弥生3月は強風で始まった。
2日の夜になってもまだ吹き続けている。
先週 天気のいい日、浜の畑がある妻の故郷“磯浜”に行った。
最近は行くたびに復旧が進んでいるように感じる。

ここは一昨年がれき拾いをした田んぼ。
除塩のための作業が進んで見違えるようだ。
少し離れたところでは、まだ何度目かのがれき拾いが続いていた。

除塩作業ができるには末端の排水機場の復旧が欠かせない。

これはわが畑のすぐ脇の排水機場で、1年以上かかって修理が行われている。
これが完成しないと水を張ることができないのだ。
一方海岸沿いでは、がれき処理と堤防工事が続いている。
それらの工事を支える県道工事も平行して進みだした。

橋の架け替え工事が本格化。

後ろに見えるのは、閉校になった旧“中浜小学校”。
ここは撤去しないで記念館として残されるそうだ。
小学校の北隣にはお墓があったが、津波で壊滅し内陸部にあるお寺の墓地に引っ越した。
その跡地に、この震災を千年先にも伝え続けられるようにと「千年塔」(五輪塔)が建立されていた。

横には石製の摩尼車とこの地で犠牲になった137人の住民の名前を刻んだ慰霊碑も建てられていた。
慰霊碑には妻の身内も名前もあった。見つけた妻は涙を流していた。
今日2日、開眼法要が行われたそうだ。
2日の夜になってもまだ吹き続けている。
先週 天気のいい日、浜の畑がある妻の故郷“磯浜”に行った。
最近は行くたびに復旧が進んでいるように感じる。

ここは一昨年がれき拾いをした田んぼ。
除塩のための作業が進んで見違えるようだ。
少し離れたところでは、まだ何度目かのがれき拾いが続いていた。

除塩作業ができるには末端の排水機場の復旧が欠かせない。

これはわが畑のすぐ脇の排水機場で、1年以上かかって修理が行われている。
これが完成しないと水を張ることができないのだ。
一方海岸沿いでは、がれき処理と堤防工事が続いている。
それらの工事を支える県道工事も平行して進みだした。

橋の架け替え工事が本格化。

後ろに見えるのは、閉校になった旧“中浜小学校”。
ここは撤去しないで記念館として残されるそうだ。
小学校の北隣にはお墓があったが、津波で壊滅し内陸部にあるお寺の墓地に引っ越した。
その跡地に、この震災を千年先にも伝え続けられるようにと「千年塔」(五輪塔)が建立されていた。

横には石製の摩尼車とこの地で犠牲になった137人の住民の名前を刻んだ慰霊碑も建てられていた。
慰霊碑には妻の身内も名前もあった。見つけた妻は涙を流していた。
今日2日、開眼法要が行われたそうだ。