脚と角

関西を中心に国内外のサッカーシーンを観測する蹴球的徒然草。

喜怒哀楽の真髄は蹴球にこそ有り。

列強との実力差が生むホスト国の苦悩 ~EURO2008~

2008年06月05日 | 脚で語る欧州・海外

 今年のEURO2008、決勝の地となるのがオーストリアの首都ウィーンにあるエルンスト・ハッペル・シュタディオンだ。プラター・シュタディオンという名前で1931年に建設されたこの5万人収容のスタジアムは、1992年にオーストリアの偉大な代表選手であったエルンスト・ハッペルの名に改名された。UEFA公認の5つ星スタジアムでもあるこの場所は、これまでに64年、87年、90年、95年と欧州クラブのナンバーワンを決めるファイナルの地として選ばれている。果たしてこの地で6月29日にはどの代表チームが相まみえることになるのだろうか。開幕前の現在の時点でこれだけは言えるのではなかろうか。そう、間違いなく地元のオーストリアではないという声はいとも簡単にこの耳に入ってくるのだ。

 今年の3月26日。オーストリア国民がこのスタジアムで目にした光景は“屈辱”以外の何ものでもなかったであろう。EURO本大会まで3カ月を切ったこの日、オランダ代表を迎えての親善試合が行われていた。開催国がゆえにEURO予選を戦わずして出場権を得たオーストリア代表は、昨年日本を含めた12試合の親善試合を戦うも、なんと1勝しかできなかった。2月の親善試合でドイツ代表に完膚なきまで叩きのめされたオーストリアは続くエキシビジョンマッチの相手にオランダ代表を迎えたのだった。
 前半6分に中央のロングパスに反応したイヴァンシュイッツが左サイドでボールを受けそのまま切れ込み先制点を奪う。18分にはイヴァンシュイッツの右CKから192cmの長身を武器とするCBのプレドルが頭で合わせ追加点。35分には再び右CKから先ほどのリプレイを見るかのようなヘッドでプレドルが3点目を奪った。その直後の37分にオランダはスナイデルの左CKからフンテラールがヘッドで1点を返すも、前半だけ見れば高いDFラインでオランダと対等以上にオーストリアがこれまでにない理想的なサッカーを見せたのだった。
 しかし、試合が終盤に向かうと共にエルンスト・ハッペル・シュタディオンは溜め息に包まれる。67分に自陣エリア内でファンデルファールトのヒールパスをクリアしようとしたプレドルが空振り、ハイティンガに1点を返され2-3とされると、途中投入されたヘッセリンクによって、83分にDFとGKのイージーなクリアミスから同点弾を許し、86分にはフンテラールに容易に突破を許してあっという間に逆転されてしまうのであった。
 不甲斐無い自分たちのミスによるお粗末な逆転負け。攻撃ではイヴァンシュイッツを中心に理想的な形が作れたものの、その欧州列強レベルに満たない守備陣の脆さは対照的で、オーストリアがどれだけ今回のEUROに見合わないチームかが証明されるには十分だった。

 列強との歴然とした実力差。これを今回の大会でオーストリアは改めて思い知らされることになるのだろう。昨年5月のU-20W杯で、チームを4強に導く原動力となったマルティン・ハルニクと前述した司令塔イヴァンシュイッツの2人が希望の星だ。チームの指揮を執るのは、国内屈指の指揮官ヒッケルスベルガー。90年に自国を初めてW杯に導いた英雄的存在だが、その男を持ってしても、今回のEUROはホスト国としての“記念”出場という感は拭えない。
 かつて1930年代、シンデラーを中心に欧州における“トータルフットボール”の先駆けであった“ブンダーチーム(驚異のチーム)”は時代の波にさらわれ、その陽の目を見ることはなかった。それから80年が経とうとしている今、ようやくその欧州の大舞台に立ったオーストリアの戦士たちはどれだけ自信に欠けた複雑な表情でピッチに立つのだろうか。それは国民も同じこと。そう、今の彼らに本当の意味でエルンスト・ハッペル・シュタディオンに立つ資格は無いのかもしれない。

 そのウィーンのピッチは、真に彼らが列強の仲間入りをすべく、この大会を見守るのだろう。それはこの先もずっとだ。
 彼らは、決勝を自分たちの聖地で戦う欧州列強の国々をどんな顔で見つめることになるのだろうか。