第六大陸〈1〉 (ハヤカワ文庫JA) 価格:¥ 714(税込) 発売日:2003-06 |
第六大陸〈2〉 (ハヤカワ文庫JA) 価格:¥ 714(税込) 発売日:2003-08 |
全2巻。
苛酷な環境での建設業務に特化した御鳥羽総合建設、宇宙開発事業民営化により誕生した天竜ギャラクシートランス社、そして、レジャー施設を中心としたエンターテイメント産業のエデン・レジャーエンターテイメント社。エデンを施主に打ち出された月面での施設建設計画。1500億円を投じて一少女の夢の実現へ向けたプロジェクト。
1巻では、その巨大プロジェクトが動き出す様が生き生きと描かれている。雰囲気はまるで「プロジェクトX」。技術者たちがそれぞれの役割をプロ意識を持って担っていく姿が熱い。主人公の青峰もそんな若者の一人だ。一方、ヒロインである桃園寺妙は、大金持ちの天才美少女といういかにもな設定だが、この計画の背景を支える存在としてはそれほどの虚構性が必要だったということだ。
月に人が行く。
40年も昔に事実行われたことなのに、現在では夢物語のようになっている。科学が進歩したなんて大嘘だと証明しているかのような。人類の知が既に頭打ちになったと感じるのは宇宙進出に限った話題ではないが……。
それはともかく、月に行くことがSFとなる、という驚きは解説にも書かれている通りだ。結局は何事もリソースの問題ではあるが、人類はもはや自分の足を食べているタコのような姿になっているのだろう。そこから抜け出すために描かれたSFである。
数字上のリアリティはともかく、技術者魂が丹念に描かれている様は日本SFらしい印象。小川一水らしい堂々たる熱さが読む楽しさを伝えてくれる。
ところが。
2巻に入ると、展開が上滑りし始める。訴訟に対する御都合主義的な解決。スペースデブリに絡んだ事故死後の反応。妙の父との確執。そして、スターロードの出現。個々のアイディアは悪くないが、どれもが尻つぼみとなった印象を残す。これらをちゃんと膨らませて書けば恐らく4~5巻となったであろう。それを圧縮しただけでなく端折りすぎてしまった感がある。
そして、優れたストーリーテラーぶりは本書でも強く感じたが、同時にキャラクターの弱さも目立った。
それは本書に限らない著者の特徴でもある。
現場に強い若者とそれを見守る高貴な少女という構図は、『時砂の王』『復活の地』と共通だ。キャラクターの配置にも意外性がなく、男女の役割も非常に保守的である。ステレオタイプな造型で、キャラクターの厚みに関してはほとんど感じられない。それはキャラクターの設定の問題だけでなく、それを小説においてどう描くかというレベルでよく現れている。
小川一水の作品に対してはデビューから順にではなく、かなりバラバラに読んでいる。むしろ遡っていると言ってもいい。著者に対しては一作ごとに上手くなったという評価が成されており、それがこうした形で感じられたということだろう。
キャラクターの弱さという欠点は確かに最新作にも表れている。だが、それを感じさせないほどの作品に仕上がっている。ストーリーテラーとしての強みを前面に打ち出し、ストーリーの巧みさで十分に補っている。
キャラクターの弱さがライトノベルではなくSFへ進ませることとなったと思えば、この短所も痛し痒しって感じだが、本書においてはその短所が悪い形で現れてしまった。
余計なエピソードを除いて、技術的な問題の解決のみに焦点を絞れば、ユニークなハード系に近いSFになったかもしれない。父娘のエピソードなんてジュヴナイルでもそれは、と言いたくなってしまう。
今後『導きの星』全4巻に進む予定だったが、思案中。近刊で読んでない作品もあるので、そちらを優先するかどうか。どちらにせよ読むつもりはあるので単に順序の問題だけだけれども(苦笑)。
2巻については完全版として書き直して欲しいなんて思ってみたり。(☆☆☆☆)
これまでに読んだ小川一水の本の感想。(☆は評価/最大☆10個)
『復活の地』(☆☆☆☆☆☆)
『天冥の標I メニー・メニー・シープ 上・下』(☆☆☆☆☆☆☆)
『時砂の王』(☆☆☆☆☆)
『老ヴォールの惑星』(☆☆☆☆)
個人的には、小川一水氏の作品についてはもっと突き詰められないのかなぁと。えらそうですが、秋田禎信氏好きからすると、そう思ってしまいます。論点が甘いというか、そこから?みたいな。
秋田禎信は『エンジェル・ハウリング』1巻を読みましたが、導入部ってことでこれからって感じでしょうか。
小川一水の場合、テーマ性うんぬんよりもエンターテイメントとしての完成度が魅力ですね。『第六大陸』だと完成度がやや落ちてしまいますが。
>第六大陸
本書での宗教の扱いはいかにも日本的な印象を受けました。宗教が生活に根ざした文化である地域では受け入れがたい内容かもしれないですね。2巻は様々な面で舌足らずに終わってしまったので、効果的な描写ではありませんでしたし。
ただ自分の考えと違うからこそ読む楽しみがあるとも言えるわけで、作者の信条等は批評の対象ではありますが、私にとってクリティカルな位置付けとなることはほとんどないかもしれません。