まるさんかくしかく〇△☐Ⅱ

雑感・雑記・日記

0630 半分過ぎた

2013-06-30 10:51:26 | 今頃の我が家と周辺

1年の半分が過ぎようとしている。

今日は娘と旦那、うちのカミさんは結婚式場に出かけていった。いろいろな準備が進められているようだ。

蚊取生活なんて書いてる場合じゃ、なかったね・・・。ただ、今朝も3匹。夕方はきっとまた何匹も・・・。

このブログも書き始めてから4ヶ月と10日くらいになる。
早くも口にし出した娘の言葉、「夫婦は距離感が大切」を借りるまでもなく、その意味でこのブログは私の気持を「ちょっと書き置いておける」ノートとして役に立っているのだと思う。あとになって自分でも読み返すのか・・・分からない。でもブログ内検索で「0630」と入力すれば、これも出てくることになる。

プライバシーに関わることをあまり事細かに書くことは、親子夫婦といえども許されることではない。
あくまでも自分の「つぶやき」を自分のために載せて、揺ら揺らする気持ちを自覚するだけでも自分には充分だ。

今日は風がある。
陽射しもそこまで強くないから、式場までの往復も少しは楽だろう。

今年後半も娘達の行事がメインとなりそうだ。

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0629 蚊取トゥデイ

2013-06-29 23:10:17 | 季節的な

朝3、夕方39 計42匹  今シーズンの蚊取総数はちょうど90匹になった。

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0628 めざせ小さな大記録2

2013-06-28 23:36:37 | 今頃の我が家と周辺

勢いが強まった蚊の集団攻撃。ワンサカ寄って来る。
今までは来たり来なかったりだったが、いよいよマジ攻撃の季節到来、完全武装していってよかった。

セルトレイ育てたオクラの苗も今日で漸く植付け完了。草むしりなどしているうちに18時半を回ってしまった。
そして例の捕獲網で蚊を27匹ゲットしてメダカにやった。

今シーズンは、まだ通算48匹。しかも左足首を一発刺されてしまった。不覚!

ブルーベリー10数個と、曲がったキュウリ1本収穫。

マダガスカルジャスミンの花七輪はすべて開き、蔓を摘んだすぐ下から、今度はまた随分小さな蕾が付いた。

【蚊取/園芸】

 

 

 

 

+++++++++++++++++++大記録2+
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0627 呼応

2013-06-27 18:12:14 | うちのカミさん

うちのカミさんが、今朝「家族っていいもんだね」とつぶやいた。私への軽い問いかけトーンだ。

仲が良くても悪くても家族は家族だし、血のつながった親子でも、ひとたび「不信感」に襲われるとヒビや亀裂が入ることもある。
ましてや「夫婦は他人」と、世の多くの人が口にする。

西洋の諺だったか「ヒビの入った瓶(だか壷だか)は長持ちする。」というのがある
こわれそうになったモノでも、「大切にする気持」があるならば、扱いは「より慎重で丁寧さを増す」ということか。

伴侶や子供の(あるいは親やキョウダイの)行動や態度を見て、こちらは色々な反応で家族に接する。
たとえば私の言動が、カミさんや子の心を抉って(えぐって)しまうことだってあったろうと思う。
軽く言ったつもりの自分には気づかないが、言われた方は、まったく違う「思い」に駆られる・・。
どこの家庭でもきっとそういうところを過ぎてきている。そして傷害事件等の多くは親族間で起きるとも言われている。下重暁子は、家族の難しさを著わしている。

それでも「信じようとする気持」、「信じたい気持」があり、及ばずながらそういう気持に「呼応」しようとする「気持ち」によって、小さな無数の「ひび割れ」も、あたかも修復されたかのように平穏さをとりもどす。
唾液の中のカルシウムが歯に再石灰化をもたらすような感じだろうか。

生きていることは、考えてみると不思議な時間の連続だ。毎日の当たり前のような「日常」も、実は当たり前とも言いきれない。
あれを言うか、敢えて言わないか。受け容れるか容れないか。裁くのか手を差し伸べるのか。
どのカードを切るのか。「選択」するのは、その時の自分自身。その結果も、自分で刈り取って行くことになる。

自分と同じように、人それぞれ「真剣に」(あるいは必死に)それを行っている。苦しい時、どうすればいいか分からない時でさえも。

「理想の家族」というものは、もともと存在するものではない。反目もあれば呼応もある中で、「形作られてくる」結果でしかない。
しかも、ある意味シャボン玉のように儚く、永続性の無いものだ。「理想とするもの」は人によって違う
それでも、ひたすらストローを吹き続ける幼児のように、きれいなシャボン玉で自分の周りをいっぱいにしたいという思い
そこに理屈は無い

家族っていいもんだね、とカミさんが言った。その言葉が、うれしかった。

 

 

0927/呼応で気持が結ばれたりして/】





++++++++++++++++++気持が結+

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0626 6月の元気は6月の匂いで

2013-06-26 07:00:14 | 健康

それほど暑くはなくても、この時期はモノが傷みやすい。食品はもとより人間だってボ~っとする。
すべて「湿度」のせいなんだろうか。(2018 邪湿なる言葉が健康番組で出た)

昨日の朝、うちのカミさんが作った焼きそばが今朝は臭っていて、廃棄
同じく「エリンギ」もラップのまま台所に置いてしまったのでカビていたそうだ。食べ物も命、これは不徳の致すところ。
湿度もそうだが「蒸れる」が悪さをする?蒸れるも群れるも、度を超すとロクなことはないようだ。

ためしてガッテンで何回か前に「食中毒」をやっていた。
腐った食べものを食べたからといって食中毒になるわけではなく、腐敗菌と食中毒菌は別物と言っていた。

すべての食中毒菌といえるのかどうか分からないが、番組では「腐敗菌の繁殖力が勝り、食中毒菌が増殖できない」とまとめる。
加熱したカレーで腐敗菌はやっつけられるが、「芽胞」というシールドで生き残った食中毒菌は翌朝には、大増殖。
そして・・・・食中毒。

なんだ、腐敗は注意を促す「黄色信号」なんだ。これも「良い奴」なんじゃないか。友達になるつもりもないが、X(バツ)ではない。
人間の「勝手な安心(認知バイアス?)」こそが「赤信号」か?

蒸されてボ~・・・。気力も萎える。
こんな季節野趣に富んだ庭に顔を出すアオジソやローズマリー、それにスペアミントなんかの好きな匂いを嗅ごう。
「旬のちから」をもっと、しみじみ感じてみよう。
そして、わずか1ミリ程度でも、気力アップにつなげたい。6月は6月の匂いで元気をいただこう。

や~、またクチナシの香りだ~!匂いフェチになろう






++++++++++++++++++匂フェチ+

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0625 「カ」つながりということで

2013-06-25 10:18:28 | ふと思ったこと

変な虫に刺された。チックン~!と、蚊よりも顕著で明確だがクロアリほど強烈でもない。右ひじの内側を見ると4ミリ程度の虫がいるので、左掌でひと叩き。パンッ!
私にはルーペが欠かせない。
早速インターネットを開く。「6月 刺す虫 アリジゴクのような 大あご」で検索。ヒット!

スズキクサカゲロウと説明があった。このブログの写真とは色が違うが、さらに「幼虫」を加えて検索したら、今は白い紙の上に全体をセロテープに閉じ込められて失神しているその虫と同じ色の幼虫写真が出てきた。

頭に「スズキ」がつくものと、「ヤマト」がつくものとあったが、どちらとも言えそうな茶灰色。
アブラムシやハダニ、コナダニなどの小動物を捕食する肉食性だそうだ。なんだ、本当は良い奴だったのか~。

そいつが何で私を刺した(というより噛み付いた)のだろう?
だから、でも、身に振る火の粉は、ねぇっ!?

クサカゲロウといえば、あの薄緑のベールを纏った(まとった)様な「か弱そうに」ハタハタ飛ぶ愛おしげな奴が、なんで私に噛み付くのか。
「カ(か)」にも「カゲロウ」にも「カミさん」にも、噛みつかれてサ~。

・・・・しょうがねぇな~、そんくらい好かれて、好かれているんだよね。つらいわ~色男・・・。

そういえば少年の頃、神社のパフパフに乾いた細かい砂のところに居たアリジゴクで随分遊んだ。
あれは「ウスバカゲロウ」というのは知っていたが、今の少年たちは、今もこういうので遊んでいるのだろうか。

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0625 人はよく内側から死んでゆく

2013-06-25 01:39:14 | 雑感

24時間考え続けろと指導された、と言っていた。いかにも研究者らしい。鮫皮をヒントにした競泳用水着はすでに商品化されているが、それ以外にも応用価値がありそうと研究を続ける若手研究者が紹介された「未来の起源」というTBS番組を日曜夜、見た。

以前、夢の扉でも昆虫、とりわけ「蜻蛉」の羽の構造に着目して、風力発電に活かす試みを紹介していたが、地球上の生物が持つ生体能力や構造は驚異そのものだ。

私に見る目さえあれば、鮫とまでいかなくとも、マダガスカル・ジャスミンでもサボテンでも或いは梔子でも、きっとその生きていく仕組みに驚きつつ何か応用に行き着くことだってできるのだろうに。

24時間(研究のことを)考えろといっても一般人はそうもいかない。だが、仕事や遊びや家庭の事をこなしながら、その中に(またはそれ以外に)ずっと「考え追い続け」たい対象を定めることができたら、自分なりの「ライフワーク」ということになる。

やらされる(やらねばならぬ)という気持がどこかにあると面白くもないしストレスだ。

だが、自分の気持が出発点で、自分の気持が目的地も決められるのなら、何をやったって愉しくなりそうだ。ごくごく身近なモノにだって「思い続けるに値する」ことがありそうに思えてくる。これは、ちょっと灯火?

全然関係ないかもしれないが、前回の「カンブリア宮殿」で、青梅慶友病院を取材していた。通常の病院が「医療>介護>生活」という(当たり前に感じる)優先順位でいるのに対し、ここは「生活>介護>医療」と真逆の理念を貫き仕組みを作る「長期療養型施設」を目指している。

認知症など介護も人生の終末医療も必要とする状況の患者と家族を迎え、機械的な医療でも最低限の介護でもなく、生活を基調に吸えている為、パジャマではなく病院で見立てた明るい洋服で昼間を施設で過ごさせてくれる。患者は次第に内側から元気になる。

栄養をチューブで流し込むことをやめ、「病人」としてではなく、患者の望む本音の気持に寄り添う接し方で、寝たきりから起き上がれるようになり、失ったはずの「声を出して話す能力」を取り戻したりする。ある意味、本人の「生きる力(気持・意志)」をサポートしていった結果が、それだ。

昔々、「ベン・ケーシー」という脳外科医が主人公のアメリカドラマがあった。日本で「鹿内タカシ」が放送用のオリジナル主題曲を歌っていたが、たしか「病みて疲れし心に、力の泉を与える人は、ベン・ケイシー」といった歌詞(一般公募)だったように思う。ドラマは主に脳腫瘍患者を外科手術で救っていくというのがメインだが、心の問題も重視していたと思う。

悲観したり意気消沈したり、生きる気力を失っている患者に「生きようとする意欲」を説き「勇気を奮い起こせ」と激励するのがその作品だとすれば、青梅慶友病院は、患者自身が「生活実感」として内側から勇気を膨らましていくやりかただ。

クローズアップ現代(「人生のディナーを召し上がれ」)で、「食」を楽しみ・喜びとして最期のディナーに供し、笑顔を蘇らせる取り組みをしていたのとも通じるものがあると思った。

形や成績評価といった「自分の外側」にある価値観に縛られたり囚われて生きていると、自分の本音が何なのか分からぬまま生きることにもなる。ましてや親が子に、世間の通り一遍で育てようとしたり、それに合わなければ叱責するようなことがあれば、不貞腐れるばかりか真に心が腐ってくる。

人は能く、内側から死んでいく。

逆に・・・

意欲とか気持こそが人を行動に駆り立てるのならば、安藤忠雄、三浦雄一郎ともつながる凄いパワーを誰でもが秘めている?

寄り添い、応援し合う。そういうエンパワーメント、これもプライスレスながら、圧倒的なエネルギーを与えてくれる。

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0624 6月の白い花ナンバーワン

2013-06-24 11:09:11 | 日記

白い花が咲いた。6月はクチナシとマダガスカル・ジャスミン(今朝も一花開いた)、それから室外機の上に置きっぱなしで殆ど水もやらないサボテンが、今朝ひっそりと花を咲かせていた。

少しピンクの縁どり。たぶん1日かそこらの儚さ(はかなさ)だが、少年の頃からこの花は好きだった。何年かに一度、たまにしか咲かないサボテンの花は夜中に開いたりして、綺麗、かわいい!と母も大喜びしていた。

そういえば1週間ほど前にも「白い花」が咲いた。私は写真でしか見ていないが、今月初め頃入籍を済ませた娘が、イメージ合わせでウェディング・ドレスに身を包み、白く咲く花のようだった。

たしかに綺麗で可愛かった。オンリーワンでナンバーワン。

私にとって、これが今年一番の6月の花、っていう親馬鹿の話。

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0623 老前整理は頭と心の整理

2013-06-23 15:18:26 | 老後生活

「老前整理」をいちおう読み終えた。
これまでは、生前整理しておけたらと思い立ち、「片付け」だの「物を捨てる極意」みたいなものも少しチェックしてみたが、あまり進みはしなかった。

以前にも書いた気がするが、毎月の収入がある程度あり、これからまだまだ生きていく人は、一度「断捨離」などしてみるものよいだろう。
だが、毎月15万円に満たないほそぼそとした年金生活の私では様子が少し異なる。

読んでみたこの本の「あとがき」に、そんな私の気持を組込み済の記述があった。
「若い人の「整理術」はどことなく「自分探し」のようであり、それはどちらかというと自分の可能性を広げる拡張の作業。対して老前整理は、それまでの経験を元に、より濃密な時間を過ごすための凝縮の作業ではないかと思います。(P198)」

そんな風な感じのことが書かれていた。

「濃密な時間を過ごすため」について」は、あまり自信もないが、それでも私のやるべき「整理」は、ゆっくりとすすめたい。

ただ過去という後を振り返るだけでもなく、
モノとの今現在の付き合い方を見直すことを通じて、
余生といわれる「けっこう長い自由時間」を、
自分が望むように、・・・・・使っていこうよ、と示唆された気になった。

その他にも「人が望まないモノを押付けてはいけない」(P189)も、事は「モノ」だけにとどまらない。
人様との関わりという上でも、大切なのは「心の整理」だろう。

この本の「はじめに」にも「老前整理」は「頭と心を整理することです。(P5)」と書いてある。

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0622 お気楽ヒント

2013-06-22 22:21:26 | ふと思ったこと

今日娘が来て、含み笑いをしながら「あたし、お母さんと一寸似てる~」と言った。
今朝娘は自分たちの朝食で「ゆで卵」を剥こうとして手から転げ落ち、テーブルの向こうから床に落ちたらしい。目に浮かぶようだ。

このしょうもない「力任せ加減」がひとつ。可笑しくって一人笑いしながら取りに行った「明るさ」が2つめ。卵をとったけれど旦那から「殻も拾いなよ」と優しく言われて「あれ~、ホント~?」という「おとぼけ加減」、これら合わせたザックリ感(私に言わせれば「雑繰り感」)が、似ていると言いたいようだ。

トマト味のスパゲッティを作り始めたうちのカミさんは、それを聞いて「え“~っ?・・・・・」と何か言いたそうな風だったが、むにゃむにゃ呑み込んだ。
私に言わせれば「返す言葉もあるまいて・・」なのだが、「お言葉ですが」的な意義あり感が漂う。だがこれも、私に言わせれば一寸厚かましい。
仮に私が言おうものなら、速射砲攻撃は、まあ免れない。ここが「夫」と「子」との違いだろう。

「しっかり者」だが「緊張しい」の娘は、そんな自分に悩むこともこれまで随分あったようだ。
しかし今日は、母親と似ている自分を発見して、「なんとなく嬉しがる」素振りだった。
この娘はお母さんが好きなんだな~と感じられてこっちまで嬉しい気分。

空気は伝わるもので、カミさんも何だか嬉しそうになっていった。・・・不思議だね。

娘も、家庭生活をやっていく上で、得体の知れない「お気楽ヒント」を掴んだのかもしれない。お母さんのようにやってけばいいのかな?と、「一応の」モデリングができたのなら、それはそれで、大きい。ザツクリ アバウト 良い加減。楽しくやるコツなのかもしれない。

こんな空気の中で、親は親として一つ育ち、子は子として(また将来の親として)育ち続けるのかもしれない。





+++++++++++++++++お気楽ヒ+

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0621 カップ1杯の安らぎ

2013-06-21 18:06:46 | うちのカミさん

うちのカミさんは、コーヒーが大好き。そしてパン好き。今日は「ゴパン」の日。さっきセットして18時8分に焼き上がり予定だ。それまで少し時間がある。

日本人はパン食が米食を超えたと、「仕事ハッケン伝」で言っていた。「たんぽぽ」の川村さん(イッテQでもフリーフォールでの顔リアクション「リアル貞子」が好評)が、神戸の手ごねパン屋さんで「新作パン(マシュマロトッピングのチョコクリームパン?)を職人さんの厳しく篤いサポートにより、100個作って完売するまでをやっていた。川村さんの「真面目で一生懸命」な姿は、イッテQ同様「表情を作ろうとしない素顔」のときに光る。これだけは譲れないという拘りが大事と職人さん達が教えて道が開けてゆく。パン好きな川村さんには苦しいながら随分と「おいしい」話だったと思う。

譲れないと言えば、うちのカミさんにとって朝の便通に「コーヒー」は欠かせないと言う。
朝早くおきて、コーヒーを淹れて飲み、ゆっくりする。やがて体が起きてきてトイレに行き、スッキリ爽やかな朝が始まるという寸法だ。

だからコーヒーはマグカップ1杯では終わらない。普通のカップ5杯分淹れられるコーヒーメーカーで、私ら夫婦はコーヒーを飲むが、早起きのカミさん、時に一人で全部飲んじめぇやがる。そんな時はもう一度淹れてくれるのだが、これまたたっぷり作るので、サーバーに余り気味になる。

大学生だったころの娘が少し遅めに起きてきて(娘もコーヒーが好き)、サーバーのコーヒーをカップに注ぐ。大抵は牛乳とかポーションとか入れて飲んでいる。この間の日曜だったか、その娘が「ここのコーヒーは酸っぱいコーヒーだからな」と言った。

彼女は学生時代に「ドトール」でバイトをしていたから、「コーヒーは淹れて30分したら捨てないと」とおっしゃる。酸化したものは客に出せないと。だから、あいつはミルクとか入れて飲んでいたんだろうか。

それでも毎日せっせとコーヒーを飲み、カミさんは職場へ向かう。私はせめて朝の食器くらい洗おう。おっ?・・・

割と毎日のように、カミさんはカップの中に中途半端にコーヒーを残したまま出かける。こっちは「世の奥様」ふうに?そのコーヒーをいただいちゃったりもする。捨てりゃいいんだろうけどね。

カミさんは調子が悪くて病院に行っても、病名を聞くと安心し、貰った薬を飲まないことがよくある。大体が丈夫な人だから、私に言わせればそもそも診察してもらう必要がない。でも、病院に行って「安心」でき、気持が安らぐらしい。

もうちょっと飲みたいと注いだあのコーヒー。あれは「カップ1杯の安らぎ」という贅沢なのかもしれない。余韻かな?

お陰で私の胃、重っ!酸っぱいコーヒーは、あんまり飲んではいけない。(飲みすぎもよくないし)

さあて、そろそろ焼きあがりか。軍手をはめて「ゴパン」を覗きに行こう。

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0620 気圧配置的相対性理論?

2013-06-20 15:45:29 | 健康

昔々私が若かったころ、職場の女の子に「普通過ぎて変わってる」と言われたことがあった。

それ、どういうこと?

割と最近、人から「短気で怒りっぽい」と言われたことがある。
そうかもしれない、でもそりゃあ事と次第による!

自分を「基準」にして、みんな好き勝手なことを言う。それは構わない。

けれど、自分基準で「相手が変!」とレッテルするのは、何か違う気がする。

気圧配置的相対性理論?

気にしないという心術、身に付ける必要あり?この人生。

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0619 熱帯夜だったってよ~

2013-06-19 21:24:08 | 健康

なんだ昨夜は熱帯夜?夕方の気象予報で言っていた。となるとよ、私も至極確かな感覚。今日は日中とても強風で温度湿度とも高かった。こう毎日蒸し暑いとへこたれそうになるが、今日はエアロバイクで30分汗を流した。

先週の火曜日、NHK朝7時の「けんコン!」で、良い汗悪い汗についてやっていた。じんわりかく
不感蒸泄よりも、本気(マジ)でかく汗がよいようだ。で、塩っぱい汗をかいた。気持ちよかった。
それでもって、水を飲み、チーズを食べ、金麦を飲む。うふ。

このエアロバイクは、カミさんが何年か前に突然「買う!」と言ってアマゾンかなにかで届いて以来、カミさんは結構毎日コンスタントに漕いでいる。朝の玄関&トイレ掃除とともに、よく続いている。勿論「買う!」の一言に対して私はきっぱりと言ってやった。「ハイ」。

健康器具も随分安くなったものだ。買った以上、明日も使わない手はないか?

明日は涼しいらしい。今日の室内30度近くからすれば、確かに凉し目だろうと思う。

凉し目といえば、檀れいのCM、いつものようになんか持って駆け下りてくる。体を倒して~、こちらをじっと見る。やはり目がいい。あのCM最後のカット、あと1秒くらい見せてもらえたらと思うが、そうしないところが、またいいんだろうね~。

暑い夏でも、涼しいような嬉しいような気分にさせてくれる女優さんだ。

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0619 どうせどこでもこんなもん

2013-06-19 11:07:15 | 雑感

風疹が大流行(おおはやり)で、医療関係者が休日対応、費用の3割分をボランティアで浮かせ、7割を自治体(富田林市)で負担するという。1万円もする上に平日勤務の夫はなかなか接種が出来ない状況を「緊急医療」と捉える医師たちの熱意には頭が下がる。

ワクチンが不足気味だとかで、厚労省ではあたかも「積極的な投与を控えよ」とでも言わんばかりの通知を出したという。なぜ医師たちが「緊急医療」並みに位置づけようとしたか。また何故富田林市は今後も継続使用とするのか。障害をもって生まれてくる赤ちゃんの確率50%を、重たい数字と受け止めたからだと思う。

昨年度も風疹の流行は騒がれていた。厚労省の通知だか通達は「ワクチン増産に数ヶ月ほどかかるから」というのが理由らしい。メーカーでそう言うなら是非もないのかもしれないが、いつか「夢の扉」で根路銘国昭という人が「繭玉ワクチン」を研究しているのを紹介していた。鶏の有精卵と比べて桁違いに大量のワクチンが作れる。実用化がいつなのか知らないが、すでに少子化社会。生まれ育つ子が健康健全でいられる世の中だといい。

20才代の若者の自殺率が50%に近いところまで来ている日本は、生まれて間もない赤ちゃんから若者、果ては私のような「じじい」にも住みやすくない国なのだろうか。これは政治家や行政だけを悪者にするつもりもないが、ふと感じることがある。

現場の人たちは常に「熱くあり続けよう」としているのに対し、デスクワーカーは上部になればなるほど「ぬるい」、剰さえ(あまつさえ)「冷たい」と感じることだってある。親方日の丸?

私が若いころ、ものも分からないままに「これはおかしい!」などと言うものだから、「お前は極右か?」とか、まったく逆に「左翼なの?」と言われたりしたことがある。おかしな話だ。私はどっちでもないのに、と思った。逆に、「俺たちとは違う奴!」という「除外オーラ」なのかもしれない。

まあ、今思うのは将棋の駒を使った「山崩し(将棋崩し)」みたいなもので、一箇所動かそうとすれば、一気に音を立てて崩れることもあるので、「出来るだけそ~っとしとこうな~」みたいなところが多分にあるのだろう。いや「多分にあったのだろう」。だから私は「面倒くさい」奴だった?

今は、日本人的な「細やかな接し方・汲み方」が大注目される時代になってきているのだから、昔の価値観のままの人たちは「サポート」に回ったくらいのほうがいい。「親方、日の丸」は、国全体を損なう。「どうせどこでもこんなもん。」は、せっかくの自分の人生で、「自分の目を曇らせる」。

川崎幸病院の「満床でも救急受け入れする」病院の特集も、ああ、現場の人、頑張ってるな、と誇りに思う。

未来世紀ジパング「アフリカ特集第4弾」で池上さんが言っていた「売り手よし、買い手よし、世間よし」という「三方よし」という近江商人的「理念」が、心に残った。

なんだか、とりとめの無い文章だ。これくらいにしておこう。世間様より大分成長が遅れている私だから、物言うよりも遅れを(死ぬまでに)少しでも取り戻すことが、私の課題でした。反省!
「どうも、すいやせんでした~!!」

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0619 是非も無し

2013-06-19 09:45:57 | うちのカミさん

また例の周期にカミさんが入ってきた。この時期には極上の毒気を持つ。

こんなとき、ふと心に浮かぶ言葉。

敵は本能にあり、是非も無し。

でも、うちのカミさんはが自分から距離をとってくれようとしているのが、よく分かる。ありがとよ。

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