おはようございます。
梅雨が明けたんですかね、今日は夏の本格的な始まりを予感させる感じの暑い日、遠出は控えているとは言ってもこんな連休のいい天気の日に家でしおしおしているのも何なので走りに行ってきました。行先は橿原、佐藤薬品スタジアム、夏の高校野球奈良県大会を見て来ました、暑い日に打っておきたい熱いネタ、今回はその前編をお送りさせてもらおうと思います。
やあ、ここへ来るのは何年ぶりかなあ、去年は朝早く起きて甲子園まで走って見られなかったと言うことがあったけど、予選ならまあ大丈夫だろう。でも今日は第1試合には名門郡山、第2試合には智辯学園が登場、スタジアムの入口前はたくさんの人がいてあの時の悪夢がよみがえってくる。とりあえずチケットを購入して早速内野客席へ、外野席は全面芝生で解放されておらずバックネット裏の内野席で観戦しなければならなかった、外野で見たかったんやけどなあ。客席はそれほど多くなく席も7割方は埋まっている、とりあえず1塁側の応援席がすぐ横の場所に陣取るが少し窮屈さを感じる所、でもグラウンドはよく見える。
横の応援席に陣取る郡山応援団、ブラスバンドのズシリとした音が響いてくる。自分(一人称)が座っていたのは一番端の座席だったが、その音にひかれるようにしてたくさんの人が見にやって来た、中には応援席に知り合いがいる人もいるらしくて手を振っていたり声をかけている人もいる。ちょっと鬱陶しいが応援もまた熱い闘いを繰り広げているんやね、ブラスバンド、チアガール、ベンチに入れなかった選手たち、グラウンドの外でも暑い熱い闘いが・・・最近ブラスバンドの映画やドラマが何で流行っているのかが分かった気がする、その走りは『SWING GIRLS』でしょ、で今年はそれが『青空エール』へと受け継がれるわけですか。
第1試合は郡山vs高円、結果は12-1で郡山が5回コールド勝ち、高円高校には申し訳ないがこれは予想通り、最近は甲子園から遠ざかっているとは言っても郡山は奈良県屈指の名門校、奈良県の高校野球の歴史を支えてきた高校であり、そこで長らく監督として采配を振られてきた森本監督はあまりにも有名過ぎる方である。1971年夏はベスト4で福島磐城に負けて決勝進出を逃し、1978年春は群馬桐生、1998年春は松坂の横浜に準々決勝で敗れている、そして有名なのが1997年春の函館大有斗戦、9回裏ショートゴロで勝ったと思った瞬間ショートの選手がトンネルして逆転サヨナラ負け、彼はその後1年間近鉄電車内で地獄の日々を送っていたが、翌年、同じ北海道の北照戦、1点差で勝っている場面で最後の打球がまたショートへ、今度は無事にさばいて見事前年のリベンジを果たすわけですが、彼はある週刊誌にも名前が取り上げられるほどの有名人となってしまいました。
さて、試合は一方的だったのですが、前半はむしろ勝っている郡山の方が劣勢か、と言う感じの展開、先発投手は先に下りましたからね、高円もあの場面であと1本出ていれば、と言う感じだっただけに残念だった。隣の郡山の応援席からはチャンスになると郡高音頭が響いてくる、かつては甲子園でも響き渡ったこれもまた有名な応援曲も聞けなくなって久しくなりました、天理の「わっしょい」、智辯の「ジョックロック」と並んで今風に言うと魔曲と言った感じですが、今年こそは・・・いや、来年の春でええわ、甲子園で再び郡高音頭を響かせてほしいところです。
相手の高円応援団も負けてはいない、定番の応援曲にAKB48の「ヘビーローテーション」、これは2013年夏の桜井の魔曲でしたか、この曲の演奏中にホームランが飛び出しました。郡山ほど派手ではない応援でしたが、その曲に合わせてチアガールがAKBの振りで踊っていたのがおかしかった。劣勢でも最後までテンションを落とさずに頑張って声を枯らせていた応援、これもまた高校野球ではお馴染みの、胸を熱くする風景なのでしょう。
第2試合が始まる前に、今度は座席を3塁側に移動する、智辯学園の応援団は1塁側だが、ここは真正面の良く見える所から見ておきたいから。さっきは壁になって見えなかった畝傍山が緑色鮮やかに球場を見守っている、そんな中で春の優勝校、智辯学園の登場、それに合わせてバックネット裏のスタンドももう空席が見えないほどに埋まってきた、いち早くこちらへ移っておいて正解だったか。そのうち隣に相手の高田商応援団が入って来てブラスの音を響かせてきた、野球では劣勢は分かっていても応援では負けないぞ、との意気込みが伝わってきそう。高田商は横浜DNA(Bs)の三浦大輔投手の出身校として有名、春夏合わせて3回甲子園に出場して通算4勝3敗と勝ち越しているのはなかなか立派な成績です。1963年夏はベスト8まで勝ち進んだのですがまたもや横浜に阻まれてしまいました、横浜、何で奈良県の夢をこれでもかってくらいに壊してくれんねん・・・と言いたいところですが、そんな悔しさは智辯学園が見事に晴らしてくれました。その智辯学園、応援団も少し遅れて1塁側の応援席を埋めていきます、そして怒号の如く聞こえてくる掛け声、さすがに春の甲子園優勝校、応援の方も貫禄を見せてくれようとしています、さあ、どうする高田商・・・。
両校ノック練習が始まりまずは智辯学園から、出てきましたねえ、気弱そうな田中要司こと小坂監督、センバツ優勝のインタビューで
「笑うしかなかったですね」
とKYな(古いな)発言をした監督ですが、ノックする姿はさすがに厳しそう。その打球に反応する選手たち、春の活躍がまだ記憶に新しいところです・・・と言うか自分(一人称)は暇な時は決勝戦の録画ばかり見ているから記憶がいつも新しすぎる・・・今日もその時のような粘り強い守備を見せてくれるでしょうか。対する高田商もきびきびした動きで監督の打球をうまくさばいて野手にボールを回していく、さすがに伝統は受け継がれていると言った感じ、これは春の王者智辯学園もうかうかしていられないと言った感じだが、まさかそれが現実になってしまうとは・・・このお話は次回へと続きます、今回もお付き合いのほど、どうもありがとうございました。 まちみち
梅雨が明けたんですかね、今日は夏の本格的な始まりを予感させる感じの暑い日、遠出は控えているとは言ってもこんな連休のいい天気の日に家でしおしおしているのも何なので走りに行ってきました。行先は橿原、佐藤薬品スタジアム、夏の高校野球奈良県大会を見て来ました、暑い日に打っておきたい熱いネタ、今回はその前編をお送りさせてもらおうと思います。
やあ、ここへ来るのは何年ぶりかなあ、去年は朝早く起きて甲子園まで走って見られなかったと言うことがあったけど、予選ならまあ大丈夫だろう。でも今日は第1試合には名門郡山、第2試合には智辯学園が登場、スタジアムの入口前はたくさんの人がいてあの時の悪夢がよみがえってくる。とりあえずチケットを購入して早速内野客席へ、外野席は全面芝生で解放されておらずバックネット裏の内野席で観戦しなければならなかった、外野で見たかったんやけどなあ。客席はそれほど多くなく席も7割方は埋まっている、とりあえず1塁側の応援席がすぐ横の場所に陣取るが少し窮屈さを感じる所、でもグラウンドはよく見える。
横の応援席に陣取る郡山応援団、ブラスバンドのズシリとした音が響いてくる。自分(一人称)が座っていたのは一番端の座席だったが、その音にひかれるようにしてたくさんの人が見にやって来た、中には応援席に知り合いがいる人もいるらしくて手を振っていたり声をかけている人もいる。ちょっと鬱陶しいが応援もまた熱い闘いを繰り広げているんやね、ブラスバンド、チアガール、ベンチに入れなかった選手たち、グラウンドの外でも暑い熱い闘いが・・・最近ブラスバンドの映画やドラマが何で流行っているのかが分かった気がする、その走りは『SWING GIRLS』でしょ、で今年はそれが『青空エール』へと受け継がれるわけですか。
第1試合は郡山vs高円、結果は12-1で郡山が5回コールド勝ち、高円高校には申し訳ないがこれは予想通り、最近は甲子園から遠ざかっているとは言っても郡山は奈良県屈指の名門校、奈良県の高校野球の歴史を支えてきた高校であり、そこで長らく監督として采配を振られてきた森本監督はあまりにも有名過ぎる方である。1971年夏はベスト4で福島磐城に負けて決勝進出を逃し、1978年春は群馬桐生、1998年春は松坂の横浜に準々決勝で敗れている、そして有名なのが1997年春の函館大有斗戦、9回裏ショートゴロで勝ったと思った瞬間ショートの選手がトンネルして逆転サヨナラ負け、彼はその後1年間近鉄電車内で地獄の日々を送っていたが、翌年、同じ北海道の北照戦、1点差で勝っている場面で最後の打球がまたショートへ、今度は無事にさばいて見事前年のリベンジを果たすわけですが、彼はある週刊誌にも名前が取り上げられるほどの有名人となってしまいました。
さて、試合は一方的だったのですが、前半はむしろ勝っている郡山の方が劣勢か、と言う感じの展開、先発投手は先に下りましたからね、高円もあの場面であと1本出ていれば、と言う感じだっただけに残念だった。隣の郡山の応援席からはチャンスになると郡高音頭が響いてくる、かつては甲子園でも響き渡ったこれもまた有名な応援曲も聞けなくなって久しくなりました、天理の「わっしょい」、智辯の「ジョックロック」と並んで今風に言うと魔曲と言った感じですが、今年こそは・・・いや、来年の春でええわ、甲子園で再び郡高音頭を響かせてほしいところです。
相手の高円応援団も負けてはいない、定番の応援曲にAKB48の「ヘビーローテーション」、これは2013年夏の桜井の魔曲でしたか、この曲の演奏中にホームランが飛び出しました。郡山ほど派手ではない応援でしたが、その曲に合わせてチアガールがAKBの振りで踊っていたのがおかしかった。劣勢でも最後までテンションを落とさずに頑張って声を枯らせていた応援、これもまた高校野球ではお馴染みの、胸を熱くする風景なのでしょう。
第2試合が始まる前に、今度は座席を3塁側に移動する、智辯学園の応援団は1塁側だが、ここは真正面の良く見える所から見ておきたいから。さっきは壁になって見えなかった畝傍山が緑色鮮やかに球場を見守っている、そんな中で春の優勝校、智辯学園の登場、それに合わせてバックネット裏のスタンドももう空席が見えないほどに埋まってきた、いち早くこちらへ移っておいて正解だったか。そのうち隣に相手の高田商応援団が入って来てブラスの音を響かせてきた、野球では劣勢は分かっていても応援では負けないぞ、との意気込みが伝わってきそう。高田商は横浜DNA(Bs)の三浦大輔投手の出身校として有名、春夏合わせて3回甲子園に出場して通算4勝3敗と勝ち越しているのはなかなか立派な成績です。1963年夏はベスト8まで勝ち進んだのですがまたもや横浜に阻まれてしまいました、横浜、何で奈良県の夢をこれでもかってくらいに壊してくれんねん・・・と言いたいところですが、そんな悔しさは智辯学園が見事に晴らしてくれました。その智辯学園、応援団も少し遅れて1塁側の応援席を埋めていきます、そして怒号の如く聞こえてくる掛け声、さすがに春の甲子園優勝校、応援の方も貫禄を見せてくれようとしています、さあ、どうする高田商・・・。
両校ノック練習が始まりまずは智辯学園から、出てきましたねえ、気弱そうな田中要司こと小坂監督、センバツ優勝のインタビューで
「笑うしかなかったですね」
とKYな(古いな)発言をした監督ですが、ノックする姿はさすがに厳しそう。その打球に反応する選手たち、春の活躍がまだ記憶に新しいところです・・・と言うか自分(一人称)は暇な時は決勝戦の録画ばかり見ているから記憶がいつも新しすぎる・・・今日もその時のような粘り強い守備を見せてくれるでしょうか。対する高田商もきびきびした動きで監督の打球をうまくさばいて野手にボールを回していく、さすがに伝統は受け継がれていると言った感じ、これは春の王者智辯学園もうかうかしていられないと言った感じだが、まさかそれが現実になってしまうとは・・・このお話は次回へと続きます、今回もお付き合いのほど、どうもありがとうございました。 まちみち