現代児童文学

国内外の現代児童文学史や現代児童文学論についての考察や論文及び作品論や創作や参考文献を、できれば毎日記載します。

松井直「浜田広介」子どもと文学所収

2021-05-30 13:28:25 | 参考文献

 児童文学研究者の石井直人よると「戦後児童文学の批評における最大の書物(「現代児童文学の条件」、その記事を参照してください)」である「子どもと文学」において、「日本の児童文学をふりかえって」に収められた文章です。
 いぬいとみこが書いた「小川未明」の記事でも述べましたが、ここでも作品の時代的な背景や、英米の子どもたちと日本の子どもたちでは生活環境も読書環境もぜんぜん違うことを一切無視した、一方的な批判が繰り返されていて、改めて「子どもと文学」グループの限界を感じさせられます。
 広介の代表作である「泣いた赤おに」、「むく鳥のゆめ」、「花びらの旅」や幼年童話を取り上げて、浜田が感銘したと述べているアンデルセンの諸作品と比較して、「暗い」、「無駄な描写が多い」、「マンネリズム」、「あいまいな気分の作品」などと、酷評しています。
 生きることの哀しみを文学的に表現した(著者に言わせると「あいまい」な表現かもしれませんが)広介の作品を、そんな物は子どもには不必要だとしては、文学に対する立脚点が違いすぎて議論が成り立ちません。
 この批評がされてから六十年以上がたちましたが、著者が取り上げた広介の作品は、今でも子どもたちに読み続けられています。
 確かに、著者が指摘したように、絵本や紙芝居に翻案される過程で、より子どもたちにわかりやすくなるようにリライトされていることでしょう。
 しかし、作品の根底にある物語構造や人生観は、広介のオリジナルのものなのです。
 「子どもと文学」のグループがリリアン・H・スミスの「児童文学論」の影響下にあったことは繰り返し書いていますが、著者のこの文章の書き方はいぬいと全く同じで、外国児童文学(特に英米児童文学)を基準(彼らの言葉を借りれば、「子どもの文学はおもしろく、はっきりわかりやすく」)に照らして評価しているだけなのです。
 自分たちの主張も大事でしょうが、広介の作品にある継承すべき点をも切り捨てるような評論の書き方は、フェアではありません。
 その後、彼らはいろいろな立場で日本の児童文学界で主導的な地位を占めるわけで、現在の日本の児童文学の即物的で文学性が欠如した状態にも、彼らに責任の一端があると言わざるを得ません。

子どもと文学
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