現代児童文学

国内外の現代児童文学史や現代児童文学論についての考察や論文及び作品論や創作や参考文献を、できれば毎日記載します。

ふうちゃん

2020-09-17 14:21:34 | 作品

 自由遠足の班のメンバーが決まり、全員一致で班長に選ばれた時、

「ひでえことになったな」
と、秀樹は思った。
 秀樹の班はぜんぶで六人。男子と女子が三人ずつだった。それがよりによって、クラスの中でも問題のあるやつらばかりなのだ。
 まずシミケンこと、清水健太。 
 乗り物マニア。飛行機、船、自動車と、乗り物ならなんでも好きだが、中でも鉄道は大大大好きの鉄男だ。
 なにしろ愛読書は、時刻表。たとえば、午前十時二十三分には、XX線では、特急YYがZZ駅を発車するところだとか、AA線では、急行BBがCC駅に到着したところだとか、瞬時にわかるんだ。そういったことが、頭の中にいっぱいつまっているらしい。
 スマホで最適な乗り継ぎが検索できる現代に、そんな知識は時代遅れだろうが、そんなことはおかまえなしだ。
今度の遠足でも、とんでもないことを提案してきた。
 もう一人の男子は、カオルちゃんこと、山内薫。
 男だか女だかわからないような、名前のとおりナヨナヨしたやつだ。母親が本当は女の子が欲しかったらしく、小さいころは女の子のように育てられたらしい。時々、いまどき女の子でも使わないような「女ことば」を使ってしまい、みんなにからかわれている。
 カオルちゃんは、シミケンとは対象的に乗り物に弱い。去年の遠足でも途中で酔ってしまって、ゲーゲーもどしていた。今年は大丈夫だろうか。

 女の子のリーダー格は、「ゲイノリ」こと、飯野紀香だ。
 ゲイノリのゲイは、芸能人の芸だ。歌マネ、モノマネ、フリマネ、なんでもこいの、クラスで一番のタレントだ。学芸会や謝恩会など、アピールするチャンスがあれば、なんでもしゃしゃりでてくる。AKB系や坂系やハロプロ系のグループのモノマネは、オハコ中のオハコだ。実際にいろいろなグループのオーディションを受けているといううわさまである。将来は、「歌って踊れる」アイドルを目指しているんだそうだ。遠足の時は、女の子もみんなパンツスタイルだけど、ゲイノリだけはいつものフリフリのワンピースを着てくるだろう。
 二番目の女の子は、岡田直美。
 あだ名は、……。
 特にない。
 他のクラスのみんなは、全員なんらかのあだ名や呼び名を持っている。
 でも、この子だけは、
「岡田さん」
とだけ呼ばれている。
 なんというか、とにかく地味なのだ。外見も性格も、特に目立つところがまったくない。それにおとなしくて無口なので、ふだんはいるのかいないのかわからないのだ。たぶん、仲の良い友だちなんか一人もいないんじゃないかな。
 そして、三人目の女の子が、最大の問題のふうちゃんだった。
 ふうちゃんの名前は、山口ふうこ。風の子とかいてふうこと読む。
(まったくうまい名前をつけたものだなあ)
と、つくづく感心してしまう。
 ふうちゃんは、文字どおりの「風の子」だったのだ。授業中でもなんでも、気がむかないと教室からプイッといなくなってしまう。そのたびに、先生はクラスの授業を中断して、学校中をさがしまわることになる。
 ふうちゃんは動物や植物が大好きなので、たいていは学校の裏山の自然観察林や、動物飼育小屋で見つかることが多かった。ふうちゃんは、子うさぎをだっこしていたり、菌をうえた原木からはえているシイタケを数えたりしていた。
 しかし、時々は、他のクラスにまぎれこんだりして、騒ぎが大きくなったりもした。
 先生に見つかると、ふうちゃんはおとなしく教室に戻ってくる。
 でも、またしばらくすると、ふいとどこかに消えてしまったりするんだ。
 まったく文字通りに風の子だった。
 ふうちゃんもみんなとあまりおしゃべりをしないけれど、いつもニコニコしているから、みんなに「ふうちゃん」、「ふうちゃん」とよばれて、かわいがられている。教室をぬけだすくせだって、おかげで授業がつぶれるので、「ふうちゃんタイム」って呼んで、喜んでいるやつがいるくらいだった。
 でも、そんなふうちゃんと一緒に校外へ行くなんて、考えただけでも頭が痛くなってくる。
 
 そもそも自由遠足というのが、とんでもない遠足なのだ。なにしろ四時までに学校に戻れるならば、班ごとにどこへいってもいいというのだ。
 こんな遠足、聞いたこともない。他の学校ならば、たとえ子どもたちが望んだとしても、責任問題を恐れる学校側が許さなかっただろう。
 そんな無責任な遠足が許されているのは、秀樹たちの学校が「自主性を育てる教育」とやらの実験校だからだ。
 どこへいってもいい代わりに、各班は事前に遠足の細かな計画を立てなければならない。そして、班の行動は、学校やあちこちに待機している先生たちにモニタされている。
(どうやって、モニタするかって?)
 それが、実験校ならではハイテクを使った物だった。各班長に、専用のスマホを一台ずつ持たせるのだ。
 スマホには、GPSという位置情報を確認する機能が付いている。そして、スマホは使わなくても常に電波を出しつづけているのだ。それをキャッチしてスマホのある位置を知ることができるんだそうだ。それならば、各班がどこにいるかを、先生たちはパソコンでモニタできるわけだ。
 もちろん、スマホの電波が届かない山奥などは無理だろうけれど、今ではけっこう辺鄙な所でも電波が届くんだそうだ。そして、もしその班が計画どおりに行動していないと、たちまち先生から班長に電話がかかってくる。
 そして、なぜ計画通りに行動していないかを電話で話し合う。それでも問題が解決できなければ、周辺で待機している先生たちの中で一番近い人が現場に急行するってわけだ。

 他の班はそれで問題なかった。行き先が、学校から徒歩でいけるか、せいぜいバスでいける公園や博物館だったからだ。
 あいにく秀樹たちの町には、そういった遠足に向いた施設はなかった。
 でも、隣りのS市には、遠足にもってこいの場所がたくさんあった。
 郷土の歴史に関する市立博物館。まわりで水遊びのできる淡水魚専門の水族館。無料で遊べる大型遊具がたくさんある大きな県立公園。フィールドアスレチックや無料のふれあい動物園のある市立公園。
けっきょく、ほとんどの班が、それらのどこかへ行くことになった。
 秀樹たちの班だけが大問題だったのだ。
 そもそものきっかけは、乗り物マニアのシミケンの提案だった。バス、電車、地下鉄、ゆりかもめなどを乗り継いで、お台場まで行こうというのだった。
「いいねえ。フジテレビに行こうよ。芸能人や女子アナに会えるかもしれない」
 その提案に、芸能界好きのゲイノリが、すぐに賛成してしまった。それに引きずられるように、岡田さんも賛成した。
 乗り物に弱いカオルちゃんと面倒に巻き込まれたくない秀樹は反対。
 これで3対2だ。
 ところが、なんとふうちゃんまでが賛成してしまったのだ。これで、4対2で遠足の行き先が決まってしまった。
 それでも、先生たちがそんなプランにはまさかOKはしないだろうと、秀樹はたかをくくっていた。
 たしかに、先生たちの最初の反応も、「考えさせてくれ」とのことだった。
 ところが、意外にも最終的にはOKが出てしまった。
 秀樹たちの班だけ、先生たちが最大限のサポートをすることにしたのだ。これも「自主性を育てる教育」の実験校ならではだ。
 秀樹たちが予定している各乗り換え地点には、一人ずつ先生が配置されることになった。
 もしかすると、秀樹たちの遠足は、今回の結果を県の教育委員会へ報告するときの目玉にされてしまうのかもしれない。
 班の行き先が承認された時、シミケンやゲイノリを筆頭に班のメンバーは大喜びだった。
 班長の秀樹だけは、そんな自由遠足が憂鬱でたまらなかった。

 

 

         

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