広島への原爆投下
1945年(昭和20年)8月6日 午前8時15分米軍が原爆を広島へ投下した。この攻撃で広島市人口35万人のうち10万人以上が4ヶ月以内に被爆で死亡した。
3-2 平和部隊
ユニタール広島事務所(国連訓練調査事務所)
所長 ナスリーン・アジミ女史
活動・国際的な規模で広島被爆研修など行ってきた。
世界48カ国の人が原爆投下の実態の研修をされた。
又、さまざまな企画で世界の人々を広島で研修されている。 2006年8月
3-3 広島平和記念資料館
原爆投下後の惨状の写真、被爆者の遺品など展示されている
2005年の実績 119万人の人が訪れた。 そのうち13万人が外国人。
3-4 広島で被爆者救護で被爆した看護学生 Y女史の話
広島へ被爆者へ救護班で行ったが、救護活動で、飲み水などの影響で被爆者となった。Y女史(当時15歳の看護学生)
爆心の2キロ先に、衣服も肌も焼かれた人々から助けを求められた。一目見て、施しようがないとわかる人がいた。
横たわるひともいた。医師と手当てに回るも、傷口から飛び出した無数のウジが地面でうごめく。足がすくみ、膝が震えても、
処置の手はとめなかった。遺体の山をかき分け、家族を捜す人がいた。 (S新聞)