まるさんかくしかく〇△☐Ⅱ

雑感・雑記・日記

河村城址~洒水の滝

2022-06-25 16:08:42 | 小さな旅の思い出

山北の小旅、河村城址~洒水の滝。山北駅からポコポコと歩く。ゆるやかな坂が続きSL公園を右に見ながらも何となくダルい。河村城址の入り口は少し暗く涼しい感じが良いが、上り坂が急になってくると、歩調が増々鈍い。友は早くもバテ気味。同い年、私とてそれは一緒だ。山城跡は云わば要衝、どれもくたびれる。ようやく上の緑の平坦地に着いてからもダラダラと行く。障子掘りは夏草で能く見えない。展望台まで行くと開けて感じの良いところだが、日差し強く日陰を探して早昼したくなる。風が出て来たので少し休んで、最初の平坦地の日陰まで戻ると昼飯にした。

休憩後、多少の元気を取り戻した林の中の下降路。緑の実をつけたマムシグサを友が指差したりしながら洒水の滝へ歩く。大野山の時もそうだが、生活道路としての細い舗装道になると足裏が急に疲労感を訴え始める気がする。だが、ここからの舗装された"普通の道路歩き"が、思いのほか長い。高瀬橋を渡り酒匂川を越え、東電の小さな発電施設みたいなところを過ぎたころ、友が100円自販機に季節限定の缶ジュースを発見、一気に飲み干した。この時、友は本格的に夏バテ気味。私は疲れて早くは歩けないが、「右足出して左足出せば、歩ける。当たり前体操」を心の中で諳んじてる感じか。

洒水の滝入口からも舗装道。大野山の時、地元のおばちゃんが「工事して眺めやすくなったらしいから」というのがこれか?と思ったのは、高く高く上がっていく階段。これを横目に滝の手前の所(進入禁止の柵)まで行く。赤い橋の向こう、緑の梢を従えた滝が落ちる。三段の滝(100m超)は多少の雨模様続きもあってか水量たっぷり。だが何故だろう、疲労後の満足感が今一つ。写真を撮って来た道を戻るとあの大階段。友は登りたくなさそうだったが、「これもまた一期一会」等と嘯き「ゆっくりいこうや」と登り始めた木製の様な木製でないような226段。途中途中に今何段かの表示が出て来る。
観瀑台は高さ40mもあるらしいが、結果、これは上がって良かった。朝は暗雲から始まり天気雨を経て日射しは強くなったため見下ろす滝壺には虹が掛かった。観瀑台にある小さなベンチは我々二人が座りザックの中にあった缶ビールとツマミを載せるといっぱいになってしまったが、ここで祝杯を挙げさせてもらう。ここでゆっくりと滝を眺め多少のお喋り。
ロング缶と林檎を片付け「軽くなった」と喜ぶ友。階段下りながら珍しいオハグロトンボなどを観る。

洒水の滝の後、再び河村城址の方に戻って山北駅へ帰りたいと思ったが、日向バス停からの坂も登りはきつい。友はバス停が出て来るたびに時刻を見て、バス利用したい顔をした。その時の疲れ具合は相当なものだったのだろう。それでも歩こうと友は舗装の生活道を先になって歩く。ペースは速い。おいおい、ゆっくり行こうぜと思うが、逆に彼は早く終わらせたいのだと思った。

城址から下ってきた夫婦連れ、山北駅発の中川温泉行バス時刻までに戻らなければならないという。その奥さんが、仏具工芸所で、駅までの道を再び尋ねたところ「車で送ってやるよ」と言われ、私達までも便乗させてもらうことに。

仏具製作所を畳もうかと思っているという老齢の主、運転しながら何処から来た?とか聞いてくれて話が弾んだ。洒水の滝を船橋や横浜から来るほどのもんじゃないだろうと言う。華厳の滝ほどの規模は無いし地元民は奥にもう一つ滝もあるが、知ってるだけで行くことはないねぇとも。
日差しは"日射し"の態、駅までは車でも相当な距離に感じた。救われた。バテ気味の友は謝意を込めて千円札を受け取って欲しがったが、頑として受け取らなかった。しかし本当に感謝の気持だけで良かったのだと思えた。気骨ある昔ながらの日本人のようだった。

山北駅から洒水の滝までは"普通の舗装道路"をほぼ平坦に30分で歩けるという。ロートル(元は中国語のラオトウ/老头儿/老頭児/なんだと) には滝直行の方が良かったかもしれない。河村城址は、健脚と自負できる以外のロートルにとってなかなか急だと思ってよさそう。季節にもよるか?

昨日、船橋の友は合気道。私も太極拳3時間。どうやら爺さん二人、疲れが回復しきれない齢になってきた。


+++++++++++++++++++河村洒水+ 【 72歳の峠0624 /】

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