千字のおもい


徒然のことを千字を超えずに載せていきます。

カラー映画と白黒映画

2018年09月07日 | 徒然の記

BS放送で、2016年ベネチェア国際映画祭金獅子賞受賞の映画を観た。白黒映画であった。内容的にじっくり考えさせるもので心に迫るものであったが、カラーに慣れた今映像に限っていえば心に響いてくるものは少ない。

例えば、作中、主人公の立つ石橋を橋の下流から上流に向けて映した光景がある。
郊外の風景で、川の両側にうっそうと樹々が茂り中央に主人公の立つ石橋を置いてその向こうに洒落た建物のある風景が映されている。樹々がうっそうとしていることから夏であろう。奥の建物は白だろうか赤だろうか。橋の上にいる主人公は背景の白黒に溶けている。
全体的にめりはりが薄い。

これがカラーだったら、緑の色が画面に溢れ、石橋の白、奥の建物の色などよいコントラストを作るような気がする。
遠近感も作りだしよい絵となったのではないか。

主人公の人生の苦難を描写するための白黒映画と思うが、カラーであれば更に深い鑑賞ができたのではと思った。

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苦痛に耐える妻の声

2018年09月05日 | 徒然の記

スマホ。昔流にいえば携帯電話だが機能はパソコンに近い仕事ができる。そのうちの初歩的な機能に録音が容易にできることもある。
歩いている時に、目についたもので記憶した方がよいもの、あるいは思い付きがあった時気軽に録音してメモ代わりにしている。

このスマホに保存されている音声の中に、終末の癌の苦痛を必死に耐える妻の声があった。彼女の声を聴くのが耐えられなくて聞かずにいたものだ。今日もそれを聴こうとした時、悲痛な彼女の声を聴いてすぐ止めた。

彼女の苦しむ悲痛な声は削除し、記憶に残しておくことにする。

その時々の苦しむ声を記録しておいた日記がある。それが下記のコピーである。

 

日記より(平成29年8月8日)

 「なんとかして」
「どうして私だけ痛くなるの?」
「痛い 痛い 痛い ‥‥」
「わたしどうしたらいいの」
「痛いなあどうしたらいいんだろう」
「外に連れて行って投げ捨てて」
「川にすべりこみたい背中押して」
「痛いの来ないといいなあ」
「神様痛いよう」
「助けてー」
「どうしたらいい?」
「もうだめだおうちに帰りたい」

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様変わりした我が家のポスティング

2018年09月03日 | 徒然の記

最近、我が家へのポスティングによるチラシが少なくなった。少し前までは毎日郵便受けにあったチラシが入らなくなった。

自分としてはほっとしている。ポスティングの広告チラシは購買の対象にならない物が多く、ほとんどですぐ捨てていた。むしろ邪魔になるものであった。

恐らく年寄りの一人住まいと思われて広告効果はないものと中止されたのだろう。、

だが、ポスティングをしている人にとっては配達先が一つ少なくなる。その分賃金の減少になるのかと他人事ながら考えてしまう。

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雨の庭に佇む

2018年09月01日 | 徒然の記

時々晴れ間はあるものの、1週間以上雨の日が続いたように思う。秋雨前線が宮城県を通り日本を横切って停滞しているためである。

先日、塀の外の道路路肩の草取りをしたが、その翌日、晴れ間が出たので庭の草取りもした。
這いつくばっての草取りだったが終わるころを見定めたように雨が降ってきた。

頑張って庭の草取りをしたおかげで、今日 雨降る中の庭の風情を楽しむことができた。
雨の中に濡れている樹木、庭石に味わいがあった。
草取りをしたという思いが一層雨の庭を楽しませたのだろう。

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