我が家の青空(My Blue Heaven)

スージィーとロバート、キャッシュとバンクの
2人と2匹の我が家のディリー・ライフ。

「雨の日曜日」。

2011年10月31日 | 日記

布団の温もりの中から、薄暗い外
「今日も雨か・・」

朝寝坊を決め込むつもりが、
雨音に混じって、雀の声。
やむなく布団を飛び出した。

今朝はレニィディ・サービス。
少し、大目の“モーニング”。


いつもだったら、コーヒーカップ片手に
庭に出るのに生憎の雨。
寝ぼけまなこでギターを弾いていると
「同窓会決まった?」の電話。

雨の空の下では、お客さんが
「バード・ストラン」のOPENを。
滋賀の空の下では、キューピーちゃんが
同窓会の知らせを待っている。

泥だらけのキャッシュとバンクの、
雨の散歩と入浴を午前中に済まし、
午後からミセス・ヤスコ&スージィーと
同窓会案内状の打ち合わせ。

外に出れば、道路は
ショッピング・センターに向かう車で渋滞。
“温かな財布”を取り戻し、
“青空の遊び場”を奪われた
家族の考えは、皆同じ。

同窓会は、
オフィシャルな開催よりも、
カジュアルな開催を目指すことで一致。

雨の中、相変わらずの渋滞を避けて、
里芋の待つ我が家へ。


(食べてる途中の思い出し撮影画像)


(今年も美味しく戴きました。ありがとう!)

最後の葡萄の一房をデザートに
ブログを覗くと、山女魚小僧の
「糖を塩で中和」のコメントに
一人、大笑い。
雨音が終り、代わりに笑い声を抱えて、
再び布団の温もりの中へ。

起承転結も何もない無い日記、
脈絡のない雨の日曜日。明日は、きっと晴れ。

 

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「旬の味」。

2011年10月29日 | 日記



画像は、先週スージィーが
リトル・カントリーに帰った際、
チーズ姉さんの家庭農園で採れて漬けた
「大根葉の漬物」と、クマさん農園の「木酢」。

一見、貧しき食卓を
写したかのような画像だが、
「たかが、大根葉の漬物」「たかが、木酢」
と言うなかれ。この二つ、
最高の相性。絶妙のコンビネーション。

漬物の上に、
たっぷりと木酢の絞り汁をかけて、
たっぷりといただく。

「塩分の取り過ぎ?」

今年も、この季節ならではの
旬の味をいただける喜びを
享受できるのだから、細かいことは抜き。


お金をかければ、
高級食材で“グルメ”も堪能出来ようが、
お金をかけなくても“グルメ”は堪能出来る。
しかも、この二つ、共にいただき物。

野菜は、新菊、里芋、シイタケ、等など。
そして魚は、秋刀魚、秋サバ。
美味しい食材が目白押し。

「目白押し」で「目黒」を思い出した。

以前、スージィーに
「なぜ、『目黒の秋刀魚』が美味しいのか?」
と聞いて、スージィー曰く
「目黒の秋刀魚が美味しいからじゃない?」
私「・・・?}。

贅を尽くした食べ物を
食べ尽くした江戸の殿様が、
下町目黒で、脂が炭火に落ちて、
真っ黒に焼けた秋刀魚を口にして
「秋刀魚は目黒に限る」と、唸った話。

話は落語でも、
「美味いものが即ち“高いもの”ではない」
と言う、我が家の食卓のような話。

涙が出るぐらい美味しい旬の味。
「大根葉の漬物」と「木酢」だけで
人は幸せになれる。

明日は「里芋の衣かつぎ」。
旬の味に感謝です。

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「秋の夜は愉しくて長い」。

2011年10月27日 | 日記

一昨夜、山女魚小憎から
日曜日に作った巣箱にご指摘をいただいた。

「画像で見る限り、穴が大きい」

事前に巣箱の作り方を
ネットで調べて作ったものの、
ご指摘通り、大きすぎたのは自覚がある。

ドリルで円周に沿って穴を開け、
形を整えている間に大きくなってしまった。

それで昨夜、作り直した。

大きい穴の前に、
小さな穴をくり抜いた板を取り付けた。
板の厚みの分だけ、雨よけのひさしと、
玄関のステップが狭くなったので、
広くしてペンキを塗り、完成。



山女魚小憎のお陰で、気にしていたことが解消した。

ガーデニングのオーナメントになるし
「鳥が来なくても、まぁいいか」と思っていたが、
せっかくなら鳥が来てくれる確立が
高いほうが良いに決まっている。

夕食を終えての、
愉しい“残業”が終ったのが10時半。

今夜も休肝日。秋の夜は愉しくて長い。
そして、友人のアドバイスはありがたい。

朝陽の当たる巣箱。



補足
昨日が「原子力の日」と言うことを知らずに
「ずっとウソだった」を投稿した。
365分の1の「偶然」。


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「ずっとウソだった」。

2011年10月26日 | 日記

「原発はすばらしい、
地球を汚さないものだと信じていた」

「あのような事故を起こすとは知らず、
本当に恥ずかしいことだと思っています」

これは、世界の優れた芸術家に贈られる
「世界文化賞」を、先日受賞した
指揮者の小澤征爾さんが記者会見で、
原発の事故に対する印象に残った言葉。

ノーベル賞作家大江健三郎氏も
「さよなら原発」の運動推進者。

いくら私がアーティストを
気取ったところで
所詮、似非(えせ)。

お二人のような
高名で真の芸術家でもないし、間もなく
70億人に達しようとする世界人口の
70億分の1の1人。

まして、私は時代を諦観する向きもあるし、
ブログでは「世評や誹謗中傷をしない」
をコンセプトとしている。

「原発」に関する投稿や発言を
する気は一切ないが、
九州のある発電気屋さん
(確か、屋号は「やらせ屋」)
の対応には首を傾げる。

違う発電気屋さんから電気が買えるなら、
「九州の発電気屋さんの顧客から外れたい」
と願っているのは本音。

資本主義の社会にあって、店を選べない現実。

これが、ブログで・コンセプトで
許容される最大の表現の限度。

曲は今日も斉藤君
「ずっと好きだった」のもう一つの
発表当時、you tube から削除され続け、
物議をかもした歌で
「ずっとウソだった」。


追伸:クマさんへ、
お陰で面白いアーティスト、
斉藤君に出会いました。
彼の名前は知っていましたが、
今まで「ずっと食わず嫌い」でした。

だけど、今日いただいた、
柿、きず、カボチャは「ずっと好きだった」。
「美味しく戴きました」
ありがとうございました。


ずっとウソ(クソ)だった。
2011年09月15日 LIVE福島 会津若松

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「ずっと好きだった」。

2011年10月25日 | 日記

「齢六〇」と言うのに、
同級生との会話の中で、必ず出てくるのが
「誰を好きだったか?」。


一昨日の「同窓会(福岡会)打合わせ」でも、
還暦同窓会のエンディングで
好きだった相手を探して
「チーク・ダンス」を踊る粋な企画で
「仲の良い友達同士(恋敵)で
ダンスの相手を奪い合った」
と言う話を聞いて、微笑ましいやら、嬉しいやら。


中学時代と言えば「思春期」。
何度も胸の奥をキュンとさせた時期。
これは、男子も女子も同様。

ある女子は還暦同窓会で、
好きだった男子とちゃっかり「ツーショット」。
周りに余計な人も写っているものの、
本人にとっては紛れも無く
「ツーショット」。
還暦同窓会アルバムにその証拠写真。

長い時間を費やして彼女の夢が叶い、
今、アルバムは彼女の宝物。

彼は、恋敵からチーク・ダンスの
相手を奪って、夢が叶った。
踊る身体は60、ハートは15才。

引っ込み思案に夢は叶わないし、
戦わない人にも夢は叶わない。

60になって
「友達同士でダンスの相手を奪い合う」
まるで、生れた川を遡上し故郷に戻った鮭が、
必死で相手を奪い合うような話。

相手を見つけた後、
鮭は力尽きて静かに故郷で
死んでしまうことを、
彼は知っているだろうか?


しばらく前に、
クマさんの“つぶやき”で
斉藤和義の「歩いて帰ろう」を観て、
彼の他の曲を探したらこの曲に出会った。

「ずっと、好きだった」

微笑ましくて、嬉しい話に
この曲のタイトルをくっ付けた。

斉藤和義 『ずっと好きだった』

 

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「来て貰えるじゃろうか?」。

2011年10月24日 | 日記

日曜日の夕刻、
JR博多シティに集まったのは、
ドクたぁー、マーちゃん、ジョーちゃん
ミセス・ヤスコに私の5人。
(山女魚小憎とスージィーが欠席)

来春開催の決まった同窓会の
初回の打ち合わせ。

既に、ドクたぁーと二人で決めていた
会大筋の未決事項の穴を埋める為の
打合せと世話人の初顔合わせ。

私の役割については「案内状」作成など、
前半の準備作業に集中して、
後は誰かにお任せし「のんびり」を
決め込むつもりが、想定外の代表選出。

案内状作成、返信ハガキ(出・欠)の受け取り、
会費振り込み管理、問い合わせの対応等など、
やることは沢山ある。

今回の同窓会は、
正月にリトル・カントリーで催された、
壮大かつ感動の「還暦同窓会」開催に
ご尽力された世話人皆様の
「慰安」も大きな目的の一つ。

代表として無事、
開催できれば「甲斐」と言うもの。
スージィーも居ることだし、
快く引き受けることにした。

食事をしながらの打ち合わせとなって、
マーちゃんが「先輩から聞いたとばってん、
還暦同窓会の世話人の一人が
『マーちゃん達も来て貰えるじゃろうか?』」
と言うのを聞いて

「『来て貰えるじゃろうか』には感激したばい!」
のエピソード飛び出した。

それを聞いて
案内状の「出・欠」の書き込み欄を

「来て貰えるじゃろうか?」
「次の機会には来て貰えるじゃろうか?」

と言うのを一瞬、思いついた。

返信ハガキや問い合わせ等、
会に向けて同級生とのやり取りが始まる。
沢山の人達に「来て貰える」ために
皆で世話人を楽しもうと思う。



画像は、日曜日に作った白い煙突の巣箱。
沢山の野鳥に

「来て貰えるじゃろうか?」

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「急ぐ旅でもなし」。

2011年10月21日 | 日記

20日、用事は午後。
「急ぐ旅でもなし」
今朝早く、高速を利用せず
熊本に向かって3号線を南下した。

出勤ラッシュ前に出て、眩い朝陽を
空からと、筑後川川面の反射の
両方を左頬に受けて、

今日一日、
好天を想像しながら車を走らせる。

景色は
稲刈りが終わった田んぼもあれば、
これからの田んぼ。
車窓を開ければ、稲の香りが連なる。

用事が終わり、同じ道をUターン。

“朝陽の筑後川”を渡る頃には、
車にライト。
随分、暮れるのが早くなった。

夕食を終え、入浴を促されたが
「眠たい」「身体が思い」。

やっと風呂から上がり、
ディスク・トップを前にしたが、
今夜は全く“筆”が進まない。

往復約260km。
少し疲れたのかもしれない。

途中、小栗郷(鹿北)で買った
里芋と椎茸の味噌汁を
明日いただくのを楽しみにして、

パバロッティの「誰も眠ってはならぬ」
を聴いて、寝ることにした。


「急ぐ旅でもなし」。

Pavarotti - Nessun Dorma 1994 (High Quality With Lyrics)

 

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「続・二つのグラウンド・・」

2011年10月19日 | 日記

         ロバートへ

       西鉄ライオンズの選手が小国中で試合をしたのは

       昭和38年小学6年生の時です。
      当日は黒淵のホシ?に遠足の日でした。遠足の帰りは山裾を

      皆が駆け足で駆け下り中学校へ向かったのを覚えています。
      当日のことは還暦会の場で○ちゃんが話題に出して話ました。
      ○ちゃんは中一の時と勘違いしていました。

 

      下筌ダム闘争が一番過激だったのは小二の時ですね。

      ○○君と○ちゃんが自転車で現場を見に行ったのは

      覚えていますが、機動隊が宮小に集合したのは覚えていません。

 

これは、私が不確な記憶の中で書いた
「二つのグラウンドの明と暗」についての
ヴァリィーの今朝届いたたメールです。

同じ時代、同じ環境に育った者同士でも、
記憶の有無や違いがあるようです。

有り難いことに、
こうしたメールを貰うことで
記憶の正しい整理ができるだけでなく、
古い出来事の中の新しい発見や、
同じ記憶の共有認識は違う土地で暮らす、
同級生、同郷人の連帯感を
改めて感じる喜びが生まれます。

頭の中で「点」となって散らばっている
記憶の数々が、友人のお陰で
「点と点」が“正しく繋がって「線」となり、
鮮明さを増して蘇生します。

又、繋がってはいるものの
こんがらかったままの不確かな記憶の時代考証も、
これで、すっきりいたします。

齢60。
そろそろ、昨夜のおかずの記憶も
定かでなくなりつつある今日この頃、

リトル・カントリーに生まれ、
育った皆様と同郷人であることは決して
忘れることは有りません。


ところで、「黒淵のホシ」とは
どこのことでしょう?

又、こんがらかってきました。


追伸:1
メールはヴァリィーに無断で掲載しました。 
又、友人名を匿名と致しました。

追伸:2 
今夜、名古屋のムラーニから送られてきた
愛知県名産「安城梨(久亀梨園)」



いつも、ありがとう。
来福の際は是非、ライトアップした
ガーデン・レストラン「スター・ダスト」
で一杯やりましょう。


今夜、撮影画像。

 

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「二つのグラウンドの明と暗」。

2011年10月18日 | 日記

 劇的な3連敗4連勝で巨人を撃破し、
日本シリーズを3連覇した
昭和33
その年だったかは記憶が定かではないが、

西鉄ライオンズがリトル・カントリー
中学校のグラウンドに現われた。

この年で間違いないとすると
私は7才の時になる。
(少し怪しい)

同校の野球部と、
町の同好会(小国倶楽部?)
との2試合を観戦し、稲尾さんのは背面投げと、
中西さんの尻の馬鹿でかさを覚えている。

町民がお祭り騒ぎで観戦した日のことを
この季節になるといつも思い出す
中学校のグラウンドの思い出です。

もう一つは、隣の小学校のグラウンド。
一面、埋め尽くし整列した機動隊。

世の中の動きなど判らない子供にとっては、
初めて観る異様な情景に
「何が始まるのだろう?」の疑問と同時に
暗い雰囲気を子供心に察知した。

それが
下筌ダム建設に伴って
繰り広げられた「蜂の巣城紛争」に
集結した
機動隊であることを
後で知った。

この紛争は
日本最大級のダム反対運動として、
昭和33年から46年まで続けられた。

33年は、くしくもライオンズ
3連覇の年。
紛争開始の年と一致するが“機動隊出現”は
その年より、少し後だったように思う。

小さな町の2つグラウンドに訪れた
明るい出来事と、暗い出来事。


ライオンズ優勝を伝える記事と、室原知幸さん。

紛争で町民の涙が流れ、血が流れて
紛争は終わり。時が流れて、今、
その下の松原ダム湖に遊覧船が浮かぶ。


昨夜、ヴァリィーとの杖立の同級生の
娘さんの結婚式の話題から、
話は松原ダムに移り、
下筌ダムになり
そして、室原知幸さんになった。

子供の頃の、小さな町の大きな出来事に
二人は少し感傷的になってしまった。

町を離れた人達の望郷の想いは、
季節と共に深まりゆきます。



小国ツーリズムで遊覧船の案内を見る度に、
一度乗ってみようと思っている。


記憶が定かではありません。
何卒、ご容赦ください。


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「素敵なタイミング 」。

2011年10月17日 | 日記

  

この画像は、
マリリン・パパの釣果の「鯵の塩焼き」です。
画像には有りませんが、もう一つ「鯵の刺身」

感激の美味しさでした。
いただいて、直ぐ口にできなかった残念さを
昨日の「タイミング」で書いたのですが、

パパが言うには、いや、おっしゃるには、
なんでも魚は一夜置いたほうが美味しいとか。

そして、その横にあるグラスは、
タダのお湯ではありません
「お湯割り」です。

 美味い魚を前にして、
じっと“我慢の子”を通そうと覚悟していたら、
スージィーが
「みっちゃん、今夜、飲んでいいよ」。

休肝日初日にして、早、解禁。
飲まないのは魚に、いや、パパに失礼というもの。
釣られた魚も美味しく食べてもらえれば、
本望と言うもの。


今夜、別件で話していたヴァリィーが
「タイミング」を読んでいてくれて
「素敵なタイミング」の歌を覚えていた。

昨日書いた「タイミング」
表面的には「タイミングの悪さ」を書いてはいたが、
実は「素敵なタイミング」のこと。

ヴァリィーはちゃんと判っていた。

それで今夜は、その歌を
ヴァリィーにプレゼント。

「ダニー飯田とパラダイス・キング」を探したが
見つからないので「九ちゃん」にした。

私の“口の悪さ”を「判る人には判る」と言う
一先ず、安堵のお話し。

明日はいよいよ鯛。
「素敵な鯛ミング」です
。 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

「マリリン・パパが釣った魚の美味しい理由」 

釣った魚は、
鮮度を保つ為に首を折り血を抜きます。
その作業は海水の中で行い、
首折れの魚は調理をする間際まで
冷やした海水で保存します。

できるだけ真水に触れさせないように
するのが、鮮度・美味しさを保つ秘訣です。
多分、山女魚小僧も同じ方法でしょう。

美味しくいただこうとするには、
やはり、工夫(素敵なタイミング)があります。
お陰で美味しくいただけます。

「素敵なタイミング」

KYU SAKAMOTO 坂本九 sings NICE TIMING (GOOD TIMING) ステキなタイミング 1963

 


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「タイミング」。

2011年10月17日 | 日記

日曜日の午後、
やっと、おとなしくなったキャッシュの
トリミングに取りかかったその時
「ピンポーン」
又、キャッシュが騒ぎ出した「あーあっ・・」

訪問者を恨みながら玄関に出ると、
待ち切れずに帰って行った配達便のうしろ姿。

どなたかの贈り物が届く
はずだった。

山女魚小憎から届いた「天然鮎」の
最後の一匹をいただいていると
マリリンから電話。

「魚が釣れたから、娘の家で待ちあわせしよう」
で、夕食を中断してスージィーが出て行った。


マリリン・パパの釣果、鯵と小鯛。
(皿が大きすぎて魚が小さく見えます)

もう少し電話が早ければ、今夜の夕餉は
「川の幸」ではなく「海の幸」の
はずだった。

と、考えながら一人食事をしていると
又「ピンポーン」。

ノンちゃんから
「荒尾梨(昼間のピンポーン)」が届いた。

上が4個、下が5個の2段重ね。

お礼の電話を入れた後に、
もう少し早ければ「海の幸」と交換に
マリリンに届けられる
はずだった。

と、考えながら一人食事をしていると、
ミセス・ヤスコから電話。同送会の打合せ。

スージィーが待ち合せに向かう方向は一緒。
もう少し「荒尾梨」が、もう少し「海の幸」が
早ければ、ミセスにも「両方」届けらる
はずだった。

朝の内なら、デコのお家にも届けられる
はずだった。

一日中、タイミングを外してばかり。

明日は「山の幸・荒尾梨」と
「海の幸・鯵と小鯛」が頂ける。

これが土曜日(休肝解禁日)だったら・・・

タイミングを外してばかり。

それでも、感謝、感謝です。

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「生活のエッセンス」。

2011年10月16日 | 日記

60年のブレンドされた人生を焙煎し、
細かく挽いた粉をお湯で濾過させると、
私の
カップ(生活)の中にエッセンスが抽出された。

「笑い」「自然」「酒」「友人」そして「音楽」。

生活の中で欠かすことのできない
エッセンスばかり。

このエッセンス、ある意味で依存症?


 今夜も庭で食事。
寒くなったので防寒対策を少し。今夜は「芋煮会」。
里芋が美味しい季節に欠かせない料理。



「東北の皆さん、今年も『芋煮会』で賑わっているかなぁ?」
と思いながら箸をすすめる。

「芋煮会」とお湯割りで、身体は温まり、友人から電話。

ここには、
「笑い」「自然」「酒」「友人」そして「音楽」。
全てのエッセンスが満ちている。

ご近所から「おかしな夫婦」と呼ばれようがお構い無し。
こんな素敵な生活を誰も止められない。


スージィーが
「みっちゃん、休肝日も実行できるし、
アルコール依存症じゃ無いね」と言った後に
「私依存症やね」一言。

「上手いことを言うなぁ」と思いながら
エッセンスにスージィーがあることを忘れていた。



明日16日は、加藤和彦氏の命日。
亡くなって一年になった。

私のエッセンス「音楽」だけでなく、彼の「生き方」は
私に多大なる影響をもたらしていただいた。

感謝です。

作詩:北山修 作曲:加藤和彦

ベッツィ&クリス/白い色は恋人の色

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「蘇州夜曲」。

2011年10月14日 | 日記

 

私の敬愛する日本の二人の作曲家、
故中村八大氏と、故服部良一氏。

ブログに 中村八大氏 の曲は何度か登場し、
孫の隆之氏 の 「一本のっこ」 も登場したが、
大御所は未だだった。

「いつか、服部先生の紹介を」と思っているところに、
ひ孫の服部百音ちゃんの驚愕の出現。


「スーパー・ジェネレーション」
と言うアルバムがある。

服部先生の曲を集め、
次世代の 雪村いづみ氏 が歌い、
次々世代の キャラメル・ママ がバック。

世代を超えたミュージシャンが作り、
1974年に発売されたアルバムでCD化された。

今でも、私はウォーク・マンに収め
愛犬と散歩の「定番アルバム」。

このアルバムには「銀座カンカン娘」 「東京ブギウギ」
 「胸の振子」 「一杯のコーヒーから」
そして、大好きな「蘇州夜曲」etc。

欧米の名だたる作曲家にも
引けを取らない珠玉の名曲ぞろい。

中村八大氏同様に、こんな素晴らしい作曲家が
、かつての日本にいらっしゃったことは誇り。

「ホルン吹きは三代目で名手」
と言う諺を聞いたことがあるが、
服部先生の四代目にして子のこの出現には驚いた。

「三代続けば末代続く」と言う、ことわざもあるが、
日本の、いや、世界の音楽界の為にも、
末代まで続いて欲しいもの。
「消えてくれるな いつまでも。」です。

やっと、服部先生の「蘇州夜曲」を
紹介できる機会がやってきた。
(この機会を失ってはバチが当たる)

勿論、「スーパー・ジェネレーション」。

西條八十作詞、服部良一作曲

花をうかべて 流れる水の
明日のゆくえは 知らねども
こよい映(うつ)した ふたりの姿
消えてくれるな いつまでも。
(二番の詩)
 

補足:「キャラメルママ」とは、
細野晴臣(ベース)、鈴木茂(ギター)
、松任谷正隆(キーボード)、林立夫(ドラムス)
この後「ティン・パン・アレイ」に続く4人組です。


蘇州夜曲 - 雪村いづみ.mp4

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「In my life 」。

2011年10月12日 | 日記

三日前、マナパパが
マナの運動会デビュー様子を、
You Tubeにアップして URLを
メールで送信してくれた。

同じく三日前、
「題名のない音楽会」を寝呆けまなこで見ていたら
「ビゼーのカルメン幻想曲」を弾く、
凄い小学5年生の女の子がいるので、
気になって調べたら、
なんと、我が尊敬する服部良一先生のひ孫。
大好きな「一本のっこの歌(ラヂオの時間)」の
服部隆之氏の子供、服部百音(もね)ちゃん
であることが判った。彼女は私に
「DNAの凄さ」を感じさせてくれた。


(服部克久氏の孫娘)

二日前、ヴァリーから
「三日間もブログの更新が無いけど、大丈夫」
と、枕木敷き詰め直しのねぎらいの電話で、
子供の頃のリトル・カントリーの
「秋のお祭り(ばされ祭り)」の話になり、
「小さな町だったのに凄い(ばされ)人出だったね」
と、貧しかったけど愉しかった
昔の話をしてくれた。


(ヴァリィーへ  これが枕木搬入写真です。
フェンスに枕木を倒し、尻を持ち上げて
脚立に乗せスライドさせて庭に入れます。)

同じく二日前、
「ピンポーン」玄関に出ると隣の奥さん。
「奥さんから美味しい葡萄を戴きました」
と言って、お返しに
「しむら萬盛堂の季節限定『栗ふわり』」
を持ってきてくれた。

昨日、クマさんが
バンド練習の課題とアドバイスを
メールで送ってくれた。

同じく昨日、山女魚小僧が
五ヶ瀬川(延岡)で釣れた「天然鮎」を
クール宅急便で送ってくれた。
お陰で「鮎の塩焼き」が
我が家の貧しきお膳に花を添えてくれた。


(いつも、ありがとう! 愛してるよ。)

今朝、バンクが「Banks Road」を
期待に応えて歩いてくれた。


(可愛いネエちゃんの通る道がいいなぁ)

今朝、スージィーに
「『鶏のから揚げ』が食べたい」と
リクエストしたら、今夜、
期待に応えて作ってくれた。

それを見て、飲みたそうな顔をしたら
「少しだけならいいよ」と
言ってくれた。

いただくばかり。の私の毎日(人生)。

皆様に心から感謝です。

In my life 訳詞付

 

 

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「Banks Road」。

2011年10月11日 | 日記

三日間の昼食を作業着のまま、
庭のどこかで腰を掛けて戴いた。

“10年に一度の大仕事”、
枕木の敷き直しを二日で終え、


枕木を外して、チップと砂を敷き詰める。


大活躍の「かけや」と「バール」。


枕木と枕木の隙間に砂をつめ,完成。歓声。



三日目、トネリコの木陰に「道」を作った。

作業が終わって、
一日遅れの「十三夜」。


月にはウサギ(ピーター・ラビット君)

お月様にススキと饅頭をお供えして、
ついでにささやかな「完成パーティ」。

メインは焼きそば。
おつまみは、今朝、
山口さんが届けてくれた「黒豆の枝豆」。
満月の下で、最高の居心地。

人間に心地良い庭は、
愛犬キャシュとバンクとても、同様。

特にバンクには“散歩コース”があり、
散策を兼ねて庭を歩き回る。
それでバンクに道を作ることにした。

限られた敷地の庭に、
所狭しと、色んなものを欲張って植えた(置いた)が、

道を作るために、
邪魔になる柱を移動し、木や枝を撤去した。
さながら「道路工事」。

「バンクス・ロード」と名付けた道を作って、
あることに気が付いた。

庭は、空間を作る方が広く見える。

奥行きを感じる。
解放感と清涼感が、心地良さを増幅させる。

人間に心地良くても、問題は、
夏の焼けた舗道を歩くのが嫌いなバンクが、
ブロックの道を心地よく歩いてくれるか?


「敷き直し枕木」と「バンクス・ロード」の
ささやかな「完成パーティ」で、
スージィーが一言
「みっちゃん、少し飲みすぎじゃない」。

頬が少し赤くなったのは、
酔った訳ではありません。

十三夜の満月の明りに照らされた
だけです。

疲れたけど、最高に心地良いお話し。

コメント (6)
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