著者は、「日本の児童文学にはじめて生き生きとした子どもたちを登場させた作家」として、省三を評価しています。
それはその通りだと思いますが、著者はその一方で、代表作の「虎ちゃんの日記」の虎ちゃんと、マーク・トウエンの「トム・ソーヤ―の冒険」のトムを比較して、そのキャラクターの違いを述べて、作品自体も「物語の筋は大きく動き回らずに消えてしまう」と批判しています。
この批判は、国民性の違いや作品のねらいの違い(日記と冒険)を、完全に無視していると思います。
日本の児童文学は、トム・ソーヤーやエーミール・ティッシュバイン(エーリヒ・ケストナー「エーミールと探偵たち」などの主人公)やクローディア・キンケイド(カニグズバーグ「クローディアの秘密」の主人公)のような、その国その時代の典型的な子ども像を一人も生み出せなかったとよく言われます。
私見を述べれば、戦前は虎ちゃん、戦後は山中恒「赤毛のポチ」のカッコがそれに一番近かったかもしれません。
著者もこの論文の最後に紹介していますが、当時の子ども読者(特に中国などの外地で育った子どもたち)は、省三が描いた日本の山河で遊ぶ虎ちゃんたちに、日本固有の「民族的」なものを感じ取っていたようです。
著者は、省三のそれほど多くない作品を、「子どものやんちゃな姿を題材にしたもの」、「孤独な子どもをえがいたもの」、「子どもの世界以外の題材をあつかったもの」の三種類に分類しています。
そして、それぞれ「生き生きした子どもを描くこともでき」、「ある情景をまざまざと再現することもでき」、「おもしろい筋をくりひろげることもでき」と評価しつつ、「そのすべてをあげて堂々と本格的な物語を組み立てることができませんでした」と、その限界を示しています。
著者は、こうした優れた点を生み出せた理由として、省三の資質(賢治の時も、瀬田貞二が、この言ってみれば身もふたもないことを指摘していたのですが、残念ながら私の経験でも全くその通りだと思います)と、「あららぎ」派の歌人たちの影響による「写生」であるとしています。
そして、省三の限界についても、その「写生」にこだわりすぎてフィクションを展開しなかったためとしています。
「千葉省三」論という本題からはそれてしまうのですが、この論文には著者たち「子どもと文学」グループの児童文学に対する考え方とその限界が感じられる部分があり、その後の「現代児童文学」に大きな影響を与えたと思われます。
まず冒頭の「生き生きした子どもたち」のところで、「坪田譲治の作品の中の子どもは、なまなましい現実感はあっても、児童文学としてはとりあげる必要のない側面ばかりがえがかれていました。」と批判していますが、これが「現代児童文学」にタブー(死、離婚、家出、非行などの人生あるいは人間(子どもたちも含めて)の負の部分は描かない)を生み出し、これが破られるようになったのは1970年代の終わりごろになってからでした。
また、千葉省三が、当時の児童文学界の影響を受けて、子どもの理解や興味よりも文学性を重視するようになったことを批判して、「文学的な高さをもちながら、子どもを楽しませ喜ばせてやるものこそが、児童文学であると考える人はいなかったのです。」と述べています。
これはまさに正論なのですが、この論文が含まれている「子どもと文学」の「はじめに」において、「子どもの文学はおもしろく、はっきりわかりやすく」というスローガンを、「世界的な児童文学の基準」として強く打ち出したために、ここで書かれている「文学的な高さ」はほとんど無視されて、安易なステレオタイプな作品(特に幼年文学において)が量産されることになります。
「児童文学は児童と文学という二つの中心をもつ」という楕円原理を使って、児童文学を解説してくれたのは児童文学研究者の石井直人(「現代児童文学の条件」(その記事を参照してください)ですが、日本の児童文学の歴史は、そのどちらかに偏った状態を繰り返してきたと思われます。
明治時代に近代児童文学がスタートした時には、「お伽噺」という言葉によく表れているように「児童」に偏っていました。
これを批判する様にして生まれた「赤い鳥」や小川未明、坪田譲治などの「近代童話」は、今度は「文学」に偏ります。
未明に、「童話」は「わが特異な詩形」と言われても、子ども読者は困ってしまいます。
「現代児童文学」では、これらすべてを批判する形でスタートしたわけですから、本来は「児童」と「文学」の両立を目指していたのですが、やはりその時期によって偏りはあります。
おおざっぱに私見を述べると、スタート時の1960年前後はさすがにかなり両立していましたが、すぐに幼年文学を中心に「児童」へ偏り、その反省から1970年代には再びその両立が目指されました。
そして、「タブーの崩壊」や「児童」という概念の見直しが行われた1970年代末からは、「文学」に傾いた小説的な作品(一般文学への越境)と、「児童」(子ども読者)に傾いたエンターテインメント作品に二分化されるようになりました。
そして現在は、「文学」的な作品はほぼ死に絶え、「児童」に対する書き手の関心も驚くほど希薄になっています。
つまり、現在の児童文学は、「児童」と「文学」の両方の中心を失った、「現代児童文学」とは全く別のものに変質しているのです。
さらに、著者は、この論文で、「写生」よりも「フィクションを展開」することを重視しています。
これは、1980年代を除いては「現代児童文学」の基本原理で、安藤美紀夫も「児童文学とはアクションとダイアローグで描く文学だ」と言っていました。
現在の児童文学作品でも、「描写」よりも「ストーリー展開」が重視されています(というよりは「ストーリー展開」と「それに必要な説明」だけといってもいいかもしれません)。
しかし、はたして「アクションとダイアローグで描いて」、「文学的な高さ」を保っている作品があるかというと、大きな疑問があります。
「アクションとダイアローグ」で描いて「文学的な高さ」を保つためには、そのための方法論が必要です。
そういった意味では、「児童」と「文学」が一番両立していた1970年代前半の児童文学作品(斉藤敦夫「冒険者たち」、安藤美紀夫「でんでんむしの競馬」(その記事を参照してください)、舟崎克彦・靖子「トンカチと花将軍」、岩本敏男「赤い風船」(その記事を参照してください)、砂田弘「さらばハイウェイ」、大石真「教室205号」(その記事を参照してください)、庄野潤三「明夫と良二」、さねとうあきら「地べたっこさま」、天沢退二郎「光車よ、まわれ!」、今江祥智「ぼんぼん」など)が一番参考になるかもしれません。
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