現代児童文学

国内外の現代児童文学史や現代児童文学論についての考察や論文及び作品論や創作や参考文献を、できれば毎日記載します。

小熊英二「総説 「先延ばし」と「漏れ落ちた人びと」」平成史所収

2020-09-28 16:23:03 | 参考文献

 2012年10月30日に初版が発行された、小熊英二編著の「平成史」の巻頭論文です。
 平成史とありますが、もちろん平成時代は現在進行だったのですから、正確にはバブルが崩壊した1991(平成3)年から東日本大震災と福島第一原発事故のあった2011(平成23)年までの20年間を対象としています。
 この総説では、この二十年間とその前の時代を、やや性急な感じで概観しています。
 小見出しをあげてみると、「工業化時代の想像力」「ポスト工業化」「福祉におけるポスト工業化社会のバリエーション」「移民と地方経済」「「日本型工業化社会の成立」「バブル期から九十年代へ」「政治の推移」「「中流崩壊」と「ゆとり教育」」「女性労働と少子化」「「格差」と「地方」」「現状認識の転換を」となります。
 作者によると、戦後の日本の大きな変換点は、1955年(55年体制の成立と高度経済成長の始まり)と1991年(バブルの崩壊と55年体制の終焉)で、1973年ごろにオイルショックやドルショックによる小さな変換点があったとしています。
 また、2011年(東日本大震災と福島第一原発事故)が大きな変換点になるかどうかは、これからの歴史を待たねばなりません。
 そこで、この論文は、平成の前の時代にあたるバブル崩壊に至るまでと、その後の二十年間の平成時代について、駆け足で述べるとともに、この後に他の著者たち(一つだけは小熊自身)によって書かれる各論文の前振り的な役目を果たしています。
 紙数が限られているため、論文には87個もの注が付けられていてたくさんの関連する本や論文が紹介されていますが、文中にはそれらからの引用はなく、小熊自身のことばで簡単にまとめられています。
 小熊の文章は非常にロジカルでわかりやすいのですが、他の小熊の本(大部になることが多いです)と違って、引用による具体的な文章がないため、正確なニュアンスが小熊というフィルタを通すことによってこぼれ落ちてしまうことが多かったような気がします。
 本の序文で「震災後の二〇一一年春に、河出書房新社から「平成史」を書かないかという依頼をうけた。私自身は、一人で一冊の本としてそれを書く気はない、若い研究者と共同で研究会をやりながら相互に知恵を高めあうプロジヱクトとしてならやってもよい、と答えた。
 その後に分野決めと人選を行ない、ニ〇一一年八月から、各自二回の発表を行って相互批判する機会を作った。最初に基本アイデアを発表し、コメントを受けたあと、草槁を書いてさらに批判を受けるのだ。その分野の著者に依頼しただけで終わり、というありきたりの共著の書き方では、おもしろくないと思ったからである。参加者も意欲的で一年弱のあいたに議綸と内容が深まってていった。
 またせっかくの機会なので、一回ごとに研究会の場所を変えることにした。各自一ヵ所ずつ、自分が知っている「おもしろそうな場所」を紹介し、社会見学も兼ねてそこで研究会を開いたのである。」と弁解していますが、やはり読者としては、小熊自身でじっくり書いてほしかったという気持ちはぬぐいきれません。
 最後に、小熊は、平成史を見直す必要性について、以下のようにまとめています。
「「平成史」を一言で表現するなら、以下のようになろう。「平成」とは、一九七五年前後に確立した日本型工業社会が機能不全になるなかで、状況認識と価値観の転換を拒み、問題の「先延ばし」のために補助金と努力を費やしてきた時代であった。
 この時期に行なわれた政策は、その多くが、日本型工業化社会の応急修理的な対応に終始した。問題の認識を誤り、外圧に押され、旧時代のコンセプトの政策で逆効果をもたらし、旧制度の穴ふさぎに金を注いで財政難を招き、切りやすい部分を切り捨てた。
 老朽化した家屋の水漏れと応急修理のいたちごっこにも似たその对応のなかで、「漏れ落ちた人びと」が増え、格差意識と怒りが生まれ、ボピュリズムが発生している。それは必ずしも政策にかぎった現象ではなく、時代錯誤なジェンダー規範とその結果としての晩婚化・少子化もまた、|先廷ばし」の一例といえよう。だが「先延ばし」の限界は、もはや明らかである。
 表面的には「若者がハンバ―ガーを食べている風景」は一九七〇年代と変わらず、八〇年代から「大きな変化は何も起こっていない」ようにみえる。だがそうした認識の根底にあるのは、社会構造変化の実情と、旧態依然の社会意識のギャップである。そのギャップを「先延ばし」にしているかぎり、認識から「漏れ落ちた入びと」は大する。震災と原発事故によって、多くの人びとが日本型工業化社会の限界を意識し始めたいまこそ、「平成史」を見直すことがもとめられている。」

 

平成史 (河出ブックス)
クリエーター情報なし
河出書房新社
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2020-09-28 10:04:48 | 作品

ルルルー、ルルルー、……。

「ケイ、電話に出てくれ」
 店長が調理場からどなった。
「OK」
 リュウはヘルメットをぬぐと、受話器を取った。
「はい、ギャモンピザです」
「デリバリー、お願いします」
 男の子の声がした。リュウと同じ中学生ぐらいだろうか。
「はい、ご注文は?」
「スペシャルギャモンピザのLひとつ、オニオン抜きのペパロニダブルで。それにダイエットコークのラージとチキンとポテト。あとコールスローもひとつ」
「ありがとうございます。ご住所はどちらですか?」
「マリオットトウキョウホテルのラグジュアリタワー4301号室」
 マリオットトウキョウは、すぐそばにあるホテルだ。ギャモンピザとはチェーン同士で提携しているので、各部屋にメニューが置かれている。
「はい、わかりました。30分以内にお届けします」
「もっと早くならないからなあ。20分以内で来たら、チップをはずむからさ」
いかにも特別扱いになれている感じのする横柄な言い方に、リュウはカチンときた。
 しかし、気を取り直して、
「はい、できるだけ急いでお持ちします」
と、ていねいに答えて受話器を置いた。
「スペシャルL、オニオン抜き、ペパロニダブル、エクスプレスでお願いします」
 ひっきりなしに出入りしている配達用のバイクの音に負けないような大声で、リュウは調理場に大声でどなった。

リュウがこのピザ屋でバイトするようになってから、まだ2週間だ。背が170以上もあるおかげで、兄貴(ケイ)の原付の免許証も、二才もさばよんだ年令も、まだばれていない。幸いなことに、ケイとは顔がよく似ていた。
 中学三年生のリュウは、もう半年近く学校に行っていない。いちおう受験生なのだが、リュウはすっかり勉強をする気を失っていた。
両親は、リュウが学校に行くようにといろいろ手を尽くしていた。学校の先生たちや教育委員会とも相談したし、病院の専門家にリュウを見せたりしていた。
しかし、どれも効果がなく、最近はリュウを学校に行かせるのをあきらめたみたいだった。
学校に行かなくなったリュウは、家で本ばかり読んでいたが、こもりっきりなのでだんだん鬱屈してきていた。
 そんなリュウを、兄貴のケイが心配して、ピザ屋のバイトをすすめてくれた。両親もケイを信頼しているのか黙認している。
「ケイ、マリオットのスペシャルあがり」
 店長が、負けずに大きな声で怒鳴った。
 リュウはなれた手つきでできたてのピザを保温バッグに詰めると、ダイエットコークやコールスローやナプキン類をかき集めた。
「12号車、マリオット、出ます」
 リュウは三輪の配達用バイクにまたがると、大きくターンさせて出発した。
(ふーっ、寒い)
 前から吹きつけてくる風が冷たい。リュウは思わず肩をすぼめた。
 マリオットホテルは、大通りに出るともう目と鼻の先だ。リュウのバイクが正面玄関の前を通りかかると、あたりはいつになく混み合っていた。
 大きな望遠レンズのついたカメラをぶらさげたカメラマンたち。テレビカメラを肩に担いだニュース番組のクルー。メークの手直しに忙しいどこかで見かけたようなレポーターたち。そばには、テレビ中継車が何台も停まっている。
(そういえば、シクスティセブンスが泊まっているって、言ってたっけ)
 トウキョウシクスティセブンスといえば、ギグスのワールドスーパーリーグのファイナルも大詰めだ。黄金のワールドカップを、ロサンゼルススペースウォリアーズと争っている。
今、リュウが着いたマリオットホテルトウキョウは、シクスティセブンスがトウキョウに戻ってきた時の定宿なのだ。正面玄関にいる報道陣は、シクスティセブンスの取材のためなのだろう。きっと明日のテレビやスポーツ新聞には大きく取り上げられるに違いない。
 リュウはバイクを大きくターンさせると、横手にある業者用入り口の前に停めた。警備員に合図を送って、リュウはホテルの中に入っていった。
ロビーは、報道陣やファンの人たちでごったがえしている。シクスティセブンスのメンバーが現れるのを待ち受けていた。
 エレベーターホールにむかうと、そこにも私服のガードマンがいて、トランシーバーで何か話している。リュウがエレベーターに乗り込むと、こちらに鋭い視線を送ってきた。
 エレベーターは、一気に43階まで上がっていく。
 リュウはピザの入ったバッグを胸の前に抱えて、エレベーターのうしろの壁によりかかった。すごいスピードで階を示す数字が変わっていく。少しGがかかって、床に押し付けられるような感覚がある。
 ピンポーン。
軽くチャイムがなって、43階に到着した。
 ドアが開いて外に出ると、いきなり二人の男が前に立ちはだかった。一人は、ビシッとしゃれたスーツを着こなした金髪の男。右耳に銀色のピアスを二つつけている。もう一人は、まるでゴリラのように筋肉の盛り上がった大男で、両耳が潰れている。ジュージツかレスリングの選手のようだ。どうやら二人ともボディーガードらしい。
「小僧、なんのようだ」
 金髪の男が口を開いた。
「1号室に注文のピザを届けにきました」
 金髪の男がトーキーで確認している間、ゴリラ男がこっちをにらみつけた。リュウが負けじとにらみ返すと、怒った顔をして一歩進み出ようとした。
「待て、OKだ」
 金髪はゴリラをとめると、リュウにあごをしゃくって、
(こっちだ)
と、合図した。
 リュウは、金髪の後に続いて長い廊下を歩いていった。
(そうか!)
 リュウは、この階がVIP専用フロアだということに、ようやく気がついた。廊下の幅は他の階よりもずっと広いし、じゅうたんもフカフカでかかとがもぐりそうだ。
(今日、このホテルに泊まっているVIPといえば?)
 そう、シクスティセブンスのメンバーに違いない。
 リュウの心臓は、期待と緊張で急にドキドキしてきた。ごたぶんにもれず、リュウも、ギグスの、そしてシクスティセブンスの大ファンだった。
 廊下の突き当たりの部屋の前で、金髪は立ち止まった。ドアの前には、もうひとりの男がいる。金髪たちよりも年上で、がっちりした体つきをしたほほに傷のある男だった。傷男は、すでにトーキーで話しを聞いていたようだった。うさんくさそうな目つきでリュウをチラッと見ただけで、すぐに部屋のチャイムを鳴らした。
 ガチャン。
鍵を外す音がして、ドアが開いた。
 ドアを開けたのは、ほっそりした小柄な少年。銀色の髪の毛を針ネズミのようにとがらし、黒いまん丸の瞳に長いまつげ。
そう、トウキョウシクスティセブンスの、いやギグス全体にとっても最大のスーパースター、ケンだった。

「19分37秒68。すばらしい」
 腕時計のストップウォッチを止めながら、ケンがいった。
「えっ?」
「受話器を置いてから、君が来るまでさ。さっき、電話に出た人だろ。じゃあ、こっちに持ってきて」
 どうやら今いる所は、たんなる入り口にすぎなかったらしい。
 両開きの次のドアを、ケンが開けた。そこは、……。
 豪華なソファーセットやダイニングテーブルが置かれた、教室ほどもありそうな大きな部屋だった。
(これだけで、うちのマンション全部が、すっぽり入るな)
 リュウは、物珍しげにキョロキョロとあたりをながめていた。反対側の開け放したドアからは、さらにその先に、バスルームや寝室があることがわかる。どうやらとてつもなく豪華なスイートルームのようだ。部屋のすみには、ビリヤードの台や、ピンボールやエアホッケーなどのゲームマシンまでがならんでいる。
「じゃあ、そこに置いといて」
 ケンがさししめたのは、ベランダに通じる大きなガラス戸の前のテーブルだった。凝った装飾が、優美にカーブした脚や縁にほどこされている。
(ロココ調?)
 まだ学校に行っているころ、美術の時間に習った言葉が頭にうかんでくる。
「4725円になります」
「ルームにつけといてくれる?」
 ケンはそういうと、差し出した領収書にルームナンバーとサインを書き込んだ。
「ありがとうございました」
 リュウが頭を下げて、部屋を出て行こうとすると、
「ちょっと、待って、これ取っといて」
 ケンは小さくたたんだ一万円札を、リュウに押し付けようとした。
「なんですか、これ?」
「チップだよ。20分以内だったら、あげるっていったじゃない」
「いえ、こういうのは、いただかないことになってますから」
 リュウはそういって、一万円札を相手に押し返した。
「ふーん」
 ケンは、不思議そうな表情をうかべてリュウの顔をみつめていた。やがてニヤリと笑うと、部屋の向こうのゲーム台を指差した。
「じゃあ、こうしよう。ゲームで決着つけようぜ。君が勝ったらチップは受け取らなくていい。でも、おれが勝ったら受け取ってくれ。どのゲームをやるかは、そっちが決めていい」
 リュウはしばらく黙っていたが、やがて同じようにニヤリとした。
「OK、エアホッケーで一点勝負なら」
 このゲームなら、いつも兄貴たちとゲーセンでやっていたのでけっこううまい。リュウは、自信満々のこのスーパースターをギャフンといわせたくなっていた。
「そうこなくっちゃ」
 ケンはうれしそうに顔をクチャクチャにして笑いながら、すぐにエアホッケー台へ走っていった。そんなところは、まるでちっちゃい子みたいだ。ケンが電源をONにすると、すぐに盤面に均一に開いている細かな穴から、エアーがふきだしてきた。白くうすべったいパックが、盤上をゆっくりとすべりだす。
「じゃあ、やろうぜ」
 ケンが先にピンクのパドルを取った。
「いいよ」
リュウは、ブルーのパドルを手にして反対側にまわった。
 そのとき、傷男がドアの所に立ったまま、油断なくリュウの様子をうかがっているのが目に入った。なんとなく落ち着かない気分だ。
「ムラタ、もういいから、外へ行ってて」 
 リュウのけげんそうな表情に気がついたケンが、傷男にどなった。
「……」
 傷男はぜんぜん聞こえなかったかのように、そのまま動こうとしない。
 ケンは、肩をすくめながらリュウにいった。
「悪いけど、ムラタのことは気にしないでくれないかなあ。おれをガードするのが、彼のビジネスなんだ」

 勝つにしろ、負けるにしろ、一点勝負なのですぐに決着が着くと思っていた。
 ところが、いざ始めてみると、なかなか終わりそうになかった。二人の力量が不思議にきっこうしているのか、どちらもパックを相手のゴールに打ち込めないのだ。
 ケンが打ち込んでくるパックは、思ったよりスピードがなかった。だから、ゲームは初めから、リュウの攻勢で進められた。
 バチーン、……、バチーン。
リュウが打ち込んだパックが、すごいいきおいですべっていく。ワンクッション、ツークッションを使ったサイドからの攻撃。わざと相手のパドルにあててリバウンドをねらう連続攻撃。リュウは、あらゆるテクニックを駆使して攻め立てていた。
 何度も、
(決まった!)
と、思う瞬間があった。
 でも、ケンは驚異的な反射神経でパドルを動かして、パックをはじきかえしてしまった。  
 またたくうちに5分がたって、やがて10分が過ぎた。
(いけねえ、また店長にどなられる)
 クマのようなごっつい体つきの店長は、見かけに似合わず神経質で時間にうるさいのだ。帰るのが少しでも遅れると必ず文句をいわれる。
 しかし、リュウがいくら必死に攻撃しても、ことごとくケンのパドルにはね返されてしまっていた。
(待てよ、もしかしたら?)
 しばらくして、リュウの心の中に、ひとつの疑念がうかんできた。もしかすると、ケンはゲームを長引かせるために、わざと攻撃をしかけてこないのかもしれない。
 リュウはプレーを続けながら、よくよくケンが打ち返すパックの球筋をながめてみた。
(やっぱり)
 どんなにリュウがパックの方向を散らしても、ケンからのパックは実に規則正しくリュウの手元に戻ってくる。案の定、ケンはスピードをコントロールして、パックをリュウのパドルに正確に戻してきているようだ。
(こいつ、おれをひまつぶしの相手にさせているな)
 馬鹿にされたような気がして、リュウはカッと熱くなった。
 バチーン。
また、パックが正確に手元に戻ってきた。
 バッ。
リュウはパドルでパックを押さえてとめると、ケンをじっと見つめた。
 それから、正面のケンのパドルにめがけて、軽くパックを送り出した。ケンもパドルでいったんパックをとめてからゆるく返してくる。それをリュウが軽く打ち返す。ケンも軽く戻す。
 カツーン、……、カツーン、……。
白いパックは、二人の間をゆっくりといったりきたりしていた。その間、リュウは3メートルほど先にいるスーパースターをにらみつけていた。
やがて、ケンが根負けしたようにニヤリと笑った。
「本気を出さないんなら、やめるぜ」
 リュウは、ニコリともしないでいった。
「わかった」
 ケンはそう答えると、いきなりすごいスピードでパックを打ち込んできた。
 ガチーン。
リュウは、かろうじてパックをはじきかえした。 激しい音をたてて、火花がとびそうないきおいだった。こんなにすごいスピードのシュートを受けるのは初めてだ。もう少しで、パドルを手からふっとばされるところだった。
 それを境にして、ケンの一方的な攻撃が始まった。リュウの方は、それをなんとか防ぐのでせいいっぱいだった。
ケンの攻撃は、スピードがすごいだけでなく、コントロールも異常なくらい正確だった。ワンクッション、ツークッションさせても、必ず正確にリュウのゴールをとらえてくる。すべての球筋が、あらかじめ見えているようなのだ。
リュウの方は、さっきとうってかわって防戦一方で、とてもケンのゴールをねらうどころではない。かろうじて、得点を許していないだけだ。
 また、5分がたち、さらに10分がたった。一所懸命パックを受けているうちに、いつのまにか店長のことなんかは気にならなくなっていた。もうどうせ怒られるんだし、こんなすごいエアホッケーなんて、これから二度とできないかもしれない。リュウは、すっかりケンとの戦いに夢中になっていた。そして、ふと向かい側で同じように熱中しているスーパースターも自分と同い年なんだなあと、思ったりしていた。
 突然、ケンがパドルをとめた。パックはそのままゴールに吸い込まれていく。
チーン。
軽いチャイムが鳴って、リュウ側の得点ランプにあかりがともった。
「おれの負けだよ。すごい腕前だ。まさか、こんなにやれるとは思わなかった。これ以上続けて、君がピザ屋をクビになったらこまるしね」
 ケンはそういって、またニヤリとわらった。そういえば、店を出てから、もう一時間近くになっている。今ごろクマ店長は、カンカンに怒っていることだろう。
「でも、こんなにすごいゲームはほんとに初めてだよ。いつもムラタたちとやってんだけど、みんなてんで弱いんだ」
 ケンがそういっても、傷男はもちろん表情を変えない。
「おれも、こんなすげーのは初めてだ」
 リュウは息を弾ませながらそう答えた。本当に心からそう思っていたのだ。右腕はすっかりしびれていたし、額にもびっしりと汗が浮かんできている。
 ところが、ケンの方は何事もなかったようにケロリとしている。すごいスタミナだ。それに反射神経や瞬発力もすごい。
(やっぱり一流のアスリートは違うな)
と、リュウは思っていた。
「まだ、名前聞いてなかったっけ。おれは、……」
 ケンがニッコリしながらいった。
「そんなの世界中の奴が知ってる」
 リュウが息をはずませながら答えた。
「それで、君は?」
「リュウって、いってくれ。君と同い年だ」
「えっ、ほんとに? ふーん、最近のピザ屋は、中学生にバイクで配達させてんのか」
 ケンはさもおもしろそうにわらった。
「……」
 リュウは、
(しまった。ばれちまった)
と、思って、黙っていた。
「安心しろよ。チクッたりしないから」
 ケンがそういったので、リュウはホッとした。
「年齢なんて関係ないさ」
 ケンがそういうと、やっぱり説得力がある。なにしろ弱冠15才のスーパースターなのだから。
「ところで、明日さあ、試合なんだ」
 ケンは、少しはにかんだような表情を浮かべて、また話し出した。
「それも、世界中の奴が知ってる」
 リュウは、なんだか少しおかしいような気分だった。どうやらこのスーパースターは、自分が世界中でどのくらい注目されているか、ぜんぜん自覚していないみたいなのだ。まあ、こんな世間から隔離されたような生活をしていては、それも無理ないかもしれないけれど。
「良かったらさあ。一緒に明日の試合に来てくんないか」
 ケンは、まるで昔からの友だちを遊びに誘うような感じでいった。
「えっ、まじかよ。ファイナルの第五戦だろ。すげえなあ」
 リュウはびっくりしてしまった。
「だけど、バイトがあるからなあ。無断で休んだりしたらクビになっちゃうし」
 もちろん、ギグスのファイナルの試合は見てみたい。
 でも、カンカンに怒っているだろうクマ店長に、急に休ませてくださいとはいいにくかった。
「ムラタ!」
 ケンは傷男を呼ぶと、電話をする身振りをしてみせた。傷男は、すぐにギャモンピザのメニューを手に部屋を出て行った。
「だめだと思うよ、うちの店長、そういうの、うるさいから」
 クマ店長のどなり声が聞こえてくるようだ。
 でも、ケンはだまってニヤニヤしているだけだった。

しばらくして、傷男が部屋に戻ってきた。スマホをリュウに差し出す。
 リュウがおそるおそる電話に出ると、
「あっ、ケイくん。ムラタさんから話は聞いたからね。明日は休んでいいから」
 店長は、意外にも馬鹿ていねいな口調だった。
「えっ、ほんとにいいんですか?」
 リュウは、まだ信じられない思いだった。
 ところが、店長の許可は、明日、休んでいいということだけじゃなかった。なんと、今日の仕事もこのままあがっていいというのだ。リュウは、キツネにでもつままれたような気分だった。
 そのとき、ケンが傷男に向かってニヤリとしたのに、気がついた。
(ははあ、何か仕組んだな)
 傷男が、店長に何か条件を出したに違いない。もしかすると、今日の残りのピザを全部買い占めるとかなんとかいったのかもしれない。それくらいの金は、明日の試合に備えてケンのご機嫌を取るためなら、なんでもないことなのだろう。
(それとも、金髪やゴリラが店長に脅しを?)
 そういえば、店長の声は少しビビッていたようにも思えた。
 しかし、とにもかくにも、こうしてリュウはギグスのファイナルを見に行かれることになったのだ。

 ギグスというのは、内部が低重力になっている透明なアクリル製の大きなチューブの中でやるバスケットボールに似たゲームだ。リングにボールを入れる所はバスケと一緒だが、低重力において行われるので派手な空中戦が売り物だった。
 すばやいパスまわしをして、すごいスピードで相手ゴールに攻めこむ。時には、まわりの壁や天井をキックして、豪快なダンクシュートを決めることもできる。そのときに、派手な宙返りやきりもみをするのが、ギグスの最高の見せ場だった。
また、チューブの中でやるので、壁や天井を使った複雑なパスワークも見所のひとつだ。
 低重力で空中を飛びまわってやるゲームだから、バスケと違って身長などの体格差は関係ない。むしろケンのような小柄な選手の方が、スピードを生かして活躍できるようだ。だから、サッカーと同じように、世界中のどこの国の選手でも、スーパースターになれる可能性がある。ただ、低重力ドームを建設するのにお金がかかるので、今のところは先進国でしか行われていなかった。
 三年前に、アメリカと日本を中心にワールドリーグが結成されてから、急速に人気が高まっている。アメリカに十チーム、ヨーロッパに二チーム、そして、日本にも二チーム、プロのギグスのチームがある。日本からは、ケンのいるトウキョウシクスティセブンスと、大阪に本拠地のあるカンサイクレイジータイガースが参加していた。
 日本やヨーロッパのチームは、ふだんはアメリカのチームと一緒にアメリカ国内をツアーしてまわっている。
当然、日本やヨーロッパのチームにとっては、アウェイゲームばかりだ。
日本やヨーロッパのチームのホームゲームは、時々、日本やヨーロッパに全チームが終結して、一気に消化するのだった。
 トウキョウシクスティセブンスの、今年のレギュラーシーズンの成績は全体の二位。その後のプレイオフを勝ち抜いて、レギュラーシーズン一位のロサンゼルススペースウォリアーズと、ファイナルを戦っていた。
 ケンは、そのギグスで、二年前に史上最年少の13才でプロ契約した天才プレーヤーだった。驚異的な身の軽さを生かしたスピードあふれるプレーを得意としている。
得意技は、フォールスピニングダンク。サイドの壁を蹴って天井に駆け上がり、そこからまっさかさまにきりもみしながらゴールに直接シュートをきめる。世界中でも、彼にしかできない技だった。
デビューした年は、レギュラーシーズンの途中からの参戦だった。それでも、いきなり毎試合三十点以上の得点を決める大活躍で、新人王を獲得している。
昨シーズンは、予想どおりにみごと得点王に輝いた。チームもファイナルまで進出したが、今年の顔合わせと同じロサンゼルススペースウォリアーズに敗れて、惜しくも優勝は逃していた。
ケンは、レギュラーシーズンでは今年も二年連続で得点王を獲得している。今は念願のリーグ優勝とMVPをねらっている。
ケンは、本当ならばまだ義務教育の中学三年生の年令だ。プロ契約した時には公立中学の一年生だった。それからは、シーズン中は転戦転戦で、学校に行く暇がぜんぜんなかった。出席に厳しい公立中学ではとても進級できる状態ではない。それどころか、このままだと児童保護法違反になるところだ。
そこで、チームは出席に甘い私立中学に転校させた。そして、シーズン中は通信教育を受けていることになっている。
でも、それはまったくのおざなりで、ケンの学力は中学一年程度から止まったままだった。まともな学校生活もおくっていないから、同年輩の友だちもぜんぜんいなかった。
 一方、リュウの方も同じ15才だった。中学三年生だから、本当ならば今ごろは受験勉強に追われているころだ。
 ところが、半年前から学校はドロップアウトしてしまっている。
原因は、ささいなことの積み重ねだ。朝に寝坊してしまって遅刻するぐらいならばと、学校をさぼったり、学校への提出物をためてしまって学校に行きづらくなったりだった。
そして、初めは一週間に一回か二回さぼるだけだったのが、そのうちにぜんぜん学校に行かなくなってしまったのだ。
今振り返ってみると、おおもとの原因は、すっかり受験体制になった学校の雰囲気に、なじめなくなったからだったからかもしれない。
リュウは、もともと本を読んだりするのは好きだった。
でも、受験に追いまくられるような学校の勉強は大嫌いだった。
学校に行かなくなってからは、家で好きな本を読んでばかりいた。
両親や先生たちは、なんとかして学校に行かせようとした。
しかし、リュウは頑強にそれを拒んで、かえって自分の部屋に引きこもるようになってしまった。
そんなリュウを心配したアニキのケイが、
「リュウ、学校へ行かなくてもいいけれど、部屋にいてばっかりじゃだめだ」
と、いって、ギャモンピザでのバイトを斡旋してくれたのだった。
 両親から絶大な信頼を勝ち得ているケイのすすめなので、両親もこのバイトのことを黙認していた。

 翌日の昼ごはんを食べてから、リュウは家を出た。どこに行くかは、誰にも話していない。最近の両親は兄貴のケイに説得されて、リュウに対しては放任状態だ。
 リュウはギャモンピザの前を素通りして、マリオットホテルに向かった。
(クマ店長はどうしてるかな?)
と、チラッと思った。昨日の売り上げを保証されて、ホクホクしているかもしれない。
 今日はホテルの正面玄関から入って、エレベーターで43階に向かった。
 エレベーターの前には、今日も金髪とゴリラが見はっていたが、リュウを見るとニコッと笑って、あっさりとケンのスイートルームへ案内してくれた。
 部屋のドアの前には、傷男が立っていた。
「お待ちになっています」
と、いって、すぐにチャイムを押してくれた。
「よう」
しばらくして、ケンがドアを開けた。
「よう」
 リュウも答えた。
「支度するから、ちょっとここで待っててくれ」
 リビングルームに入ったリュウにケンは笑顔でいうと、寝室に戻っていった。

 リュウは豪華な専用リムジンに乗って、ケンと一緒にトウキョウギグスドームにむかった。
リムジンには、運転手以外に、ボディーガードの傷男、ムラタも乗っていた。ゴリラと金髪は、別の車でリムジンを先導している。
 リムジンに乗り込んだ時、リュウはムラタから関係者用のパスを渡された。マスコミの人が持っているような写真入りの立派なものだった。
(そういえば、さっき部屋にいるときに、タブレットで写真をとられたっけ)
 ティクティクティク、ダーン、……。
リムジンの中は、ケンの好きなラップミュージックが、大きな音で鳴り響いていた。
 リュウは、ものめずらしげに車内をキョロキョロ見まわしていた。
運転席とのしきり壁には、液晶の壁掛けテレビがついていて、ミュージッククリップが映し出されている。その横には、メタリックブルーにペイントされた冷蔵庫さえ備えてあった。ケンは、冷蔵庫から良く冷えたダイエットコーラを出して、リュウに渡してくれた。
 座席はフワフワした真っ白なムートンでおおわれていて、すわり心地が抜群だった。リュウは柔らかな座席に、深々とからだをもたれさせていた。
 でも、トウキョウギグスドームはすぐそこなので、10分たらずで着いてしまった。リュウは、もうしばらくこの豪華なリムジンに乗っていたいような気分だった。
 トウキョウギグスドームは、シンジュクの高層ビル群の真ん中にある。銀色に輝く大きなラグビーボールを縦に半分に切ってふせたような不思議な形をしていた。ここは、ギグス用の低重力チューブを備えた室内競技場だ。収容人員は約3万人。野球用のドーム球場を除くと、屋内のスポーツ施設としては日本最大級だった。
 リュウはみんなと一団になって、関係者用の出入り口から入っていった。
 制服のガードマンが、厳重にパスをチェックしてから通してくれた。
「じゃあ、着替えてくるから、先にコートへ行っててくれ」
 ケンは片手を上げて、ロッカールームに消えていった。
 観客席の下にある選手の入場口から、リュウはコートへ出て行った。その中央には、バスケットコートを立体的にしたような巨大な透明チューブが設置されている。
ギグスは、この低重力チューブの中に入って行われるのだ。あたりには、大勢の係員たちが準備のために走りまわっている。
 でも、試合開始までには、まだ二時間近くもあった。周囲にそびえる観客席には、お客さんたちは入っていない。
 リュウはコートに立って、耳をすませてみた。まだ、準備のための物音しか聞こえてこない。
でも、二時間後には、熱狂した観衆の割れんばかりの叫び声であふれかえるのだ。
(わーっ!)
 リュウには、その歓声が聞こえるような気がした。

 ギグスのファイナルは、ホームアンドアウェイの全七戦行われている。
レギュラーシーズン一位のロサンゼルススペースウォリアーズが、自分の本拠地で一試合余計にやるホームコートアドバンテージを持っているので、ロサンゼルスで四試合、トウキョウで三試合が行われる。
初めの二試合は、先週、ロサンゼルスで行われた。
トウキョウシクスティセブンスは、ケンの大活躍で初戦を幸先よく勝っていた。
 でも、スペースウォリアーズも、すぐにケン対策を立て直した。徹底的なマンツーマンのマークでケンを押さえ込んで、第二戦を接戦の末に物にした。これで、一勝一敗。
 続いては、トウキョウに移動しての三連戦。
第三戦は、シクスティセブンスがまたケンの活躍で勝った。これで、対戦成績を二勝一敗とリードした。
 ところが、第四戦の前半にケンが相手選手とぶつかって、ひざをけがしてしまった。そのため、一気にシクスティセブンスが劣勢になった。けっきょくその試合は大敗して、二勝二敗のタイになった。特に、後半は、ケンは出場すらできずに、一方的なゲームになってしまった。
 そして、トウキョウでの最終戦である第五戦が、今日行われるのだ。第四戦でけがをしたケンのひざの具合が心配されるところだ。
この試合は、どちらが勝っても、優勝は決まらない。二日間の移動日をはさんで、ロサンゼルスでの第六戦以降で決着がつけられることになっている。

第1クォーターが始まった。
トウキョウシクスティセブンスは、速いパスまわしで敵陣に攻め込んでいく。選手たちは、めまぐるしく空中を飛びまわって、相手チームをかく乱している。
ボールは、だんだん相手ゴールに近づいてきた。
とつぜん、ケンがすばやく右の壁をかけのぼった。そこにタイミングのいいパスが。
ケンは、空中でそのパスをキャッチ。相手ゴールの上にフリースペースができた。
次の瞬間、ケンは左足で天井をけるとキリモミしながらゴールへまっさかさま。
 フォールスピニングダンクだ。
 ザンッ。
鮮やかにゴールが決まった。相手チームの選手は、呆然と見送ったままだった。
 ウワーッ!
 観客は熱狂して、総立ちで歓声を送っている。
(すげえ!)
 リュウも思わず席を立ち上がっていた。初めて間近に見るケンのプレーは、迫力満点だった。特に、敵のゴール上のフリースペースを使ったフォールスピニングダンクは、ケンならではの決め技だった。 
 ケンは、観衆の声援に手を上げながら自陣に戻っていく。
 第1クォーターも中盤にさしかかった。
「ゴー、ゴー、セブンス!」
 大歓声とともに、トウキョウシクスティセブンスがまた相手ゴールにせまった。
 ケンがサイドの壁にかけあがる。
(フォールスピニングダンクだ)
 観客の誰もが期待した。ケンめがけてロングパス。
 ところが、相手選手がそれをインターセプトしようと、空中に飛び上がった。
(あーっ!)
 ボールをキャッチしようとしたケンと、相手選手が空中で衝突してしまった。
 ピッーッ。
ホイッスルがなった。相手選手のファールだ。二人は、そのままもつれあうように床に落下した。
 相手選手はすぐに立ち上がったのに、ケンはひざをかかえたままうずくまっている。ケンはタンカにのせられて、そのまま退場してしまった。
 長いシーズンも最後のところまできて、どの選手もなんらかのけがはしていた。特に、小柄なケンは接触プレーで飛ばされて壁や天井、床などに激突させられている。ほとんど満身創痍といってもいい。この日も、激しいボディーチェックをうけて、古傷を痛めてしまったのだ。
 ケンを失ったトウキョウシクスティセブンスは、しだいにピンチに追い込まれていった。第2クォーターを終わって、47対38と9点もリードされてしまった。

 ハーフタイムになった。
チューブの中では、セクシーなユニフォームをきたチアリーダーたちが、派手なパフォーマンスで観客席に愛嬌をふりまいている。
リュウはいたたまれなくなって、選手のロッカールームにむかった。
 ロッカールーム周辺は、関係者でごったがえしていた。リュウは人波をかきわけるようにして、ロッカールームのドアを開けた。
「よう」
 ケンがこちらにむかって、すぐに手をあげた。マッサージ台の上に腰をおろしている。
「だいじょうぶなのか?」
 リュウがたずねると、
「まあな」
 ケンはそういって、右足首をあげてみせた。 けがをした個所には、グルグル巻きにテーピングされている。
「後半は出られるのか?」
「もちろん、このくらいで休んでられねえよ」
 ケンはそう答えたけれど、無理をしているのはみえみえだ。けがをおしての、スクランブル出場らしい。いかにこの第五戦が大事なのかがわかる。

 後半戦が始まった。
ケンが復帰してきたおかげで、シクスティセブンスは元気を取り戻している。得意の空中戦に持ち込んで相手コートに迫っていく。
 でも、こんな状況では、さすがのケンもけがの影響か調子が出ない。観客席からも、ケンは少し足を引きずっているように見える。
これでは、得意のフォールスピニングダンクはもちろん、普通のシュートもきまらない。スペースウォリアーズとの点差は、なかなかつまらなかった。
「ああっ」
 また、パスをインターセプトされてしまった。
「ディーフェンス! ディーフェンス!」
 観客が必死に叫ぶ。ケンをはじめとして、シクスティセブンスのメンバーが防御のために戻っていく。
 ザンッ。
また、スペースウォリアーズに得点を決められてしまった。
 ピーッ。
ホイッスルがなって、第3クォーターが終わった。得点は71対63と、まだ8点差もあった。このままでは、シクスティセブンスの勝利は絶望的だった。
最終の第4クォーターに入って、トウキョウシクスティセブンスが猛反撃に移る。ケンが、ようやくスーパープレーを連発するようになったからだ。得意のフォールスピニングダンクも、次々にきまるようになってきた。チームの士気も、それにつれてあがっていく。
「ゴー、セブンス、ゴー」
 観客も、どんどん盛り上がっている。場内は、異常な熱気につつまれ始めた。
 相手のシュートがはずれて、セブンスボールになった。
残り時間は12秒。得点は91対92と、とうとう1点差にまでせまっている。
味方同士ですばやくパスをまわしながら、シクスティセブンスは速攻に移る。敵陣に入ってすぐに、ボールがケンにわたった。
ウォーッ。
場内に歓声が巻き起こる。相手選手がおそいかかる。
 しかし、ケンは敵のディフェンスをかいくぐって、サイドの壁をかけのぼっていった。
 バーーン。
ケンが力強く天井をキックした。キリモミしながら、ゴールめがけておちていく。そこは、ケンだけのフリースペースだ。
 フォールスピニングダンク。
 ザンッ。
ゴールが決まった。
 ファーン。
それと同時に試合終了のブザーがなった。
 93対92。劇的な逆転勝利だ。
 ウワーッ。
観客も総立ちで熱狂している。

 その夜遅くに、リュウとケンは、マリオットホテルトウキョウのラグジュアリタワー4301号室に戻ってきていた。傷男のムラタやゴリラと金髪は、部屋の外で待機している。ようやく傷男も、リュウのことを信用するようになってきていた。もしかすると、交代で食事にでも行っているのかもしれない。
「なんでも好きなの、いっぱい取っていいよ。おれは、もうたいてい食ってるから、何でもいいや」
 ケンがそういって、ルームサービスのメニューをリュウに差し出した。
「いつも、部屋で飯を食ってるのか?」
「ああ」
 今ごろ、日本中のレストランやバーでは、今日のシクスティセブンスの劇的な逆転勝ち、特に最後のケンのスーパープレーの話題で盛り上がっていることだろう。スポーツバーでは、あのプレーを繰り返し大型テレビで流しているに違いない。
 ところが、その本人は一人わびしく、(まあ今日はリュウも一緒だが)、ホテルの一室で食事をしているのだ。もっとも、ケンがどこかに食事に行ったら、それこそツイッターなどで情報が飛び交って、街中が大騒ぎになって収拾がつかなくなってしまうだろうけれど。
(これが、スーパースターの孤独ってやつなのか)
 リュウはあらためてケンの顔を見つめた。
「おいおい、早くしようぜ。おれはハラペコなんだ」
 ケンに催促されるまでもなく、リュウもおなかがすいていた。
「どれにしようかなあ」
 リュウがあらためてメニューをながめると、
「なんでもいいけど、ピザだけはやめておこうぜ」
 ケンはそういって、ニヤリと笑った。
 けっきょく、リュウは、そのままホテルに泊まっていくことになった。
リュウは、びくびくしながら家に電話を入れた。
ルルルー、ルルルー、……。
「もしもし」
ラッキーなことにアニキのケイが出た。家族の中で、ケイだけがリュウの理解者だ。
「ケイ、今日、おれはどこへいったと思う?」
「えっ、例のピザ屋のバイトじゃないのか」
「うん、じつは、……」
 リュウが事情を説明すると、
「ヒャー、ラッキーだなあ。そんなことなら、おれがピザ屋でバイトをすりゃよかった」
 ケイは、心からうらやましがっていた。
「それで、今日はこのままケンのスイートに泊まっていきたいんだけど」
「わかった。とうさんとかあさんには、おれからうまくいっておいてやる」
と、ケイは約束してくれた。
 ケンのスイートルームには、寝室が二つついていた。
「こっちを使ってくれよ」
 ケンがその一つを指し示しながら言った。
 寝室には、ひとつずつトイレとお風呂のあるバスルームがついている。寝室がそれぞれ普通のホテルの部屋になっているようなものなのだ。
 リュウは、手荷物を部屋に置くと、まずシャワーをあびることにした。
 シャー、……。
 熱いシャワーをあびると、一日の疲れが取れていくようだ。今日は、ほんとうに初めて体験するいろいろなことがあった。
 リュウはバスルームを出ると、備え付けのバスローブをはおった。
 リビングルームに行くと、ケンが待っていた。ケンは試合の後でシャワーをあびていたので、今は着替えただけのようだった。
その晩は、真夜中すぎまで、二人でゲームをやった。この孤独なスーパースターは、テレビゲームだけでなく、ボードゲームもたくさん持っていた。
 モノポリー、カタン、マンハッタン、ミッドナイト・パーティー、……。リュウが知らないようなゲームもたくさんあった。世界のスーパースターが、ひっそりと傷男やゴリラたちとゲームをしながら夜をすごしていると思うと、リュウはなんだかおかしかった。

 翌朝、リュウはゆっくりと目をさました。
 目覚めた時、初め自分がどこにいるのか、わからなかった。ふかふかした豪華なベッドで、いつもの自分のとは違う。
(そうか)
 ようやく、ケンのスイートルームに泊ったことを思い出した。
ベッドわきの時計は、もう九時をまわっている。窓の外はすっきりと晴れ上がっていた。今日もいい天気なようだ。
 シャー、……。
 起きぬけに、もう一度部屋のシャワーをあびた。こんな時は、部屋にバスルームがついていると、すごく便利だ。
 さっぱりした顔でリビングルームへ行くと、ケンがもう起きていた。どうやらこのスーパースターは早起きなようだ。
「おはよう」
と、リュウが声をかけると、
「よう。腹がへったよ。早く朝ごはんにしようぜ」
と、ケンが待ちくたびれた様子で答えた。
 その朝も、ルームサービスで、二人で朝食を食べることになった。
 電話で注文すると、意外に早く部屋に届けられた。こんな所も、スイートルームだけは特別扱いなのかもしれない
ボーイさんは、二人分の朝食を部屋へ持ってくると、手早く食卓を整えてくれた。
リュウとケンは、大きなダイニングテーブルに向かい合わせに腰を下ろした。
「リュウ、昨日はサンキュー。どうやら、きみはラッキーボーイのようだな」
 ケンが、スクランブルエッグをほおばりながらいった。
「そんなことはないよ。たまたま勝ち試合にでくわしただけさ」
 リュウは、パンケーキをナイフで切りながら答えた。
「それで、頼みがあるんだ」
 ケンは、まじめな顔をしていった。
「なんだい?」
 リュウが聞き返すと、
「ロサンゼルスの第六戦にも来て欲しいんだ」
 ケンは力をこめていった。
「えっ、ロサンゼルス? すげえなあ。だけど、おれは、バイトがあるからなあ」
 第六戦には、リュウも行ってみたい気がする。
 でも、これ以上休んだら本当に首になってしまう。
「ムラタ!」
 ケンは、そばに立って控えている傷男に、また電話をかけるまねをした。また、店長に交渉しようというのだろう。今度はどんな条件を出すのだろうか。

その日の午後、例のリムジンで成田空港に向かった。
 ホテルの前には、今日も大勢の報道陣やファンがあふれていた。
 ケンが姿を現すと、
「キャーッ!」
「ロスでも、がんばってーっ!」
と、歓声や声援が飛びかった。カメラのフラッシュが切れ目なくたかれて、まぶしいくらいだった。
 リュウは、ケンに続いてリムジンに乗り込んだ。
「やれやれ、これでひといきだな」
 リムジンが動き出すと、ケンが苦笑いをうかべていった。
「でも、ロサンゼルスだって、ファンで大変なんだろ」
 リュウがそういうと、
「そりゃそうさ。でも、ちょっと感じは違うね」
「違うって?」
「ああ、なにしろ敵地だからな。応援よりは、ブーイングの嵐だよ」
「へーっ!」
「でも、もう慣れっこだけどね」
 たしかに、ケンはレギュラーシーズンとプレイオフを合わせて、もう九十試合以上も戦っているのだ。その半数が、敵地での試合だった。アメリカ中、そして、ヨーロッパの各地での試合。まさに、ワールドツアーの一年なのだ。
 やがてリムジンは、成田空港に到着した。今日は豪華なリムジンにたっぷり乗れたので、リュウは満足だった。
 ケンたちが案内されたのは特別な入り口だった。一般の乗客にまぎれて、混乱が生じないようにとの配慮だったらしい。
 リュウは、ケンや他の関係者たちと一緒に、搭乗や出国の手続きをすませた。飛行機も、トウキョウセブンティシクサーズ専用のチャーター機が用意されていた。
 リュウは、今までに二回しか飛行機に乗ったことがなかった。四年前に、家族とハワイへのパック旅行に行ったときの往復だけだ。
でも、そのおかげでパスポートを持っていたので、今回は助かった。パスポートには、小学生時代のまだ幼さの残ったリュウの写真がはってある。兄貴のケイに連絡を取って、ホテルまでパスポートや着替えを持ってきてもらっていた。
「すげえなあ」
 ケンのスイートルームに来たケイはすっかり驚いていた。
「よろしく」
 ケンは、ケイの求めに応じて、彼が持ってきた色紙にサインしてやった。
「ロサンゼルスか。いいなあ」
 ケイは、何度もそういってうらやしがっていた。
 搭乗時間になった。
 小学生のときのパック旅行のときは、長い時間狭いエコノミーの座席にすわりっぱなしだった。すごく疲れたことを、今でも覚えている。
 ところが、搭乗してみると、案内されたのは機内前方のファーストクラスの席だった。
「ここだ」
 ケンが指差したリュウの座席は1Bで、ケンとは隣り合わせの席だった。まわりには、他のプレーヤーたちがすわっている。チームのスタッフは、後方のビジネスクラスの席のようだった。
 でも、そちらもエコノミークラスとは違ってかなりゆったりしているので、そんなに窮屈ではないだろう。
 ファーストクラスの座席は、大きく豪華だった。エコノミークラスとは、比べ物にならないくらいだ。座席と座席の間もたっぷりスペースがとってある。エコノミーだったら、その間にもう一列並べられそうだ。
 ためしに、横のボタンを押してみた。
(うわっ)
 座席が倒れて、理髪店のいすのように完全に平らになった。これなら、ロサンゼルスまでゆっくりと寝ていかれるだろう。そばには、専用の小型スクリーンがついていた。タッチパネル式になっていて、好きな映画やゲームを楽しむことができる。
(すげえなあ)
 リュウはなんだか遠足にでもきたように、ワクワクしてしまった。
「何してんだよ?」
 となりからケンが声をかけてきた。
「いやあ、いろいろついてて面白いんだ」
 リュウがそういうと、
「ふーん?」
 ケンは不思議そうな顔をしていた。もうファーストクラスの座席なんか、慣れっこになっているみたいだった。
 十時間後、リュウたちを乗せたチャーター機は、ロサンゼルス空港に着いた。
 入国手続きは英語で行われたが、リュウにはチンプンカンプンだった。
 でも、ニコニコ笑っていると、係官は肩をすくめてパスポートにスタンプを押してくれた。
 ゲートを出て行くと、ここにも大勢のファンたちが待ち受けていた。日本人が多い。観戦ツアーや現地在住の人たちなのだろう。
「キャーッ!」
「ケーン、がんばってーっ!」
 ケンとならんで外へ出て行くと、ひときわ大きな歓声が巻き起こった。まわりにはアメリカ人もいたが、心配していたブーイングは、ほとんどなかった。
 空港からは、他のプレーヤーたちと一緒に、専用バスで会場近くのホテルにむかった。
リュウは、初めて見るロサンゼルスの街並みを窓からながめていた。街はギグスのファイナルを迎えて、あちこちに大きなたれ幕やポスターがはられている。たいがいは、地元のロサンゼルススペースウォリアーズの選手たちだが、ケンの写真が使われているものもけっこうある。それだけではない。街中に、彼のコマーシャルがあふれていたのだ。
ファストフード、シリアル、ゲームソフト、……。
いろいろな商品に、彼の写真が使われていた。ケンは、日本だけでなく、ここでもスーパースターなようだ。
 バスがホテルに到着した。やっぱりここもマリオット系のホテルだった。このホテルチェーンが、ギグスの公式スポンサーをしている関係だろう。
「キャー!」
「ケーン!」
 ロビーの前には、やっぱりたくさんのファンがつめかけていた。中には、観戦ツアーで、同じホテルに泊まっている人たちもいるらしい。
 選手たちは、ガードマンたちが人垣を押し分けて作った狭い通り道を、足早に通り過ぎた。
 ケンは、ここでも特大のスイートルームに案内された。もちろん、リュウも一緒の部屋だ。この部屋も、大きなリビング以外に寝室やバスルームが二つずつついている。二人でもたっぷり余裕があった。
「ロスは初めてなんだろ。ちょっと観光でもしてきたら」
 荷物をそれぞれの部屋においてから、ケンがリュウにいった。
「ケンは?」
 リュウがそうたずねると、
「……」
 ケンは、さびしそうな笑顔を浮かべるだけだった。このスーパースターは、せっかくロサンゼルスにやって来ても、ホテルから一歩も出られないのだ。もし、外に出たら、どんな騒ぎになるかわからない。このスイートルームも、いつもの傷男や金髪、ゴリラに加えて、現地のボディーガードたちでまわりをかためられていた。

 ピーッ!
ホイッスルとともに第六戦が始まった。パスを受け取ったケンは、サイドの壁を巧みに使ったドリブルで、敵陣に攻め込んでいる。
「ディーフェンス! ディーフェンス!」
 観衆から、いっせいに地元チーム、ロサンゼルススペースウォリアーズの防御をうながす大声援が巻き起こる。
 ケンはすばやく味方の選手にパス。
 しかし、相手チームの選手に、それをカットされてしまった。スペースウォリアーズが、すばやく速攻に移る。
 ウォーッ!
 観衆から歓声がわきあがる。
「ディフェンス!」
 ベンチ横に座っていたリュウは、思わず大声を出していた。
 ケンが、けんめいに相手選手に追いすがっている。
 しかし、あざやかなパスが、ゴールめがけてジャンプした選手に通ってしまった。そのままゴールイン。アリ・ウープ・プレイだ。スペースウォリアーズが先取点をあげた。
ウォーッ!
 観客は総立ちで大喜びだ。すごい歓声のうずが場内をつつんでいる。ほとんどの観客が、スペースウォリアーズのチームカラーの服を着てきているので、場内はイエロー一色だ。リュウも身に付けているシクスティセブンスのチームカラーのブルーは、チラホラしか見えない。
(これが、アウェーでの試合なんだな)
と、リュウは思った。
 試合は、第2クォーターになった。
その後も、スペースウォリアーズのペースで試合は進んでいる。
 観客の応援を受けて、攻撃も防御も激しさを加えている。
 ガチーン。
あちこちで、選手同士の激突が繰り返されていた。
 ピーッ。
 審判のホイッスルが鳴っている。
 また、シクスティセブンスの反則が取られてしまった。
 一方、スペースウォリアーズの選手たちは、反則すれすれの、いや反則気味のプレーを続けているのに、あまり反則が取られていない。
(これがホームチームアドバンテージか)
 観客の一方的な声援が、審判の笛にも影響を与えているようだ。
激しいプレーで、両チームにはけが人も続出している。
ピーッ。
また一人、シクスティセブンスの選手が、担架でチューブから運び出された。
こういった肉弾戦になると、体力で勝るススペースウォリアーズが、シクスティセブンスを圧倒している。
ハーフタイムになって、48対54とシクスティセブンスは六点も負けていた。
 リュウは、選手たちの先回りをして、シクスティセブンスのロッカールームへ行った。
 選手たちが続々と引き上げてくる。
「ケン、足の具合はだいじょうぶか?」
 リュウは、最後にロッカールームに戻ってきたケンに声をかけた。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ」
 そういいながらも、ケンは少し足をひきずっている。
(かなり痛いんだろうなあ)
と、リュウは思った。
 でも、ケンの目にはギラギラと闘志が燃えていた。どうしても、この試合を勝とうという強い意志が感じられる。
 ハーフタイムの休憩時間が終了した。
「がんばれよ」
 リュウが声をかけると、
「おお、まかせとけ」
と、ケンは笑顔を見せた。
「さあいこうぜ!」
「絶対、逆転できる!」
 シクスティセブンスのメンバーは口々に叫びながら、またまばゆい光のあたった低重力チューブの中へ入っていった。
 ピーッ!
 後半戦が始まった。
 ブーー、ブーー、……。
ボールがケンに渡ると、あいかわらず激しいブーイングがおこる。
 でも、ケンは少しもそれに気おされずに、すごいスピードでサイドの壁をドリブルしていった。
 この第3クォーターは、どちらのチームも、壁や天井を使ってジャンプする空中戦が展開された。
観客席から見ていると、まるでビンの中にたくさんのミツバチを閉じ込められて、ブンブン飛びまわっているかのように見えた。こういう戦いは、シクスティセブンスの得意とするところだ。だんだん得点差を詰めていっている。
第3クォーターが終わった。シクスティセブンスは、63対65と二点差に迫っていた。
「最後までねばっていこう。ケン、足の具合はだいじょうぶか?」
 ヘッドコーチが、円陣を組んでいるみんなに指示を出している。
「OK。ひざがパンクしたって、この試合で決めてやる」
 ケンが、目をギラギラと輝かせながら答えた。
「よーし、行くぞ」
 五人の選手たちは、最後に控えの選手たちとパーンとハイタッチをしてから、また低重力チューブの中へ入っていった。
 ピーッ。
いよいよ最後の第4クォーターが始まった。
すばやいパス交換から、ケンが相手ディフェンスをかいくぐって敵陣に入った。
 次の瞬間、ゴール前の味方に矢のようなロングパス。あっという間に、豪快なダンクシュートが決まった。これで、とうとう同点に追いついた。
 ゲームは、その後も一進一退が続いた。
 残り時間は、わずかに17秒。スコアは86対86の同点。
 しかし、相手ボールだった。この攻撃が決まったら、スペースウォーリアーズの勝利が決まる。そして、ギグスのファイナルは、三勝三敗で最終戦にもつれこむことになる。そうなったら、ホームチームのスペースウォーリアーズが有利だろう。
 相手の攻撃が始まった。ゆっくりとパスをまわしながら、ゴールに近づいてくる。
 次の瞬間、ゴール前の選手へすばやいパスが。
 でも、一瞬早くケンが前へ飛び出すと、相手ボールをインターセプトしていた。
 残り時間は、四秒。もうフォールスピニングダンクをやる時間はない。ケンはすばやくドリブルすると、思い切ってロングシュートをはなった。ボールは、きれいな放物線を描いて飛んでいく。
 ウワーッ。
観客席からは、歓声とも悲鳴ともつかぬ叫び声が響いた。
 ザンッ。
ボールがゴールに吸い込まれた。
 ゴールイン。
いちかばちかのシュートが決まって、シックスティセブンスの優勝が決まったのだ。

 表彰式が始まった。
低重力機能が解除されたチューブの中は、関係者や報道陣でごったがえしていた。
 シクスティセブンスの監督が、テレビ局のインタビューを受けている。今日のファイナルは、世界中の百以上の国や地域で生中継されていた。
 いよいよMVPが発表される。
「エム!」、「ヴイ!」、「ピー!」
 観客が口々に叫んでいる。
「ケーン!」
 場内アナウンサーが、大声で叫んだ。予想通りに、ケンが最優秀選手に選ばれた。
 ケンがコートの中央に進んでいく。コミッショナーから、クリスタル製の大きなトロフィーが手渡された。ケンは笑顔でインタビューを受け、応援してくれたファンに感謝している。
 続いて、黄金のワールドカップが、チームのキャプテンに渡された。カップはチームメンバーの間を手渡しされていく。中にはカップにキスをする者もいる。
 カップが、ケンの手に渡った。ケンは、ワールドカップをだきしめて泣いている。
 リュウは、そんな姿をチューブの外からながめていた。
 優勝の記念撮影が始まった。ワールドカップをまんなかに、チームメンバーや関係者が集まっている。
「おーい」
 ケンが手まねきして、リュウをそばに呼びよせた。リュウも、みんなと一緒に記念撮影をすることになった。大勢のカメラマンのたくフラッシュの洪水の中で、ケンもリュウも他のチームメンバーも、最高の笑顔を浮かべていた。

                                        

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