風の旅人 西村一広 Sailing Diary

海とセーリングだけの人生で考えたこと、悩んだこと、感動したこと、学んだこと、あれやこれや。

3月某日 江ノ島 バリアフリーのエキサイティング・ディンギー

2010年03月21日 | 風の旅人日乗
【photo copyright:Takao Sakai/KAZI】


セーリングは、健常者だけが楽しめる特権ではありません。
また、エキサイティングなスピード・セーリングは、
一部トップセーラーだけが楽しむだけのものではありません。

つい最近、いままで肉体的事情が理由でセーリングそのものを諦めていた人や、
アグレッシブなセーリングを諦めていた人に最適な、
万人向けの2人乗り軽快セーリング艇に乗ってきました。


【photo copyright:Takao Sakai/KAZI】

ある程度年齢のいった食いしん坊の俳優さんなどが、
「あと何回ご飯を食べられるかと思うと、1回でもつまらない食事はしたくないよね」
なんてことを、よくテレビなどでおっしゃってますね。

それを真似しているわけではないのだけれど、
死ぬまでにあと何回セーリングできるかを考えると、
なるべく退屈なセーリングは避けて、一回一回を充実感に溢れたセーリングにしたい、
と常々思っています。

ボクにとって「充実感に溢れた」セーリングは、レース、クルージングを問わずいろいろあるが、
その「いろいろ」の一つが、スポーツ・ボートでのエキサイティングなスピード・セーリングだ。


【photo copyright:Takao Sakai/KAZI】

健康であっても、フィットネスに気を遣っていても、
年齢がいけば、いつかは思いのままには動かなくなる身体だから、
身体が動くうちに、なるべく多くの種類のスポーツ・ボートでのエキサイティングなセーリングを楽しんでおこうと心掛けてきた。

そうなんです、スカッド18というヨットを知るまでは、
スポーツ・ボートでのセーリングを楽しめるのは、肉体的に若く、足腰がしっかりしている間だけだ、と、思っていたのです。

数ヶ月前、江ノ島ヨットハーバーで吉村 茂さんに久し振りにお会いしたときに、
「今度パラリンピックに挑戦してみようと思ってるんだけど、時間のあるときに、ちょっと話聞いてくれない?」
と、相談されたことが、スカッド18というヨットを知ることになったきっかけだった。

スカッド18は、2008年の北京パラリンピックから、新しくパラリンピックのセーリング種目の、2人乗りクラスとして採用されたクラスだ。


【photo copyright:Takao Sakai/KAZI】

吉村さんは、神奈川県・茅ヶ崎生まれの茅ヶ崎育ち。
大型外洋ヨットレースの世界でクルーとして活躍されたあと、オーナーとしてケンウッドカップなどの国際外洋レースに参加したりしてきた、筋金入りのヨットマンだ。
海外に遠征するJ/24のチームを持っていたこともある。

その一方で、ご自身のお子さんたちが佐島ジュニアに通われていた時代から、
ジュニアセーラーたちの育成にも力を注がれ、
現在は日本ジュニアヨット協会の事務局長も務められている。

ぼくはごく若い頃に吉村さんや故・武市俊さんに外洋レースヨット(の辛い部分)を鍛えていただき、
また、一時期、吉村さんのJ/24チームのスキッパーをさせていただいたりもしたご縁で、
現在もお付き合いさせていただいている。

10年ほど前だったか、吉村さんは、豪快なお酒と焼肉好きがたたって(?)脳梗塞を患われた。
生死の境から見事生還されたものの、それ以来、半身に麻痺が残っている。

そんな身体になった吉村さんなのに、海へのパッションは衰えず、
子どもたちのコーチやレース運営を手伝うためにインフレータブル・ボートを操縦して時々海に出ていることは、ご本人から聞いたりして知っていた。

すごい人だなあ、とは思っていたが、しかし、
自分自身でセーリングすることは、とうにあきらめているんだろう、とも思っていた。

だから、吉村さんの口からパラリンピックという言葉を聞いたときにはとてもビックリした。
が、すぐに、嬉しくなった。
自分がそのために力になれるのなら、なろうじゃないの、と思った。


【photo copyright:Takao Sakai/KAZI】

残念なことにその後よく調べてみると、
パラリンピックの2人乗りクラスで健常者がクルーになるにはいろんな条件があって、
どうやらぼくはクルーになる資格がないらしいことが判明した。
しかし、吉村さんのセーリング復帰のお手伝いをしたい気持ちや、
スカッド18というヨットへの興味は、そのまま残った。

スカッド18は、165kgのバルブキールを備える2人乗りのキール・ボートで、
レーザーSB3(3人乗り)によく似たコンセプトの、小型艇だ。

複数のデザイナーが共同でこのスカッド18を設計したようだが、
その設計チームの中に、オーストラリア人のジュリアン・べスウエイトの名前を見つけたときには、
ちょっと興奮した。
彼はイージーハンドリングのスピードボートを生み出す天才デザイナーだ。
これはもう、エキサイト・セーリングを約束してもらったようなものではないか。

スカッド18のコクピットには、スキッパー用とクルー用の椅子が2つ、前向きに固定されている。
これが普通のヨットと最も異なる点で、スキッパー用の椅子の真ん中にラダーを動かすジョイスティックがある。


【photo copyright:Takao Sakai/KAZI】

スキッパーが乗り込むときには、邪魔にならないように、このジョイスティックは下に縮めることができる。

乗員がハイクアウトしなくても、バルブキールに加えてフォームスタビリティーで復元力を確保するという発想なので、
船体幅が広い上に、プレーニング性能を狙ってトランサムも広い。そのためツインラダーが採用されている。


【photo copyright:Takao Sakai/KAZI】

メイン、ジブ、ジェネカーのあらゆるコントロールロープはすべてクルーの座る椅子の周りに集められている。
障害の程度にもよるが、スキッパーがステアリングだけを担当することができるための艤装である。
ブームエンドで3分の1にリダクションされているメインシートも、一方の端はスキッパーの椅子の前にリードされ、
もう一方の端はブームの中を通ってクルーの手元にリードされて、
それぞれカム・クリートで止められている。


【photo copyright:Takao Sakai/KAZI】

ジェネカーのハリヤードと、テイクダウン用のロープが、エンドレスの一本のロープになっている。
ジェネカーを降ろすときにはクルーが一人でハリヤードをリリースしながらジェネカーを取り込むわけで、
そのときにトラブルが起きる可能性を最小限にする工夫だ。
このロープが長過ぎるとジェネカーを降ろしているときにジェネカーが海に落ちるし、
短すぎるとセーリング中にジェネカーに干渉してしまう。
また、このロープがもつれてしまうと、強風ではそれになりに大変なことになりそうだ。
慎重に艤装する。

艤装を終えてクレーンで海に降ろす。


【photo copyright:Takao Sakai/KAZI】


【photo copyright:Takao Sakai/KAZI】


【photo copyright:Takao Sakai/KAZI】


桟橋に舫ってから付属のキール揚降用スタンドを使ってキールを降ろして、
キール上部をキールケースに固定する。
この作業と基本的システム自体は、レーザーSB3やメルジェス32などと同じだ。


【photo copyright:Takao Sakai/KAZI】

ジブとメインをセットして、吉村さんの巧みな操船でスムースに桟橋を離れて江ノ島港の外に出る。
椅子に座ってメインシートやジブシートを操作したり、前向きに座ったまま後ろを振り向いてスキッパーと会話するのは、ある意味新鮮な経験だ。


【photo copyright:Takao Sakai/KAZI】

前を向いて椅子に座ってヨットに乗るのは、ずっと以前に一人乗りミニ12メーターに乗って以来だが、
窮屈な操縦席のような空間に身体をうずめ、顔だけ出して操船するミニ12メーターとは異なり、
スカッド18は普通のヨットと同じく身体全体で風を感じながら乗れるので、違和感は少ない。


【photo copyright:Takao Sakai/KAZI】

しかし、艇がヒールしたときに反射的にそれを起したくても上半身とか首だけしか風上に傾けられないため、
なんだかお尻が少しムズムズする。
もう少し乗り込めば、このことにも慣れるのだろう。

14ノットから18ノットの北北東風に乗って沖に出るために、ジェネカーを揚げる。
ハリヤード(反対エンドはテイクダウン用ロープになっている)がもつれていないことを再確認してから、ホイスト。
絡まずにうまくいく。


【photo copyright:Takao Sakai/KAZI】

クォータリーから走り始めて、ジェネカーに加わるプレッシャーと艇の様子を確かめながら、
ステアリングする吉村さんにお願いして徐々に角度をつけていく。

椅子に座ったままだから、大きな動作でのパンピングはやりにくいが、それでも軽快に波に乗る。
大きめの波をつかまえてのサーフィングが始まると、カメラボートが遅れ気味になってしまうスピードが出る。
「すごいスピードです~!」という声が、カメラボートから上がっている。


【photo copyright:Takao Sakai/KAZI】

マスト中間から揚げる控えめな大きさのジェネカーは、クルーワークに気を遣っての発想だろうが、
セーリング自体は、もう少し大きいエリアのジェネカーを張ったとしても、対応できるように思った。
もちろん、この、クラスルール通りのサイズのジェネカーでも、
十分にスピード・セーリングを楽しむことができた。


【photo copyright:Takao Sakai/KAZI】

ジャイブもまったく不安感なしの、楽勝。
楽しいばかりのダウンウインド・セーリングである。

十分に沖に出たので、
ジェネカーを降ろして、風に向かって走るクローズホールドを試すことにする。

トラブルにはならなかったものの、ジェネカーをスムースに降ろす動作に少々てこずった。
レースではこの動作は、クルーとスキッパーの息を合わせる練習が少々必要になるのだろう。

うまくバランスして走れているときのクローズホールドも、快適そのもの。
艇の幅、船型、セールエリア、セールバランスの、それぞれがうまく調和していて、非常に快適な走りをする。
J.べスウエイトが設計に関わっていることを体感する。


【photo copyright:Takao Sakai/KAZI】

とは言え、最高のパフォーマンスを出し続けながらこの艇を走らせるには、
クルーとスキッパーの両方が揃って、それなりの練習量を必要とするだろう。
オーバーヒールで艇が転覆することはないが、
スピードが(恐らく高さも)ガクリと落ちる。
艇のセンターライン上に座ってステアリングするため、
ジブの風見は見えない。だから、風見を見なくても、
感覚だけで最良のクローズホールドを走ることができる能力も培わなければならない。
これらのことからも、乗りこなし甲斐のある、練習し甲斐のあるヨットだと思う。


SKUD18とは、Skiff of Universal Design 18 の略だ。
ユニバーサルとは、あらゆる肉体能力レベルのセーラー用の、という意味だという。
つまり肉体的障害を持つ人だけでなく、健常者でも楽しめることを意図して、椅子を外して、
通常のヨットのようにハイクアウトやトラピーズをしてセーリングすることも考慮して設計されているという。

パラリンピックを目指すセーラーにも、肉体年齢的事情でエキサイト・セーリングを諦めていた熟年セーラーにもお勧めのヨットでした。


【photo copyright:Takao Sakai/KAZI】

(KAZI誌、2010年3月号原稿に加筆・修正したものです)
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3月某日 逗子 レーザーSB3がやってきた

2010年03月18日 | 風の旅人日乗
【photo by Yo Yabe/KAZI】


某日。

レーザーSB3の日本第3号艇の、船検取得に際しての耐久テスト10時間を、コバと海彦と。
こんなセーリングなら、いくら長くやってても、楽しいばかりで問題なし。

昔々の若い頃、浜名湖や三河湾で、
ヤマハ製の、開発されたばかりでまだ製品として発売される前の、
ニューモデルのディンギーやキールヨットの耐久テストのアルバイトをやっていた頃を思い出す。

風速10m/s以上で何時間以上、風速15m/s以上で何時間以上、とデータシートで決められていて、
その時間をクリアするまで、ひたすら乗りまくり、走り回り、壊れるところを全部壊した。

ボートショーに出す前の時期だから、いつも耐久テストは晩夏から冬にかけて。
浜名湖や三河湾の冷たい北西風で、かなり激しい耐久テストだった。
こんなところが壊れるわけ?というような、思ってもない場所が壊れたときは、
なんだか事故が起きる前にメーカーに貢献できたようで、
嬉しいような気がしたものだ。

でもホント、あの頃もひたすら強風でのセーリングは楽しかったし、
若い自分の勉強にもなった。
確かに、風も水も冷たかったけどね。

この日の風も波もちょっと悪かったけど、
そのおかげで、あの頃の浜名湖や三河湾の日々を思い出しながらの、
楽しいセーリングでした。
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3月某日 葉山

2010年03月17日 | 風の旅人日乗
【メルジェス32ブロスでの、楽しかったセーリング。photo/KAZI Miyazaki】

某日。

葉山に住む、セーリング関係者たちに集まってもらって、話をした。
メンバーはぼくよりもかなり若いセーラーばかりだが、
ニッポンのセーリングの黎明期のこと、日本のアメリカズカップチャレンジの始まりから終わりまでを知っている日本のセーリング界の長老にも来ていただいた。

話したことは、大袈裟にいえば、日本のセーリングの未来のこと。

みんながそれぞれ、
セーリングそのものに対して、と、日本のセーリングについて、
とても熱い思いを持っていることに改めて気付かされた。

そして、それぞれが非常に深く考えて、
セーリングに向き合っていることを、
再認識した。

中でも、
セーリングを普及させるとはどういうことなのか、
についてのある意見が、ぼくの心を捉えた。

ぼくが考えていた普及活動を、この4年間一生懸命やり続けたあげく、
今、その方向性が正しかったのか、とても悩んでいる。

そこらに歩いている人をつかまえて、
10分かそこらセーリングを楽しんでもらったからといって、
それが2年間の努力で1000人に達したからといって、
それは本当に、日本にセーリングが根付くことにつながっていくのか?
何かやり方を根本的なところで間違っていないか?
一度立ち止まって、ここのところをじっくり考えなければいかん、
という思いにぶち当たっているからだ。

同時にまた、
こういう、みんなのパッションが空回りしないように、
自分として果たすことができる役割はなんなのか、
じっくり考えなければいかん、とも思った。

そして正しいと思う方向を見つけたら、
それを行動に移さなければいかん。

いかん、いかん、と考えた一日だった。
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