おととい(15日)のこと、
迷って まよって線香をあげに行ったところがあった。
そこの娘さんを2年間受け持ったことがあったが、2人の幼子を残して自死してしまった.
もう20年くらい前のこと。
それから盆の13日には線香あげに行くようにった。
いつも手作りの冷たいシソジュースをごちそうになっていた。
しかし大震災後、両親はぐんと老け込んでしまった。
気をつかわせるのが心苦しくなった。
これが迷ったわけと15日になったわけなのだ。
妻に話しても判断できるわけではなし・・・
迷っていても仕方がないと、菊の花を一束つかんで玄関を入った。
一年ぶりに会うお母さんは、腰を痛めて立ち上がれない上に、眼鏡をかけないと私の顔も判別できない状態だった。
またステテコ姿のお父さんは、やせ細っていた。
4畳半ほどの茶の間の片隅に置かれた手作りの仏壇までやっと行って線香に火をつけ手を合わせた。
てれやのお父さんが「ありがとう」ってこれまでにないくらい心のこもったお礼を言ってくれた。
この一言で、(来てよかった)と思った。
私とつき合いのあった白石市内の若者の自死者は6人にも及ぶ。
合掌
迷って まよって線香をあげに行ったところがあった。
そこの娘さんを2年間受け持ったことがあったが、2人の幼子を残して自死してしまった.
もう20年くらい前のこと。
それから盆の13日には線香あげに行くようにった。
いつも手作りの冷たいシソジュースをごちそうになっていた。
しかし大震災後、両親はぐんと老け込んでしまった。
気をつかわせるのが心苦しくなった。
これが迷ったわけと15日になったわけなのだ。
妻に話しても判断できるわけではなし・・・
迷っていても仕方がないと、菊の花を一束つかんで玄関を入った。
一年ぶりに会うお母さんは、腰を痛めて立ち上がれない上に、眼鏡をかけないと私の顔も判別できない状態だった。
またステテコ姿のお父さんは、やせ細っていた。
4畳半ほどの茶の間の片隅に置かれた手作りの仏壇までやっと行って線香に火をつけ手を合わせた。
てれやのお父さんが「ありがとう」ってこれまでにないくらい心のこもったお礼を言ってくれた。
この一言で、(来てよかった)と思った。
私とつき合いのあった白石市内の若者の自死者は6人にも及ぶ。
合掌