平和の歌・核兵器絶滅へと戦った英雄の歌

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再投稿・童話・山と草原  その1 幸福とは

2007年06月30日 | Weblog
山 こんにちは草原さん、いよいよ君の出番だな
草原 世の中は厳しい、弱い者は食べられない。死ぬのもいる。
山 弱肉強食の世界当然、しかし 日照りがよいとか恵まれたのもいる。
草原 運がいいのと、悪いのがいるのかしら。
山 私は高いから遠くまで見えるが、人間社会でもお金持ちとか貧乏とか運がある。しかし、お金あるからといって幸福とは限らない。友人に恵まれて幸福の人もいる。
草原 私は、太陽と雨があれば幸せ。
山 私もお金はいらない。
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詩 勝利の道

2007年06月23日 | Weblog
世の中は戦いだ 勝つか負けるかだ
悪口も いじめも あるだろう
しかし 負けては泣くだけだ

耐えていくのも 勝利の条件だ
未来に笑うには 我慢も必要
一歩一歩と 進んでいこうか
                 遊歩

 続 平和へのメッセージ

2007年06月16日 | Weblog
私の戦争体験
 戦争中、21歳の時に、人間魚雷に乗るところが風の病気で他の人が乗った。特攻機では運動神経が少々鈍かったので他の人が乗った。戦争は戦後が大変だった。ご飯食べるのに買い出なぞ大変な思いをした。なにしろ何もないのだから。

 解説
 人間魚雷というとお粗末なもので人間が一人入れるものでこれで特攻で敵の艦隊に突撃するものである。戦争末期には品不足でかわいそうなのは突撃青年である。そんなもので突撃させられるのであるから悲劇だ。命令違反は罪なのだから。突撃機も同様であろう。戦争は甘くはない。若い命を平気で奪う魔の行為である。ちなみに、突撃青年が最後に叫んだ声は母親の名という。

平和のメッセージ・ 世界を見る 北朝鮮問題

2007年06月09日 | Weblog
私の戦争体験  壮年
 終戦近い頃、敵の爆撃機が仙台に来た。私は仙台生まれで小学2年生だった。逃げ回ったのを覚えている。食料は家が農家だったので不自由しなかった。
(仙台は宮城の中心地、兵舎や兵器もあったと思われる。小学生で爆撃機というとかなり恐い思いをしたの考えられる)



 世界を見る
 北朝鮮が6月8日に短距離ミサイルを2発発射した。脅威をあたえるためとも考えるが、どしにしろ、日本は強い姿勢で北朝鮮にのぞむべきである。拉致の横暴と解決を。又、世界で唯一の核被爆の日本国である。その被爆者の苦しみを知っている。故に、強く、核兵器の廃絶を主張すべきである。

続 戦争は庶民を悲劇にする・修羅

2007年06月02日 | Weblog
北満州では終戦近くに地元の不良が日本開拓団の婦人や金品を狙い襲った。開拓団では集団自決を選んだところもあった。一方、日本軍の不良は侵略後、現地人の家に押し入り金品、婦人を狙った。
戦争体験者の話によると、現地の不良に悪がいたが、日本の不良は悪でひどいのがいた。
 これらで思うのでありますが、戦争は人間性を失う。弱肉強食となる。真面目な人間でも戦争は人を変えてしまう。戦争で食糧難、不自由なせいかつなど縛られた状態から心が乱れてしまうのだろう。
      (民旅5月号から)