、そこで正々堂々とアメリカズカップを勝ち取ったゴールデンゲイト・ヨットクラブが、自らで定めた提出期限までに、どのようにフェアな第34回アメリカズカップ議定書を作り上げてくるのか、に、挑戦を目論んでいる関係者たちの関心が集まっていた。

アメリカズカップの議定書を作る作業は、防衛者が主導権を持っているものの、挑戦者代表との合同で進め、2者連名での書類として完成する。



今回の挑戦者代表に選ばれたのは、イタリアのクルブ・ノティーコ・ディ・ローマ(ローマ・ヨットクラブ)と、そのクラブが送り出す挑戦チーム、マスカルツォーネ・ラティーノ。
マスカルカルツォーネ・ラティーノのオーナーであり代表を務めるのは、ヴィンチェント・オノラート。


[photo/34th America's Cup]

イタリア海運界の実業家であるオノラートは、第31回と第32回アメリカズカップにオーナー/プレイヤーとして挑戦してきただけでなく、ヘルムスマンとしてワンデザイン・クラスのマム30とファー40の世界選手権で複数回優勝している現役トップセーラーでもある。
最近は、話題のメルジェス32に乗ってイタリア国内レースでのデビュー戦を飾っている。

オノラートは、ファー40で世界チャンピオンになったときはタクティシャンにラッセル・クーツを迎えているし、クーツが自身で艇を開発して世界ツアーもプロモートしているラッセル・クーツ44クラス艇の、ごく初期の頃からのオーナーでもある。二人の親密さはセーリング界ではよく知られている。


[photo/34th America's Cup]

アメリカズカップを離れても親密な関係を持っている防衛チームの最高経営責任者クーツと、挑戦者代表チームのオーナーであるオノラートが共同でまとめた議定書だから、作成作業は順調に進んだに違いない。


[photo/34th America's Cup]

だが、そういう二人が中心になって作った議定書だからこそ、第34回アメリカズカップに挑戦することを計画しているチームにとっては、その2チームにだけ有利な内容がどこかに隠されていないか、入念にチェックする必要のある、第34回アメリカズカップ議定書でもあったのだ。

その注目の第34回アメリカズカップ議定書が、9月13日、バレンシアのBMWオラクルレーシングのコンパウンドで発表された。


[photo/34th America's Cup]

(つづく)
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9月29日(水)のつぶやき

2010年09月30日 | 風の旅人日乗
04:49 from web
ふー、ちょっと休憩。コーヒーにしようかな、日本茶にしようかな。すごい星空だったけど、夜明け前になって雲が広がってきた。
04:53 from web (Re: @tw_umiusagi
@tw_umiusagi お疲れ様でした。ためさんのプロフィールのホクレアでの写真は、どこで撮ったもの?宇和島ではないような・・・
14:35 from web (Re: @tw_umiusagi
@tw_umiusagi じゃあ、カマヘレでハワイに到着した後で?
14:39 from web (Re: @tw_umiusagi
@tw_umiusagi 天気崩れるみたいですね。ハンディキャップを背負っての航海、気をつけて。
20:07 from web (Re: @tw_umiusagi
@tw_umiusagi ためさん、ためさんのような日本の海を走る日本人のプロフェッショナル船乗りの人たちは、日本人の矜持を守るために今後とても大切な存在になってくると思います。マイク・テーラーから依頼された帽子への寄せ書きに、「矜持」と書いたこと、今突然思い出しました。
by KazuNishimura on Twitter
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9月28日(火)のつぶやき

2010年09月29日 | 風の旅人日乗
09:16 from goo
9月27日 神前結婚式とオハナ #goo_compass-nishimura http://bit.ly/9wba7s
09:30 from web
削除したい自分のツイート、削除ボタンクリックしても削除できない。なぜ?twitter事務局殿、救助要請します。
09:37 from Tweet Button
全盛期の強さにもうっとりさせられたけど、こんなことまでやっちゃう人だったんだなぁ。 - 伊達、40歳前祝い金星!シャラポワに勝った/スポーツ/デイリースポーツonline http://t.co/RRf8Jkn via @Daily_Online
15:43 from web
仕事の合間にみんなのつぶやきを眺めてみたら、国家的大事件が進展中なのに、相変わらずみんな自分の周りのことで楽しそう。今の政治家たちに日本を任せていて大丈夫なんだろうかと、ドキドキするほど不安になってきているワタクシは、ただの臆病者なのかな。
19:56 from web (Re: @west1173
@west1173救助 ありがとうございます。そうなんだぁ。
20:12 from web (Re: @west1173
@west1173 図書館で本を借りるって、その本を一所懸命書いた人の印税収入に貢献できていない、というちょっと後ろめたい気持ち、確かにあります。何かいいシステムができれば、面白さ度数に応じたお礼を著者にお支払いしたい、って気持ちはあるのですが・・・。
by KazuNishimura on Twitter
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9月27日 神前結婚式とOHANA

2010年09月27日 | 風の旅人日乗
今日のセーリング仕事の予定が雨のために順延になり、溜まっているデスクワークを一気に進めるチャンス。

なのに、仕事を始める前に、昨日の出来事を日記に書き記しておきたい、と強く思う自分がいます。
そういう感動に打たれた、昨日、2010年9月26日でした。

それなので、あらかじめ断っておきますが、今日の日記は長くなります。

9月26日。
相模湾は、台風と次の低気圧接近の合間の、つかの間のセーリング日和。
朝10時に葉山・鐙摺新港に集まって、出艇し、HAYAMA SAIL スティングレイのテスト。

「秋の風が吹いて、船をたたむころー」と、かつて南沙織が歌っていた秋になり、相模湾にも、湿気の少ない、爽やかな東北東からの風が吹いている。
その風に乗るために、港を出てすぐにHAYAMA SAIL スティングレイを、スルスルと開く。



舵をオートパイロットに任せるが、舵柄を見ていると、ほとんど動かずに中央で静止したまま、船が直進している。クォータリーからデッドダウンウインドを走るのに、非常にバランスの良い、保針性の高いセールであることを改めて知る。

近くに、スピネーカーを揚げてジャイブを繰り返しながらジグザグに走っているふた回りほど大きなヨットがいて、それと比べても、真風下へのVMGに換算すると、それほど遜色のないスピード。向こうは大騒ぎしながらスピネーカーをジャイブさせている。こちらはジブシートを固定したまま、飲み物を飲みながらのんびりと雑談。

3時間ほどセーリングを続け、いくつかの改良アイディアを思い付いて、午後2時に帰港。
海岸沿いを歩いて急いで自宅へ帰る。

遅い昼ごはんを食べ、シャワーを浴びて歯を磨き、髪をとかして、家族全員で、それぞれの一張羅を着て、鎌倉へ。
今日は、一回り歳下の大切な友人、トモの結婚式。

時間に遅れそうになって焦るのが嫌なので、早めに家を出た。
鎌倉駅からは、観光客の人たちで大変な混み様になっている小町通を避けて、ほとんど人通りのない段葛(だんかずら)を通って、鶴岡八幡宮へ向かう。桜の季節でなくても、段葛の散歩はお気に入り。お土産屋さんが立ち並び、人と車の往来が激しい両サイドの舗装路とは、異なる時間が流れているような気がする。

浅い夕暮れの景色に溶けつつある緑の中を、鎌倉の初秋の空気を味わいながら、段葛をのんびりと歩く。

それでも約束の時間よりもかなり早く着いたので、待ち合わせ場所を通り過ぎて、昨年秋に倒れた大銀杏のその後の姿を見ようと、大石段の下まで行ってみた。

大銀杏は上部を切り取られて、元の場所のすぐ横に移植されていたが、その太い幹から、濃い緑の枝々が信じられないほど力強く芽生えていた。

確か、この木が根元から倒れたとき、権威ある学者さんが「再生は不可能だ」と判断した、との報道が最初に流れたはずだが、それを堂々と否定する、すごいばかりの生命力。その緑の芽吹きが、科学は万能ではないのだよ、と静かに語りかけているようだ。

大石段のすぐ下にある舞殿が、今日の結婚式の式場。
資料によると舞殿は、静御前が源義経を慕って舞を納めた若宮回廊跡地に立てられたものだという。なんのことだかサッパリ分からないが、数百年の悠久の歴史の中に存在する建物らしいことは確かなようだ。もっと日本の歴史を勉強していればよかった。
階段も床も、漆で美しく塗装されている殿内は、すでに式の用意が整えられていて、舞殿の周囲に灯す松明の準備を、係の人が始めていた。

この舞殿での結婚式を、以前たまたま見かけたことがある。
それはそれは、古式に則ったとても厳かなものだった。その結婚式に参列している方々だけでなく、舞殿に上がれず、その周囲を取り巻いて式を見ている関係者らしき人たちをさえ、羨ましくさえ思った。
今日は、いよいよ自分たちが関係者だ。楽しみ。

待ち合わせ時間が近づき、集合場所である、源平池に掛かる橋の近くへと向かう。
カウアイ島のデニス・チャンと、日本とハワイを忙しく行き来して仕事をしているプロフェッショナル通訳のI田K子ちゃんが来ているはずだったので、周りを見渡すが見当たらない。

デニスは、カウアイの短期大学のハワイ伝統学の先生であり、ホクレア号のキャプテンの一人であり、カウアイ島で建造されている80フィートの伝統外洋セーリングカヌー、ナマホエ(ハワイ語で双子座の意)のプロジェクト・リーダーでもある。

今年、7月、8月のホクレア号でのトレーニング中、カウアイ島に滞在時はほとんどずっと、ぼくはデニスの家に泊めさせてもらった。

集合場所に指定された橋の近くの灯明台の下に、大きな荷物を横に置き、和服をりゅうと着こなして立っているカップルがいる。女性は向こうを向いていて顔が見えないが、男性のほうは真っ黒に日焼けして、背の高さも体つきも丸坊主のヘアスタイルも、デニスのようにも見える。

しかし、年中サーフパンツとTシャツで過ごしているデニスが、日本人でも着付けが難しい和服を、まさかあれほどカッコよく着こなせるはずがない。
Tシャツとショーツ姿しか見たことがないK子ちゃんの、結い上げた髪と着物の後ろ姿もイメージできない。
ただ、二人の横に置かれている大きなトラベルバッグに見覚えがある。ぼくがカウアイ島で泊まっていたデニスの部屋に置いてあったものに似ている。

もし人違いだったらいつでも方向転換できるように身構えながら、恐る恐る近づいていくと、やはり、というか、なんと、というか、そのカップルは、デニスとK子ちゃんだった。

二人とも、K子ちゃんが髪を結った美容院で着付けもしてもらったのだそうだ。
デニスは、着付けを崩さないように、神妙な立ち姿で立ったまま、顔はその経緯を説明しながら破顔一笑、大笑いしている。

デニスの粋な和装に、洋装のぼくは、少し嫉妬した。
そうだ、そうだよ。次もし神前結婚式の関係者になる機会があれば、絶対に和服の正装にしよう。

日が落ちて薄い暗がりになった境内の、控え室になっていた社務所の前を出発し、巫女さんが手に持つ提灯に導かれて、新郎新婦を先頭に2列縦隊で舞殿に向かう。昔「狐の嫁入り」かなんかの絵本で見たシーンを思い出す。
この厳かな行進のことを参進というらしい。結婚式の始まりだ。

降り始めた小ぬか雨を気にしながら歩く5歳の娘に、K子ちゃんが小さな声で、「神様からの祝福の雨だよ」と教えてくれている。

ぼくは歩きながら、その前の、控え室でのことを思い返していた。

社務所に入る前、係の女性が、「えー、控え室と式場に入る方は…」と説明をし始めたとき、新郎のトモが、キッパリと「全員です」と言うのが聞こえた。

控え室では、新郎側の参列者と新婦側の参列者が、向かい合って正座して座り、まずは新郎から自己紹介を始める。それに続いて、それぞれの側の親族だけでなく、友人、その奥さん、その子どもまで、全員がお互いに自己紹介をしあう。

ぼくたち家族は、新婦のマリちゃんのほうの列に座ってしまったが、一応マリちゃんの友人でもあると言えなくもない。だから、自己紹介も「新郎の友人の」ではなく「友人の」と言うことにした。

同じく新婦のほうの列に座ったデニスは、ハワイ語で自己紹介をした。ぼくももちろん、K子ちゃんにも通訳できない。
しかし、デニスが、英語でなくハワイ語で自己紹介することにした理由は、すごくよく伝わってきた。
あの控え室の空気を察することができたデニスは、ハワイ語で自己紹介することこそが自然だと判断したのだ。

控え室で、みんなの自己紹介を楽しく聞いているときに、ふと、これまで自分が出た結婚式で、参列者全員のことを、その人自身の自己紹介で知る機会などなかったことに思い至った。

トモは、OHANA、ということを考えているのだ、ということに気が付いた。

ハワイ語のOHANAは、家族、と訳されるが、日本語の「家族」とはニュアンスが少し異なる。
血縁がないOHANAもあるのだ。

通常、親族だけが入る控え室に、参列者全員に入ってもらったトモの心の中には、OHANAという言葉があったに違いない。
自分たちの結婚を祝うために鎌倉まで来てくれた人たちはすべて、分け隔てできない、自分たち夫婦のOHANAだ。そういうトモの心が見えた。

鶴岡八幡宮の夢殿に上がることができる人数はとても少ない。
参列者全員に小さな舞殿の中に入ってもらおうとすると、招待できる人の数は非常に限られてくる。その人選を絞り込んでいくことは、社会的立場もあるトモにとって大変な作業だったことだろう。
そんな中にあって、小さな子どももいるぼくの家族全員をトモとマリちゃんが招待してくれたことの重さを、改めて思った。

社務所のある小道から参道に出て、舞殿から大石段を経て本殿に至る方向に曲がると、日暮れどきの暗さの中に、参道の左右に灯篭がいくつも置かれ、それが舞殿まで続いている。
清らかな明かりの灯篭の横に、幾人かの正装の人たちが並んで立っていて、雅楽を奏でている。

舞殿の周囲には、すでにいくつもの松明が明るく焚かれていて、風で揺れ動いている炎が、舞殿に邪悪が入り込むのを防いでいるかのようだ。

その光景を見たとたん、鳥肌が立った。
不覚にも涙が出そうになる。
日本にいながら、日本人でいながら、これまで、こういう伝統と光景があることを知らなかったことを、もったいなく思う。
同時に、小さな子どもたちに、この日本伝統の光景を見せることができた幸せを思う。
そして、自分たちの文化を大切にしなければならないことを知っているハワイ人のデニスに、この光景を見てもらえることの幸せを思う。

舞殿の中で執り行われた結婚式は、外国からの借り物の文化ではなく、自分たちの祖先が世代から世代に、大切に、連綿と受け継いできた時間の中に没したような、感極まる儀式だった。

式のあとの、参列者全員での食事会は、小町通から少しだけ入ったところにあるレストランで行なわれた。
乾杯の挨拶に立ったのは、トモの職場で長く上司の立場にあった航海訓練所のA宮船長。そのA宮船長の乾杯の挨拶は、「OHANA」という言葉が核になっていた。
楽しかった祝いの会を〆るトモの挨拶でも、「OHANA」がキーワードだった。
式が始まる前の控え室から宴の最後まで、ぼくの心はOHANAを感じ続けることができた。おそらくそれは、そこにいた全員が感じていたことだと思う。

ハワイ通、あるいは、ハワイかぶれ、とでも言わせていただきたくなるような日本人たちの間でも、オハナという言葉を頻繁に聞く。
その人たちが口にするオハナという言葉を聞くと、ぼくは背筋がムズムズするくらい気持ち悪くなる。身をよじりながら逃げ出したくなる。

しかし、昨日、トモとA宮船長の話の中で聞いたOHANAは、実に心地良く耳に響いた。

それは、あの言葉を口にするときの、覚悟の違い、ではないだろうかと、思う。

結婚式の最中、新郎が誓いの言葉を述べる最も大切な場面に合わせて、いきなり歌を歌い始めた1歳の娘を素早く黙らせるためにはどうすればいいか、に頭を巡らせたり、食事会でシャンパン入りのフルーツポンチを食いたがる5歳の娘の手を上から押さえたり。
周囲にご迷惑をおかけしたりしながらの、珍道中的部分も多かった我が家の結婚式参列だったが、家族一同、本当に素晴らしい結婚式に参列させていただくことができた。

トモさん、マリさん、有難う。本当に感謝しています。


追伸
二人で軽自動車に乗って汲みにいってボトル詰めしたという富山・穴の谷霊水500ミリリットルと、
稲刈りはできなかったけど脱穀は二人でやったというお米500グラムの、計1キログラムの引き出物も出色でした。
手間がかかる、大変な心のこもった引き出物。
あの霊水を汲みに行くには石段を昇り降りしなきゃいけないんでしょ?それを、式の出席者全員分。
1キログラムを遥かに越える、暖かい心の重みをいただきました。

忙しい時間を縫ってまで、なぜそこまでのことができるのだい?
それはやっぱりみんなのことをOHANAだと思ってくれているからなんだな。
おかげでやっと、OHANAの本当の意味を、昨日初めて手で掴めたように思います。

愛情を持ってお互いに接し続けることができ、お互いに尊敬しあっていくことができる、(だから必然的に)ある程度数が限られた人たち。

なのかな?
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9月26日(日)のつぶやき

2010年09月27日 | 風の旅人日乗
03:03 from web
30分前に起き出して、いただいた青汁粉末をホットミルクに溶かして飲みながらパソコンに向かう午前3時。不毛に終わるかもしれない闘いは続く。
05:10 from goo
例えば、アメリカスカップに日本から挑戦することを応援する企業を探すのに苦労するのは、詰まるところ、日本という国を大切に思う日本人がとても減ってきているということの、一つの表立った現象なの... #goo_compass-nishimura http://bit.ly/bAFUj3
by KazuNishimura on Twitter
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9月26日 ただの例えに過ぎないんだけど、

2010年09月26日 | 風の旅人日乗
例えば、まあ、ただのつまらない例えに過ぎないんだけど、例えば、アメリカスカップに日本から挑戦することを応援する企業を探すのに苦労するのは、恐らくこれは他のスポーツでも同じように苦しんでいるのだろうけど、詰まるところ、日本という国を大切に思う日本人がとても減ってきているということの、一つの表立った現象なのではないかと、2010年モス級全日本チャンピオン後藤君の外国人船長問題への政府の対処に関する激怒のツイートを読みながら思った。

つまり、政治家という立場で日本という国を動かしている人たちからして日本という国を大切に思っていないようなのだから、一般の日本人の人たちの間で、日本という国を大切に思う心が失われていくのは、ある意味当然かもしれないと思えてきたのだった。

もしかしたら、われわれ日本人の祖先たちが一生懸命守ってきた日本という国は、本当に抜き差しならないところまできているのかも知れない。

ワタクシたち日本人のように、自分たちの「心」と、自分たちが住んでいる土地の気候や風土がこれほどマッチしている国土に住むことができている人たちは、地球上にそんなに多くないと思う。
現代のワタクシたちが、祖先から受け継いだ「心」を、住んでいる国土の風景に重ね合わせて感じることができるのは、先祖の時代からワタクシたち民族が生きてきたこの国土を、他民族に追い出されることがなかったからだこそ、ではないだろうか。

その、自分たち日本人が当たり前のように保有しているものが、多くの他民族から見たら実は奇跡のようなもので、その素晴らしさや美しさや価値に、早く気が付いてほしいと願うのは、日本の国土と新旧の日本人たちが大好きであるが故の、ワタクシのただの日本依怙贔屓からなのだろうか。

餅は餅屋、というスタンスの取り方を昔から大切にしてきた。
だから、自分の専門以外の政治の世界には目をつぶろうつぶろうとしているのだけれど、
「私らにとってはなあ、一番大切なことは『日本という国を守ること』なんかじゃなくて、『自分たち個人の顔とテリトリーを守ること』なんである。あんたたち(国民の皆さん)まだ分からんのか」、という本音を幼稚に人前に曝して内輪もめしている老人たちを見ていると、こういう人たちに対する怒りを爆発させた人たち、あるいは愛想を尽かした人たち、あるいは彼らの能力のなさを見極めた人たちが、勝手にいろいろなことをやり始めて、日本という国が、「無政府状態」という状態の国になることも、決してあり得ないことではないなあ、とさえ思えてくる。

揺るがないものだと学校で教わった日本の三権分立が、なんだかここのところユラユラしているように見えるのは気のせいだろうか?

そんなことを考えて背中をゾクーっと凍らせつつ、一人黙々とパソコンに向かう夜明け前。
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9月25日(土)のつぶやき

2010年09月26日 | 風の旅人日乗
03:58 from web (Re: @213YO
@213YO すごい。ウエアはどんな仕様で?
04:38 from web (Re: @tw_umiusagi
@tw_umiusagi ためさん、相模湾はひどい北東風が吹いているけど、無事に走ってますか?
05:10 from web (Re: @tw_umiusagi
@tw_umiusagi この風を、サラリと「風は強いですね」とは。爪木から城ヶ島までは、北東風とは言え、潮の影響で波も悪かったことでしょう。さすがプロの船乗り。ニッポンの誇りです。川崎での着岸作業気をつけて。
07:10 from web
今日は0時半に起き出してパソコンに向かってたけど、思ったほど作業進まず。土曜日は週に一度子供に水泳を教える日。ちゃんと教えられるように、ちょっと仮眠します。
16:55 from web (Re: @tw_umiusagi
@tw_umiusagi 無事の入港何より。また航海中ツイート楽しみにしてます。
by KazuNishimura on Twitter
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9月24日(金)のつぶやき

2010年09月25日 | 風の旅人日乗
02:55 from web
さあて、今日の活動開始。
04:16 from goo
雨の音。深夜に目覚めて、外を見たら星空、というのもいいけど、この、屋根や窓をたたく雨の音も、心に染み入って、いい感じ。コーヒーを作って、ブログのコメントをチェックしたら、America'... #goo_compass-nishimura http://bit.ly/9kx4Sx
06:21 from web
@tw_umiusagiためくりさん、久し振り。2ヶ月前、マイク・テーラーとためさんのこと話したばかり。ナイノアのスターコンパス背景に使っているとは、ためさんも、さては、まだ尾を引いていますね。
06:29 from web (Re: @artprojet_larry
@artprojet_larryその節は大変お世話になりました。その後のボートのことなど、気に掛かっていましたが、いろいろと事情あるんでしょうね。
by KazuNishimura on Twitter
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9月24日 ちょっとだけ America's Cup

2010年09月24日 | 風の旅人日乗
午前2時。
起床。
雨の音。
深夜に目覚めて、外を見たら星空、というのもいいけど、この、屋根や窓をたたく雨の音も、心に染み入って、いい感じ。

コーヒーを作って、ブログのコメントをチェックしたら、America's Cupに関係した内容のコメントをいただいており、仕事始める前に、今日も半時間だけAmerica's Cupのことを考えることにした。



「若いやつはよー、お金のことなんか考えなくていいんだよ。出たい、出たい、って騒いでいればよー、世間を動かすことだって、あるんだよ」

半年ほど前、ヨット専門誌KAZIが企画した座談会での、元・日本セーリング連盟事務局長のT村さんの言葉が思い出される。

T村さんは横須賀生まれの横須賀育ち。早稲田学院ヨット部でセーリングを始め、早稲田大学ヨット部を強くし、大学卒業後も日本セーリング界に留まり、日本の3度のアメリカスカップ挑戦に、最初の最初から関わり、そして最後の最後までを見納めた、数少ない人物だ。


[photo by Yo Yabe]

座談会でのT村さんのその一言は、ほとんどの出席者からは流されたように見えたが、ワタクシの心には、ガツンと響いた。
T村さんは、自分たち世代がアメリカスカップ挑戦を現実のものに引き寄せたときの経験の、最もキモの部分を、歯切れのいい横須賀弁で声にしてくれている、と思ったからだ。

最初から諦めていては、始まるものも始まらない。






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9月23日(木)のつぶやき

2010年09月24日 | 風の旅人日乗
06:01 from goo
9月23日 34th America's Cup バレンシアからの電話 #goo_compass-nishimura http://bit.ly/ckArpn
07:07 from goo
We would be enthusiastic to have Japanese team, and we are here to help you achieve this. #goo_compass-nishimura http://bit.ly/aEoPIj
08:51 from web
これから江ノ島に行って、雨の中をセーリング。今日乗るのは話題のサミット35。つい3日前に乗ったサミット40との違いはどんなだろう? 雨だけど、楽しみ。
16:01 from web
今日のSummit35でのセーリングは中止。来月9日にもう一度乗ることに。
by KazuNishimura on Twitter
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9月23日 34th America's Cup バレンシアからのメール

2010年09月23日 | 風の旅人日乗
早朝、第34回アメリカスカップのホットライン担当者に、昨日の電話に感謝するメールを送ったら、ほとんどすぐ、日本時間の午前6時30分に返事が来た。スペイン時間ではかなり遅い時間だ。

You are welcome Kazu, and I will keepsending you information.
We would be enthusiastic to have Japanese team, and we are here to help you achieve this.

恐れながら申し上げますると、enthusiastic、というのは、熱狂的だ、非常に熱心だ、夢中だ、という意。

これはもう、ワタクシのところで留めていてはいけないことだし、ワタクシ一人の手に負えるものではない。

日本の老若男女の現役レーシングセーラーのみんな!、手を携えて立ち上がろうよ。なんとかしようよ。 
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9月23日 34th America's Cup バレンシアからの電話

2010年09月23日 | 風の旅人日乗


昨日午後、日本セーリング連盟のウエブマガジンで紹介するための第34回アメリカスカップ詳細情報を前に、その量があまりに多すぎることに呆然としていたら、携帯に国際電話がかかってきた。

表示されている国番号を見たら、スペイン。
ニュージーランドのクライストチャーチからスペインのバレンシアに移動したばかりの、アメリカスカップ・ホットラインの担当者からだった。




その前の日に、A川U彦の勢いに触発されて、日本から挑戦できる可能性がないかのを考え始め、このブログにも書いたばかりのところだっただけに、驚いた。





バレンシアから電話をかけてきた担当者の声が聞こえる。

「本当に、日本から挑戦する目はないのか? 何かこちらで助けることができることはないか?」

こちらの現在の実情は、メールでも伝えていたが、改めて肉声で伝えた。
そして同時に、若手セーラーたちや、(私のような)現場にいる老水夫は、あきらめたくないと考えているのだ、ということも伝えた。

なぜワタクシごときにこのような電話が入るのか。

おそらく、瀬戸内海で一緒にセーリングしている間中、そしてラッセル・クーツ44の開発時期から一緒にセーリングしたりしている間中、
ラッセル・クーツに、「また日本からアメリカスカップに挑戦したい挑戦したい挑戦したい、日本は挑戦し続けるべきなんだ挑戦し続けるべきなんだ挑戦し続けるべきなんだし」とつぶやき続け、
たぶん「うるさいなあ」、と思って聞いてくれていたラッセルがそれを覚えていて、ホットライン担当者に指示してくれているのだろう。

当のラッセル本人は、今週は、サンフランシスコで開催されているメルジェス32の世界選手権を楽しんでいる。
(この世界選手権には日本からも3チームが参加しているが、ワタクシは個人的に、日本人だけでこの難しいクラスに果敢に挑戦している、亀井オーナー率いるブロス・チームを激しく応援しています。)

ラッセル・クーツは若い時代にセーリング活動を日本人にサポートしてもらったこともあるようで、とても日本のセーリング界のことを大事に思ってくれている。尊敬もしてくれている。
第34回アメリカスカップが健全なインターナショナルのイベントとなるためにも、ラッセル・クーツは、東洋のセーリング界代表として日本の参加を強く望んでいるはずだ。
なんと名誉なことではないか。

なのに、、、
日本のトップたちは、最初から諦めムード。
だがそれは、必死で挑戦の方法を探ったあとに、ついに諦めた、という、刀折れ、矢尽きた、という、精魂使い果たしたあとの諦めではないように思えている。
現在の日本の経済状況が分かりすぎているが故の、最初から諦めありき、のようであると、たとえばU彦のような、燃えさかるパッションで包まれた若者セーラーは捉えている。ワタクシもそう思う。

本当に諦めていいのかな。

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9月22日(水)のつぶやき

2010年09月23日 | 風の旅人日乗
01:30 from web
午前零時にふと目覚めたら、窓の外に光り輝く木星。木星の4つの衛星を見てやろうと天体望遠鏡を取りに仕事部屋に降りたらメールやコメントが着信中。それをつい読み始めて、もう1時間半。木星が見えなくなる。もうパソコン閉じます。
16:47 from web
ニュージーランドのクライストチャーチからスペインのバレンシアに移動した34th America's Cupのホットライン担当者から、日本からは本当に挑戦できないのか、確認の電話。私には答えられない。諦めたくはない気分。
by KazuNishimura on Twitter
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9月21日(火)のつぶやき

2010年09月22日 | 風の旅人日乗
06:46 from web
昨日の相模湾のレースでは、久し振りに風と真剣にお付き合いした。脳細胞が疲労してレース後一瞬放心したけど、脳細胞が直接風に触れて風と溶け合ったかのような快感を味わった。
11:09 from goo
9月21日 新案クルージングセール #goo_compass-nishimura http://bit.ly/9OsgFe
13:56 from goo
これも次世代のためになれることの一つなのかな? #goo_compass-nishimura http://bit.ly/a98bHe
by KazuNishimura on Twitter
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9月21日 新案クルージングセール

2010年09月21日 | 風の旅人日乗



昨日の相模湾でのレースはとても楽しかった。
昨日は、風とじっくり話もできて、風と一層深い友達になれたような気分。


[photo by Yo Yabe/KAZI magazine]


さて、8日前に最終テストを終えたクルージング用の新案セールですが、


[HAYAMA SAIL]

60年前にスウェーデンの技術者の方が、同様のアイディアで出していたセール&リグの特許はすでに失効していて、その後新たに申請も出されていないことが、判明しました。


アメリカと日本に特許申請中の私たちが、このタイプのセールを占有販売することにまったく問題ないことが、晴れて明らかになりました。


[HAYAMA SAIL]


[HAYAMA SAIL]

風に向かって走るときや横風を受けているときは普通のジブですが、
追い風になると、何にも面倒なことをしなくても2倍の大きさになって、追い風のセーリングを楽しむことができるセールです。

上の写真では、写真撮影しやすいようにメインセールを降ろしていますが、通常はメインセールを揚げたまま使います。

ちょっと分かり辛いかもしれませんが、下がメインセールを揚げたまま撮影した写真です。


[HAYAMA SAIL]

一般的なジブでは、追い風になるとメインセールの陰に入ってしまって風をつかめず、有効に働きませんが、このセールは、とてもよくはらみ、有効に働きます。
シングルハンドや少人数のクルーで、のんびりと、でもセーリングを目一杯楽しみたい人たちのために開発しました。
もちろん、普通のジブのようにファーリングすることができます。

興味ある方は、
http://compass-course.com
のコンタクトフォームからご連絡下さい。
資料その他、お送りします。

 

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