神様が迎えにきたような潔い最後、ぼっーとしていると涙が出てしまいます。
寂しいだけじゃなくて、幸せな一生を送れたねというのと、ありがとうって気持ちが混じっています。
気持ちを整理したくて、少し書き記してみます。
子供が小学1年生の時に、「僕も犬を買いたいな。」と軽い気持ちで言ったのが始まりでした。
女房は、子供の頃にセントバーナードと柴犬を飼っていたことがあって、「絶対、柴犬!」と大乗り気。
私は犬を飼ったことがなく不安はありましたが、子供が一人っ子ということもあって、家に友達がいた方がいいかと飼うことに決めました。
子供はビーグル、私はコーギーと言っていたのに、女房が「柴じゃなきゃダメ!」ということで、犬探しを始めました。
たまたまだったのか、どこのペットショップも柴犬が売り切れていて、ブリーダーのところにも行き、次生まれたら連絡いただくようにお願いしてきました。
そんな中で、一匹だけいたやせっぽちで売れ残っていたのが、我が家に来た柴犬です。
ちょっと大きなっていて58,000円と格安、「難あり」だったのかもしれませんが、女房が連れて帰ると言い出して、我が家にやってきました。
ショップの店員さんが言うようにやんちゃで、最初は啼きもしましたがそれはすぐにおさまりました。
躾らしきことをしてからは、無駄吠えなし、散歩大好き、食事大好き、家族以外は基本的になつきません。
ボール遊びも、最初は喜ぶのですが、取り上げるといじけてしまって長続きしません。
「お手」、「待て」という芸事(?)は論外。
リードをぐっと引けば止まる、尻尾を持てば座るぐらいで、猟犬の本能むき出しでした。
いたちを捕まえてしまったこともありました。
家族が仲良く話をしている人に吠えることはありませんでした。
子供が連れてくる友達にも吠えたことはありません。
表情を見分けていたようですね。
家族が手荒に可愛がっても絶対に服従でした。
シャンプーが嫌いで、「やめて」とクイーンと啼きはしますが暴れはしません。
毎日2回20分程度の散歩と餌、水をかかさない。
よってきたら頭をなでる、それだけといえばそれだけなのに、大事な家族になっていきました。
夜遅く帰ってきても、小屋から出てきて、においを嗅ぎます。
そのまま家に入ると、ワンと一回なくので、声をかけて頭をなでてから家に入るようにしていました。
仕事で嫌なことがあって、玄関に座って煙草をふかしていると、そばによってきてシャキッと座ってくれました。
一杯、癒してくれました。
大きな病気をしたことはありませんでしたが、夏場に耳が腫れることがあって、耳掃除に連れていくぐらい。
ぐったりするようなことは一度もなく、手がかかることはありませんでした。
散歩の距離が長く、躾もどきもした私といる時は、しゃきっとしていました。
一番は私だろうと思っていますが、女房は私が一番と思っているようで、うまく使い分けていたようです。
近所で迷っていた豆柴を預かり、元の飼い主が見つかるまでの2週間余りは大変で、目を離したすきに豆柴を屈服させるなど、この家には俺様だけだと主張しまくっていました、
その犬は大人しくてキビキビもしておらず、性格の差は大きいなと思いました。
飼い主の方から「オドオドして大変だった散歩が、戻ってきてからは上手になってびっくりしました。」と聞きました。
飼い方や接し方も大きいのかもしれません。
犬がいることもあってか、我が家の隣に泥棒が入ったことがありました。
旅行に連れて行ったこともありましたが、お互いが大変なだけでした。
家族全員で出かけて家に帰って来ると、「帰って来た!来た!」って飛びついてきて「俺様を置いていくな!」って訴えます。
そんあことで年に1回近所の人に散歩だけお願いして、旅行に行くぐらいでした。
だんだん歳をとってきて、10歳を過ぎてからは、大人しく、人懐っこくなってきました。
今年になってめっきり痩せてきて、動きも少しだけ鈍くなってきて、歳をとったなぁと実感させられました。
別れの日は遠くないと覚悟はしていました。
それでも14歳の割にはシャキシャキで、餌を工夫してもとのように丸っこくなってきたので、まだ1~2年は大丈夫だと思っていたのに・・・
昨日の夜の散歩は元気で、餌も待ちきれなく飛び上がっていました。
実家の両親と泊りで出かけていた女房が夜遅く帰ってきた時も、いつものようにひょこひょこと出てきて、においをかいでくれたそうです。
その時に「お利口さんだね。」と声をかけて、頭をなでてあげたのが、元気だった最後の姿になりました。
今日の朝、新聞を取りにいったときは犬小屋にいました。
散歩に行こうとリードを取り換えても、いつものように駆け出しません。
門を出て10mのぐらいの間も後ろから頑張ってついてくる感じ。
これはおかしいと思って、病院に連れていくからと女房に準備させている間も、餌も口にせず庭をうろうろと歩いていていました。
何かを噛みしてめているのか、番犬ととして最後のお勤めをしているのか、そんな感じでした。
女房の準備も終わって行こうと思っていた矢先に、「クイーン」と振り絞るような変わった啼き声が庭から聞こえました。
慌てて外に出たら、ハーハーしながら庭でへたり込んでいました。
これがひでよしの最後の声となりました。
病院に着いた時は、心拍数が半分に下がっていて、手当はしてもらったものの、「家に連れていってそばにいてあげてください。」とのことでした。
私が支払いを済ませて車に戻ったら、女房が泣きそうな顔で心臓が止まったかも・・・と、瞳孔も開いていました。
もう一度お医者さんを呼び見てもらったところ、まだ、心臓は動いてるが、覚悟してくださいとのことでした。
家で段ボールの上にタオルケットを引いて布団をかけて、ストーブを焚いて部屋を暖め、さすってあげましたが、虫の息になってしまい、いつの間にか息を引き取ってしまいました。
見事としかいいようのない旅立ちでした。
先月まで夏休みで帰ってきた子供が毎日散歩していましたし、昨日まで元気いっぱい。
出かけていた女房が戻り、私も家にいる休みの日まで最後の日を伸ばしたのでしょうか。
今日も少しだけど別れの散歩をして、かみしめるように最後の時間を迎え、意識が飛ぶ最後にひと吠え。
私には「もうダメ、さようなら」と聞こえました。
最後まで頑張ったんだよね。
止まりかけの心臓も家に戻るまで持ちこたえ、家族に一杯なでながら息を引き取りました。
家族に迷惑をかけることもなく楽しい思い出だけをいっぱい残して、最後まで大好きな散歩を欠かさず、なでてもらいながらの旅立ち。
哀しいけど、最後まで私たちなりに大事に飼ってあげることができました。
やんちゃでやせっぽちで、飼い始めた頃はどうなるかと思いましたが、最後まで生き抜きいてくれました。
君とすごした歳月には、色々なことがありました。
泣いてばっかりだった小学1年生は、国立大学工学部に進みました。
私も50歳を過ぎて、それなりに管理職しています。
女房は、年齢不詳で元気なまま。
介護で色々とあった私の両親も、今は施設で何とか過ごしています。
家が落ち着くまで、家と家族の心の番犬をしてくれたんだね。
本当にありがとう。
外は雨が降っています。
いつもでしたら面倒だけど、喜ぶ顔を見たくて散歩に出かけたのに・・・
寂しいだけじゃなくて、幸せな一生を送れたねというのと、ありがとうって気持ちが混じっています。
気持ちを整理したくて、少し書き記してみます。
子供が小学1年生の時に、「僕も犬を買いたいな。」と軽い気持ちで言ったのが始まりでした。
女房は、子供の頃にセントバーナードと柴犬を飼っていたことがあって、「絶対、柴犬!」と大乗り気。
私は犬を飼ったことがなく不安はありましたが、子供が一人っ子ということもあって、家に友達がいた方がいいかと飼うことに決めました。
子供はビーグル、私はコーギーと言っていたのに、女房が「柴じゃなきゃダメ!」ということで、犬探しを始めました。
たまたまだったのか、どこのペットショップも柴犬が売り切れていて、ブリーダーのところにも行き、次生まれたら連絡いただくようにお願いしてきました。
そんな中で、一匹だけいたやせっぽちで売れ残っていたのが、我が家に来た柴犬です。
ちょっと大きなっていて58,000円と格安、「難あり」だったのかもしれませんが、女房が連れて帰ると言い出して、我が家にやってきました。
ショップの店員さんが言うようにやんちゃで、最初は啼きもしましたがそれはすぐにおさまりました。
躾らしきことをしてからは、無駄吠えなし、散歩大好き、食事大好き、家族以外は基本的になつきません。
ボール遊びも、最初は喜ぶのですが、取り上げるといじけてしまって長続きしません。
「お手」、「待て」という芸事(?)は論外。
リードをぐっと引けば止まる、尻尾を持てば座るぐらいで、猟犬の本能むき出しでした。
いたちを捕まえてしまったこともありました。
家族が仲良く話をしている人に吠えることはありませんでした。
子供が連れてくる友達にも吠えたことはありません。
表情を見分けていたようですね。
家族が手荒に可愛がっても絶対に服従でした。
シャンプーが嫌いで、「やめて」とクイーンと啼きはしますが暴れはしません。
毎日2回20分程度の散歩と餌、水をかかさない。
よってきたら頭をなでる、それだけといえばそれだけなのに、大事な家族になっていきました。
夜遅く帰ってきても、小屋から出てきて、においを嗅ぎます。
そのまま家に入ると、ワンと一回なくので、声をかけて頭をなでてから家に入るようにしていました。
仕事で嫌なことがあって、玄関に座って煙草をふかしていると、そばによってきてシャキッと座ってくれました。
一杯、癒してくれました。
大きな病気をしたことはありませんでしたが、夏場に耳が腫れることがあって、耳掃除に連れていくぐらい。
ぐったりするようなことは一度もなく、手がかかることはありませんでした。
散歩の距離が長く、躾もどきもした私といる時は、しゃきっとしていました。
一番は私だろうと思っていますが、女房は私が一番と思っているようで、うまく使い分けていたようです。
近所で迷っていた豆柴を預かり、元の飼い主が見つかるまでの2週間余りは大変で、目を離したすきに豆柴を屈服させるなど、この家には俺様だけだと主張しまくっていました、
その犬は大人しくてキビキビもしておらず、性格の差は大きいなと思いました。
飼い主の方から「オドオドして大変だった散歩が、戻ってきてからは上手になってびっくりしました。」と聞きました。
飼い方や接し方も大きいのかもしれません。
犬がいることもあってか、我が家の隣に泥棒が入ったことがありました。
旅行に連れて行ったこともありましたが、お互いが大変なだけでした。
家族全員で出かけて家に帰って来ると、「帰って来た!来た!」って飛びついてきて「俺様を置いていくな!」って訴えます。
そんあことで年に1回近所の人に散歩だけお願いして、旅行に行くぐらいでした。
だんだん歳をとってきて、10歳を過ぎてからは、大人しく、人懐っこくなってきました。
今年になってめっきり痩せてきて、動きも少しだけ鈍くなってきて、歳をとったなぁと実感させられました。
別れの日は遠くないと覚悟はしていました。
それでも14歳の割にはシャキシャキで、餌を工夫してもとのように丸っこくなってきたので、まだ1~2年は大丈夫だと思っていたのに・・・
昨日の夜の散歩は元気で、餌も待ちきれなく飛び上がっていました。
実家の両親と泊りで出かけていた女房が夜遅く帰ってきた時も、いつものようにひょこひょこと出てきて、においをかいでくれたそうです。
その時に「お利口さんだね。」と声をかけて、頭をなでてあげたのが、元気だった最後の姿になりました。
今日の朝、新聞を取りにいったときは犬小屋にいました。
散歩に行こうとリードを取り換えても、いつものように駆け出しません。
門を出て10mのぐらいの間も後ろから頑張ってついてくる感じ。
これはおかしいと思って、病院に連れていくからと女房に準備させている間も、餌も口にせず庭をうろうろと歩いていていました。
何かを噛みしてめているのか、番犬ととして最後のお勤めをしているのか、そんな感じでした。
女房の準備も終わって行こうと思っていた矢先に、「クイーン」と振り絞るような変わった啼き声が庭から聞こえました。
慌てて外に出たら、ハーハーしながら庭でへたり込んでいました。
これがひでよしの最後の声となりました。
病院に着いた時は、心拍数が半分に下がっていて、手当はしてもらったものの、「家に連れていってそばにいてあげてください。」とのことでした。
私が支払いを済ませて車に戻ったら、女房が泣きそうな顔で心臓が止まったかも・・・と、瞳孔も開いていました。
もう一度お医者さんを呼び見てもらったところ、まだ、心臓は動いてるが、覚悟してくださいとのことでした。
家で段ボールの上にタオルケットを引いて布団をかけて、ストーブを焚いて部屋を暖め、さすってあげましたが、虫の息になってしまい、いつの間にか息を引き取ってしまいました。
見事としかいいようのない旅立ちでした。
先月まで夏休みで帰ってきた子供が毎日散歩していましたし、昨日まで元気いっぱい。
出かけていた女房が戻り、私も家にいる休みの日まで最後の日を伸ばしたのでしょうか。
今日も少しだけど別れの散歩をして、かみしめるように最後の時間を迎え、意識が飛ぶ最後にひと吠え。
私には「もうダメ、さようなら」と聞こえました。
最後まで頑張ったんだよね。
止まりかけの心臓も家に戻るまで持ちこたえ、家族に一杯なでながら息を引き取りました。
家族に迷惑をかけることもなく楽しい思い出だけをいっぱい残して、最後まで大好きな散歩を欠かさず、なでてもらいながらの旅立ち。
哀しいけど、最後まで私たちなりに大事に飼ってあげることができました。
やんちゃでやせっぽちで、飼い始めた頃はどうなるかと思いましたが、最後まで生き抜きいてくれました。
君とすごした歳月には、色々なことがありました。
泣いてばっかりだった小学1年生は、国立大学工学部に進みました。
私も50歳を過ぎて、それなりに管理職しています。
女房は、年齢不詳で元気なまま。
介護で色々とあった私の両親も、今は施設で何とか過ごしています。
家が落ち着くまで、家と家族の心の番犬をしてくれたんだね。
本当にありがとう。
外は雨が降っています。
いつもでしたら面倒だけど、喜ぶ顔を見たくて散歩に出かけたのに・・・