現代児童文学

国内外の現代児童文学史や現代児童文学論についての考察や論文及び作品論や創作や参考文献を、できれば毎日記載します。

水間千恵「秘密のキスの行方――映画「ピーター・パン」(2003)について」

2021-10-12 17:43:44 | 参考情報

 日本児童文学学会の第51回研究大会で、発表された研究発表です。
 映像化が、原作のある面に光を当てることを、分析していきます。
 「ピーター・パン」(その記事を読んでください)は、ジェームズ・マシュー・バリーによって書かれて1904年に初演された戯曲で、その後、小説化もされ、何度も映画化されている児童文学の古典です。
 2003年に作られたアメリカの実写版の映画は、私は未見ですが、原作に忠実に作ったと監督が公言しているそうです。
 発表者は、「秘密のキスは何か?」と「フックはなぜ空を飛ぶか?」の二つのなぞに着目して、原作と映画の関係について考察しています。
 まず、「秘密のキスは何か?」についてですが、「秘密のキス」はウェンディのほほに時々現れるキスマークのことです。
 発表者は、「「秘密のキス」は大人の女性の証」だといいます。
 そして、ネバーランドでウェンディだけが個室を持つのも、大人になる象徴であるとします。
 この映画では、「全体が冒険的な少女の話として作られている」とされます。
 その中で、「秘密のキスが妖精を信じるという意味を持つ」と分析します。
 映画では、「冒険物から恋愛物への変化がみられる。戯曲よりも小説のほうが、女性の感情が強調されている。映画は成人女性の語り手を用いることによって、バリーの女性に対する冷ややかな視線から解放している。」と解説します。
 そして、最後にウェンディがピーターに秘密のキスを与えてピンチを救うシーンは、「男性のしまいこまれた夢をピーターが象徴していて、それを大人になった女性であるウェンディが認めていることを象徴している。」と位置づけます。
 「フックはなぜ空を飛ぶか?」については、「ネバーランドの夢の対象にフックも含まれている。フックもピーターと同様に大人にならないので空を飛ぶ。」と説明しています。
 全体としては、「この映画では常に女性視線で見ているところが特徴だ」としています。
 簡潔で要を得ていて、プロジェクターなども活用した上手なプレゼンテーションでした。
 質疑の時間に、「原作から百年以上たっているが、ジェンダー観の変化はどうか?」と尋ねてみました。
「この映画では、原作に忠実ということもありますが、ジェンダーに関する考え方は、原作とあまり変わっておらず、男性を助けて家庭を守る女性が肯定されている。これは、アメリカにおける家族の見直しなどのジェンダーに対する揺り戻しがあるからだろう。1950年代のアニメ版では、女性の自立が描かれていた。しかし、この映画では、男性のジェンダー観が巧みに隠蔽されている。」と、発表者は答えていました。
 このジェンダー観の揺り戻しは、新就職氷河期の日本でも起きて、過酷な就職活動を経験した若い女性の間で専業主婦志向が増加していました(現在は、就職状況が好転しているので、専業主婦志向は減っています)。
 そのため、そういった女性は、結婚相手の条件として年収600万円以上をあげていますが、そんな収入のある20代、30代の男性は当時4%しかいなくて、その結果、未婚率の上昇、晩婚化、少子化などが深刻化しました。
 このようなジェンダー観の揺り戻しを助長するかのような小説(例えば中脇初枝の「きみはいい子」など」も若い女性の中で人気がありましたが、そのような反動的なオールド・スキーム(古い仕組み)からパラダイム・シフトして、男女が対等に仕事も、家事や育児もこなすニュー・スキーム(新しい仕組み)になるように、政治を社会も人びとも努力しなければ、今日の経済格差、世代間格差、貧困、少子化などの問題は解決しないと思います。
 私の子どもたちの周辺を見ていると、現在の若いカップルはその方向に進みつつあるようです。

女になった海賊と大人にならない子どもたち―ロビンソン変形譚のゆくえ
クリエーター情報なし
玉川大学出版部
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J・M・バリー「ピーター・パンとウェンディ」

2021-10-12 17:39:52 | 作品論

 言わずと知れたイギリス・ファンタジーの古典です。
 本では読んだことはなくても、映画、アニメ、劇、ミュージカルなどでおなじみのことでしょう。
 もともと劇として書かれた作品なので、映像との親和性は抜群です。
 夢と冒険の国ネバーランドでのピーターを中心とした冒険物語は、あまりにも有名です。
 海賊、インディアン(当時はこの用語も平気で使われていましたが、正しくはネイティブ・アメリカンです)、猛獣、妖精、人魚など、子どもたちの冒険心をくすぐる素材が満載です。
 中でも、主人公の子どもたちたちが空を飛べるというバリーの発明は画期的なことであり、現在までに多くの追随者を生み出しています。
 その一方で、家族の愛情、中でも母親への賛美は、この物語のもう一つの柱になっています。
 おかあさんごっこや赤ちゃんごっこなどの疑似家族を演ずることは、子どもの成長過程で欠くことのできない要素で、バリーはそれを巧みに作品に生かし、子どもがやがて大人になっていき、またその子どもが生まれるといった生の繰り返しを見事に描いています。
 その対比として、永遠の子どもであるピーター・パンという不滅のキャラクターを作り上げました。
 この「永遠の子ども」というのは、多くの児童文学者の共通のモチーフであり、かくいう私自身も自分の中に「永遠の子ども」が潜んでいて、その子に向けて作品を書いていた時期があったことを認めざるを得ません。
 この「永遠の子ども」は、通常は自分自身の子どもが生まれたときに消えてしまうのですが、中にはいつまでも守り続けている人たちもいるようです。
 私の場合は、自分の中の「永遠の子ども」は消えなかったもののだいぶ薄れてしまいましたが、自分の息子たちが成人した今でも彼らの中に「永遠の子どもたち」を見ることができました。
 きっとこれは、児童文学者に与えられた特殊技能なのでしょう。
 孫の男の子たちが生まれてからは、息子たちの中の「永遠の子どもたち」も少し薄れてきました。
 でも、私が長生きすれば、成人した孫たちの中にまた「永遠の子どもたち」を発見できるのでしょうか?
 さて、この作品は百年以上も前に書かれた作品ですので、賞味期限を過ぎた素材(ネイティブ・アメリカンへの偏見、母親になることに偏ったジェンダー観、偏狭なイギリス紳士像など)も散見されますが、この作品の歴史的な価値を考えると、現代に合わせて翻案するのではなく、原作通りの翻訳に、当時の偏見に対する現代の見解を注釈として附けて、子どもたちに手渡したいものだと思っています。

ピーター・パンとウェンディ (福音館文庫 古典童話)
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福音館書店
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ギルバート・グレイプ

2021-10-12 10:45:52 | 映画

 1993年のアメリカ映画です。
 アメリカのさびれた田舎町で暮らす閉塞した状況の青年を、若き日のジョニー・ディップが好演しています。
 主人公は、父の自殺をきっかけに過食症になって、鯨のように太ってしまって(何百キロもありそうです。アメリカなどではこうしたいろいろなタイプ(すごく太った、すごく痩せた、すごく背が低い、すごく背が高いなど)の俳優がいるようです)家から一歩も出ない母親、知的障害のある弟(レオナルド・ディカプリオが好演して、アカデミー助演男優賞にノミネートされました)、二人の妹をかかえて、小さな食料品店で働いて古い父親の手作りの家を修理しながら、懸命に生きています。
 そんな彼のせめてもの息抜きは、お得意さんの奥さんとの、配達の時の不倫です。
 二人の関係は夫に感づかれているようなのですが、ある日、その夫は変死(子どもプールでおぼれます)して、疑われた奥さんは子どもたちを連れて町を出ていきます。
 その一方で、主人公は、祖母と二人でアメリカ中をキャンピングカーで旅している、自由な生き方(それは主人公が一番望んでいるものです)をしている少女と知り合います(キャンピングカーを牽引している車が故障して、この町に足止めされています)。
 主人公は、彼女やその生き方に強く惹かれているのですが、やがて車がなおって町を出発する彼女を、自分の生き方を見つめ直しながらも知的障碍者の弟と二人で見送ります。
 急死した母の死体とともに古い家を燃やす(母の死体を運び出すのに軍隊やクレーンが必要になり、地域の人に笑われる(それは母親が一番恐れていたことでした)のを防ぐためです)ことが、主人公を拘束している現実から解き放つことを象徴しているようでした。
 そして、一年後、再びこの地を訪れた少女と再会するラストに、おおいなる救いを感じました。
 日本での公開後に、演劇をしていた若い友人(高校生でした)から見るのを勧められた映画の一つです(他には、「恋する惑星」(その記事を参照してください)などがありました)。
 困難な状況でもそれを投げ出さずに、その一方で自分の生き方を見つめ直している主人公の生き方は、格差社会の困難な状況にいる今の日本の若い世代にも共感を持たれると思います。

ギルバート・グレイプ [Blu-ray]
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キングレコード

 

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