現代児童文学

国内外の現代児童文学史や現代児童文学論についての考察や論文及び作品論や創作や参考文献を、できれば毎日記載します。

スライディングタックル

2020-04-21 10:02:31 | 作品
 青チームのフォワードが、相手バックスの前でクルリと反転した。そして、ゴールを背にして、少し後戻りした。次の瞬間、つられて付いてきた赤チームのバックスをサッとかわすと、右足で強烈なシュートを放った。白いボールは、相手ゴールキーパーをかすめて、見事にゴールへ飛び込んでいった。
「ゴオーーール」
 秀樹は、大声で叫びながら立ち上がった。小刻みにステップを踏みながら、両手を交互に回して勝利のダンスを踊った。
 と言っても、これは本物のサッカーの試合のことではない。「スーパープロフェッショナルサッカー」なんて、大げさな名前の付いたサッカーゲームでの話だ。ゲーム盤の横に突き出たスティックで、盤上の人形をガチャガチャと操作して、相手ゴールをねらう奴だ。ビデオのサッカーゲームと違って、奇妙な臨場感があって面白かった。
「ちぇっ、またやられた」
 相手の和也が、悔しそうに言った。
 これで得点は10対7。
今日も秀樹の勝利に終わった。ここのところ絶好調で、これで五連勝か、六連勝目のはずだ。
「二人とも、早くしないとバスに乗り遅れるよ」
 台所から、和也のおかあさんが声をかけてきた。
「あっ、いけねえ」
 二人はあわてて立ち上がると、スパイクや着替えの入ったチームのスポーツバッグをつかんだ。

「カズ、ヒデ、また遅刻だぞ」
 運転席の窓から、コーチが怒鳴っている。
「すみませーん」
 大声で答えた和也に続いて、秀樹も古ぼけた灰色のマイクロバスに乗り込んだ。他のメンバーは、すでに全員揃っている。これから、車で20分ほど離れたグランドまで、サッカーチーム「ウィングス」の練習へ行くところだ。
 秀樹たちがウィングスに入ったのは四年生になってすぐだったから、もう二年以上がたっている。月、水、金と週3回2時間ずつの練習、土日も練習試合や大会でつぶれることが多かった。
 でも、監督やポジションごとにいる専門コーチの熱心な指導に、二人とも満足していた。
 それまで入っていた近所のサッカーチームでは、ゴールキーパーを除いてはポジションなんかほとんど関係なかった。誰もがボールを追っかけることだけに、夢中になっていたのだ。
 でも、ウィングスでは、各選手には決められたポジションが与えられている。そして、そのポジションごとに、きちんと練習メニューが作られていた。
 和也は、攻撃の中心のセンターフォワード。みんながやりたがる花形ポジションに、五年生のときから抜擢されていた。
 一方、秀樹は長身を生かして、ディフェンスの中心、センターバックをずっとやっている。

 グラウンドの中央付近でパスをもらった和也が、ドリブルでこちらに近づいてくる。
(右か、それとも左か)
 秀樹は自分の体をゴールと和也の間に置いて、シュートのコースを消しながら待ち構えた。
 和也が、右にグッと体を傾けた。
(右だ)
 そう思って詰め寄った瞬間に、和也は鮮やかに左へ体を反転させて秀樹をかわしてしまった。そして、そのまま右足で強烈なシュート。
 懸命に跳び付くゴールキーパーの手をかすめながら、ボールはゴールネットに吸い込まれた。
 ピーッ。
コーチのホイッスルが鳴る。
「やったあ」
「カズ、ナイスシュート」
 和也は、喜ぶ味方の選手に囲まれて、両手を上げながら引き揚げていく。
 それを見送りながら、秀樹は足元の地面をガツンッとひとつ蹴った。
(今日も、やられてしまった)
 右へいくと見せかけて左へ。和也の最も得意なフェイントだ。頭では分かっているのだけれど、いつもそれを止められない。和也自慢の一瞬のスピードに、どうしても付いていけなかった。

 秀樹と和也は、若葉幼稚園の時からずっと一緒だ。いや、その前に、近所の公園でおかあさんたちに連れられて会っているらしい。
 秀樹はよく覚えていないけれど、その頃からもう、いつも二人でボールを蹴っていたという。
 幼稚園のサッカースクールに入ったのも、二人同時だった。そして、小学校のサッカーチーム、今のウィングスと、ずっと一緒にボールを蹴ってきた。
 体格的には、小さい時から秀樹の方が恵まれていた。秀樹は六月生れで和也は一月生れだから、赤んぼの時に秀樹が大きいのは当たり前だ。
 でも、その後もずっと秀樹の方が背が高い。
 秀樹の家の居間の壁には、古くなった身長計がある。初めての秀樹の誕生日に、とうさんが買ってくれたらしい。そして、毎年、誕生日に、一人息子の秀樹の身長を記入するのが、秀樹の家の習慣になっている。
 一才の時の秀樹の身長は八十五センチ。そして、去年、十一才の誕生日の時は、百五十九センチだった。
 五才の時からは、秀樹だけでなく同じ日の和也の身長も記録されている。いつも誕生会に来ていたからだ。その記録は、いつも十センチ近く秀樹より低かった。
 来月の十八日に、また秀樹の誕生日がやってくる。
 でも、その身長計はもう使えない。
(なぜって?) 
 だって、目盛が百六十センチまでしかないのだ。秀樹の身長は、とっくにそれを超えてしまっている。

 ピンポーン。
 秀樹の家の玄関のインターフォンがなった。出なくても誰だか分かる。
 秀樹は愛用のサッカーボールを持って、玄関のドアを開けた。
「おーす」
「よお」
 門の外に立っていたのは、もちろん和也だ。やっぱりボールを持っていて、いつものようにはにかんだような笑顔を浮かべている。
 ウィングスの練習のない日でも、二人はいつも一緒に遊んでいた。雨の日には、家の中でこの前のようなサッカーゲームに熱中することもある。
 でも、今日のようないい天気の日は、もちろん本物のサッカーだ。こんな習慣が、もう何年も続いている。
 他の子たちがいるときは、3対3とか、4対4のミニゲームをやった。緊張するウィングスの正式な試合と違って、こういう草サッカーは気楽にできるからけっこう楽しい。
 二人だけの時は、パス、ドリブル、リフティングなどの、サッカーの基本練習をしている。そんな単調なトレーニングでも、二人でやれば楽しかった。
「昨日のJリーグの試合、見た?」
 秀樹が尋ねると、和也は興奮気味に答えた。
「うん、見た見た。マリノスの小島。すげえ、シュートだったろう」
「ああ、やっぱり、あいつはすごいよな」
 秀樹も隣でうなずいた。二人とも、大きくなったらJリーグの選手になるのが夢だ。さらにその後は、ヨーロッパのリーグへ。秀樹は守備が固いので有名な、イタリアのユベントスに入ることが目標だ。和也は攻撃サッカーのスペインのレアルマドリードかバルセロナでプレーすることが夢だった。
だから、テレビ中継は欠かさずに見ている。海外サッカーは有料放送でしか見られないので、Jリーグの試合を見ている。和也はマリノスの、そして日本代表のエースストライカー、小島選手の大ファンだった。
 秀樹は和也と肩を並べるようにして、近くの公園に向かった。

「1、2、3、4、……」
 使い込んで薄汚れたボールが、足の上でリズミカルにはずんでいる。
 ボールリフティング。秀樹と和也は、ボールを下へおとさずに連続してける練習をしていた。
「……、61、62、63、64、……」
 今日みたいにまっさおに晴れあがった日に、ボールリフティングをするのは本当に気もちがよかった。まるで自分もボールになって、はずんでいるかのようなうきうきした気分になれる。
「……、123、124、125、あーっ」
 とうとうバランスをくずして、ボールを下へおとしてしまった。
「ヒデちゃん、最高、いくつになった?」
 そばでボールリフティングをつづけながら、和也がたずねた。
「うーん、300ぐらいかなあ」
 本当は最高283回だったけれど、少しさばをよんでこたえた。
「おれ、おととい、新記録で974出したぜ。もうちょっとで、1000回達成だったんだけどな」
 和也はリフティングをつづけながら、得意そうにいった。
「……、411、412、413、……」
 軽々とけりつづけていく。
 秀樹は、リフティングするのを休んで、そばでながめていた。
 和也は右でも左でも、足の甲でも、ももでも、同じようにボールをけることができた。ときには、ヘディングをまぜたりする余裕さえある。
 どうしてもきき右足にかたよってしまう、秀樹とはちがっていた。
「……、524、525、526、……」
 まるで、ひとりでダンスでもしているかのように、リズミカルにリフティングをつづけていた。そんな和也を見ていると、こちらまで気分がよくなってくる。

「得点は1対1の同点、後半もいよいよあと五分を残すところになりました。アントラーズ対マリノスの首位攻防戦。期待どおりの好ゲームです」
 テレビのアナウンサーが、いつものように絶叫し続けている。
 試合終了直前、秀樹の応援しているアントラーズは一方的にせめまくられていた。相手のマリノスは、現在、Jリーグの首位をしめている強豪チームだ。
 でも、秀樹の大好きなセンターバックの佐藤選手を中心に、アントラーズはなんとか点を取られずに守っている。
「ピーッ!」
 審判のホイッスルがなった。
「反則です。アントラーズの佐藤、マリノスの小島をうしろから手でおさえてしまいました」
 マリノスのエースストライカー、小島のドリブルのスピードについていけずに、つい反則してしまったようだ。ここで抜かれてしまったら、シュートを決められそうだった。そうなったら、今のアントラーズが同点に追いつくのはもう絶望的だ。
「あっ、レッドカードです。佐藤、退場です」
「佐藤選手のこんなプレーを見るなんて、はじめてですよ。かつての佐藤選手なら、得意のスライディングタックルで、うまく防げたはずなんですが、……」
「そうですねえ。ちょっと待ってください。たしか、……。やっぱりそうです。佐藤選手は、これがプレーヤー生涯初めてのレッドカードですねえ」
 チームメイトになぐさめられながら、佐藤選手はがっくりうなだれて退場していった。秀樹はこれ以上ゲームを見る気になれずに、テレビをけしてしまった。

 ザザザーッ。
相手の少し手前からすべりこんでいって、倒れながら強く遠くにボールをはじきとばす。これが、スライディングタックルだ。
 秀樹はボールを持って近くの公園に行くと、一人で練習を始めていた。
 さっき解説者がいっていたように、スライディングタックルは佐藤選手の得意技だ。アントラーズの、そして日本代表のゲームで、何回チームのピンチをすくったことだろうか。
 相手チームのエースストライカーにボールがわたり、ドリブルで味方のゴールにせまっていく。
(だめだ、やられた)
と思って、みんなが目をつぶろうとしたとき、佐藤選手のすて身のスライディングタックル。
 つぎのしゅんかん、ボールは遠くへはじきとばされピンチを脱出していた。
 ザザザーッ。
なかなかうまくいかない。
 頭の中では、マリノスの小島選手がドリブルでせまってくる。秀樹は佐藤選手になったつもりで、スライディングタックルをする。
 でも、ボールをうまくけれなかったり、足が頭の中の小島選手の足をひっかけてしまったりする。
 秀樹は何度も何度も、スライディングタックルの練習をしていた。頭の中の小島選手は、いつのまにか和也に変わっていた。

『アントラーズの佐藤、引退か?』
 翌朝、朝刊のスポーツ欄の片隅にそんな記事が出ていた。20年以上の選手生活で初めての退場処分にショックをうけて、引退を決意したというのだ。佐藤選手は、ファールを取られやすいディフェンスのポジションなのに一度もレッドカードを受けた事がなく、それをとても誇りにしていた。
『かつては日本代表チームのキャプテンまでつとめた佐藤選手。しかし、ここ数年は故障続きと年令からくる衰えとで、精彩を欠いていた』
記事は、冷たくそうしめくくってあった。そして、その上には、マリノスのスーパースター、小島選手の大きな写真がかかげられていた。けっきょく昨日の試合でも、小島選手が決勝ゴールを決めていた。
 秀樹は、新聞を居間のソファーの上に置くと、自分の部屋に戻った。
 そこには、佐藤選手の大きなポスターがはってある。自分と同じポジションだということもあって、佐藤選手はいちばん好きなプレーヤーだった。
 佐藤選手は、長身ぞろいのセンターバックとしては、けっして身体が大きい方ではなかった。
 でも、的確な状況判断と体をはったプレーで、いつも味方のピンチを防いでいた。
 たしかに激しいスライディングタックルをすることで有名なので、相手チームのフォワードからは恐れられていた。
 ただし、わざと反則するような汚いプレーはけっしてしなかった。
 ギョロリとした大きな目と、トレードマークの口ひげ。ポスターの中の佐藤選手は、いつもと変わらぬ闘志あふれる表情をしている。右手を前にさししめして、チームメイトに何か指示を出しているようだ。グラウンド中に響き渡る大きな声が聞こえてきそうだ。

 ザザザーッ。
その後も毎日、秀樹はスライディングタックルの練習を続けていた。学校へ行く前、帰ってきたすぐ後、近所の公園に行って、何度も何度も練習をくりかえした。
 今度の紅白試合では、何がなんでも和也のドリブルを止めたかった。そのために、スライディングタックルをためしてみるつもりだった。
 どんなに注意していても、和也の例のフェイントにはひっかかってしまう。右とみせかけて左へ。頭ではわかっているのに、どうしても体がついていけない。
 それならば、抜かれた瞬間に、スライディングタックルでボールを遠くにはじきとばしてしまおう。それが、秀樹が考えた和也対策だった。
 ザザザーッ。
だんだんタイミングがあって、ボールを強く遠くに飛ばせるようになってきた。
 秀樹は練習をやりながら、佐藤選手のことも考えていた。あの日、退場させられるとき、本当にさびしそうだった。もしかすると、佐藤選手はこのまま本当に引退してしまうかもしれない。あの闘志あふれるスライディングタックルが、もう二度と見られなくなってしまうのだ。そう考えると、なんだかとてもたまらない気持ちになってくる。
 ザザザーッ。
秀樹は頭の中で佐藤選手のプレーを思い浮かべながら、けんめいに練習を続けていた。

 和也は胸でボールをうけると、ゆっくりとドリブルに入った。
「サイド、サイド、カバー」
 秀樹は大声で他のバックスの選手に指示すると、和也の前に立ちはだかった。
 和也は、ドリブルのスピードをグングン上げて近づいてくる。
 目の前にきたとき、右にグッと体重をかけた。
 秀樹がそちらに体をよせると、和也はすぐに左へ体を反転させた。
 得意のフェイントだ。
 秀樹も、けんめいに体勢を立て直してついていく。
でも、一瞬早く和也に抜かれてしまった。
(今だ!)
 秀樹はななめうしろから、スライディングタックルをしかけた。
 ザザザーッ。
秀樹の右足が、ボールにむかってまっすぐのびていく。
(やったあ!)
と、思った瞬間、わずかにボールに届かず、逆に和也の足を引っかけてしまった。
 ピーッ。
コーチのホイッスルがなった。反則を取られてしまったのだ。

「うーーん」
 助け起こそうとした和也が、右足首をかかえてうめいている。
「どうした?」
 監督やコーチたちが、あわててこっちにとんできた。他の選手たちも集まってくる。
「スプレー、スプレー」
 監督が、グラウンドのまわりで練習を見守っているおかあさんたちにどなった。マネージャーをやっているキャプテンのおかあさんが、救急箱を持って走ってきた。
 監督は和也の足首に、シューシューと痛み止めをスプレーした。そして、慎重な手つきで和也の右足首をゆっくりと動かしてみた
 でも、和也は、監督にさわられるたびに痛そうに顔をしかめている。
「春の大会が近いというのに、……」
 うしろでは、フォワードのコーチが心配そうな声を出していた。
「ねんざかもしれないなあ。病院に連れて行こう」
 監督が、マネージャーに車を用意するように指示している。
 とうとう和也は、コーチの一人に背負われてグラウンドを出ていった。秀樹は、うなだれたままそれを見送るしかなかった。

「……、41、42、43、……」
 家の玄関の前で、今日も秀樹はボールリフティングをしていた。
「……、61、62。あっ」
 バランスをくずして、下におとしてしまった。何度やっても、いつもより長くつづかない。ついつい和也のけがのことを考えてしまうからだ。
 昨日、練習が終わるころに、一緒についていったマネージャーとコーチは戻ってきた。
 でも、和也の姿だけはなかった。そのまま家へ帰ったのだという。
「けがはどうでしたか?」
 秀樹はまっさきに、コーチにたずねた。
「ヒデ、心配するな。だいじょうぶだから」
 コーチは、笑顔でそう答えてくれた。診察の結果は、右の足首の軽いねんざだそうだ。さいわい骨には異常はなかった。
(学校にも来られるかな?)
と、そのときはそう思った。
 それで、今朝はずっと校門のところで待っていたけれど、とうとう和也は姿を見せなかった。
(まだ痛いのかなあ)
 今日はなんども和也のクラスまで様子を見に行ったけれど、どうやら学校を休んでしまったようだった。これでは、とうぶんウィングスの練習には、出られそうになかった。

「ヒデちゃん、アントラーズの佐藤選手がテレビに出てるわよ」
 おかあさんが、家の中からよんでくれた。秀樹は練習をやめて、すぐに家の中に入った。
 テレビ番組は、ワイドショーのスポーツコーナーのようだった。佐藤選手は、大勢のレポーターやカメラマンたちに取り囲まれている。
「一部で引退されるとの報道もされていますが、……」
 レポーターが、マイクを佐藤選手に突き出した。
「生涯初めてのレッドカードが原因ですか?」
「小島選手との対決に破れたのが、ショックだったのですか?」
 矢継ぎ早に質問されている間、佐藤選手はだまってじっと下をむいていた。
「全国のファンに何か、コメントを、……」
 最後にそう聞かれたとき、佐藤選手は初めて顔をあげると、きっぱりとした口調でいった。
「引退なんかしません。たしかにこの間の試合では、恥ずかしいプレーをお見せしてしまいましたが、……。体をきっちりと直し、十分なトレーニングをして、もう一度チャレンジします。今度は、得意のスライディングタックルで、正々堂々と小島くんを止めてみせます」
 佐藤選手の顔には、いつもの闘志あふれる表情が戻っていた。
「次のコーナーは、……」
 画面がきりかわったテレビを消すと、秀樹はまた家の外へ出た。リフティングの練習をしながら、自分から和也にきちんとあやまろうと考えていた。

 ピンポーン。
インターフォンのボタンを押すと、玄関に和也のおかあさんが出てきた。
「あら、ヒデちゃん、よく来てくれたわね」
「これ、おかあさんが持って行けって」
 お見舞いのお菓子のつつみを、和也のおかあさんに手渡した。
 二階の部屋へ上がって行くと、和也は勉強机のいすにすわっていた。白い包帯をぐるぐるまきにされた右足が、いやでも目に飛び込んでくる。
「よお、どうだい、足の具合は?」
 秀樹が緊張しながらたずねると、
「だいじょうぶ。包帯がおおげさなんだよ」
 和也は、白い歯を見せてわらった。
「でも、歩けないんだろ?」
「歩けるよ。走ったり、サッカーはしばらくできないかもしれないけど」
 和也は立ち上がると、少し足を引きずりながら歩いてみせた。
「明日から学校にも行けるんだ」
「そうかあ」
 けががそれほどひどくないようなので、秀樹は少しホッとした気分だった。

「それより、おれ、退屈で死にそうだったんだ。ゲームをやろうぜ」
 和也はけがしていない方の足でいすの上にのると、棚の上から「スーパープロフェッショナルサッカー」をおろした。
 すぐに二人は、いつものようにはげしいたたかいをはじめた。
「シュート!」
 和也の赤チームの選手がシュートしたが、秀樹の青チームの選手がうまくふせいだ。
「ちくしょう」
 和也がくやしそうにつぶやいた。
(本当のサッカーでも、こううまくいけばいいのにな)
 秀樹は、攻撃に移りながらそう思った。
 でも、おかげですんなりと昨日の事を口に出すことができた。
「カズちゃん、ごめん。けがさせちゃって」
 和也の足をひっかけたのは、もちろんわざとではない。
 でも、結果として、ボールではなく足にタックルしてけがをさせてしまった。それは、秀樹のスライディングタックルがへただったせいだ。もっと練習してから使うべきだった。
「気にするなよ、ヒデちゃん。おれこそ、悪かったな」
「えっ?」
 秀樹はおどろいて、和也の顔を見た。
「おまえの足にひっかかっちゃってさ。 そっちはちゃんとボールにむかって、スライディングタックルしてたんだから。わざとした反則じゃないよ。おれがマリノスの小島みたいなスーパースターだったら、ヒョイととびこえて軽くシュートを決めてるよ」
「でも、ボールに足がとどかなかったんだから、やっぱり反則だよ。うまくいくと思ったんだけどなあ。どうして失敗しちゃったんだろ」
「それは、ヒデちゃんの足が短いからじゃないか」
 和也はニヤッとわらいながらいった。
「うるせえ」
 秀樹はそういうと、青チームの選手に強いシュートを打たせた。
 小さな白いボールは、赤チームのゴールキーパーにあたってゲーム盤の外へとびだした。そして、床の上をコロコロと遠くまでころがっていった。



        

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