現代児童文学

国内外の現代児童文学史や現代児童文学論についての考察や論文及び作品論や創作や参考文献を、できれば毎日記載します。

タブ

2020-04-21 10:00:36 | 作品
 ぼくが小学校六年生の時、もう半世紀以上も昔の話だ。
 そのころは、街には野良犬がたくさんいた。
 そんな野良犬のうちの一匹のタブが、いつごろからぼくたちの町に姿を見せるようになったのかは、どうもはっきりしない。
気がつくと、家の近くの公園に、姿を見せるようになっていた。
ぼくらが野球やサッカーをしているのをじっとすわってながめていたり、空き地のくさむらの中をクンクンかぎ回ったりするようになっていた。
 タブはやや小型の雑種のメス犬で、体は薄茶色、たれた大きな耳だけが濃い茶色をしている。まるまるとよく太っていて、足が短い。全体的には、現在では一般的になっているゴールデン・レトリーバーを小さくしたような感じだった。目がいつも少しうるんでいて、茶色のまつげがかわいらしかった。むるいに人なつっこく、みんなにあいきょうをふりまいていた。
 どこから来たかわからない野良犬だったけれど、誰も保健所に連絡しようとはしなかった。いや、逆に近所の人気者にすらなっていた。けっして吠えたり、誰かに危害を加えるように見えなかったので、なんとなくおめこぼしにあっていたのだ。
 特に、誰かがお菓子を持っている時などは、タブのようすはすごかった。目を輝かし、全身をふるわせておこぼれをねだる。だから、誰もがついついタブに分け前をあげてしまうようになっていた。
 タブは、子どもたちだけでなく大人たちにも人気がある。うちの裏に住んでいる山田さんちのおばさん。米屋のおばあちゃん。その他にも、たくさんのお得意さんを何軒もかかえている。そこを順繰りにまわって、ごはんをもらっているようだ。
 タブは、はじめは別の名前で呼ばれていた。ある日、中学生のはじめちゃんが、タブがはめていたそまつな茶色の首輪をはずしてみたのだ。
「あれ、ここに名前が書いてあるぞ」
 のぞきこんでみると、首輪の裏側に、マジックで「ゴロー」と書かれていた。メス犬なのに変だなと思った。
 でも、ためしにぼくが、
「ゴロー」
って呼ぶと、タブはいきおいよくしっぽを振った。
 その日以来、みんなが「ゴロー」と呼ぶようになった。もっとも、タブは、いたずらに「ポチ」とか、「タロー」と呼んでも、同じようにしっぽを振っていたけれど。

「ゴロー」
 ぼくは、ひとりで家に帰るところだった。草野球のアウト、セーフでもめて、ヒロちゃんたちと大げんかしてしまったので、すっかりつまらない気分だった。
 タブは、遠くからふっとんできて力いっぱいしっぽを振った。
 ぼくは、近所の家のゴミ箱の上に腰かけて、タブにいろいろな芸をやらせた。
 フセ、オスワリ、チンチン。何でも器用にできる。ビスケットを細かくくだいてほうると、見事にキャッチした。
 タブと遊んでいたら、ぼくのくさくさした気分は、しだいに消えていった。
「タカちゃん。何やってるの?」
 学校から帰る途中のねえさんだった。クラブがあったらしく、少しくたびれたような顔をしている。ねえさんが入っている中学のバスケットボール部は、区内では強豪チームで、猛練習をすることで有名だった。
 ねえさんは、ぼくに負けない犬好きだ。いや、ぼくなんかくらべものにならないかもしれない。
 今、家で飼っているルーも、子犬の時にジステンバーになりかかっていたのを、ねえさんが拾ってきて助けたのだ。ねえさんは、ルーを知り合いの獣医さんに連れていって、頼み込んで格安でジステンパーをなおしてもらった。それ以来、ルーはなんとなく家にいることになった。
 それにひきかえ、ぼくの方は、小さいころは犬がこわくてしかたがなかった。道に犬がいると、それがどんなに小さい犬でも遠回りしたくらいだ。
 ところが、ルーが家にいるようになってから、いっぺんに犬好きになってしまっていた。
 ねえさんは、タブの頭をなでながらいった。
「丸っこい犬ねえ。まるでブタみたいじゃない。おい、ブタ、ブタ」
 タブは、人なつっこくしっぽを振っている。
「ブタじゃ、かわいそうだよ」
「ブタブタブタ」
「ブタはよくないって」
「じゃあ、なんて呼ぶのよ」
「ゴローっていうんだ」
「ゴローだなんて。この子、メス犬じゃない。ブタブタブタブ、タブ。そうだ。ブタのさかさまでタブ、伸ばしてタブーなんて、香水の名前と同じですてきじゃない」
「なんだかその名前も変だなあ」
 その時、通りがかりの自転車がブレーキをかけた。いきなり、タブは自転車にとびかかると大声でほえた。
「こら、タブ、タブ」
「どうもすみません」
 ねえさんと二人がかりで、やっとタブを引き戻した。タブは、首の回りの毛がまだ少しさかだっていて、今まで見たこともないようなこわい顔をしている。
「どうしたのかしら。タブ、自転車に乗った人にいじめられたことがあるのかい?」
 ねえさんが、タブをなだめながらいった。
 この日以来、ゴローではなくて、みんなにもタブと呼ばれるようになった。

 ぼくは家へ帰ると、すぐに我が家の狭い庭にあるルーの小屋へ行くのが日課になっている。給食のパンを残してきて細かくちぎり、牛乳にひたしてルーにやるのだ。
 ルーは芝犬の雑種で、茶と緑と灰色とがまじりあったような、変な色をした中型のオス犬だった。胸とおなかと足が真っ白で、額にも白い模様がある。すごくおとなしい性格で、いつもいるのかいないのかわからない。
 食べ物をあげても、しっぽの先を小さく振るだけですぐには食べない。
「ルー、早く食べろ」
 ルーは、何度もぼくにせかされて、やっと食べ始める。それも、舌でペロペロなめながら、ゆっくりゆっくり食べるのだ。
 ぼくは、そんなルーを見ているのが大好きだった。友だちと遊んでいても、夕方になると、ルーを散歩に連れていくためにもどってくる。
「やあ、ルーくん。元気か」
 頭をなでてやると、目を細めながらしっぽを小さく振っている。
「それじゃ、散歩に行こうな」
 小屋からくさりをはずして、ルーと散歩に出る。
 歩いて五分ほどのところの広い公園で鎖をはずしてやると、ルーは矢のようになって走っていく。
 ぼくが大声で、
「ルー!」
と呼ぶと、またいっさんに走って戻ってくる。
 でも、ぼくにつかまらないように、ルーは二、三メートル離れたところで、ハアハアいいながらこっちを見ていた。
公園のすみにある小山のてっぺんに腰をおろして見ていると、ルーはあちこちをかぎまわったり、時々、片足をあげておしっこをしたりしている。
 三十分ぐらいしてから、ぼくは立ち上がり、おしりについた土をパタパタ落としてから大声で呼ぶ。
「ルー。もう帰るぞ」

 ぼくらの散歩に、いつのまにかタブが加わるようになった。初めは時々だったが、すぐにほとんど毎日一緒についてくるようになった。
 散歩に行く時刻になると、家の前に来ていてぼくたちを待っている。ぼくとルーのまわりを、前になったり、後ろになったりしながらついてきた。ルーが、電柱でにおいをかいだり、片足をあげたりしていると、じれったそうな顔で待っている。
 公園では、ルーと一緒に走り回ったり、じゃれついたりするが、ルーの方は少し迷惑そうなふりをして相手にしない。
 そんな時でも、ぼくが
「タブ」
と呼ぶと、ルーとは違って体当たりするようにとびついてくる。そして、小山のてっぺんにぼくが腰をおろすと、すぐ横に腹ばいになっておとなしくしている。ぼくは、タブのたれた大きな耳をもてあそびながら、ルーが走りまわっているのを見るようになった。
 散歩の間ずっとついてきたタブは、ぼくたちが庭の中へ入ってしまうと、いつも木戸の下から鼻を出してなごりおしそうにのぞいている。
「タブ。もう夕ごはんだから、家へ入らなくちゃ。また明日な」
 そういっても、タブの黒い鼻はなかなかひっこもうとしなかった。
 ぼくは、しだいにタブのことも好きになっていった。ルーの控え目なおとなしいところも前と変わらず好きだったが、タブの全身で喜びをあらわすしぐさにも強く引かれていた。
 給食の食パンをタブの分も残してきて、公園でいっしょにすわっている時にやるようになった。ルーの分が一枚、タブの分が一枚。給食の割り当ては二枚だけだったから、ぼくはいつも腹ぺこだった。

 タブのおなかがふくらんできたのに気づいたのは、つい一週間前だった。それが、みるみるうちに大きくなっていった。もともと丸っこいおなかが、いよいよ太鼓のようにはってきた。
「タブに赤ちゃんができたみたいね」
 夕飯の時に、ねえさんがさりげなくいった。
「やっぱりそうなの。いやにコロコロしてきたと思ったんだけど」
 ぼくも、なにげなさそうにかあさんの顔色をうかがいながらいった。
 かあさんは、ハンバーグをお皿によそりながら、
「うちでは飼えませんからね。もうルーだっているんだから。これ以上は大変よ」
と、ひとりごとのようにいった。
 先手を取られたぼくは、何もいえなくなってしまった。
「誰か、タブを飼ってくれるといいんだけど」
 ねえさんがそういったので、ぼくもいきおいづいていった。
「そうそう、誰かいないかなあ」
 でも、かあさんは、
「子犬が生まれるとわかってるのに、飼う人なんかいないわよ」
と、そっけなかった。

 突然、タブがいなくなった。今までも、ルーと散歩にいっても出会わないことはあった。タブが家へ寄らないこともある。
 でも、三日も続けて、一度も姿を見せないことはこれが始めてだった。
「どこかへ行っちゃったのかなあ」
 ぼくがそういうと、
「そんなはずないわよ。あんな大きなおなかをかかえて。誰かの家で飼われているといいんだけど。だけど、子犬が生まれるのを承知で飼う人いるかなあ」
 ねえさんも、心配そうだった。
 その日から、散歩の時に、タブをさがすようにした。
公園に行くだけでなく、町の他の場所にも行った。
ルーも、しぶしぶ後についてくる。
「ターブ、タブタブ」
 タブがいそうな場所に来ると、ぼくは足を止めて名前をよんでみた。
 でも、あの丸っこい体は、どこからも現れなかった。
 ねえさんも、友だちに聞いたりしてさがしてくれているようだった。
 それでも、タブはなかなか見つからなかった。

 タブがなぜいなくなったのかわかったのは、それから二日後だった。
 ぼくはその夕方、近所の酒屋に醤油を買いに行かされた。そのとき、そこの店のおにいさんが、お客と話していたのだ。
「頼まれちゃってね。おれもちょっといやだったんだけど。子犬が生まれないうちにって、山田さんちの奥さんがいうんでね」
「よくつかまえられたわね」
「あいつは、食い意地がはっているからね。ソーセージでつってさ。店の車の荷台にとじこめちゃってね」
 ぼくは、醤油を入れる一升ビンを取り落としそうになった。
「近くじゃね、すぐにもどってきちゃうからさ。川向こうまで運んでったんだ」
「だいじょうぶかしら」
「水を越えるとにおいが消えるっていうからね」
「追っかけてこなかった」
「うん。しばらくついてきたけどね。やっぱり車の方が速いから。ねんのために逆方向へ走って、まいてからもどってきたんだ」
 ぼくは、醤油ビンをドンとカウンタの上に置くと、店から飛び出した。
「あれっ。ぼく、お醤油を買いにきたんじゃないの?」
 ぼくは、店の横に積んであったビールの空きびんを入れた箱を、思い切りけとばしてやった。
 家に帰ると、ぼくはすぐに自転車をひっぱり出した。
「あれ、タカちゃん。どこに行くの。もうごはんだよ。あれ、お醤油はどうしたの?」
 かあさんの声を背中で聞いて、思い切り自転車をこぎだした。
 川までは、ふだんは自転車で三十分はかかる。それを思い切りふっとばしたので、二十分もかからずに着いた。
 川には、一キロぐらい離れて、新橋と大橋とがかかっている。
「タブ、タブ、……」
ぼくは、そのあたりをあちこち走り回り、名を呼び続けた。
 タブに少しでも似た犬をみかけると胸がどきどきした。
 でも、すぐに違うことがわかってがっかりさせられた。
 二、三時間捜して、ぼくはすっかり疲れてしまった。
「タブ、タブ」
 最後に、川原へおりて大きな声で名前を呼んだ。
 でも、とうとうタブはあらわれなかった。
 すっかり暗くなった川面に、橋のあかりがゆらゆらゆれている。
 十時すぎに家へ戻ったので、ぼくはとうさんとかあさんにこっぴどくしかられてしまった。
 翌朝、山田さんちのおばさんは、へいに大きく「バカヤロー」と落書きされているのに気がついた。

 次の土曜日の午後、ぼくたちは、家のちかくの公園でサッカーをやっていた。
「おら、おら、おら」
 ぼくは、フェイントで相手のバックスをぬいた。
(よし!)
 体を反転させて、敵ゴールへシュートしようとした。
 と、そのとき、ぼくの横を茶色のカタマリがすりぬけた。
 タブだ。
「タブーッ」
 タブはぼくをチラッと見ると、しっぽを数回ふって公園をでていった。
 ぼくはボールをほうりだして、あとをおっかけた。
「ターブ、タブ、タブ」
 何回も、大声で名前をよんだ。
 タブは、やっとこちらへもどってきた。
 タブのまっ白だったおなかや足は、泥によごれて真っ黒になっている。長い道のりを苦労してもどってきたのだろう。
「良く帰ってきたなあ」
 ぼくは、力いっぱいタブの頭をなでてやった。

その晩、ぼくは、銭湯の店先に出ている屋台の焼き鳥屋で、レバーを五本と焼き鳥を五本買った。全部で二百円。ぼくのひと月のこづかいは、たったの三百円。その半分以上が軽くふっとんだ。
「ターブ、タブ、タブ」
 ぼくは、大声でタブを呼んだ。
 タブは、いつものように遠くから飛んできた。
 ぼくは、タブを公園へ連れていった。
 焼き鳥の袋を開いている間、タブはくいいるような目つきでぼくの手元を見ていた。しっぽというより、後半身全体を振って、喜びを表している。
 ぼくは、タブががっついてけがをしないように、鶏肉やレバーを串からはずしてやった。タブはそれが待ち切れなくて、口からよだれがツツーと糸を引いて落ちた。
「ほら」
 ぼくは、鶏肉のひときれをタブにほおった。
 パクッ。
 あざやかに空中でキャッチ。タブは、鶏肉をかまずに飲み込んでしまった。
「馬鹿だなあ、あわてなくてもいいんだよ。これは全部おまえのなんだから」
 ぼくは笑いながら、次の肉を今度は手のひらにのせて食べさせた。
  
 タブが帰ってきてからちょうど一週間後、昼過ぎから降りだした雨が夕方になって強くなっていた。その日、かあさんは、PTAの総会で学校へ行っていた。
役員をやっているので、帰りは九時過ぎになる。とうさんもいつもどおり帰りが遅いので、ねえさんが二人分の夕食のしたくをしていた。
「タカちゃん。これをルーに持っていってやって」
 ぼくは、ルーの夕ごはんを持って、もう暗くなっている庭へ出ていった。
「ルー君」
 ルーは、小屋の中から出てきてしっぽを小さく振った。
「ほら、よく食べるんだよ」
 ルーの小屋は、雨がからないように軒の下に置いてある。
今日は、ビニールの雨よけもかけてあった。
 食器をルーの前に置いて、家へ入ろうとした時、何げなく木戸に目をやった。
 木戸の下に黒い小さな鼻。
「タブー」
 ぼくは、雨の中に飛び出していって木戸をあけた。タブが雨の中でじっとしていた。毛に雨がしみこんでどす黒くなっている。自慢のしっぽもだらりとたれさがっていた。
「おねえちゃん、おねえちゃん。タブだ。タブが来たよ」
 ねえさんと二人でタブを玄関に入れて、かわいたタオルでごしごしふいた。
「うーん。どうも、今晩中に子犬が生まれそうだなあ。困ったなあ」
「どうするの、追い出したりしないよね」
「うーん。どうしたらいいかなあ。おとうさんもおかあさんもいないしねえ」
「せっかく来たんだもの。かわいそうで外へなんかやれやしないよ」
 タブは、かねのボウルに入った牛乳をゆっくり飲んでいた。

 ねえさんは、学校に電話してかあさんを呼び出してもらった。
「そうなの。絶対今晩中よ」
「タブ? うん。今、玄関にダンボールをしいて横にしてあるわ」
「そんなことできないわよ。タカシが承知するもんですか」
「うん。そう。わたしも承知しないわ」
「そう、わかった。おかあさん、ありがとう」
 ねえさんはやっと受話器を置いた。
「飼っていいって?」
 ぼくは、喜んでねえさんにたずねた。
「あまーい。飼うか飼わないかは、後で決めるって。とりあえず今日は、タブをおいてもいいってさ」
 ねえさんは縁の下にゴザをしいて、その上に古い毛布やボロきれを置いた。軒からビニールのおおいをたらして、雨がかからないようにする。
 その間、ぼくはうろうろ歩きまわっているだけだった。
「タブ、こっちにおいで。ほら、いい子だ」
 タブはおとなしく玄関を出ると、縁の下の毛布の上に横たわった。小屋の中からルーもそれをながめている。
「ルー。おまえは、家の中に入るのよ」
「なんで?」
 ぼくが聞くと、ねえさんは指でぼくのひたいをつっつきながらいった。
「そばにルーがいたんじゃ、タブが落ち着かないでしょ」
 ルーはおとなしく玄関に入り、さっきまでタブがいたダンボールの上に横になった。
 雨はしだいに強くなってきていた。ねえさんは、何度かタブのようすを見にいっている。
 ぼくもそわそわとおちつかなかった。テレビを見ていても、ちっとも頭に入ってこない。
 八時半ごろ、雨の音にまじってミューミューという鳴き声が聞こえてきた。
「やっと生まれたようね」
 ぼくはいすから飛び上がって、玄関へ行こうとした。
「待って、タカちゃん。のぞいちゃだめよ」
「どうして?」
「親犬をおどかしたり、興奮させたりすると、子犬を食べちゃうことがあるんだって。だから明日まで待たなくっちゃだめよ」
「でも、タブはだいじょうぶかなあ」
「だいじょうぶよ。犬は人間みたいに弱くないから。それにタブはのら犬だからたくましいもの」

 九時すぎに、かあさんととうさんがあいついで帰ってきた。とうさんは、ねえさんから事情を説明されると、しばらくふきげんそうに黙った後にいった。
「これ以上、うちでは犬を飼えないよ。ルーはしかたないけれど、そのタブとやらと子犬はもらい手をみつけるんだな」
「子犬はわたしがなんとかするわ。学校の友だちに聞いてみるし。タカシも捜すのよ」
 ぼくは、不服だったのでずっと黙っていた。
「おかあさんも近所をあたってみるわ」
「でも、タブのもらい手はむずかしいわよ」
 ねえさんは、ぼくの顔を見ながらいった。
「おとうさん。ぼくがいっしょうけんめいめんどうみるから、タブも飼ってくれない」
 ぼくは、必死にとうさんにたのんだ。
「いや。二週間以内に、タブも子犬も飼い主を捜さなければだめだ。おとうさんも会社で聞いてみるから」
 おとうさんは、ふきげんそうな顔をくずさずにそうこたえた。

 翌朝、目がさめると、雨はもうすっかりあがっていた。ぼくは、すぐに庭へいった。
 かあさんとねえさんが、子犬たちをタオルでふいている。タブも子犬をなめていた。
「何匹だった?」
「六匹。でも、一匹は死んでいたわ」
 ねえさんが、ふりかえってこたえた。
 白いムクムクとしたのと、真っ黒でつやつやしたのが二ひきずつ。タブに似た、ちょっとほかよりチビなのもいる。
 ぼくは、一匹一匹を胸にだきあげてなでてみた。まだ目があかなくて、すこしふるえている。タブが心配そうに見ているので、ぼくはすぐにそばにもどしてやった。
 とうさんも顔をだしてきた。まだふきげんそうな顔をしている。
 でも、子犬たちがタブのまわりをもごもご動いているのを見ると、少しだけ表情をやわらげた。
「おとうさん、一匹死産だったの」
 かあさんが、庭のすみの茶色い布を指さしながらいった。
「そうか、それはかわいそうだったな」
 とうさんは、タブの頭をなでた。タブは、しっぽを小さくふっている。
「死んだ子犬を、遠くにうめてきてくれないかしら?」
「ああ」
「近くだと、タブがさがしだしてきちゃうから」
 朝ごはんのあと、とうさんは自転車の荷台に乗せた箱の中に、茶色い布でおおわれた子犬を入れて出かけていった。
 一時間後、帰ってきたとうさんは、小さな包みをぼくにほうってよこした。あけてみると新品のピンクの首輪が入っていた。



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