10月24日
今晩は、KAZI(舵)2004年7月号に連載された、近代西洋型快速帆船大研究 Vol.2 PYEWACKETの前半から、CBTF(Canting Ballast Twin Foil)で話題になったパイワケットの解説の中盤。(text by Compass3号)
近代西洋型快速帆船大研究
Vol.2 PYEWACKET
文/西村一広
Text by Kazu Nishimura
(昨晩からの続き)
CBTF
CBTF、つまり、カンティング・キール(傾斜させることができる可動キール)に、揚力を発生する2枚のフォイルとして前後ラダーを組み合わせるという装備が、これからの高速帆走艇水面下のスタンダードになっていくのか、それとも元の伝統的なキールとラダーというセットにもどっていくのか、あるいは、もっと違った組み合わせが登場するのか、今のところ誰も予測できない。
これまで長い間、バラスト・キールは同時に2つの役割を担わされていた。即ち、復元力を確保することと、翼として揚力を生み出して艇の横流れを防ぐ、という2つの役割りである。
CBTFでは、バラスト・キールは復元力を確保するという仕事しか担当しない。艇の横流れを防ぐ仕事は、キールの前後に配された2枚のラダーが担当するのである。
キールの前にもラダー(カナード)を付け、後ろの本来のラダーとの2枚セットで揚力を発生させて艇の横流れを防ぐという装備は、1987年、フリーマントル沖のインド洋で行なわれたアメリカズカップ挑戦者シリーズで初めて登場した。セントフランシスYCから挑戦した、故トム・ブラッカラーが率いる〈USA〉である。
この艇は、長い直線を走る場面で驚くべきスピード性能を見せることはあったものの、その場面に至る以前の、スタート・マニューバリングやマーク回航で艇のコントロールが上手く行かず、早い時期に敗退した。このチームがフリーマントルから撤退した後の倉庫の中に、折れたカナードが何枚も放置されていたのを思い出す。波荒いインド洋を走るのに、強度上の問題も最後まで解決できなかったのだろう。
それ以降も複数のアメリカズカップ関係チームがこのアイディアを試したはずだが、それらのチームがアメリカズカップに勝利するには未だ至ってない。
一方、キールを風上側に振り上げて復元力を増すカンティング・キールの工夫と装置は、オープン60クラスなどですでに一般的である。大西洋横断記録を更新したジャイアント・ケッチ〈マリシャーIV〉も、巨大な油圧シリンダーによって駆動するカンティング・キールを装備している。来年スタートするボルボ・オーシャンレースを走るボルボ70クラスでもこの機能を持つキールが多く採用されている。しかしこれらオーシャン・ゴーイングの高速艇では、カナードを装備していない。これらの艇では、横流れを防ぐ揚力を、風下側の舷にオフ・センターで差し込むダガー・ボードによって発生させている。艇の前部にあるために空中高く飛び出し、海面に叩きつけられるカナードは、オーシャン・ゴーイングのヨットでは構造的にまだ不安材料が残っているようである。
CBTFは、カンティング・キールと前後2枚のラダーを組み合わせたシステムである。その名もCBTFコーポレーションという会社がこのシステム自体にライセンスと特許を持っている。つまり、CBTFを採用する艇はすべてこの会社にライセンス料を支払わなければならない。噂では、このライセンス料が結構高いらしい。余談だが、最近米国西海岸で進水したアラン・アンドリュー設計の80フッター〈マグニチュード〉はカンティング・キールを装備しているが、揚力発生機構としては、カナードではなく、角度調節ができないダガー・ボードをキールの前に装備している。ダウンウインドではこのダガー・ボードを引き上げて抵抗を軽減させるのが主な狙いだが、CBTF社にライセンス料を払うのが嫌で、カナードではないシステムを模索したという理由もあるようだ。
(続く)
今晩は、KAZI(舵)2004年7月号に連載された、近代西洋型快速帆船大研究 Vol.2 PYEWACKETの前半から、CBTF(Canting Ballast Twin Foil)で話題になったパイワケットの解説の中盤。(text by Compass3号)
近代西洋型快速帆船大研究
Vol.2 PYEWACKET
文/西村一広
Text by Kazu Nishimura
(昨晩からの続き)
CBTF
CBTF、つまり、カンティング・キール(傾斜させることができる可動キール)に、揚力を発生する2枚のフォイルとして前後ラダーを組み合わせるという装備が、これからの高速帆走艇水面下のスタンダードになっていくのか、それとも元の伝統的なキールとラダーというセットにもどっていくのか、あるいは、もっと違った組み合わせが登場するのか、今のところ誰も予測できない。
これまで長い間、バラスト・キールは同時に2つの役割を担わされていた。即ち、復元力を確保することと、翼として揚力を生み出して艇の横流れを防ぐ、という2つの役割りである。
CBTFでは、バラスト・キールは復元力を確保するという仕事しか担当しない。艇の横流れを防ぐ仕事は、キールの前後に配された2枚のラダーが担当するのである。
キールの前にもラダー(カナード)を付け、後ろの本来のラダーとの2枚セットで揚力を発生させて艇の横流れを防ぐという装備は、1987年、フリーマントル沖のインド洋で行なわれたアメリカズカップ挑戦者シリーズで初めて登場した。セントフランシスYCから挑戦した、故トム・ブラッカラーが率いる〈USA〉である。
この艇は、長い直線を走る場面で驚くべきスピード性能を見せることはあったものの、その場面に至る以前の、スタート・マニューバリングやマーク回航で艇のコントロールが上手く行かず、早い時期に敗退した。このチームがフリーマントルから撤退した後の倉庫の中に、折れたカナードが何枚も放置されていたのを思い出す。波荒いインド洋を走るのに、強度上の問題も最後まで解決できなかったのだろう。
それ以降も複数のアメリカズカップ関係チームがこのアイディアを試したはずだが、それらのチームがアメリカズカップに勝利するには未だ至ってない。
一方、キールを風上側に振り上げて復元力を増すカンティング・キールの工夫と装置は、オープン60クラスなどですでに一般的である。大西洋横断記録を更新したジャイアント・ケッチ〈マリシャーIV〉も、巨大な油圧シリンダーによって駆動するカンティング・キールを装備している。来年スタートするボルボ・オーシャンレースを走るボルボ70クラスでもこの機能を持つキールが多く採用されている。しかしこれらオーシャン・ゴーイングの高速艇では、カナードを装備していない。これらの艇では、横流れを防ぐ揚力を、風下側の舷にオフ・センターで差し込むダガー・ボードによって発生させている。艇の前部にあるために空中高く飛び出し、海面に叩きつけられるカナードは、オーシャン・ゴーイングのヨットでは構造的にまだ不安材料が残っているようである。
CBTFは、カンティング・キールと前後2枚のラダーを組み合わせたシステムである。その名もCBTFコーポレーションという会社がこのシステム自体にライセンスと特許を持っている。つまり、CBTFを採用する艇はすべてこの会社にライセンス料を支払わなければならない。噂では、このライセンス料が結構高いらしい。余談だが、最近米国西海岸で進水したアラン・アンドリュー設計の80フッター〈マグニチュード〉はカンティング・キールを装備しているが、揚力発生機構としては、カナードではなく、角度調節ができないダガー・ボードをキールの前に装備している。ダウンウインドではこのダガー・ボードを引き上げて抵抗を軽減させるのが主な狙いだが、CBTF社にライセンス料を払うのが嫌で、カナードではないシステムを模索したという理由もあるようだ。
(続く)