我が家の青空(My Blue Heaven)

スージィーとロバート、キャッシュとバンクの
2人と2匹の我が家のディリー・ライフ。

「一人作業の一苦労」

2019年10月28日 | 日記

ウォーキングの途中で
リサイクルショップを覗いた時、

高価で手の出なかったランプシェードが
天井から下がっているのを目に留め、

直ぐにお店の人を呼んで
下ろして貰い、仕様と価格を
確かめることにした。


人間とは不思議なもので、
森羅万象、興味のないことには全く無関心で、
目も、耳も、頭にも一切、入らぬが、

こと、自分に関心のあるものに対しては
たちまちに反応し、ありったけの
情報を得ようとする。



7、8年ほど前に、ぶどう棚に
ランプシェードを取り付けたが、



シェードの位置がスペースの
中央になく、全体を照らせないことと、

雨風にさらされ古くなっていたのが
気になっていた。

されど、買い替える余裕もなく、
鉄製のシェードのさびを落とし、
再塗装で当面を凌ぐつもりでいたが、

そこに好みの形状と色で、
しかも耐久性に優れたホーロー仕上げの
新品同様のランプシェードが現れ、

しかも、ネット価格の
80%OFF。


これを買い逃すのは、罪。

次の日、シェードが我が家にやってきて、
土曜日、9時に作業開始、
翌日、午後4時に取り付けを終えた。

先ずは、屋内用の吊り下げ仕様を
屋外用に改造。

この作業で一番、頭を使い、苦労したのが
どうやって見た目良く、
シェードを取り付けるか?

2本の脚を組み立て、テーブルと固定させ
そのトップに屋根を付け

シェードを取り付けることにして、
いよいよ、苦労の作業が始まった。

残念ながら、苦労の現場画像なし。



ぶどう棚に取り付けていたシェードと
同じ高さで取り付けるために、

長さ2mの2本の
テーブルの鉢置台支柱の両サイドに
取り付けたが、

地面からの高さ総3m50になるため
脚の強度に苦心した。

週末から東京に行った
スージィー留守の間の作業は
すべて、一人。

そして、待ちに待った夜がきて
スウィッチをONにする。

それは、
ランプシェードとの出会いに感謝する
グラス片手の「点灯式」

そこで、一句

「ほろ酔いで 灯り親しむ 秋の夜」

 

作業を始める土曜日の朝、
YouTubeで初めて耳にし、
その質の良さにたちまち反応し、

一人作業の一苦労を軽快に
背中を押ししてくれたのが、

優れたトランペッター、
ロイ・ハーブローグ。

早速、ウィキペディアで
彼のことを調べると、

残念なことに昨年11月、
49歳の若さで亡くなっていたが、

彼の音楽との出会いには、
心から感謝したい。

始めだしたら止まらない
ランプシェードの作業と一緒で、

余りにも心地良すぎて、
勝手に動く身体を止められないほどの
今日の曲、

「Strasbourg Saint Denis」

ロイ・ハーブローグ・クインテット

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「飽きずに、懲りずに、殺さずに」

2019年10月23日 | 日記

毎度、相変わらずの庭師話。


春日村は現在、建築ラッシュである。

家主のいなくなった
古い家屋の建つ土地を、

建売業者・不動産会社・
ハウスメーカーが買い取り、

元々、1棟だった土地に
2棟から3棟のお洒落な家が
雨後の筍のように(失礼)建っていく。

我が家の周辺でさえ僅かここ数年で、
20棟以上が建ち、

次々と幼い子供達を連れた家族が
越してきては、

家が建つたびに、
新しい若い家族が散歩がてらに
我が家の前を通り過ぎていく。


感心するのは、
今の若い人達の多くはすれ違う際に
挨拶を忘れないこと。

淋しいことに、
高齢者や同世代の方は
余程プライドが邪魔をするのか、

はたまた、旦那は嫁に、嫁は旦那に、
「よその亭主やご婦人と、口を利いてはならぬ」と
無用な釘を刺されているのか、

挨拶をしない、あるいはしても
返さない人達が実に多いこと。


若い方達から挨拶を頂ければ、
金もなけりゃ、プライドも気位もなく、
気さくさだけが取り柄の小生は

挨拶を返すだけに留まらず、
なにがしかの言葉を語り掛ける。

すると、互いの会話から笑顔が生まれ、
その瞬間から隣人としての繋がりが
始まるのは自然の流れ。


土曜日、移植するナニワイバラの
ツルを這わす棚を作っていると、

親子と思しき女性二人連れが
我が家の前で足を止めたので
振り返り会釈をすると

実母か、お義母さんらしき方が、

「最近、この近くに越してきて、
お宅の前を通るのを愉しみにしています」
と有難い言葉を頂いた。

「無駄に生きていても
世の中の邪魔になるだけですし、

自分が愉しいことを
皆さんも愉しんで下さるならと、

暇さえあれば、周りだけでなく
自分でも呆れるほど、愉しんでいます」

そう応えると

「レストランは、何時にオープンしますか?」
と尋ねられた。

生まれてこの方、容姿・振る舞い
生き様に至るまで何一つ、

褒めて貰ったことのない
ノンデリカシーのがさつ者が、

花や造作を眺め「綺麗・美しい」
と言って頂くのは実に有難い。


今日の日記も、
読者にとってはどうでも良いような
辟易(へきえき)するほどの
我田引水で手前味噌の庭話だが、

「あの馬鹿、まだ生きてやがる」

と、がっかりなさらずに後三十年
飽きずに懲りずに殺さずに、
お付き合いの程を願いたい。


そう言えば「後三十年」で思い出した、
ついこの間「歳の割には、腸が美しい」と
言って貰ったばかりじゃないか。

昨日の仕事、「花壇の改装、第一弾」

最初の仕事は、塀の前の花壇内に、
直径50cmの間もなく花を咲かせる

ボンザ・マーガレットの
定位置スペースを
真下にブロックを台に、両側に板を付けて作る。

花は今年で2度目の、マユハケの花。

今月7日に最初の花が開いて、
3週間目の今朝、2つ目の花を開かせた
ストレチア(極楽鳥花)の花。



小生には腸以外に生涯、縁のない言葉。

昭和の名曲

布施明
「愛の園 ~君は薔薇より美しい」

 

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「今は見えない景色」

2019年10月15日 | 日記

身体に負荷をかける
作業や運動をした翌朝、

足・腰・背中・肩の痛みや
こわばりを感じた時、

「昔はこんなことはなかったのに、
俺も随分と齢をとったもんだ」と、
ひとなすりの寂しさを思う反面、

「あれだけ身体を動かせたのは、
元気な証拠。まだまだ、大丈夫!」

自らにそう言い聞かせると、
心は寂しさを打ち消し、
次第にやる気・勇気が湧いてくる。

気は持ちよう、
体が痛いのは生きている証。

そう思ったのは、
日曜日の朝のことだった。

3連休の初日の土曜日に、
以前から考えていた作業に
取り掛かったのは、

サクランボの木の向こうの
壁沿いのレンガの上。



先ずは材料をカットし、
塗装から作業は始まった。

壁沿いに2本の支柱を立て、
支柱間に材料を固定する
横木を1面に2本の4本を張り、
乾いた材料を取り付けていく。

取り付ける材料を水平器で垂直をとり、
トップの高さを平行に均一にし、

板を利用して隣の隙間を等間隔にし、
次々と取り付けていく。

狭い場所での屈みこむ作業姿勢は、
足腰に負荷をかけ続け、

僅か3mに満たない巾の
高さ均一と等間隔の作業に

板とドリルとインパクトを
交互に持ち替える手は
握力が衰えるほど疲れ、

想像以上に時間を要したが、
「自作の塀」がやっと完成。

このスペースだけが唯一、
塗装面丸出しでバランスを欠いていたが、

木の素材感と色の統一で
大満足の出来上がり。

早速、塀の上に取り付けた棚板に
鉢を置いてみた。

塀作りを愉しんだ後は、
鉢植えのナニワイバラの地植えに伴う
レストラン・ボード移動を前倒しで愉しみ、

今週末は、塀の前の花壇のやり替えと
ナニワイバラ地植えを愉しむ予定。

自らが結果を求めて臨んだ作業は 
苦労こそあれ、いつも満足の結果が
待っている。

「満足」こそ、
心と身体を動かす原動力。

原動力は、もう一つ。

季節ごとの庭を知っている近所の人達や、
通りすがりの見知らぬ方達から、

花の手入れや庭の造作に、
小物のセンスの良さを褒めて貰えること。


今は見えない景色でも、
いつか必ず、見える日が訪れるようにと、

身体が期待に応えてくれるまでは
精一杯、愉しもうと思っている。


あとがき

塀の材料は、社長宅の
庭のデッキ改装の余りもの。

 

 

このところ、嬉しくてたまらない
いいことが起こりそうな予感
きっとそうにちがいない
何かいいことがはじまる予感

朽ちた塀のジャケットで
思い出した曲

「Peace Train」

キャット・スティーブンス

 

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「旅半ばの秋」

2019年10月07日 | 日記

今年も我が家に、秋がやってきた。

画像は紅葉し、
間もなく落葉を始めるヘンリーツタ。

土曜日に買ってきたものの
名前の判らない
薄紫色の(多分)菊科の花。

花芽が割れて、もう直ぐ開花を迎える
ストレチア(極楽鳥花)。



可笑(おか)しなものだ、

半世紀以上も生きていれば、
とっくに秋の気配とはどんなものかを
憶えていそうなものだが、

夜明けの肌寒さに身をすくめ、

透き通る空の下で
乾いた香り立つ爽やかな風を感じ、

ウォーキングで家路に辿る頃の
日暮れの早さに、はたと気付き、

秋刀魚の苦みの旨さと
絞った柑橘の清しさを味わい、

夜の庭に鳴く虫の音に
もの寂しさを覚えては、

やっと五感と心が、
一年ぶりの秋の気配を思だす。


「十六夜(いざよい)の 
寒さや雲も なつかしき」
(渡辺水巴)

有難いことだ、

今年も静かな時の移ろいを愉しめる
秋を迎えることができる。


秋、これからが本番。

花を愛(め)でるも善し、

里芋を茹でて、天日で干すも善し、

干した里芋を炙(あぶ)って
ささやかなガーデン・パーティも善し、

山寺の庭で紅葉狩りも善し、

庭の灯篭に明かりを灯し、
ビル・エヴァンスをしんみりと聴くも善し、

2階のベランダの
台風で飛ばされた一枚の屋根の下から
月を拝むも善し、

春日公園で汗を流すは尚、善し。

秋の楽しみ方は百人百様、

我が家流の秋の風情を
今年も存分に愉しもう。


6月に生まれた小生の
数えて68回目の
人生、旅半ばの秋が、

安らぎと穏やかさに包まれた
いかに心地良い
秋だったかを、

いつまでも忘れないために。


今日の曲は、10年ほど前に
クマさんからもらったCD

チャーリー・ヘイデン
(ベース)

With

マイケル・ブレッカー
(テナーサックス)
「アメリカン・ドリーム」の

静かに時が流れる秋を連想させ、
秋になると必ず聴く曲

「Travels(旅)」

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「一瞬、沈黙し、続けて」

2019年10月01日 | 日記

 

心の中に反抗心が棲みついたのは、
何時の頃からだったろう。

情に絆(ほだ)され、
相手を親身に思う優しさを持つ反面、

心無い輩から向けられた蔑視(べっし)で
自尊心を傷つけられたり、

多勢の前で、辱(はずかしめ)られる
理不尽な恥辱を受けたり、

フェアであるべき議論の場で、
自身の利益のために烏合の衆を
味方に加える姑息な手で、
窮地を迎える屈辱も経験したり、

敵(かな)う相手であろうと、なかろうと、
自身の義を通す行動は
自身の人格を護る「聖戦」と信じ、

年端(としは)もいかぬ頃より、
今に至るまで、
幾度も「聖戦」を繰り返してきた。


思えば、「聖戦」と信じた戦いの
代償も大きかった。

掛け替えのない人生の師を失い、

多くの友は離れ、

職を失い、嫁には逃げられ、

背中に嫌われ者の札を貼られ、

いつしか孤立無援・・


耳を澄ませば、

「あの野郎、まだ生きてるのか。
一日も早く、くたばってしまえー」
の大合唱。

そこで、
小生の訃報を、いつか、いつかと、
待ち侘びているそんな皆さんへ、

本日は朗報です。

健康診断の結果、嫌われ者には、
大腸がんの疑いがあり、
先日、内視鏡の検査を受けました。



こんな格好でベットに横たわり、
いよいよ、内視鏡検査は始まります。

「運否天賦 (うんぷてんぷ)」
 と言う言葉があります。

「長い人生には良いこともあれば、
悪いこともある」。

そうした人の幸運や不幸は、
天によって定められたものであり、
運を天に任せる。という意味で、

嫌われ者の運命も
「天のみぞ知る」です。


有難いことです。
既に、祖父の享年を越すほどの年月を
生かしていただいております。

今更、じたばたしても
しょうがありません。

己の過去の悪行・不摂生が招いた
結末と思えば、全て、納得ができます。


遂に、検査結果報告の日が
やってきました。

「先生、あと、どれくらい
生きられますか?」

と尋ねたところ、少し間をおいて、

「せいぜい、3・・」と言って、
沈黙の後、

「持ってせいぜい、
30年ぐらいでしょうか?

ご心配なく、
がんの症状は一切、ありません」


内視鏡画像で腸の内部の様子を
説明しながら、先生が一言、

「年齢の割には、
きれいな腸をしています」。

症状のないことの安堵と、
先生の「きれいな」の言葉の嬉しさに、

検査結果に付き添ったスージィーに、
その画像を記念にスマホに収めて貰った。


10月になる今日まで、検査結果を
明らかにしなかったのには、
訳がある。

それは、多くの皆様の期待に
反したことへの申し訳なさ。

まして、嫌われ者のきれいな腸の
画像をアップでもしようものなら、

期待を裏切った悔しさの上に
更に、悔しさの上塗りを
虐(しいた)げる
ようなもの。

そのご心境、屈辱を憎む者には
痛いほどよく判ります。

この度は、皆様のご期待に応えられず
残念です。

「嫌われ者は、世にはばかる」 

あと30年、嫌われ者と
お付き合いいただきますよう、
切に願う次第です。
 


死に至る病の不安の呪縛から
解放された今の気分。

 

「If I Were a Bell」

もし、私が鐘だったら(鳴りっぱなしなの)

マイルス・デイヴィス・クインテット

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「優しさと強さ」

2019年09月24日 | 日記

22日の夜
2階のベランダの屋根が
強風に煽られガタガタと音を鳴らし、


音と強風による被害の不安に、
寝付けぬ夜を過ごした


大型台風の被害を
最小限に止めようと
明るい内に

家屋の高所にあるものを
飛ばされぬように片付け、

庭の背の高い鉢植えの木を
一か所に集め、ロープでテーブルに固定し


棚置きにしたすべての鉢を地に下したが、
風は次第に勢いを増していく。


未明、布団を抜け出し
外に出て家屋の周辺を
見廻ろうとしたが


暴風は樹木を大きく揺らし
家屋さえも軋(きし)ませ
風の強さに歩くことすら容易ではなく

身の保全のために
再び、布団の中にもぐり込み

そして夜が明けた

ベランダの屋根が一枚、
吹き飛ばされ、

1階の工具入れの戸が飛ばされていたが、
幸いに、ガラスが割れずに済んだ。

4個の風車の中で唯一、
2週間前に、風通しの良いぶどう棚に
取り付けたばかりの風車の羽根が

一枚残らず、砕け散って飛び散り、
後ろの方向舵だけで回っていた。

(取り外そうにも羽根の回転が
あまりにも激しく
その機会を失っていた)

作り終えた時の、強風で壊れた
プロペラ径60cmの今までで一番大きな
短命に終わってしまった風車。

ガーデンレストラン・スターダストの看板。

この看板に連結して、レストラント前の
照明用ランプ3個の
手製スウィッチ配電盤を付けていたが、

看板に取り付けたランプの
コードが切れずにぶら下がり、

スターダストの名声(?)が地に堕ちる難は
かろうじて逃れたが、

配電盤の修復と、看板の取り付けに
一時間を要した。

今回の台風で鉢の被害は唯一、
ワイヤープランツの一鉢だったが、

どうしても守らなければならない
鉢が一つ、あった。

鉢は重く、ブロック塀の横にあり、
飛ばされる心配はなかったが、
せめて葉が揺れぬように、紐でくくることにした。

葉を揺れぬように施したお陰か、

我が家にきて、開花を3年も待ち続けた
デコからもらったストレチア(極楽鳥花)の

花の芽を被害に遭わさず(折らさず)に
済むことができ、

待ち侘びた初めての花を、
沢山の人たちに観て貰える時が、
もう直ぐ、やってくる。

画像は、借り物。

春日村にやってきて、約40年近くになる。

近年は住みやすい街として
人気の村だが、

個人的に住み易い理由として、
地震や台風などの自然災害に
見舞われることが少なく、

比較的に「安全な処」といった感を、
この村に持っている。

そんな村に、
大型台風17号がやってきた。

被災者の皆様には甚だ失礼だが、
今回は幸いにも
甚大な被害に遭わずに済んだが、

「今日は人の身、明日は我が身」。

優しさと怖さを、併せ持つ自然に、
「花一つでさえ、懸命に守る」

せめて気概だけはこうあろう、

「優しさと怖さ」には「優しさと強さ」、

人の力が、極めて微力でも。



もう直ぐ、誰かさんのために
ストレチアの花が咲く。

「Strelitzia For You」
(あなたにストレチアの花を

こんなタイトル曲がないので

花の開花を待つ、今の心情を表す
最適な曲を選曲。

ビル・エバンスの
「Waltz for Debby」
(デビイにワルツを

 

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「予期せぬ出来事」

2019年09月11日 | 日記

従兄から叔母の訃報が届き、
家族と親族で行う仮通夜出席のために
リトルへと向かったのは、
土曜日の朝だった。

昨年の10月、阿蘇の病院に
亡くなった叔母を見舞った時、

叔母は
「困ったなぁ。もう直ぐ、死ぬ」
を何度も口にしたが、

棺の中の死化粧の叔母は
「困った」どころか、

愛する夫との再会を
まるで楽しみにしているような、
どこか笑みを浮かべた安らかな顔には、

死への悔しさなど、
微塵も見受けることはなかった。


叔母を見送る家族や親族もまた、
3人の幼子を残し、不慮の事故で早世した
夫との再会を祝すかのような、

「本来、通夜とはこうあるべき」

と思わせる、
終始、にぎやかな席だった。


6年間過ごした病院で、
7日の午前3時に亡くなった
叔母は、享年96歳。

現在、施設と入院を共繰り返す
スージィーの母が95歳、
我が母が94歳。

それぞれに母を見送る時が、
いよいよ、近づきつつあることを予期し、

「人には必ず、死が訪れる」

90歳を越えた親の世代だけではなく、
もう一つ下の世代である自身にも、
その日がいつか、やってくる。



「無駄に生きては、ならぬ」

漠然と、そう考えている時、

8月に受診した
「健康診査結果」の封筒が届いた。


「要、大腸がん検査」
「下部消化管内 内視鏡検査についての説明書」

が添付されていた。


「It never entered my mind」
そんなこと、考えてもみなかった

マイルス・ディビス・クインテット

 

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「終:4989」

2019年09月07日 | 日記

ニーナ・シモンが弾き語りで歌う

「I Wish I Knew How It Would Feel To Be Free」 

「自由であることって どんな気持ちか
私に知ることができたら

に感銘し、遅ればせながら
訳詞と別バージョンの曲を
つけることにした。

日本語以外の歌を聴くときに、
歌詞の意味が分からなくても、

作者や歌い手が何を伝えたいのか
いくらかは理解できるので、

個人的に「歌に訳詞が必要か」と言えば、
必ずしもそうではないと思っているが、

より、作者が歌に託した想いを
知るうえでは、
訳詞は必要かと考える。

日々、非情な仕打ちを虐げられる
四苦八苦の暮らしの中にあっても、

「いつか、自由に生きることができる」
切なる願い(I Wish)を、歌に紡いだ

のちに、リズム&ブルースへと発展する
ゴスペル・ソング。

 

もしも分かち合えるなら  この胸にある全ての愛を

私達を分けて隔てる 扉の鍵を外せるのなら

もしも貴方が知っているなら  私がこの世に生きる意味を

この世に生きる全ての人の  解き放たれるを許せたら

 

もしも与えられたなら  与えたくて止まないものを

もしも生きていけたなら  焦がれて止まない生き方で

もしもこの手でためせたなら  私ができる全てのことを

たとえ新たに始めるのには  すでに遅すぎていたとしても

 

そう もしも生きていけたなら  空を渡るあの鳥のように

素晴らしいはず  飛び立つ術を見つけたのなら

あの太陽まで舞い上がり  この海原を見下ろして私は歌うの

 そう  自由であるとはどんな気持ちかを

私に知ることができたら

 

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「4989」

2019年09月04日 | 日記

 

先日、2003年に亡くなられた
歌手であり、ピアニストでもある
ミュージシャンのライブ映像を
観る聴く間もなく、

その素晴らしい歌唱力と表現力に
圧倒され、自然の成り行きで
落涙するほどの感銘を頂いたが、

この機に、
御年68になっても
未だに、泣き虫にとって、

「音楽とは、何だろうか」

と、
ふと思い、

数字にまつわる、あることにこじつけ、
「4989」を書くことにした。


今日は縁起が悪い数字の
代表とされる、

「9」と「4」が
二つ並ぶ、9月4日。

そんな日を単に
「朝晩、随分と過ごし易くなった」
と、ただ喜んでいる小生にとっての
「縁起」とは。

例えば、人と人との繋がりが、
表向きには察っせられない

偶然とも思えない物事の起こりや、
不思議な繋がりの機微を感じた時、
そこには「意義深いものがある」と、

「縁起・縁」、あるいは「運」として、
その存在を信じているが、

悪い意味での「縁起」は、
あまり信じるほうではない。


「9」と「4」の
縁起が悪い理由として、

9は「苦」、4は「死」と、
音が重なるところにある。

車両のナンバープレートには、
通常発行されない「欠番」があり、

その理由として、

下2桁が「42」が「死に」

 「49」が「死苦」「始終苦(しじゅうく)」
「轢(し・ひ)く」を連想させ

縁起が悪いとされるために
発行されないのだと言う。

同じく、ホテルも同様に
「9」と「4」は、
客室番号から敬遠される傾向にある。


ところが、
中国では古(いにしえ)より
「9」を「久遠」などを連想させる
縁起の良い数字として好まれており、

現在の中国においても「9」は、
恋愛、結婚、友情等における
場面において好まれ

特に女性の間で人気がある。


ところで、
我が家の暮らしを数字で表すと、

縁起の悪い「9」と「4」に、
もう一つ「8」が加わり
「4989」となる。

ところが、この「8」が加わるお陰で、
貧しきながらも豊かな暮らしを
させて頂いている。

漢字の「八」の字は、上に比べて、
下の方が隙間が広くなっていて、

つまり、「末広がり」。

「末広がり」とは、
未来的に展望が明るいことを
差す意味。


生まれてこの方の、自分自身の
人生の「運」について想う時、

「音楽を愛する心の運」に
恵まれていたことを
夙(つと)にありがたく想う。

思えば、この運に気付いた子供の頃よりも、
更に齢を重ねるごとに、

有難いことに、音楽を味わう嗜好は
より深く、より広く、
まさしく末広がりに広がっていく。


夏の暑さも和らぎ、
秋の匂いさえ感じとれる今日が、

たとえ縁起の悪い9月4日でも、
たとえ暮らしが「4989」でも、

折角いただいた有難い運を活かして、
精一杯、音楽を楽しんでたいと願う。

今日の曲は、彼女と小生とを
まるで出会うべくして出会いさせ、

彼女の稀なる才能を
強烈に感じさせたのは、
「音楽を愛する心の運」の力。

そして、小生にとって「音楽」とは、

「幾つになっても、
自分の心に浮かんだことに
正直になれること」

「I Wish I Knew How It Would Feel To Be Free」

「自由であることってどんな気持ちか、
私に知ることができたら」

ニーナ・シモン

当時、43歳の
モントルー・ジャズフェスティバルのステージにて。

訳詞は、あとで。

 

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「何より、何より」

2019年08月28日 | 日記

今日、読ませて貰った
同級生のブログには、

とある市の、市役所階段を
1階から最上階15階迄、
自身の脚で上ったと言う、

各階の「階数表示」が、その証明を示す
写真付きの記事だった。

この市役所は、
役所を訪れる人達の健康推進のために、
階段を上り下りする際の参考に、

例えば、10階には
「1階から10階の階段上りで
25Kcalを消費しました 
チョコ1箱分」。

15階には
「1階から15階の階段上りで
36Kcalの消費しました。
缶コーヒー(微糖)一本分」

「階段を下りる場合、
階段を昇る場合の半分を消費します」

と、親切な表示まで添えている。

そこで思い出したのが、
福岡市役所。

この市役所も15階建てで
最上階の15階には、

春日村民が「福岡市民」と
偽ることなく自由に利用でき、

眼下には市内を、
北側の窓からは博多湾まで見渡せ、

眺望が良いだけでなく、
安価で美味しく頂ける食堂があり、

お昼時に近くに出向いた際は、
好く利用させて頂いた思い出がある。


食堂へ向かう際は、最上階まで

必ず、階段

ではなく、エレベーターを利用した。

当時、カロリーを気にするほど
健康志向でもなく、
富士山に登るほどの元気印で、

夜な夜な天神の街で飲んだくれては、
最後は長浜の屋台のラーメンで〆る

飲み盛り、食べ盛りで、働き盛り。


福岡県庁の食堂は
「チャンポン」が美味しかったが、

市役所は「カツ丼」が美味しく、
好んで頂いた。

価格が幾らだったか、判らずに調べたら、
現在、「カツ丼(大)500円」。

今どきはカロリー表示が必須とあってか、
「1025Kcal」とあった。


前述の1階から15階、
上り下り
往復の消費カロリーが
54Kcal。


カツ丼1杯分のカロリーを消費するのに
一体、1階から15階までを何度、
往復すれば良いのやら・・・・


やめた、やーめた。

美味しく食べた後で、食べたことを
悔やむような計算を
するのは

馬鹿らしくて、やめた、やーめた!

それにしても同級生の皆さん、
これからの自身の楽しみのために、

日々、人知れず頑張っているようで
何より何より。


かつて、先のことなど全く、
見通せなかった世代が、

今、何かに向かって、
努力を積み重ねることが必要と感じた

そんな共感を抱く者の一人として、

ささやかながらも
遠くからではございますが、
エールを届けさせていただきます。

「From A Distance」
遠くから

ベッド・ミドラー

 

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「感謝の投稿」

2019年08月25日 | 日記

秋雨前線の影響で随分と
過ごし易くなってきたが、

思えば今年も昨年同様に
暑い夏だった。


半世紀前の夏を
経験してきた者にとっては、

なんともはや「異常」とも思える
近年の猛暑も、

今や「尋常」と
言わざる得ない状況にある。


7月上旬に、熱中症の熱失神で倒れ、
臀部と背中に傷を負った経験は、

暑さに逆らってみたところで
勝ち目のないことを悟り、

地球温暖化が
排出効果ガスの増加による、
人為起源のとあらば、

地球の一員として、
その過失は自分にもあると、
悔いる思いに併せて、

これから先、生きて居ればこそ、
幾度も通らねばならぬ
暑い夏季を乗り越えて、

新しい季節が何事もなく
無難に迎えられるよう、

ひたすら体力維持に努める日々。


そんな今日の午後、
先の台風で飛ばされて羽を折り、

使えなくなった風車の代替えを
作る作業中に、
携帯がベルを鳴らした。


日記の休稿があまりにも
永く続いているので、

病気か、はたまた、
遂に逝ってしまったのではと、

我が身を案じて頂く
奇特なお方からの電話だった。


有難いものです、
こんな輩でも、気にかけて
頂けるのですから。

嬉しいものです、
こんな戯言(ざれごと)を
書き連ねた日記でさえ
目を通して頂けるのですから。


ご心配なく、体力維持のために、
週に五日は一時間から一時間半を
歩いております。

ご心配なく、たとえ糊口を凌ぐ生活でも、
好きな酒は一日たりとも
忘れたことはありません。

「飲みすぎでは?」

 ご心配なく、ほろ酔い気分で、
好みの楽曲を見つける
音楽三昧の毎夜です。

と、ここまで書き終えたところで、
新しい風車の作業を再開します。

今日の曲は三日前に見つけた
エタ・ジェームスの
「At Last」

一本の電話がなければ、

今日も日記は休稿のつもりでした。

この曲を、奇特なお方に届けます。

心からお気遣いに感謝致します。

 

 

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「愛のシャトル便」

2019年08月05日 | 日記

昨春に亡くなった、親父といとこ同士で
お世話になった方の
仏壇に線香を上げようと、

元号が令和に変わる二日前の
4月29日に、宮崎を訪れた。


到着すると、はとこの
7歳離れた禎子ちゃんと旦那さんが
二人を家に招き入れ、

早速、仏壇の前に進むと禎子ちゃんは
亡き父に、しっかりと届くように
大きな声で、

「お父さん、〇〇くんが福岡から、
お参りに来てくれたよっ!」

語り掛けたその声と表情は、
遅ればせながらも父の死を知り、
遠くから駆けつけてくれた嬉しさと、

はとこ同士40年振りの再会の
喜びを素直に表していて、
思いもよらぬ歓迎に正直、驚いた。


禎子ちゃんと再会したその夜は、
故郷リトルの思い出や、

宮崎で禎子ちゃんの亡き父と
一緒に働いていた頃の思い出を
遅くまで語り合ったが、

その日の夜も、別れを告げる次の朝も、
禎子ちゃんは終始、

喜びに満ちた嬉しさと笑い顔を
絶やすことはなかったが、

の日から三か月が過ぎた今でも
その声は我が家に届いている。


禎子ちゃんは、我が家の
40年振りの訪問が余程嬉しかったのか、

2週間に一度の短い間隔で、
「親しい人からの、頂き物です」と称して、

トウモロコシなどの農産物に交じり、
「宮崎県民でさえ食べられない」と言う、

高価な完熟マンゴーまで
送ってくれるので、

そのお返しに、
スージィーが心を込めて作った
加工食品を中心に

我が家なりの愛を込めた品を
届けると、

向こうとこっち、
先ずは届いた方からお礼の電話を
掛かけ合うのが、常套となり、

くしくも、お母さんと同じ名前の
スージィーには、何かのご縁に
親しみを感じたのか、

禎子ちゃんとスージィーの会話は、
軽く30分にも及ぶ始末。


先日は、宮崎滞在時に
連れて行って貰ったお店の
女将さんと友達と言う

「(宮崎では有名な)お好み焼きロビン」
から頂いた、打ち立ての「蕎麦」や、
「高級カステラ」、

さては2個目のマンゴーや、ブドウまで
送って頂き、

そのあまりの豪華さに、
お礼の電話で禎子ちゃんへ、

「いつも、いつも、ありがとう。
でも、気持ちだけで充分だから」
と伝えると、

「〇〇くんが家に来てくれたお陰で、
本当の親戚を見つけられて、
それが嬉しいだけだから」

と返ってきた時、

その言葉と、その思いは
禎子ちゃんだけでなく

ご無沙汰を40年も続けた
私の心の壁にも、ずしんと反響した。

故郷から遠く離れ、嫁いで姓も変わり、
身近に親戚の存在もなく、
暮らしは幸せでも、何処か淋しい日々。

こんなダメな親戚でも、
少しは心の支えになれるのなら、
「今のままでいよう」と二人は考える。


今、スージィーは
 ”お返しのお返し”を準備している。

着いた途端に、禎子ちゃんから
又、嬉しそうに電話が届く。

その電話は、
遠くに離れて暮らす戸籍上の親戚が、
本物の親戚になったことを確認する、
心と心が交わる、愛の交差点なのだが、

互いに子供のいない身の上、

この世に二人を繋いでくれた
ご先祖さんのご恩に報いるためにも、

末永く、睦んでいこうと
心して、
精一杯の愛を詰め込んだシャトル便が
今、家を出た。



今日の曲は、Youtubeで見つけた
生まれた年の、1951年の名曲。

「Night in Manhattan」

曲調が今日の日記を書き終えた
今の私情と重なるだけで選曲。

唄:リー・ウィリー

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「責任と義務」

2019年07月28日 | 日記

 

空に広がる積乱雲、

肌を刺すような強い日差し、

耳をつんざく蝉の鳴き声。

此処、春日村に
梅雨のトンネルから抜け出して、
やっと本物の夏が帰ってきた。

今年は例年になく
各地で大雨を降らした長い梅雨が続き、

日照不足の影響で、野菜や果実の
生育が遅れ、価格の高騰を招くほどの、

7月とは思えない涼しい日が
連日続いたが、

その心配は、順調に生育する
我が家の葡萄にも向けられた。



気象による生育の心配と
もう一つの心配は、

袋掛けをしたばかりの葡萄を、
カラスが突っつき始めたこと。

昨年はカラス対策に、
CDを
連結させた反射板が功を奏したので
今年も下げることにしたが、



あろうことか、カラスは見事に
反射板を掻い潜り、

袋を突っつき落としては、
"試食″を始めだした。

棚の下に散乱する、
熟してもいない青い房を見る度に、

「カラスよ、言っておくが
お前たちの為に、
葡萄を育ててんじゃねぇぞ!」

と言いたくもなる。


そこで、さくらんぼの木に掛けた
4m四方のネットをもう一枚購入し、
棚全体を2枚のネットで覆うことにしたが、



今のところ、一粒も被害なし。

このまま難なく成長すれば、
ご近所の愛華ちゃんが予約し、
心待ちしている葡萄を
届けられる。

同じく、明人君の予約した葡萄房

喜多里葡萄園の園主は、
子供たちの楽しみを実現させるために、

カラスから葡萄を守る
責任と義務があり、

一粒たりとも、カラスに葡萄を
献上するわけにはいかないのである。




ところで、長梅雨で施工の遅れた
屋根の再塗装が、先週から始まり、
今日で仕上げ。



いよいよ暑い夏が、これから始まる。

エアコンの効いた涼しい部屋で、
久しぶりの日記を書きながらスイカを頂く、

今日は7月最後の日曜日。

 ♪

グルーヴィン (ゆったりと楽しむ)

 なんて素敵な日曜の午後

 本当に、あっという間に過ぎていってしまう

 

「Groovin'」

ヤング・ラスカルズ

 

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「雨上がる頃」

2019年07月16日 | 日記

「母の容態が悪い」との報せがあり、
13日、義母の入居する施設に、
急遽、車を走らせた。

容態を確認したその日は
義兄の家に泊まらせてもらい、

翌日、改めて施設を訪ねると、
義母はベッドで横になり、夢見心地で

ポータブルラジオのCDから流れる
童謡に合わせ歌を唄い、

布団に中では、リズムに合わせ
手を上下させている。


二人の娘が、傍にいることも判らずに、



カラス何故泣くの

カラスは山に

可愛い七つの子があるからよ

♪ 

娘たちの心配をよそに、
自分一人の世界の中で唄い続ける
義母の表情は、

身体の痛みを知ってか知らずか、
どこか嬉しそうに感じとれた。



童謡を聴きながら、
家族と過ごした思い出と、

愛しい一人一人の顔に、

故郷の山や田んぼの景色を
曲に重ね、

幸せそうなに唄っていて、

それは、精一杯、生きてきた時間を
まるで回想しているかのようにも思えたし、

曲が替わるごとに
次々に回想する愉しい思い出に
包まれているようで、

終始、優しい顔を
していらっしゃった。


二人の娘は、
母の歌に耳を傾けながら、
母の額と足をさすり続けては

時折、その手を止め、
降りしきる窓の外を眺めるふりをして、

こらえる涙を拭いているようにも
見えた。


その時に、気が付いた。

今は、母と二人の娘の、
三人だけが過ごす大事な時間で、

ここは、自分のいる場所じゃないと、

一人、部屋を出た。


暫らくの間、母娘三人だけにして、
施設を離れることとなり、

「お義母さんの唄っている、
幸せそうな様子を、
撮ってもいいかな?」

と提案した時に、

二人は、それぞれのスマホに
動画で残すことにして、
写真を撮ることはなかったが、

永遠に残る、一番新しい母の思い出が、
二人のスマホにしっかりと、刻まれた。

三人が施設を離れる頃には
雨も上がり始めたが、

二日間、傍に付き添い
母を見舞った
二人の心には、

共通の、ある覚悟が芽生えていた。


私が子供の頃からずっと抱いていた
ささやかな夢はどこに行ったの

その夢が私の愛をこんなにも育んだのに、
いつしかおざなりにしてしまってた

笑っちゃうわ 愛が冷たい雨の降る
こんな日に
変わるなんて

滑稽ね 憂いの時が
ここにもやって来るなんて

「Here's That Rainy Day」

こんな、雨の日に

唄:フランク・シナトラ




 

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「病の床より」

2019年07月08日 | 日記

雨天なら兎も角、
晴天の日曜日に一歩も外にも出ず、

日がな一日を屋内で過ごすことほど、
自身にとって不本意なものはなく、

外で身体を動かす行為は、
期待に応えて休日の好天を用意してくれた
お天頭さんに報いる
従順な姿勢であると考える。


昨日は、梅雨明けを思わせる
眩しいほどの青空で迎えた
日曜日の朝。

この日は取り立てて計画もなく、
気になっていた庭の
伸びすぎた枝の剪定と、
駐車場の草取りをすることにした。


9時半過ぎに、作業を開始。

順調に作業が進む内に、
次第に気温が上昇し、

薄手の長袖シャツを
Tシャツに、
ジーンズを短パンに履き替えた。

お昼になった頃に、
剪定と草取りが終わり、

作業の最後は、
玄関周りをいじることにしたが、

働き者はその間、暑さにも負けず、
休憩、一切なし。

途中、3度ほど水分を補給して、
昼食も摂らずに作業を進め、

その作業を頭の真上からずっと
お天道さんが眺めていた。


屈(かが)み込み
で続けた作業も
やっと終わり、


「さあ、後片付けだ!」と、
立ち上がったその時、


意識はもうろうとし始め、
身体は平衡感覚を失い、危うさを感じ、

咄嗟(とっさ)に
玄関の柱にしがみついた。

何秒、時間が経過したのか解らないが

身体の痛みで
背中から倒れ込んでいたことに
気が付いた・・・

今、どういう状況なのかも
どうしてこうなったのかも
全く、解らない・・・

やっとのことで起き上がり、
身の保全のためにもう一度、
玄関の柱にしがみついた時、


身体は、再度、前によろめいた。


瞬時に、ブロックの壁で身体を支え、
2度目の転倒だけは免れたが、
初めての経験に気が動転。


2度目のよろめきには
確かな自
覚があるが、

最初の転倒は自覚のない
失神状態だった。


すぐにスージィーを呼んで、
玄関でしばらく横になり、

気を取り戻し、
やっと、まともに歩けるようになって、
シャワーを浴びて着替えたら、

クーラーの効いた部屋で
横になった。




室内温度28度、
外気温は、30度越え。

後で調べたら、
熱中症の初期症状である
立ちくらみ
による、一時的な
熱失神を生じていたらしい。


リビングでうつ伏せ
になり、
スージィーに強打した
臀(でん)部と背中のマッサージを
施してもらい、
氷枕で頭部を冷やす、その様は、

未だかつて、ついぞ経験のない
熱失神を伴う「熱中症患者」。

冬には、背中から階段を滑り落ち、


夏には、暑さで背中から玄関の
脇に
倒れ込む。

痛めた場所も、臀部に背中。


しがみついた玄関柱と、

倒れこんだ、割らずに済んだ、
伊万里焼の鯉が泳ぐ鉢と、

折らずに済んだ、義兄さんから頂いた
盆栽の間。

臀部はどこにぶつけたのか解らないが、
傷跡から察して、背中は水鉢。


お陰様で大事に至らず、有難いことに

「暑さを、軽(か)ろんずるなかれ

と言う、教訓もいただいた。


氷枕をしながら耳を澄ませば、

何処からか「蝉の声」。


いよいよ、暑い夏が始まる。


「同じ轍は、二度と踏まず」


今年の夏は、
この教訓を活かします。



「夏」と言えば、「ボサノバ」

一昨日の6日に
「ボサノバ
の神」と呼ばれた

ジョアン・ジルベルトさんが
亡くなられた。 


 今日は、追悼の意を表し、

病の床よりこの曲を。


 
ジョアン・ジルベルト(ボーカル・ギター)、
元の奥さんの
アストラッド・ジルベルト(ボーカル)、
スタン・ゲッツ(テナー・サックス)の

アントニオ・カルロス・ジョビン作曲の
「イパネマの娘」


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