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煩悩はどこへ消えた?~『じゃじゃ馬グルーミン★UP!』再読~

2012年05月23日 00時51分22秒 | アニメ・コミック・ゲーム
1994年から2000年まで「週刊少年サンデー」誌上にて連載された作品。著者の作品としては、『究極超人あ~る』『機動警察パトレイバー』に次ぐものとなる。

競走馬の育成をメインとしたラブコメ。当時は競馬が社会的に人気が高く、少年誌各誌に連載があったり、ゲーム等で広い支持を受けていた。コミックにおける競馬ものとしてはおそらく最もリアリティを感じさせる作品と言えるだろう。

ジャンルとしてはラブコメではあるが、ゼロ年代以降に席巻するハーレム系ではなく、三角関係を軸としたシンプルな内容となっている。むしろ、青春ものと呼んだ方が現在の感覚では正しいかもしれない。

主人公の16歳から20歳までの4年間を描いている。高校二年の春休みにバイクでツーリング中にたまたま知り合った競走馬の生産牧場で働き、そこで恋をする。経済動物である馬との関わりを通して成長していく主人公の姿を丁寧に描いている。

現在、同じ「週刊少年サンデー」誌で連載中の荒川弘『銀の匙Silver Spoon』を読んで、本書を再読したくなった。同じ北海道が舞台で、農業や畜産の現場に全くの素人が飛び込むという点で共通点がある。

一方で主人公の描き方には大きな差異が見られる。特に思春期の男子の煩悩の描き方(性的なもの以外も含めて)が特徴的だろう。
この作品に限らず、あだち充の『タッチ』や高橋留美子の『うる星やつら』など演出方法は異なっても基本的に主人公は「スケベ」に描かれている。主人公は様々な悩みや煩悩を持った等身大の少年というのが基本だった。

ハーレム系ラブコメが増えたゼロ年代は、ヒロインから主人公へアプローチする展開が増え、主人公から積極的に行動するような作品はアダルト向けを除くと非常に少なくなったように感じている。
ハーレム系ラブコメの構造上の問題もないわけではないが、そういう主人公像が支持されているからこそ増えたのだと思われる。「草食」系男子などとメディアで取り上げられている傾向と同じだと考えても良いだろう。

もちろん、煩悩がなくなってしまったとは思わない。例えば、煩悩が炸裂している同人誌は無数に作られている。二次創作の存在がもはや前提となって作品が生み出されているのが現状だ。
また、煩悩のはけ口としてインターネットが様々な役割を果たしているのも間違いないだろう。

それでも、主人公像がここまで大きな変化を遂げた理由となり得るかどうかは難しい問題だ。
これまでも再三、主にライトノベルの主人公についてゼロ年代的な特徴を挙げてきた。変化を嫌い、平穏を望むこと。優柔不断で、他人に嫌われたくないという性向が強いこと。誰かを守りたいではなく、誰かに守ってもらいたいという願望を持っていること。
こうした男性主人公のヒロイン化は、欲望や願望を積極的な行動で成し遂げようという方向ではなく、受け身で状況に流される存在として描かれることとなる。

この傾向は社会的に望まれたものではなく、あくまでも願望充足の果てにたどり着いたものとも言えるだろう。性的な欲望や社会的な願望よりも被保護欲求の方が強いことをただ黙って見過ごしていてもいいのかどうかは疑問の残るところだ。