まるさんかくしかく〇△☐Ⅱ

雑感・雑記・日記

0423  「言いたい離脱」?

2015-04-23 07:45:53 | ふと思ったこと

ところが、カミさんはズ~ンと重たい表情となって着替えを終えて部屋で座っていた。食事会で仕切り屋さんに不躾な一言を浴びせられたらしい。

良 かれと思ったり、無意識に「上から目線」になってしまう人はどこにも居る。(無意識にやているので、変わりも変われもしない)。

他人の 気持ちからは離脱して、頭でっかちで記号のような表現だけで世の中を評価したがるものだ。
日々学ぶことがある日常の中で、上に立ちたい上に立ちたいという 形を追う人は、自分が人の上に立っているような錯覚を追いたがる。
どんぐりの背比べ程度の差しかない場合であっても、爪先だって「上から」を気取りたがる。無益なだけでなく、自他にとって有害だ。

上にある目標を見ながら学べば少しは向上できていくことができたとしても、仲間を上から見下ろそうという根性を放任できてしまう人は、見下ろした瞬間に向上は止まってしまう。

言葉の持つ力は計り知れないものもある。言葉には魂がある。言霊という言い方もあるくらいだ。
自分の口から洩れたり放たれたりする言葉が、人の心を安らぎに変えて救うこともあれば、憂鬱の底に落とし込むこともある。

幽体離脱とは別ではあるが、自分の外に離れ出る言葉は気持ちが源(みなもと)。
放たれた言葉は、憂態離脱なのか、優態離脱なのか、遊態離脱なのか、そこまでは心したい。

コメント

0415 カミさんの職場ストレス

2015-04-15 18:58:55 | 健康

今朝カミさんも、職場でストレスがあると話していた。だから聞きかじりではあるがストレスについて話した。

トラウマになるほどの強烈 でショッキングなものはともかく、ストレスは相当大きくても体は対処しようと頑張れる。
だが、いくら小さくても、継続的というだけで心は容易に傷んでしま う。これは低温やけどと同じ理屈だ。
終わりが見えない毎日のこととなれば、心は間違いなくダメージを受けてしまう。雨垂れ石を穿つ、とも似る。

子 供同士のイジメも、躾(しつけ)と称する親の与えるプレッシャーも、毎日毎日繰り返されるとなれば、これはもう心に孔が開く。

軽度認知症だって、夫婦であれ親子であれ「お前(あんた)はダメだ~、ダメだ~。」と呪文のように繰り返せば、重症化するのではないか?! それが私の推論だ。
ネガティブな感情に貶める(おとしめる)ような言葉や態度こそが(躾であれ叱咤激励であれ、教育であれ)人をダメにする・・なんてね。

で、寝不足だったり多忙だったり、家を買ったり、家庭を守ったり、子供の世話を焼いたりと、毎日を「同じトーン」で長期に亘って(わたって)一生懸命にやればやるほど、リフレッシュやリカバリーが難しくなる。

5 月病とか季節病というのもあるし、低気圧が近づくだけで体調不良や倦怠感を訴える気象病などもある。寒暖差も大敵だ。
水分摂取不足だけでも目眩はおこりやすくなるらしい。

そうした原因は、素人にはよく分からないが、疲れたという「自分の体の声」をちゃんと捉えて、ほどよく、ほどほどに、寛放する。
疲れたら、とりあえずたっぷりと寝るのが私の場合は一番の充電になる。それこそ「身も心も」回復してくれることがある

メニエールについて寒暑の汀気象病不元気//】
【ストレス原因 ⇒ Belief ⇒ ストレスの結果   ※B.... は本人の価値観・信条・認知の仕方というフィルターで大きく変わることも】
【相談できる相手、別の視点から話をしてくれる人の存在は有難い/重く沈んでいる場合は、傾聴や共感が何よりも充電になる/睡魔一族

 

 

 

+++++++++++++++++++ストレス+

コメント

0413 カタ、カタ、カタ

2015-04-13 06:22:25 | うちのカミさん

昨夜、カミさんは頑張ってヨガ(DVDソフトで)をやって良かった、としみじみ。

はじめはつらい感じだったが、やっていくうちに「出来そう」と思えてきて、最後までやれたのだという。

でも、ブランクで体はすぐに硬くなるようで、カミさん曰く

「肩、カnタnに、カタくなる」って。

コメント

0409 お気に召さぬを気に病まない

2015-04-09 22:39:15 | ふと思ったこと

今朝、カミさんとコーヒーを飲みながら、他愛もないお喋り。

自分の気に入るか否か、それこそが問題。自分の気の赴くままに出来るか否か、それこそが問題。
前者は主に女性が大事がり、後者は男性が大事がることが多い。

女は「対象が好きか嫌いか」で行動を決めるし、男は「思ったことをとことんやれること」が好き。理屈じゃない。
女の人は「気に入らない」とか「気に食わない」となると、それだけでとんでもない態度を(普通に)とるようになる・・・。
そんな感じの話だったかな~。

そして、それぞれが、ともに「気の済むまで」それを追求することに固執する。
職場でも、家族キョウダイでも、あるいは何かの勉強会やサークル活動でも、どこであっても、似たようなものなんじゃないか。

気の済むまでできないと気が澄まないからと、強引な迄に齷齪(あくせく)事を進めようとすれば、時には「気に病んでしまう」ことも。
車のハンドルみたいに、心にもアソビをとっておかないと。

何があっても起こっても、怒ることより「それもまた好し」。ちょうどよかったのネガポジ探し。拘らない、引きずらない。

 

 

 

++++++++++++++++++++++気に病むな+

 

コメント

0405 たかをくくって破損を招く

2015-04-05 17:50:04 | 孫を持つ

1歳3か月に満たない孫娘も、このごろは随分やりやがる。
カミさん、「まさか、眼鏡のつるを折るなんて思わないじゃん」。
わたし、「いや、興味持ってケースも自分で開けられるみたいだから、危ないと思わないと・・・」と返した。

大 体において、(うちの?)女の人は「それくらいのこと大したことない」とか「男の人は怖がり」とか、あっけらかんとしている。
コップだの茶碗だの割れた としても動じることは無い(少ない)。

ゴーストバスターズでもないが「気にするな、形あるものは皆壊れる」ってな感じ。

娘がやってきて玄関で孫をバギーからおろす。
娘が最近買った黒い靴が大好きで(傍から見ると手荒に)いじったり叩きつけたり?している。
娘、靴をチェック、「あ~剥がれてる(と針小棒大?)」で、靴を収納。

孫、大泣き~。息子が孫の泣き声で起きてきた。

【男女の違い/女の人/バギーって乳母車のことらしい:ベビー・バギー?/】 





+++++++++++++++++破損を招く+

コメント

0404 セカンドライフをどう遊ぶ?

2015-04-04 18:31:07 | 老前整理

「ゆとりあるセカンドライフをすごすために」とある冊子の内容はというと・・・。

老後は仕事や子育てから解放され、自分のためにだけ使える自由な時間を手にできるため、余暇を積極的に楽しむ方がふえています。
希望する余暇活動は・・・
1位、国内観光旅行 2位、外食 3位、ドライブ 4位、海外旅行 5位、映画・・・・

どれも、なんとなく「消費的」だなぁ・・・。それに、若いときに遊んだり楽しんだものも多いなぁ。何で今更?
そう思う反面、ゆったりと時間をたっぷり楽しもうというわけか?とも思う。

ゆとりあるセカンドライフに必要な生活費は夫婦で月額30万円とあるぞ。

これは年金生活とかいう雑誌が月々15万円で楽しく生活!というのとは大分かけは なれている。
それもそのはず、この冊子は〇〇銀行で出している。それに資産運用の冊子だから、お金増やしてお金で遊びましょう!というわけだ。

退職時のオリエンテーションみたいのでは、ボランティア活動とか地域などのサークルに入るとか、じっくり時間を使って書道を習うとかそば打ちや男料理とか、いろいろあった。こっちは遊びでも、脳味噌を使いそうなものが多い。楽しみ遊ぶって、一体!

お貞ちゃん(沢村貞子さん)は、著書の中で「遊ぶ」について書いている。

「遊ぶ」の意味を調べていた中でお貞ちゃんは「好きなことをする」というのを自分の遊びととらえた
別に何も特別なことしなくったって... 。
料理も好きだし、毎日の日常生活が遊びそのもの、と言い切ったのだ。何冊も著したお貞ちゃんの本は、どれも味わい深い。

goo辞書で「遊ぶ」を調べたら意味が8つくらい出てきて、見ているとなかなか面白い。自分的にはどれかな?
少なくとも「遊興」ではないなと考えながら、くだんの冊子を捨てた。ようやくね・・・。

こんまりさんも、「書類は原則、全捨てで。」と言っていた。
それに、昔研修で公文書センターに行ったとき、『先ず5%に粗分けします。』と言っていた・・・。
せめて、5%くらいにスッキリさせたら、いいんだろうね~。この線で頑張ってみる?

「凛とした最期を」迎えるために、老前整理は欠かせない?/最近自分は楽しんでいるか?/】








++++++++++++++++どう遊ぶ+

コメント

0403 青色吐息?

2015-04-03 23:59:59 | 孫を持つ

娘、PCソフト「やよいの青色申告」を買いに行くというが睡眠不足の塊そのもの。家でだいぶ眠る。その間、孫娘は我が家を大いに荒らしまわる。

台所の、 鍋を入れてある観音開きも自分で開いて新品の爪楊枝容器(円筒形)を取り出してよちよちフラフラ歩き回る。そのうちにふたを開け、何本かを器用につまみ出して、今 度はそれらを握りしめながら歩き回っている。これにはゾッとしたね~。
慌てて「だめだめ、アブナイよ、あぶない」と言って取り上げる。(ききわけは悪くない1歳3か月程度の孫)

昼近くになって娘が起き出す。外は風が強まりつつある。大型家電店に行く前に疲労感満載の娘に回転寿司。ちょっと元気になったかな。
青息吐息の我が娘、青色申告ソフト買う。孫を持つことは疲れてもなお頑張る娘の姿を見ることでもあり、それを支える娘の旦那、果てはカミさんの姿を見ることでもある・・。
(見えるだけじゃなくて支えてよ、とカミさんの声が聞こえる、空耳か?)

しかしそれにしても眠い。娘を家まで送った後、私も少し眠ったが、まだ眠い。春よ春!孫が散らかした床の上は片付ける元気もなく散乱のまま。

コメント

0402 独り善がりは「二人の孤独」

2015-04-02 23:59:59 | 老後生活

今日スーパーへ買い物に行ったあと、自分で思ったこと・・・、「男だけど、時々鏡を見よう」。

買い物かごを置いて店内をショッピングカートで回り、野菜コーナーでキャベツを選んでカゴに入れようとしたら・・・。ばら売りのキュウリなどを入れるポリ袋が3枚ほどが軽くまとめられて入っている。あれ?
反対側の棚に向かうおばあちゃんが、袋を持ってキュウリの棚に近づいている。ん?
どうやら多く取り過ぎて、私の買い物かごにつっこんでいった?

すると爺さんがその婆ちゃんに近づいて「まだ要らない、買ったばかり!」と注意。ああそうだったかねと、婆ちゃん。
その後もその老夫婦?は、私の前を行きつ戻りつ急に止まりつつ・・・、その爺ちゃんは手ぶらで指示出しダメ出し専門で終始する。

その婆ちゃんの横顔が一瞬見えた。
左右の眼の開き具合が違っているようだった。左目だけ(ほんの僅か)閉じ加減というか・・・。
それを私は「内心、イヤなんじゃ無かろうか・・・?」と思ってしまったのである。
これって大きなお世話ではある。

濡れ落ち葉とか儂も族(わしもぞく)という言葉を聞いたことがある。
リタイアしたあと、やたらとカミさんに引っ付いて歩き、(年功序列で)退職間際そのままの感覚で指示命令を出したがる。
そんな風に強く感じられたのだ。

あのばあちゃん、軽度認知障害だったのかもしれない。その可能性だって十分にあるだろう。だが、言い出したら言を引っ込めない夫を十二分に認知して黙って従う妻もいる。逆らえば、癇癪を起こす幼児性たっぷりの夫もゴマンといる。

よく、妻の認知症介護をせっせとやっている優しい夫もいるが、ヤだな~とカミさんが思ったら(繰り返しが毎日続けば)奥方のストレスは重度となる。その継続性が、出口の無い長いトンネルの中の毎日となって重圧となってしまう。

夫が妻に「やってあげて」も「やらせて」いても、自分の頭だけで妻不在であれば、感謝の得られことのない自己満足に邁進しているに過ぎない。
ひいき目に見れば、妻の買い物行動に付き添って会話しながら妻に任せているようにも思えるが、任せきってはいない。
そこには若干と見えて、実は大きな割合で「監視」が入り込んでいる。これは、夫婦男女を逆の立場にしても同じことだ。

流星ワゴンで、井川遥が、この上なくやさしい夫に対して「息が詰まる」と言うセリフを吐いたシーンがあった。
好かれと思う(よかれとおもう)自己満足に、世の男たちは気づくべきだろう。

これは、誰に対してよりも自分に向ける言葉でもある。何故なら自分のやっていることこそ、無意識過ぎて気づけないからだ。

長いトンネルが寿命尽きるまで続く、そう思った時、心はどこに居場所を求めるのか。
あるいは、駆け込み寺といってもいいがどこに逃げ込めることができるのか。
長いトンネルを認知した人間が、感情を伴って閉鎖性へ突き進むココロを、ただただ「弱い」と喝破もできない。

男でも鏡を見よう・・・。これは、身だしなみに気をつけて、汚らしい老人と見られないようにしたいというのではない。
自分の左右の眼の不均衡(歪み)を時々は見て、そして笑顔を他人様(ひとさま)に投げかけるように、自分にも向けてゆこう。

こんな季節だからか、妙にシリアスな自分。春は木の芽時

 

【3月・9月は精神疾患・アレルギー症状の高発期/生涯独身、ひとりの孤独・共有無き結婚、ふたりの孤独/】

コメント

0402 頭で捏ねても形にゃならぬ

2015-04-02 20:39:59 | ふと思ったこと

予定していたことは結構できないものだ。「流星ワゴン」ではないが「今を生きるんじゃ!」は、日常でも特に大切か。
あと、やろうと思ったことは、予定してみるよりもとりあえず始めてみる。実動あるのみ。
で、急きょパン焼き。お急ぎコースで焼き色淡色、これだと大体はネチョネチョした仕上がり結果を招く。でも失敗は成功の元。

朝のチャーハンだって、うどんだって、以前と違って、2人ともおいしそうに食べていた。頭で考えるのはダメだった。
「なんでトーチャンはそうやって挑戦的なことするかな。」これが以前の息子の言葉。
「男の人の料理は理科の実験みたいなとこ、誰でもあるらしいわね・・・。」これがカミさんの言葉。

やってみて、やりつづけていると、頭で考えなくても何となくマシになってくるようだ。
勿論その間も調理関係の情報には以前よりも注意を払うしやってみる。
やがて、当初の挑戦的なことは単なる思い付きであって頭で「こね回していただけ」と気づく。

食べてくれる最低ラインまで来たということなのだろうから、頭使いは、むしろこれからということなのかもしれない。

コメント