気まぐれ日記帳

思いつくまま・・・

介護日記

2014年05月05日 | つぶやき
インフルエンザ対策の面会規制が終わり、介護施設に入所している両親に面会してきました。

母親は視力が落ちてから、この1年で認知症が進んできました。
2月に外科医に動向した際の会話と私との会話がまるっきり同じで、目が見えない、手がしびれるという話の繰り返し。
今までになかった「さっきまで何をしていたか分からない。」というのもありました。
おそらく医者と私の区別が明確についておらず、「もう帰るね」という言葉にも反応が鈍いです。
が声をかけても上の空で、認知症だけをとっても要介護2だと思われます。

父親も頭がスリープ状態になっているようで、廊下でぼっと立っていて、私の顔を見ても気づきません。
声をかけてしばらくして、やっと正気を取り戻してくるようですが、かなり鈍くなってきました。
毎月届く月報から見ても、要介護2に進んでいることは間違いなく、直前に何をしていたかの記憶はほとんどないと思われます。

もう面会に意味がなくなってきており、お金の振込と季節の変わり目に着替えを揃えるぐらいしかやることがなくなってきました。

私の叔父は優しくて尊敬すべき企業人でしたが、認知症を発症した祖母、叔父の弁当やら身の回りをしていた姉である私の母にもドライでした。
祖母は穏やかではありましたが情の薄い人でしたし、晩年は徘徊や被害妄想などで大変でした。

私が2月に主治医から聞いて唖然とした母がリューマチを発症したのは18歳という事実を叔父は知っていたのでしょう。
私は母から発症したのは結婚して出産してからだと吹き込まれていましたが・・・

2年前に叔父から、「施設に入れるというのは後ろめたいだろう。でも、両親のことなんか気にしなくていい、必要最小限のことだけやっていればいい。」と言われました。
叔父も私のことを小さいころから気にかけていたんだろうな・・・

6月末には実家の売り渡しが終わる予定ですが、非常識な隣人、急に物欲しげにすり寄ってきた叔母との煩わしい関係も清算することができます。
一人息子でなかったら放り出していたに違いない愛情とは縁遠い家族関係、その象徴でもあった実家とも区切りがつきます。

ふぅ・・・

コメント
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