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F老人の気ままな島暮らし日記

尾道市生口島で気ままな島暮らしの日々。

読書記録107「居眠り磐音 江戸双紙36 紀伊の変(佐伯泰英)」

2014年02月26日 21時38分01秒 | 読書記録

安永9年正月おこんは姥捨ノ郷で長男「空也」を出産しました。姥捨ノ郷は高野山の「内八葉外八葉(うちのはちようげのはちよう)」に囲まれており・・・とあります。

高野山のHPによりますと、聖地である高野山を浄土の象徴である蓮に見立て、高野山の周囲の山々である外輪山を蓮華の花びらを象徴して「外八葉」と、内輪山を「内八葉」と呼び、外八葉と合わせて16葉の山々を金剛界曼荼羅の十六大菩薩に相当させ、蓮の花を象徴する曼荼羅の中心に高野山があると説いているそうです。どの山かというと確定してはいないようです。現場にいければそういう発想で景色を見てみたいと思います。

姥捨ノ郷に住む雑賀衆は、丹(水銀)を採掘し、京などで売ることにより金子を得ています。それに目をつけた幕府が利権を奪おうとしますが、同様の利権を有する高野山奥之院の僧侶光然とともに和歌山藩と折衝し、なんとか守ります。また、刺客雹田平の手先が和歌山まで進出しますが討ち取り、存在が雹に伝わることはありません。一方、磐音のいない江戸では品川柳次郎が結婚、長屋の子供であった幸吉たちも順調に成長しています。

安永9年は西暦1780年、田沼意次の継嗣意知が佐野政言に斬殺され権勢が衰え始めるのが1784年、失脚し、蟄居を命じられるのが1786年、磐音と執拗な田沼との対決はまだ続きます。

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読書記録106「居眠り磐音 江戸双紙35 姥捨の郷(佐伯泰英)」

2014年02月19日 23時11分29秒 | 読書記録

久しぶりに続きを読みはじめました。田沼意次による徳川家基暗殺、尚武館佐々木道場の取り潰し、養父母の自裁などにより、磐音とおこん、お供の弥助と霧子は江戸を離れます。しかし意次の刺客による襲撃から逃れ旅を続け、尾張に至ります。尾張も安住の地ではなく刺客に正体を暴かれます。刺客の頭目である雹田平の目を欺き、難行の末、雜賀衆の隠れ里に到達、おこんは嫡男空也を出産・・・波乱万丈の物語は予測不可能な展開で続きます。
2002年に第1巻が刊行されてから第35巻である本書は2011年に書かれ、今現在も続編が年に4編発刊されています。楽しい英雄物語で、ついつい夢中になってしまいます。 

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田沼意次の愛妾が送った刺客から逃れるため、ひそかに尾張を脱した磐音、おこん、弥助、霧子が姥捨ノ郷に到達するまでの道のりを物語中の地名などを参考に描いてみました。磐音は身重のおこんを背負って険阻な山中を歩き、高野山中にある隠れ里、姥捨ノ郷に到達します。

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読書記録105「総員起シ(吉村昭)」

2014年01月30日 20時09分49秒 | 読書記録

尾道市の旧因島市域の週刊ローカル紙に「せとうちタイムス」があります。購読はしていないのですが、時々、WEBバージョンを読ませていただいています。

先日、ふと目にとまったのが「悲運の伊33号潜水艦 三庄ドックでの最期の姿 読者から寄せられた写真」という、2007年に掲載された記事です。

二十歳代前半、衝撃的な描写の小説を読みました。吉村昭氏の「総員起シ」です。昭和19年6月、伊予灘、由利島南方で訓練中であった伊33号潜水艦は潜行するときには閉じておかなければならない弁に修理中に忘れられた木片が挟まれ閉鎖できないまま潜行し、浸水、水深約60mの海底に着底してしまいました。102名が殉職し、2人が脱出に成功します。

由利島近辺。呉から豊後水道を経由して太平洋に出る航路は怒和島水道を抜けてこのあたりを航行します。

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戦後、昭和28年、引き揚げられました。その時、前部魚雷発射管室でベッドに横たわったり、首をつった状態の遺体が腐敗せず、生けるが如く発見されたのです。それを見た脱出に成功し、立ち会っていたO元兵曹が「おい起きろ、総員起シだ」と叫びます。

軍艦乗組員は一心同体、特に生死をともにすることが前提の潜水艦の乗組員は自分だけ助かるという感覚は持ち合わせていないでしょう。この叫びには人間としてのいろいろな思いがしのばれます。

その後、日立造船因島工場で解体されます。せとうちタイムスの記事はこの時の写真が掲載されています。

遺書も多く発見され、「総員起シ」には、士官、兵とも冷静さ、沈着さが書かれています。ある方の読後感ではこれと東日本大震災で日本人が冷静に行動したことが共通しているのではと述べられていました。

しかしながら、潜水艦の内部ではあらゆる手段が講じられ、気圧が高くなり耳がガンガンなり、鼓膜が破れそうで苦しかったと脱出に成功された当時少尉(砲術長兼通信長)の方が平成22年に書かれた記事の中で述べておられます。可能性がなくなった中で従容として死に臨んだのでしょう。

単行本があったはずなのですが見当たりません。本屋に行くと、今年になって発刊された文庫版がありました。若い頃に受けた衝撃が思い出され、その時の不安が現実となることなく穏やかな日を送っていることに感謝です。近くの興居島御手洗に慰霊碑があります。いつか元潜水艦乗りうどん亀さんとお参りに行きましょう。

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読書記録104「あんでらすの鐘-高瀬川女船歌(澤田ふじ子)」

2014年01月12日 00時18分09秒 | 読書記録

毎日何か本を読んでいます。いやいやながら読了した「呆韓論」、帯には「これでもまだあの国につき合いますか?」とありました。著者は時事通信社のソウル特派員だった「室谷克実」氏です。タイトルは過激ですが元時事通信の記者ということで客観的な韓国の姿が見えるかと思い読みましたが一つ一つ同感するのですがあまり気持ちの良い読後感ではありませんでした。韓国の言う「正しい歴史」は「ファンタジー史」であるというところは、南スーダンでの銃弾に関するやり取りも「日本の右傾化」と嘘で固めようとするわけのわからない論理から推察すれば理解ができました。

しかし、韓国でいうロビーイング、手段を選ばない自己正当化の宣伝により、いつの間にか虚言が真実化されることには対抗しなければなりません。そのためにはこの本の真髄を十分な裏付け資料とともに英語と韓国語で多くの人に読まれればと思う内容でした。

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というわけで、心が温かくなるような本が読みたくなり、澤田ふじ子さんの「あんでらすの鐘」を読みました。京都の高瀬川の水運をつかさどる角倉会所を中心とした人情の厚い、勧善懲悪の物語です。シリーズの5巻目です。武士の世界がいやになり居酒屋の親父として生きる宗因と理不尽に寺を追われた医者の明珠のかかわる6編の短編です。

「三日坊主」は、通常言われる三日坊主ではなく、田舎から京に出てきた人が白米だけの飯を美味しく食べ、脚気になり、発症から三日で死に坊主を呼ぶという意味です。陸軍軍医総監であった森鴎外は脚気は細菌説をとり多くの人を死なせ、海軍の軍医総監であった高木兼寛は食事に問題があるとして海軍での脚気の撲滅に貢献しました。南極の岬にはビタミンに関係のある人の名前が付けられ、世界で初めて脚気を疫学的に防いだとして「高木岬(Takagi Promontory) 」があります。その後、慈恵医大を作りました。昔、吉村昭の「白い航跡」という本でそのことを知りました。

明珠は、脚気で死にそうになった武士に「そば」を食べさせ、救いました。

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読書記録103「柚子の花咲く(葉室麟)」

2013年12月12日 18時54分13秒 | 読書記録

2日前、熱はなかったのですが咳と鼻水が出て、お隣のイオンにある本屋さんで本を買ってきておとなしくしておくことにしました。

葉室燐さんのまだ読んでいない本がありました。「柚子の花咲く」です。

桃栗三年柿8年までは知っていたのですが、その後はいろいろあるそうです。「桃栗3年柿8年、梅はすいすい13年、柚子は大馬鹿18年、林檎ニコニコ25年、女房の不作は60年、亭主の不作はこれまた一生」とか「桃栗3年柿8年、柚子は9年でなり下がり、梨のバカめは18年」、「桃栗3年柿8年、柚子の大馬鹿18年、銀杏の気違い30年」など。

実際に苗木を買ってきて植えましたが数年で花も実もつけました。

瀬戸内海沿岸の藩の下級武士筒井恭平は百姓などと一緒に郷塾で梶与五郎の薫陶を受けます。その梶先生が隣藩で殺害されて見つかります。調べに行った友人も殺されます。隣藩との境界争い、梶先生の出自と過去、郷塾で一緒だった百姓たち、いろいろなことがめまぐるしく起こります。葉室作品にしてはテンポが早く一気読みしました。

権力を持つ者の横暴、虎の威を借りた傲慢・・・その影でつづく純愛、幼い日の思い・・・大変面白く読ませていただきました。

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